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雨音炉辺談話。

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雨音炉辺談話。
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7


 今日、六月二十七日は日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)の誕生日だ。
 もちろん、兄の日下部 社(くさかべ・やしろ)としては盛大に祝う気満々だ。
 前もってフィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)の店に、特大のバースデーケーキを作ってもらうよう注文もしておいた。
「楽しみやんなー♪」
「うんっ♪」
 受け取ったケーキが揺れないように気をつけて、向かうはパーティ会場こと人形工房。
 今回ばかりは、先にアポを取っておいた。千尋の誕生日パーティを開きたいから協力してくれ、と。
 リンスも、千尋のことを妹のように思っているらしく、二つ返事でOKしてくれて。
 千尋の親友であるクロエは言わずもがな。
 どこまで行くんだ? と行き先のわかっていない小日向 時哉(こひなた・ときや)の声に「内緒や」と笑っていたら、さて到着。
 見慣れた工房のドアを叩き、開けた。
「はっぴばーすでー、とぅーゆー!」
 舌ったらずな発声で出迎えてくれたのは、クロエだった。両手を広げて、千尋に笑いかけている。
「クロエちゃーん♪」
 千尋が、広げた腕の中に飛び込んだ。「ちーちゃん!」とクロエも千尋を抱きしめる。
「おたんじょうび、おめでとぉ!」
「ありがとうっ♪」
 抱き合って、くるくる回って、幸せそうに笑う二人は見ているだけで、和む。
 思わず口元を緩めていると、「締まりのない顔」と言われた。リンスだった。
「しゃぁかて、あれみたら……なあ?」
「……うん、まあ。可愛いもんね」
「せやろ? あーもううちの妹は世界一やで、ほんま☆」
 妹自慢もできたところで、「せや」と時哉の背中を押した。それまで社の後ろに隠れるようにしていた時哉が、押されて前に出る。
「クロエちゃーん、ちょっとこっち来たってや」
「なぁに?」
 リンスとクロエに紹介したくて、今日、時哉を連れて来た。もちろん、一緒に千尋の誕生日を祝ってほしいという気持ちもあったけれど。
 時哉は、まだよくわかっていないようだった。クロエとリンスを交互に見、それから社を仰ぎ見る。
「紹介するわ。俺の新しいパートナーの時哉や♪」
 ほら、挨拶してみ、と促すと、ぎこちなくも頭を下げた。
「小日向、時哉です」
「まぁ、元気で生意気なとこも多いけど仲良くしてやってな♪」
 千尋やクロエよりは少しお兄さんかもしれないけれど、そんなに大きな差ではない。オレはいいよと後ろに下がろうとする時哉を止めて、再び前に出す。
 と、笑顔のクロエが時哉に手を差し伸べた。
「よろしくね♪」
 申し出るは、握手。
 あまりに自然に差し出された手に、時哉は照れも拒絶も忘れてしまったらしい。おずおずと彼女の手を取って、
「よろしく……」
 ぼそり、一言挨拶を交わす。
「ちーちゃんも、よろしくするー♪」
 そこに千尋も混ざって、意味無く三人で握手、握手。
 最終的に、三人で輪になっていた。全く、何をしても微笑ましい。
「しっかしまぁ、時哉も増えてこの人形工房も一段と賑やかになったな〜」
 面々を見、社は満足そうに笑った。
「まるで小学校の先生になった気分やん? なぁ、リンぷー」
「日下部が? 先生?」
「っはは! 相変わらずキッツイなぁ!
 ……で? リンス先生、今日はなんの授業をやりましょうか!」
「ではみなさん、落ち着きを得るために茶道でも」
「そんなん小学校で習わへんわ」
 ズビ、とツッコミを入れた。くす、とリンスが笑う。おお、乗ってくれた上にウケた。珍しいこともあるものだ。
「あ。ちなみに社先生は体育の先生なんやで。せやから、雨降りの今日は授業中止やねん」
「全く、自分に都合のいい教師だね」
「ふふん。大人の事情に勝るものはないんやで」
「どういう事情だよ」
「もちろん、愛しい妹の誕生日パーティーや」
 ああ、それは仕方ないね、とあっさりリンスは引き下がった。せやろ? と応えながら、ケーキの準備をする。
 テーブルには、テーブルクロスが敷かれていた。準備していてくれたのか、と思うとありがたい。箱をテーブルの真ん中に乗せて、お皿とフォークを人数分。ジュースとグラスの用意も怠りなく。
 一通り全て出揃ったら、両手をパン、と叩いた。遊んでいた三人が、いっせいに社を見る。
「誕生日パーティ、はじめんでぇ〜♪」


 千尋は、社から帽子を貰って喜んでいた。白猫のワンポイントが可愛い、千尋によく似合う帽子だ。
 ジュースを飲みながら、時哉は千尋の笑顔をぼんやりと、見ていた。
「やっぱ、誕生日って嬉しいもんなんだよな……」
 思わず呟く。と、「そうね」横から予想外に反応があった。クロエだ。
「クロエも、誕生日って嬉しいか?」
「とっても」
「オレも、嬉しいって思うんだ」
 時哉は、既に一度死んだ身だ。
 事件に巻き込まれて亡くなった一家の、長男。
 同じく事件に関わっていた社と響 未来(ひびき・みらい)の手によって、こうして再び現世に命を得た。
 生前の記憶は虫食い状態で、あまりよく覚えていないのだけれど。
「祝ってもらうことって、それだけで自分がそこにいる意味が少しわかるっていうかさ……」
 あなたがいてくれて、よかった。
 あなたはここに、必要な人。
 そう、言われているようで。
 嬉しくなって、胸がいっぱいになったのだ。
 千尋がいま、それを感じているとしたら友達として嬉しいし、もしクロエも同じように喜ぶのなら、今度は彼女の誕生日パーティを開くのもいいかもしれない。
「楽しみにしてろよ、クロエ!」
「? なぁに?」
「まだ秘密! ほら、千尋におめでとういいに行こうぜ!」
 クロエの手を引いて、千尋の前に躍り出る。


 『あの時』から、魔鎧を作ることはやめた。
 もう、作らないだろうとも思っていた。
 だけど、未来は作り上げた。
 ――あの子たちの想いに惹かれちゃったのかしら?
 社も、時哉も、未来に素敵な『音』を聴かせてくれる。
 だから、きっと、未来は決心がついたのだろう。
 時哉の魂を、魔鎧にしようと。
 自らの命が燃え尽きようというその時に、なおも皆を護りたいと強く願った時哉は、なんだか、あの日の彼に似ていた、気がした。
 妹のことを想って、まだ死ねないと言った彼に。
「…………」
 そのときの結末は、思い出さないでおこう。
 今は、千尋の誕生日パーティなのだから。
「ちーちゃーん♪」
 精一杯、楽しむのだ。
「ミクちゃんからも誕生日プレゼント♪」
 渡した箱に入っているのは、新しいお洋服だ。社があげた帽子によく似合う服を見繕ってきた。
「マスターのプレゼントと一緒に着てみてね♪」
「わあ、ミクちゃんありがとう!!」」
 千尋は嬉しそうに、満面の笑顔で応えてくれた。
 どういたしましてと千尋の頭を撫でていると、時哉がクロエの手を引いてこちらにやってくるのが見えた。
「千尋!」
「ちーちゃん!」
 二人同時に、千尋の名前を呼ぶ。
 そして、
「「おたんじょうび、おめでとう!!」」
 ありったけの気持ちを声に乗せ、千尋に届けた。
「……っ、ありがとう!!」
 千尋も、本日一番いい笑顔で二人を出迎え。
 これからもよろしく、なんて、三人で言い合う。
 三人の姿は、仲の良い兄弟のもので。
 なんだか、三人を見ていたら暖かい気持ちになった。


 ――届いたかなぁ?
 ケーキを食みつつ、社は想う。
 千尋の誕生日。
 つまり、それは地球にいる『千尋』の誕生日でもあるわけで。
 今日着くように、社は実家へプレゼントを贈っていた。
 プレゼントは二つ。
 一つは、黒猫がワンポイントの帽子。
 これは千尋とお揃いのもので、同じ世界で二人がお揃いのものを身に着けていてくれたら、という兄の願い。
 もう一つは、リンスに作ってもらった、デフォルメされたクロエのお人形。
 ――あっちのちーにも、クロエちゃんのこと知ってもらいたいしな。
 可能なら、お人形を大事にして。
 『クロエ』と仲良くなってもらいたいと、思う。
 ――届いたかなぁ?
 もう、本日何度目かの自問。
 答えが来るのは、もうしばらく後。
 地球の千尋から、「おにいちゃんありがとう」という件名のメールが、届くまで。