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シルバーソーン(第1回/全2回)

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シルバーソーン(第1回/全2回)

リアクション


17 アナト暗殺

 ゼブルとオズトゥルク、竜造とカインがおのおのの場所で死闘をしているころ。
 さらにまた、3つの爆発音が起きた。
 今度は城内ではない、街のどこかだ。炎が吹き上がり、黒煙が立ちのぼる。
「最悪だ…」
 城の窓からその様子を目撃して、騎士たちは青ざめた。城ならともかく街で起きたとあってはもはや民にごまかしはきかない。
「まさか、また――」
「こんな所でぼーっと見ている暇があったら、早く消火を手伝いに向かったらどうです!」
 騎士団長ネイト・タイフォンがめずらしく檄を飛ばした。
「ネイトさま」
「各地区に通達を出しなさい。爆発の起きた地区の民の避難を誘導、ほかの地区の者には自宅待機令を。各人徹底して自宅付近に不審物が仕掛けられていないかチェックし、もし何か見つけたなら手は触れずにすぐ騎士団へ報告するように。そのほか何かあれば、各自で判断せず12騎士へ直接報告すること」
「は、はいっ!!」
 一気に騎士たちで騒然となった廊下を奥宮に向けて歩を進める騎士がいた。
 白いマントを跳ね上げ、颯爽と歩く。彼の胸には領主の護衛騎士であることを示すマント留めがついている。だからだれも、彼が自分たちとは逆方向へ向かって歩いていても、気にもとめなかった。
 たとえそれが、見覚えのない顔の主だとしても…。


 やがて彼は、バァルの元へたどり着いた。バァルは廊下に立ち、報告が入るのを待っていた。
 西日になりかけた太陽を背に受けながら立つ、黒髪の男。バァルを見て、騎士は足を止めると自嘲するような、皮肉げな笑みを浮かべた。
「やれやれ。ではあの子の言ったことは真実だったわけですね」
 バァルもまた、声から騎士の存在に気付いてそちらを向く。
「困りましたねぇ。なぜあなたがここにいるのです? 戦艦島へ向かってないといけないはずでは?」
 護衛騎士でありながら、不敬なほどなれなれしく話す彼に、バァルは見覚えがあった。彼こそバァルに「戦艦島でシルバーソーンのボトルを見た」と告げた騎士だった。
「おまえは…」
 とまどいを隠せないバァルからの質問に、騎士は肩をゆすってくつくつ笑う。
「これは失礼。もう何年もあなたの周囲で動いていたせいか、すっかり顔見知りになったつもりでいました。
 おはつにお目にかかります、東カナン領主。わたしはタルムド。アバドンさまより長らくこの東カナンで騒乱を起こす任務を受けていた魔女です」
 そして優雅に手を振り足を引いて、美しい礼をとった。まるで東カナン貴族の青年のように。
「アバドン? やつはとっくに死んだ。
 なるほど、やはりこれはその残党であるきさまの仕業か。かたき討ちというわけだ」
 バァルの手がすらりと腰のバスタードソードを抜く。
「おやまぁ。何を根拠にそのようなことを申されるのか。証拠もなく決めつけてはいけませんよ」
 その余裕綽々といった言葉に、ひらめきのようにバァルの脳裏をある可能性が走り抜ける。
「……まさか、やつが戦艦島にいるというのか…?」
 そのとき、彼の横を抜けて光の筋がタルムドへと向かった。
 レーザーの光はタルムドに届く前に見えない障壁にぶつかったように拡散する。
「バァル!」
 奥宮の警備についていた月谷 要(つきたに・かなめ)霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)とともに廊下を駆けてくる。
 バァルや彼らを前に、タルムドの嗤いは徐々に大きくなり、哄笑へと変わった。
「ククッ……ハーーッハッハッハ!!
 いいですか? 領主。あなたは一刻も早くあの御方の元へ向かうのです。もう片方の命が消えてしまわぬうちにね」
 冷たい予感がバァルの頭と心臓をわし掴みにした。
 昼に見た、無防備にベッドに横たわっていた2人の姿が浮かぶ。
「片方だと!? きさま、姫とセテカに何をした!!」
「なぜ矢を2人に撃ち込んだのか、まだ気付かないのですか? 片方を見せしめにしても片方が残るからに決まっているでしょう。このために、彼らは用意されたんですよ。
 もちろん、あなたがきちんと指示に従っていれば、こんなことにはなりませんでした。これはあなたが招いた災厄。わたしの指示どおりあの地へ向かわなかったあなたが悪いのですよ」
「きさまぁーーッ!!」
 激怒したバァルの怒声にかぶさって、スプレッドカーネイジが連射された。
 それをタルムドが弾いている隙に、悠美香が梟雄双刀「ヒジラユリ」を手に走り込む。
「やあっ!!」
 あざやかに振り切られた彼女の一刀が、タルムドの右腕を落とした。
 悠美香に続こうとしたバァルを、要が止める。
「バァル! ここは俺たちに任せて早くセテカさんたちの元へ!!」
「しかし…!」
「そいつの言うとおりだ」
 そう言ったのは、反対側から駆けてきた桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)だった。アガデへ観光で訪れていて事件に遭遇し、警備を申し出てくれたコントラクターの1人である。
「やつの口車に踊らされるな。病室にはコントラクターたちがいる。そう簡単には2人に手を出せはしないはずだ」
「そのとおり! だからここは任せて!」
 そして要自身は横を抜け、剣へと変えた腕で悠美香に続いた。彼の腕は可変型流体金属腕、彼の意思により自由自在に変化し、武器と化す。剣は、斬り落とされた腕の切り口から噴出した闇が槍となって悠美香を襲うのを阻止した。
「行けったら!!」
「……すまない」
 バァルは剣を収め、彼らに背を向けた。
「アンタが刺客か」
 遠ざかるバァルの足音を背に、煉は機晶剣『ヴァナルガンド』をかまえた。油断なくタルムドを見据える。
 いまやタルムドはほとんど人の姿を捨てようとしていた。斬り落とされた腕からだけでなく、胸や足、顔からも黒い瘴気がにじみ出ている。
「この警戒のなか、よく忍び込めたもんだよ。だが残念だったな。俺たちがいる限り、アンタはここで終わりだ」
≪ククッ……ニンゲンごときガ、ご大層ナ、口をキク…≫
 水から浮かび上がる泡のような、ごぼりという音をさせながら、黒い瘴気はかろうじて人語を話す。宙に広がった闇がそれぞれ触手となり、剣や槍に変わったのを見て、煉は瞬時にゴッドスピードを発動させるや真正面から突っ込んだ。
 闇の剣や槍が彼を貫く前に斬り落とし、霧散させる。しかし散じた闇は再び宙で結集し、闇の剣と化して彼に襲いかかってきた。
「煉さん!」
 彼を大きく迂回し、背中から串刺しにせんとする闇の槍を、エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)のレッドラインシールドが受け止めた。
 次々と飛来する闇の槍。そのことごとくを受け止め、散らし、またははじき返す。そして挑発的に闇に浮かぶ金の双眸を見返した。
「彼がなぜ無防備に、攻撃のみに集中して戦うかお分かり? それは私がいるから! 煉さんは私が護る! あなたなんかに傷つけさせたりしない! この私がいる限り、彼を倒すことは不可能と知りなさい!!」
≪フン、小生意気ナ小ムスメだ…。でハ、マズきさまカラ、ソノ手足ヲ斬り落トシテヤロウ……そして男ガ、同ジメに合ウ、ノヲ、見セテヤル…≫
 闇がさらに触手を増やした。そのすべてが一斉にエリスに向かってくる。
「こんなもの!」
 数が増えようが元は同じ。小型化しただけだ。
 エリスは両足に力を込め、踏ん張った。
「エリー!?」
 エリスからの衝撃が触れた背中ごしに伝わってきて、煉は振り返りそうになる。
「大丈夫! 私は大丈夫だからっ! 煉さんは敵だけを見てて!」
 エリスの気合いに呼応するように光条兵器プリベントが輝きを倍化させる。鞭のように巻きついて彼女の手から奪おうとした闇が、反対に細切れに引きちぎれた。
「ソードプレイで極めた我が剣技、受けなさい! ――やあああぁっ!!」
 雄々しく闇の触手へと立ち向かうエリスの声に、煉は胸が熱くなった。己を切り刻もうとする数十の闇の手を前にしての彼女の勇気が、彼の手に力を与える。なぜならば、彼女がそうするのは彼を信じているから。彼ならできると信じているから、これだけの敵を前に戦っているのだ。
 その一途な思いが煉に活力を与え、右目を真紅に染める。仰向けに返した手のひらの上に、無数の力の刃が生まれた。
「いけ!」
 彼の命令に応じるように力の刃は闇に向かって飛び、触れるものすべてを切り刻んだ。
≪……グッ……ウゥゥ……こノ、ニンゲンめ…!≫
 4人の前、爆発的に闇の瘴気が膨らんだ。
 頭や胸を圧迫する闇の気配に、息が詰まりそうになる。
「ルーさん、今どこにいるんだよ!? 襲撃が起きたって教えたでしょ!?」
 闇に斬り込みつつ、ティ=フォンに向かって要は叫んだ。
「――はぁ? 中庭? なんでそんなとこ――えっ? カインさんが!?」
「どうしたの? 要。ルーさんに何が!?」
 ブレイドガード、スウェー、後の先……回避系のスキルを発動させ、ひたすら受けに徹することで一歩も退かず戦っていた悠美香が聞きつける。
 要は今知ったことが信じられない思いで切れたティ=フォンを見つめると、ポケットに突っ込んだ。
「ルーさんは来ない。中庭でカインさんが死にかけてて、そっちの救護してるって」
「――あ。じゃあまさか、あのとき?」
 ひらめくものがあって、合点がいった。侵入者を警戒し、塔で監視していた彼女たちは、ここへ来る前奥庭の壁近くに仕掛けた地雷が作動したのを見て、そちらへ向かっていたのだ。
「あれはおとりだったのね」
 そしてまんまと侵入されてしまった。
 そのとき、悠美香のほおを闇の槍がかすめた。ほんの少しかすっただけなのに、頭を揺さぶられたようにくらりとくる。
(ほかのことを考えている場合じゃないわね)
 2組のパートナーは、まるで前もって打ち合わせをしていたかのように同じ戦法をとっていた。すばやさを上げて片方が攻撃を仕掛け、片方がその間防御に徹して攻撃を受け止める。完全な攻守の分担。それが、まるで一時に十数人を相手しているかのようなタルムドの攻撃をいなし、隙を作って攻撃へとつなぐ。
 しかし相手は実体のない闇。散らしても散らしても闇は宙で集まって、再び彼らを攻撃してくる。
「……効いてるのか?」
「大分薄まってきてるとは思うんだけどねぇ」
 きれた息を整えながら、煉の独り言に要が答えた。
「キリがない。
 防御を頼めるか?」
「長時間は無理だけど?」
「3分でいい。
 来い、エリー」
 煉はエリスを伴って後退し、タルムドから距離をとった。彼らに追いすがろうとした闇の触手を要と悠美香が連携して抑える。彼らが防いでくれている間に、2人は準備を終えた。
「いくぞ」
「はいっ」
 同時に走り出し、タルムドの頭部めがけて跳躍する。
 高々と掲げられた聖なる力が収束した2つの剣は光輝に満ちて、タルムドの目をくらませた。
「くらえええーーーーっ!!」
 ヴァナルガンドが額を、プリベントが眉間を、それぞれ貫く。そしてその瞬間、奥義レジェンドストライクが発動した。
≪ヴァアアアァァァァアアアァァァアーーーーーーーーッ!!≫
 獣の断末魔のようなタルムドの叫びは、いつまでも続くかに思えた。


*           *           *


「ちょっとやりすぎちゃったかな?」
 足下で横たわった女騎士ティアン・メイ(てぃあん・めい)を見下ろして、ピエロが言った。
 正確にはピエロの着ぐるみである。本来ピエロは白塗りをした上で嘆きと爆笑の表情を描くものだが、このピエロは肌の部分もすべて着ぐるみなのだった。
「あはは〜☆ なーに言ってんのパパ。チラともそんなこと思ってないくせに〜」
 きゃはきゃは笑って魔鎧ローゼ・シアメール(ろーぜ・しあめーる)が答える。
「突然いいコのフリ〜? それ、ちょ〜うける〜wwwwwww」
「そ……そっかぁ?」
 あはは、と2人で笑っていると
「なに無駄口をたたいているんですか。そんなことをしている暇はありませんよ」
 シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)からしらけた目で見られてしまった。
「……なにー? あれ。ママってばマジ?」
 こそこそっとゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)にだけ聞こえる声でささやく。彼らの前、シメオンは手のなかでもて遊んでいたスイッチを押した。
 とたん、窓の向こうに見えるアガデの街で続けざまに爆発音がして、数か所から黒煙が上がる。遅れて、振動がかすかに届いた。
「さあこれでもう少しは時間が稼げるでしょう。アガデの人々は爆破騒ぎには敏感ですからね。過剰反応を抑えるためにかなりの騎士が出動するはずです」
 さらりとこともなげに言って、シメオンは耳にかかった髪を後ろへ流した。
 正体を悟られないために使用した桃幻水の効果で、今彼は女性になっている。外見的にそう見えるだけで中身は全く変わっていないのだが、それでもどきりとするほどその仕草は色っぽい。
「今のうちにさっさと殺してしまいましょう。タルムドの指示は男の方を殺せということでしたが…」
「セっちんはバァルたんの半身だからねー。そっちの方が見せしめ感は強いよねー」
 しかしシメオンはセテカの眠るベッドを素通りし、アナトのベッドへ歩み寄った。
「レ? そっち? いいの〜? あとで怒られるんじゃない?」
 と口にしながらも、ゲドーにも止める気はない。頭の後ろで腕を組む。
「ま、俺様殺そうが殺さななかろーがどっちでもいーし? 殺すにしたって片方だろーが両方だろーがどっちでもいーんだけどね」
「生かす気があるのなら最初からこんなことはしないでしょう。今死ぬか、あとで死ぬかの違いだけです」
「ふ〜ん?」
 分かったような分からないような。生返事をするゲドーの前、シメオンは擲弾銃バルバロスを抜く。
「あなた個人に恨みはないのですけれどね、カナンとザナドゥの結びつきを強化するには、あなたは邪魔なんですよ」
 バァルと結婚しなければよかったのに。不運を自ら招き入れるとは、ばかな女だ。
 指をトリガーにかけた、そのときだった。
 ひょこん、と枕元の白いぬいぐるみが立ち上がった。
「やあ、そこのきみ。その子は元気になったら僕と契約する予定なんだ。手を出さないでくれるかな」
 言葉に合わせて前足や尾を動かす。しかしその言葉自体は彼らの後ろ、ドア口からしていた。
「……彼はそう言いたいんですよ」
 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)が、2人が振り向くのを待ってそう付け足した。邪気のない笑顔を浮かべ、ドアに背を預けるようにして立っている。
「おまえは――」
「やだなぁ、僕をお忘れですか? 僕ってそんなに印象薄いですかねぇ? ……まぁ、僕もあなたたちに見覚えはないんですけどね」
 人を喰ったような言葉。玄秀に気をとられた一瞬の隙をついて、式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が仕掛けた。
 静から動へ――。隣室から壁抜けの術を用いて侵入し、以後隠形の術で気配を殺していた彼が動いたとき、それはゲドーたちにとって何もない空間から突如現れたも同然だった。
「!」
 何の感情も映さない、明るい緑の双眸がすぐ近くに現れたと思った次の瞬間にはもう、風の速さで斬りつけられている。
 一撃離脱。
 彼がとおりすぎたあと、2人は袈裟がけに走る傷を負っていた。
「くっ…!」
 魔鎧を装着したゲドーはともかく、シメオンはそうはいかない。肩口を押さえ、後ろに一歩よろめいた。
(さて)
 と玄秀は思案する。
 先のシメオンが漏らした言葉――その持つ意味を、彼は正確に掴んでいた。
(なるほど、そういう手もあるか。とすれば、アナトさんには死んでもらった方がたしかに好都合だが)
 適当なところで広目天王を退かせるか? 汚れ役は彼らに任せて、自分たちは「護ろうとしたけれど護りきれませんでした」を装えばいい。都合よくティアンは彼らと戦って本当に気絶していることだし。
 惜しむらくは、もっと早く気付けていればよかったのだが…。
「広目天王」
 ピエロと戦っている広目天王に新たな命令を出そうとしたところで玄秀は廊下を走ってくるバァルとコントラクターたちの姿を見た。
(時間切れだ)
 小さく舌打ちをもらして、彼は戻ってきた広目天王と一緒に邪魔にならないようドア前から身を退く。
「セテカ! 姫!!」
 バスタードソードを手にバァルがなかへ飛び込んだとき、部屋のなかにはもう不審な人物の姿はどこにもなく、全開した窓から入る夕方の風にカーテンが揺れているだけだった。