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リアクション
●オープニング 1
まだ夜明け前の薄暗い室内。
シュッと布同士がすれ合う音がした。
袖口の調整をし、肩のラインを合わせる。
そのとき、ふと視界に姿鏡に映った自分の姿が入って、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は手を止めた。
鏡越しに見る、今の自分。
そこに、殴打蹴打の跡はない。
服に隠れて見えないが、もちろん肩からも槍に貫かれた痕跡は跡形もなくぬぐいとられていた。
肩を回しても、ほんのわずかの痛みもない。ヴァイスのおかげだ。
だが、手足を重くさせる鈍い痛みはまだ身内にあった。それが鏡のなかのアルクラントにも如実に表れていて、瞳の放つ光を暗く陰らせている。
胸の奥深くから生まれて広がるこの痛み。この痛みの持つ名を、アルクラントは知っている。
『恐れることを恐れるな。
本当に恐れなければいけないのは、立ち止まることだ』
それはかつて彼のパラミタ行きを反対し続けた曽祖父が、出立の前日にくれた言葉だ。
その言葉の意味を、真の意味で初めて理解した気がする。
目覚めたとき、彼は病院のベッドにいた。彼の最後の記憶は密林で、いつの間に意識を失ったのかも全く覚えていない。しかし、眠っている間に、たくさんの人の声を聞いた気がしていた。
地球で出会った人、パラミタに来て出会った人。そして見知らぬだれか。
何を言っていたかまでは覚えていない。それを思い出そうと、ぼんやりと静かな室内で真っ白な天井を見上げているうちに徐々に頭がクリアになって、少しばかり道が見えてきた。
あの声たちのおかげだ。――伝える術はないが、心から感謝を。
ベレーをかぶり、コートをはおり、銃を肩にかつぐ。
首にはシルフィアがくれたお守りを。
そして、いつも腰にぶら下げながら、1度も振るったことのない刀をなでる。
この刀に刃はない。
撃てるかなんて、迷うこともなかった。私の行くべき道に仲間の血を流すことなど不要だから。
私は私の方法で、シルフィアを迎えに行けばいい。
(行ってくるよ、爺さま)
鏡に映った自分が見つめている気がしても、もう気にならない。
手足を重くさせ、この場にとどまらせようとする、こんな感情など振り捨ててドアを開ける。
前を見ろ、一歩を踏み出せ。
それが少しでもできたから、この地に来て、たくさんの素敵な仲間ができたのだ。
本当に何もできなかったのなら今の私はない。
たとえまた同じ結果が待っていたとしても……格好悪く、また地面に転がることになったとしても、それがどうした? それも全て含めて、アルクラント・ジェニアスだ。
成功も失敗も、喜びも悲しみも、挑戦も諦めも全てが私。その全てを背負って私は私の行くべき場所へ行くだけだ。
『そうだよ、マスター』
ひと気のなくなった室内で。
声なき声が空間を震わせる。
『それでこそ僕のマスターだ』
声の主は1人だけではなかった。先の少女の声とは違う、大人の女性の声がする。
『やれやれ。どうやら夢のなかでは私たちの声が届いたようだね』
少々安堵を含んだ声。
『届いたかな?』
『そうだねえ……意識には残ってないだろうけど、まあ、背中をひと押しくらいの力にはなったんじゃないかい?』
『そっか』
『私はまだぐっすりと寝てたいんだけど、さすがにこんな状況だと、ね…。
私の本体の素敵八卦は、あんたの日記帳。全部知ってる。
今まで見てきた素敵な出会い、特にここ数カ月に出会ったあんたの仲間。
あの子たちの想いを、しっかりと受け止めてやんなさい。
きっとそれは、あんたの助けになるから。
頑張んなさいよ、アルク』
それはアルクラントがまだ出会っていない、しかし必ず出会う運命のパートナー、完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)とエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)の声。
パートナー同士には定められた絆という、生まれながらのつながりがあり、それはたとえ出会う前であっても変わらず存在する。彼らが自覚しているかしていないかの違いだけで。
絆は、深い、深い、意識の底で互いにつながっている。
彼らはやがて出会うだろう。
それも、遠い未来ではなく、こんな夢の予兆でもない。
『ああ。あなたが僕のマスターで本当に良かった。
素敵な出会いの日を楽しみにしているよ、僕のマスター』
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