校長室
雪花滾々。
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20 またまた所変わって、人形工房。 「雪だー!」 七刀 切(しちとう・きり)は、テンション高く雪玉を持って工房に突撃した。しかし温かい室内、雪玉はすぐに溶ける。 「あー。……あああー」 「何してんの」 うなだれる切に、リンスが冷めた目をやった。 「いや、雪がね? 降ったから。つい」 「はしゃいじゃったんだ」 「……うん」 起きてすぐは、寒いとかなんとか、そんなことしか考えなかったけれど。 むしろ、雪が降っただけで喜ぶほど子供じゃないなんてタカをくくっていたけれど。 窓の外にちらちら見える雪を見ていたら、その、なんというか。 「こう、ひゃっほー!! ってなって、ね? わかる?」 「わかんない」 「だよねぇ……」 朝、はしゃぐ切に黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)が『なんだあいつ』とでも言いたげな目を向けてきたことが思い出される。そうか、普通はこんな に遊ばないのか。否。断じて否。 「雪が降ったら遊ぶべき!」 と、声を大にして言いたい。むしろ言ってやった。 「そう。いってらっしゃい」 「って。だからなんでリンスはいつも通りなのかなぁ。ワイのこの熱意にやられたりとかしないの?」 「しないね」 「しないよねぇ。リンスだもんねぇ。でも今日は付き合ってもらうぜぃ!」 「はぁ?」 先ほど知りえた情報に。 「なんか、大勢で雪合戦してるんだって。ちょっとみんなで遊ばない?」 「みんなって何。やだよ」 「やだよとか言わず。ね?」 「俺が雪合戦ではしゃぐ姿とか想像つかない。まず俺が想像できない」 「だからやってみようっていう」 「えー……」 同時刻、工房の外。 「クロエ。切たちが雪合戦をするそうだ。一緒にどうだ?」 音穏は、雪だるまを作って遊んでいたクロエに誘いかけていた。 つっかえることなく、また照れることなくすらすらと言えたのは、 ――練習の成果……、 ――……なんてことはない。決してない。 ぶんぶんと頭を振る音穏に、クロエがきょとんとした目を向けてきた。 「すまない、少し取り乱した」 「ねおんおねぇちゃん、おもしろい」 「そうか?」 「うん!」 複雑な心境だが、まあクロエが面白そうに笑っているからよしとする。 こほんとひとつ咳払いをしてから、 「で……どうだ? 行ってみないか?」 改めて、問いかける。 「うん! いく!」 クロエはすぐに頷いた。心の中で、音穏はガッツポーズをした。 「切がリンスを誘っているんだ。しかしあの甲斐性なしじゃリンスを誘い出すことは無理だと思う。 クロエ、誘い出すのに協力してくれないか?」 「わかったわ! わたしもリンスとあそびたいもの!」 「よし。じゃあ突撃だ!」 「とつげきー!」 かくして。 切だけの誘いならともかく、音穏の有無を言わさぬ眼光と、クロエの無邪気な誘いに負けて。 リンスも雪合戦の場に、来た。 「どうしようすごい場違い感」 「あっ! リンスさんだ! リンスさんが来た! すごい珍しい! ていっ!」 早速ノアが雪玉を投げてきた。が、避ける。 「!? かわされた!」 「かわすよ」 雪とか冷たいじゃん、と言っていたら、 「ノアおねぇちゃん、えいっ!」 「ぶっっ!」 クロエがはしゃぎだした。豪速球をノアにぶつける。 「い、いたい……クロエさん強い……!」 鼻を押さえるノアの後ろから、ギャドルが現れた。 「なんだ、またチビが増えたのか! 容赦しねぇぞ!」 「! りゅうのおにぃちゃん! かっこいい!」 「……んなこと言っても手加減しねぇからな、コラ」 「うん! ぜんりょくであそぶ!」 そして、雪玉の応酬である。目で追えないから追うのは諦めて、雰囲気だけ楽しむ。 「来たのか」 と、声をかけられて顔を上げる。そこにはレン・オズワルド(れん・おずわるど)と、彼に連れられた紺侍が居た。 「うわ、何。人形師が外にいる。信じがてェ」 「俺、外にいるとそんなに珍しい? 最近はそこそこ外出してるよ?」 「いやこういう集まり、苦手そうだし」 「苦手だよ?」 「じゃ、珍しくてあってるじゃないスか」 「あってるな」 レンにも頷かれ、自分でも確かに、と思った。断れなかったのだから仕方ない。 「二人は遊んでくるの」 何気ない問いに、レンと紺侍が顔を見合わせる。 「二人はってェか」 「お前も来い。楽しいぞ」 「え。いや、え?」 そして、片手をレンに、片手を紺侍に取られ。 雪合戦の場に、立たされた。 ちょっと、と思う間もなく、誰かが投げた雪玉が当たった。 笑い声。はしゃぐ声。楽しそうな雰囲気。 やっぱり、場違い感が否めなかったけれど。 「……は、」 少し、楽しいと思った。 「そなたは参加しないのか?」 ルファンに問われ、ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)は「ああ」と頷いた。 「わたしは寒いのが苦手でな。ノアのように雪にまみれるのはご免だ」 「そうか」 「ああ。お前こそ行かないのか?」 「わしは見ているほうが性に合ってるからのぅ」 「見ていても楽しいしな。これは」 たとえば、雪が光を浴びてきらきらと輝く様とか。 楽しそうな面々の顔だったり、声だったり。 ただ、このまま遊び続けたら風邪を引いてしまいかねない。 「鍋でも用意するか」 「鍋?」 「ああ。風邪を引かないように、とびきり温かいものを」 「ふむ。夕飯は鍋でも良さそうだな」 「夕飯? 作るつもりでいたのか」 「成り行きでのぅ。材料を買出しに行こうか迷っていたところじゃ」 「なら行くか」 丁度、酒が欲しくなってきたところだし。 買い物をして、帰ってきたらまあ、丁度良い時間だろう。 「しかしきちんと終わるかのぅ」 「鍋やるぞ、って呼びかけたらすぐに収まるだろ」 「鍋の威力は絶大じゃな」 鍋を囲んだ席で。 「最近、笑う機会が減っていたんです」 突然に、ノアが言った。 よく聞き取れず、「ん?」とウォーレンはノアの顔を見て聞き返す。 するとノアは満面の笑みを浮かべ、 「ありがとうございます!」 と礼を言ったので、ますます「?」と疑問符を浮かべたのだけど。 「楽しかったので!」 なんだか上手くはぐらかされたような気がした。 「そっか? ならよかった!」 けれど、楽しかったなら、笑顔で居られるなら、良かったと。 こちらも笑顔で頷いた。 「今日はボルトいないんだね」 と、リンスが言ってきたので。 気付いたか、と思いつつ、レンは頷いた。 「あいつは今、ヒラニプラにいる」 「遠いね」 「機晶技師の勉強を始めたんだ」 きしょうぎし、とリンスが鸚鵡返しに呟く。 「寂しくないか?」 「え?」 「しばらくはこっちに戻って来れないだろうからな。寂しくないか?」 「…………」 黙ってしまったので、レンは苦笑する。 「悪い。お前はそう思っても口には出さないタイプだったな」 その上、顔にも出さない。 だから、何を思っているかなんてわからない。 黙って出て行ったメティスに怒っているのかもしれないし、心配しているかもしれない。 寂しいと思っているかもしれないし、応援しているかもしれない。 「ま、なんにしろ言いたいことがあれば本人に言ってやってくれ」 きっと、お前の言葉ならメティスは全てを受け入れるから。 帰り道。 雪に足を取られて転ばないようにと、音穏はクロエと手を繋いで歩いていた。 「楽しかったな、クロエ」 何気なく言った一言に、クロエが大きな瞳をきょとんとさせて音穏を見上げてきたので、 「? 我、何か変なことを言ったか?」 思わず問い返してしまう。 クロエは、くすくすと笑った。楽しそうで、嬉しそうだった。 「どうした、クロエ」 「あのね!」 「?」 「いままでね、ねおんおねぇちゃんは、『たのしかったか?』ってきいてきたの」 「? ああ」 そうだった。気がする。 クロエが楽しかったかどうか、それが一番気になっていて。 「でもきょうは、『たのしかったな』っていってくれたわ!」 「ああ」 それが? と首を傾げる。 「わからない? きょうゆうできたの。それがうれしいの」 「……あ」 気付いた。確かに、『楽しかった』と言った。 一緒に遊べて、『楽しかったな』と。 「…………」 「てれてる!」 「照れてない!」 「あはは!」 ああ、もう。 この子は、本当に、自分でも気付かないようなところに気付いてくるんだから。 「侮れないな、クロエは」