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リアクション
第7章
「よしっ、と、これでいいな」
若松 未散(わかまつ・みちる)は、自宅でレイカ・スオウ(れいか・すおう)をはじめとした、一緒に祭に行く女子達の着付けを手伝っていた。レイカの髪をアップに結い上げ、満足したように一息つく。
「ありがとうございます。早かったですね」
「まあ私は慣れてるからな」
レイカにそう答えながら、背も高いしモデルみたいでいいよなあ……と彼女のスタイルに感嘆する。やっぱり、うらやましく感じてしまう。
(ハルは私が何を着たって褒めてくれるけどそれでも……って、なんであいつのこと考えてるんだ私は!?)
「未散くん、出来ましたか?」
「……!?」
その時、ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)が部屋の外から声を掛けてきた。長年の経験でおおよその着付け時間も分かるのだろう。
「あ、ああ、今行くから!」
「どうかしましたか? 何か慌てて……」
「な、なんでもない、なんでもないから!」
若松 みくる(わかまつ・みくる)とユノウ・ティンバー(ゆのう・てぃんばー)カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)と計6人で外に出る。昼よりは幾分落ち着いた空気が、頬を撫でた。
(あれ……?)
カガミの顔が赤くなっている。視線の先はどうやら、レイカのうなじのようだった。
◇◇◇◇◇◇
846プロダクションの事務所にて。
「ふぅ……846プロダクションの仕事も一段落ついた事やし、今日ある『魂祭』には遊びに行けそうやな」
「マスターお疲れ様〜♪ これならサマーライブも大丈夫そうね♪」
響 未来(ひびき・みらい)は、ライブ関係の書類を閉じた日下部 社(くさかべ・やしろ)に後ろから飛びついた。それに合わせて、ツインテールが跳ねる。
「さぁ! ミクちゃんもお祭りに行っちゃうぞぉ♪」
心置きなく遊べる、ということで、未来は嬉しそうだ。そこで、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)が立ち上がった。彼女も魂祭に行くのだが、こちらはお仕事である。盆踊りのゲストの依頼が入っているのだ。はりきってOKした衿栖は、元気に事務所のドアを開けた。
「社長、じゃあお先に行ってますね!」
「おう、思いっきり盛り上げてこいや!」
「はい、行ってきます!」
社に見送られ、衿栖は祭りへと出発する。
――お祭りかあ。アクア来てるかな?
一方、社も。
(ラッスンと会うのも久しぶりになるかな? 俺に会えなくて寂しい思いしとるかもしれんしな!)
事務所でそんな事を考えていた。
◇◇◇◇◇◇
「おまつり〜! すっごい人だ〜! たのしむぞ〜! ごーごー!!」
夜の公園が、花火の灯と提灯の灯、それに屋台の明りで照らされていく。春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)は、ピノと手を繋いで屋台通りを歩いていた。半分スキップしているような、元気な足取りだ。最近流行りの、レースとリボンがついた可愛い系の浴衣を着ている。濃いオレンジ色と山吹色が適度にミックスされた色合いの生地に、大きな蝶々の柄が散っていた。それを、オリーブ色の帯で締めている。
「夏だよ暑いよおまつりだよー!」
「夏だね暑いねおまつりだね!」
「仲良いな、本当……」
彼女達とケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)がラス達と合流したのは救護所を出てすぐのことだった。元々、大地達と待ち合わせしていたらしい。
「いろんなお店があるよー! あっ! おめんみーっけ!」
「可愛いのがいっぱいあるねー!」
そして2人は、お面屋台にダッシュしていく。
「あ、お前ら、走るなって……!」
「らっすんは頑張ってついてきてねっ!」
振り返った真菜華はそう言った。うつっている。社の呼び方がうつっている。
「らっすん……? いや、そうじゃなくて」
今日は浴衣であり下駄であり人混みであり、そんな転ぶ要素てんこもりの中で走るとは。はぐれるのも困るが、ピノが転ぶのはもっと困る。
「大丈夫だよ、ほら、歩き方もスムーズだし」
ラスを安心させるように、ピンク色の古典花柄の浴衣を着たケイラが言う。華やかだが、落ち着いた感のある浴衣だった。
「そうだ、ねえラスさん、良い美容院……美容師さんでも理容師さんでもいいんだけど……知らない?」
「は? 美容院?」
突然振られた話に、ラスはケイラを見返した。
「あ、今すぐじゃなくてもう少ししてからでもいいんだけど」
「何だ? いきなり……」
祭会場で祭以外の事を話してはならない法律が無い以上別に不自然はないのだが、それにしても唐突だ。目を丸くする彼に、ケイラは「いや、あのね……」と少し困ったような顔をした。浴衣ということもあり今日はアップにしているが、ピンク色の髪が崩れかけている。一房垂れた長い髪の端を、ケイラは摘んだ。
「ほら、もう腰まであるんだよ。長いよねー……。パラミタに来るちょっと前から伸ばし続けてたけど、ちょっと変えてみるのも……悪くないかなあって。洗うのが面倒とか歩きにくいとかそういう訳じゃないんだけど」
それから、早口で言い訳するように声を上げる。
「なんとなく! なんとなくね?」
「切りたいなら、切れば?」
「ええっ!?」
「いや、だってなあ……」
ラスはまじまじとケイラの髪を眺めた。髪型にそう特別気を払っているわけではないし、もっと相談する相手がいるだろう、と思う。例えば、お面屋ではしゃいでいる女子とか。
……というか、これは完全に女子の話題ではないだろうか。
「そこまで短くしたいんじゃないんだろ? ……まあ、俺が使ってる所なら教えてもいいけどな。悪いけど、いちいち他を探してやる程マメじゃねーし」
それでいいなら、と、店名を告げる。そこで、折り良くお面屋まで追いついた。嬉しそうに真菜華が言う。
「あ、さいふだ!」
「誰が財布だ」
「おにいちゃん、これ買ってー。これ!」
耳の片方に赤いリボンをつけた、日本で有名なネコのキャラクターをピノが指差す。真菜華も続けて同じのを指定した。お揃いにするから、と、二つ分の金額を当然のように店員に言う。
「あとー、りんご飴とー、わたあめもほしいにゃー」
「じゃがバタとか焼きそばとかチョコバナナとかあんず飴とか……。うんうん、縁日は美味しい物が沢山出回ってて楽しいなあ」
「……おい」
「あ、大丈夫! 自分の分は自分で払うよ」
会話に普通に加わっていたので突っ込むと、ケイラは慌ててそう言った。当然だ。仕方なくお面代を払っている彼を、ピノが真っ直ぐに見つめてくる。
「だって、おにいちゃんお小遣いくれなかったし。それって、好きなだけ買っていいってことだよね?」
「……何だその拡大解釈は」
◇◇◇◇◇◇
「ノルンちゃん、エイムちゃん、好きなものを買ってくださいね〜」
その頃、エリザベートと魂祭を訪れた明日香は、ノルニルとエイムにお小遣いを渡していた。中を確認した袋を両手で握り締め、ノルニルは明日香を見上げる。
「いいんですか?」
「誰かとは違いますから〜」
笑いかけ、ごく自然に明日香は言う。エイムは既に近くには居ず、2人の会話終了を待たずして走り出していた。
「わーーーーー」
祭の空気、というよりは屋台の数にはしゃいでいるのが後姿からでも感じ取れる。彼女は、人混みの隙間を見つけて器用に避けていった。みるみるうちに遠くなるが、まあ想定外だ。だが、ノルニルはびっくりして慌ててエイムを追いかけ始めた。心配そうだ。
「エイムさん、走ってはいけませんよ」
「ノルンちゃんは修行が足りませんね〜」
離れていく彼女達を、明日香は余裕を持って見送った。人混み回避能力も、エイムを見送る落ち着きもノルニルには足りない――否。
「あれ〜、エイムちゃんが異常なだけでノルンちゃんは普通でした〜」
と、やがて気付く。エイムのあの技能は、もっと他に生かせないものだろうか。適材適所。確か、海では人の居ないところをスムーズに走り、人の居るところで転んでいた。
「エリザベートちゃん、何を食べたいですか〜?」
彼女達の後をゆっくりと追いながら、明日香はエリザベートに笑顔を向ける。
「そうですねぇ、いろいろなものが食べたいですぅ〜」
食べてないものは、まだいっぱいある。エリザベートは明日香の手を握り、そう言った。
「……見失ってしまいました」
その頃、ノルニルは道の真ん中で1人立ち止まっていた。辺りにエイムは見当たらず、この人出では遠くに目を凝らすことも叶わない。
「明日香さん達のところに戻りましょう」
仕方ないので引き返し、歩き出す。流れるように歩く人々とは反対の方向へ。来た道を戻るのだから簡単だ。
てくてく。てくてく。沢山の大人達とすれ違う。賑やかな公園の中を、心持ち見上げながら歩いていく。でも、どれだけ歩いても元の場所には戻れなかった。
「……明日香さんにエイムさんにエリザベートさんが逸れてしまいました」
小さなつま先を内向きに、ぴた、と止まる。
「みんなしょうがないですね」
足元に、視線が落ちる。
「…………」
一歩ずつ、また歩き出す。
「しょうがないので、探してあげます」
きょろきょろと、道行く人達の顔を見る。笑っているのは、皆知らない人達だ。段々と、ノルニルの目が潤んでいく。
泣いてなんかいない。迷子になんかなっていない。そう思うけれど本当は解っていて。
「誰かがきっと見つけ、連れて案内してくれますよね」
そんな言葉が、口から漏れた。
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