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神楽崎春のパン…まつり 2022

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神楽崎春のパン…まつり 2022

リアクション

 食器類や料理が会場に運び込まれていく。
「子供達、元気ですね……」
 女の子の足につかまったり、すりよったりしている子供達を、パーティの準備をしながら、アレナは純粋な瞳で見ていた。
「ねえ、アレナ。なんか、気持ち悪い視線感じるよ」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)は、そんなアレナの服を引っ張って、廊下へと連れ出した。
「ほらさっき、話したでしょ?」
「あ、えっと……白百合商会でしたっけ?」
 アレナの言葉にアニスは首を縦に振る。
 アニスは普段はパートナーの佐野 和輝(さの・かずき)の傍にいるのだけれど、今は彼は近くにはいない。
(こっちのグループも会場に向かってる。リーダーも一緒だ)
(わかった。深入りしないでね、和輝)
 ただ、精神感応で彼からの連絡は定期的に届いていた。
「変態さん、どこかに潜んでいるのでしょうか……」
 アレナは心配そうに、部屋の中を覗き込んで見回してみる。
 部屋には、パーティの準備を行っている仲間達の姿と、子供達の姿しかないように見えるけど……。
「それが、和輝がいうにはね……」
 和輝は白百合商会の会員として、潜入調査をしていた。
 彼が得た情報によると、白百合商会の会員達は子供化してアルカンシェルに入り込んでいるようなのだ。
 アニスは和輝が言っていたことを、そのままアレナに話した。
 極度の人見知りなのだが、アレナのことは平気だった。
 アレナの控えで穏やかな性格に心地良さを感じて、姉に甘える妹の様にくっついていた。
(パーティ会場の前に到着した。そっちは大丈夫か?)
 和輝からの連絡がアニスの脳裏に届く。
(大丈夫。アレナと一緒だよ♪)
 アニスは楽しげに答えた。
 彼女のそんな様子に、和輝は少しさびしさを覚えていた。だけれど、そのお蔭で心置きなく内部への潜入捜査を行えているのだからと、納得して仕事に勤しんでいる。
「アレナ、会場の前まで来てるんだって。ほらあっちの入口から入ってきた……あの人たちが、白百合商会のメンバーだよ」
「そうなのですか……可愛い子ばかりなのに」
 アレナは残念そうに言う。
 何人かの子供が、こちらに気付いた。
 にやりん、にたぁ〜と笑う子供達に、アレナは寒気を覚えた。
「た、確かになんだか、変な気持ちになります……えっと、前にパンツ被っている人見たときのような……ゆ、優子さんに知らせましょう!」
「う、うん……っ」
 アレナはまだ調理室にいる優子の元へ向かって行き、アニスも緊張しながらついていく。
(和輝気を付けてね! 和輝のことは、こっちのリーダーにちゃんと伝えておくから)
 そう精神感応で言って、アニスは和輝にウィンクをしておく。
 和輝は怪しまれないように、アニスの方は見なかった。
(そっちこそ気を付けて)
 と、そっと頭だけを縦に振っていた。
 それから、アニスはパーティが始まって、和輝と合流できるまで、アレナの側にずっとくっついていた。

「体験学習の皆の席はこっちよ。シャンバラの偉い人が来るけど、びっくりして椅子から転げ落ちたりしないでね」
 案内と警備を務めているイリス・クェイン(いりす・くぇいん)が、子供達を席へと誘導する。
「アレナちゃん戻っておいでー」
「パン…くれ、パンー!」
「こっちです。もうすぐ始まりますからね」
 シャーロット・フリーフィールド(しゃーろっと・ふりーふぃーるど)が、うろうろしている子供達の手を掴んで席の方へと連れていく。
「そっちにいったら、邪魔になっちゃって、開始が遅れるよ? パン、もらえなくなっちゃうよ」
 クラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)がそう声をかけると、子供達はちょっと大人しくなった。
「早速叱られてる子がいるようね。でも、皆は良い子にしていられるよね?」
 にっこりイリスが子供達に微笑みかける。
 彼女達は今日、お手製の風紀委員の腕章をつけて、風紀を護っている。
 この子達ときたら、見学中も、勝手に抜け出してアルカンシェル内を探索しだしたり、女の子のお尻にタッチしたり、足の間に入り込んだり。やんちゃし放題で手を焼いていた。
「……それにしても、男の子ばかりなのね」
 イリスは少し違和感を覚えつつ、子供達、そして取材に訪れたという引率の太った男性に注意を払い続ける。

「理子達は奥の席……もしもし」
 要人を護衛して会場に訪れた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、携帯電話に出た。
 ティセラ、パッフェル達の代わりにと樹月 刀真(きづき・とうま)は、護衛の仕事を引き受けたのだが、アルカンシェルに入るなり、ずっと心ここに非ずという様子だった。
 彼が役立たずになってしまっている分、連絡や、警戒は月夜が頑張っている。
「……わかった。気を付ける。避難経路とかも確認できてるから」
 月夜は電話の相手……優子にそう言って、電話を切った。
 電話の内容は、良からぬことを考えている団体が入り込んでいるという知らせだった。
「テロリストとは違うみたいだけれど……要人には触れさせないんだから」
 月夜は会場を見回して、避難路を再確認。
 ……ふと、食器を持って会場に入ってきたアレナの姿が目に入った。
 彼女はこちらにぺこぺこ頭を下げているだけで、近づいてはこない。
 要人達は誰も気づいていないようだった。
(アレナ――光条兵器、使えなくなった)
 その話は、月夜の耳にも入っていた。
(私達剣の花嫁たらしめている光条兵器、それが使えないのなら私達は剣の花嫁じゃない)
 月夜は刀真に目を向ける。
 彼は変わらず何処か遠くを見ながら、考え込んでいる。
(でも剣の花嫁じゃなくてもアレナは優子の傍に、私は刀真の傍に当たり前にいられると思うから、その意味では大丈夫だと思う)
 自分は刀真の『黒の剣』
 自分達の始まりは間違いなくそれだけれど、今はもうそれだけじゃない絆があるから。
 アレナ達も、きっと大丈夫だろう。
(アレナだけ卒業して……離れて暮らしているっていうけど、今日は一緒にいるし)
 当たり前のように、傍にいられるから。大丈夫。
 そう思う……願うのだった。
「……」
 刀真はその隣で、ロイヤルガードエンブレムを取り出して見ていた。
 アルカンシェルに入ってから、何度も同じことをしている。
 そうして、体が動いて庇った女性――エリュシオンのルシンダ・マクニースのことを考えている。
 事件後に、刀真はエリュシオンでルシンダと面会したはずだ。
 話をした後、記憶を消されてしまったため、彼女とどんな話をしたのか全く覚えていない。
(彼女に渡すつもりだった、これが俺の手の中にあった)
 自分は、彼女にこの――禁猟区をかけたエンブレムを預けたはずだ。
 だけれど、不要だと返された。
(何か……そう、何かその時、このエンブレムと共に託された、気がする)
 だから、重かった。
 これを見ると、心が騒ぎ出す。
(ルシンダ、君は託す相手を間違ってる、俺じゃあそれには応えられないと今の俺はそう思うけれど、彼女と話をした時の俺はどういう思い出これを受け取ったんだ?)
 ぎゅっとエンブレムを握りしめる――。
 ルシンダは、命は取り留めたが、記憶を失ってしまったという。
 だから、自分が彼女から何も受け取らなかった事にすれば、何もなかったと終わりにすることが出来る。
 刀真は首を左右に振る。
 だけど刀真は、振り切れない。
 全てを無かった事には出来ない……。
 言葉を交わした時に何かを託してくれた彼女と、それを受け取ったその時の自分を裏切れない。
(俺は……)
 自分は、周りからどう評価されているのだろう。
 後に優子に訊いてみようと、刀真は思う。
「そういえば、一騎打ちもまだだったな」
 以前申し込んだ一騎打ち、今なら受けてくれるはずだ。
 自分の中にあるモヤモヤを斬り払う為にも。
 刀真には、今、それが必要だった。
(ルシンダもミケーレも優子も俺を買い被りすぎてると思う、俺がそれに応えられないかもしれないのに……)
 会場に現れた優子が、こちらに目を向けた。
 刀真を見ると、強い笑みを浮かべて頷く。
 信頼している、とでもいうように。
(だけど……)
 刀真はロイヤルガードエンブレムを内ポケットにしまう。
(何かを期待されているのなら、それに応える為に全力で前に進もう)
 そう思いながら、優子に頷き返した。