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うるるんシャンバラ旅行記

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うるるんシャンバラ旅行記

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 青白磁とセルフィーナに見送られ、天沼矛に乗り込んだレモたちは、その夜海京の中央地区へとたどり着いた。
「ここが……地球なんだ」
 地面へと降り立ったレモは、そう呟くと、しばしその場に立ちすくんでいた。
 ついにパラミタからも飛び出したという胸の高鳴りが、おさえられなかったのだ。
「久しぶりだな……」
 一方、もともと地球人であるカールハインツには、その種の感慨は薄い。むしろ、本当のことをいえば、あまり戻ってきたい場所でもないのだ。過去も、故郷も。
「カールハインツの故郷は、ここから近いの?」
「まさか、てんで遠いよ。……さて、宿に行こうぜ」
「あ、うん」
 レモを急かすようにして、カールハインツは歩き出す。その背中を、レモは慌てて追いかけた。

 海上都市、海京は、四方をぐるりと海に囲まれた行政特区地域である。
 地球における最先端技術が集まり、歩いているだけで、めまぐるしくかわるネオンサインや、一目では用途のわからないものなどが目に飛び込んでくる。空が見えないほどに並び立つ摩天楼も、アスファルトで整備された道路も、パラミタのものとはやはり少し違う気がした。

 東地区の片隅に作られたホテルに一泊し、翌日、レモとカールハインツは待ち合わせの場所に出発した。
 海京といえば、なんといっても、イコン。そのデッキの見学コースに、招待をしてくれた人物がいたのだ。

 海京、南地区。天御柱学院の一帯に位置するイコンデッキ。
「先日はどうも…天御柱学院高等部教諭、アルテッツァです。担当は理科、主に生物を教えています」
 アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)は、そうにこやかに出迎えた。
「天御柱のイコンを間近で見学させていただけるなんて、嬉しいです」
「レモ君は、シパーヒーに搭乗したことは?」
「まだないんです」
「あんたのイコンは?」
「コームラントと、ブルースロートです。コームラントは長距離射撃機、ブルースロートは防御特化型の支援機です。教諭が戦場でしゃしゃり出るわけにはいきませんし、生徒を守るために、自然と支援機を選ぶようになった形ですね」
 そう説明しつつ、デッキ内部を歩いて行く。細い通路の両脇に、巨大なイコンがずらりと並ぶ様は壮観の一言だった。そのうちの一体の前で、アルテッツァは足を止める。
「これが、ボクの機体です」
「アル! 今日は何だぎゃ?客人ぎゃか?」
 レンチ片手に、イコンの肩あたりからひょいと小柄な少年が顔を覗かせる。
「ヨタカ、整備の手を止めてご挨拶なさい」
 アルテッツァに呼ばれ、するすると通路に降りてくると、レモの正面に立った。小柄なレモより、さらに背が低い。
「ワシは、親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)ぎゃ! …ぎゃ…薔薇学…坊ちゃん学校だぎゃ」
 じろじろと夜鷹がレモを上から下までねめつける。
「……はしたないですよ、ヨタカ。ちょっと薔薇の学舎の皆さんに、起動したところを見せて貰えませんか?」
「ぎゃ? 実際に動かすぎゃか? 整備途中ぎゃから、無茶は出来ないぎゃよ!」
「いえ、…今回は出撃はしませんよ、第一パイロットが足りません。やはり、パートナーと出撃する方が機体の性能に歴然とした差が生じますね」
「そうなんですか?」
「そうですよ。いずれレモ君がシパーヒーに搭乗するとしたら、パートナーがいたほうがよいでしょうね」
「……ま、そもそもお前にはイコンは未だ早いけどな」
 カールハインツが、そうレモの頭に手を置く。
「そういえば、パイロットがこっちに来る予定だぎゃ」
「パイロット…?ああ、ヴェルのことですか」
「そうぎゃ。レクぎゃ、レクが来るんだぎゃ! 何だかいっぱい浴衣抱えていたぎゃよ、何するんぎゃかね?」
「確かに彼と一緒ならデモンストレーション飛行も出来そうですが……浴衣?」
 なんだってまた、イコンデッキに浴衣なのだろう。アルテッツァだけでなく、レモとカールハインツも首を傾げた。
「あ、言ってるそばから来たぎゃ……レク! こっちだぎゃよ!」
 夜鷹が、レモたちの背後に向かって手を振る。振り返ると、長身の青年がにこやかに駆けよってくるところだった。
「ゾディ〜そちらにいらっしゃるのが薔薇の学舎の皆さんね! 初めまして、学院で音楽の非常勤講師をしているヴェルディー作曲レクイエムよ」
「は、はじめまして……」
 レモは戸惑い、カールハインツの顔にはありありと『オカマなのか?』と書いてある。それを察し、「言っておくけど、アタシ、オカマってわけじゃないわよ?」とヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)はカールハインツをにらみつけつつ釘を刺した。
「それはともかく! この後の予定は聞いているわ、花火を見るんですって? ……でもまさか、そんな制服で見に行くンじゃぁないでしょうね?」
「え……だめですか?」
 基本的に、旅行中は薔薇の学舎の制服で二人は通している。その方が、待ち合わせのときなどもわかりやすいからだ。しかし、レモの返答に、ますますレクイエムは端正な瞳をつり上げた。
「ダメよ! そんなコトしたら、特技『ファッション』持ちのアタシが容赦しないわよ! 是非ここで選んでから行きなさい!」
 そう高らかに宣言すると、ばさりとブルーシートを広げ、用意していた浴衣を広げだす。
「……また始まりましたか。すみません、ボクのパートナーは着る物の事となると熱くなってしまって……」
「いえ、あの。お言葉はありがたいんですが、ちょっと、ここでは……狭いかなって」
 なにせ、イコンデッキの通路のど真ん中だ。他に生徒はいないとはいえ、何事かと思われてしまいそうでもある。
「そうですよ、ヴェル。こんなところで広げるものでもないでしょう」
「なら、別室に行けばいいのね? 奥の打ち合わせ室が、一つくらい空いてるでしょう。さ、行くわよ!」
「おもしろそうだぎゃ!」
「え……」
 一端広げた浴衣は、夜鷹が抱えて頭の上にのせる。その間にも、レクイエムはカールハインツとレモの手をとり、猛然と突き進んでいってしまった。
「…………」
 残されたアルテッツァは、呆然としつつも、仕方なくその後を追ったのだった。

「んー、アタシとしては、レモちゃんみたいな可憐な子は植物柄だと思うのよ。流水に紅葉とか、桔梗とか似合いそうね。あと、カールちゃんは背が高いし、大柄な模様が良さそうね。『勝虫』と呼ばれた蜻蛉柄とか、登鯉のような派手な模様なんて良いんじゃない?」
 そう言いながら、レクイエムは真剣な表情で、レモたちに浴衣を羽織らせる。とりあえず、似合うかどうかの確認のため、本格的に着せ替えてはいない。
「ぎゃ〜いろんな柄があるぎゃね」
「あ、あの……よかったら、夜鷹さんも着てみてくださいよ」
「ぎゃ? わしぎゃか? どれなら似合うぎゃか〜?」
「え、ええと……」
「ちょっと。うるさいわよ。今はレモちゃんが先でしょ!」
「それなら、俺はこれがいいな」
 カールハインツが選んだのは、藍色の生地に、金や黒の蜻蛉柄が入った浴衣だ。
 積極的に着たかったというより、この騒ぎが早く治まって欲しい一心というようにも見えなくないが。
「あら、いいんじゃない? 金色の瞳と似合うわ」
「気に入っていただけたみたいで、よかったよ」
「レモちゃんは? どうかしら?」
「え、ええと……じゃあ……」
 レモがおずおずと手にしたのは、白地に可愛らしい向日葵があしらわれた着物だった。
「少し、可愛すぎますか?」
「そうねぇ……でも、あら、着てみると良い感じじゃない。これに、朱色の帯とかあわせれば、うん、良い感じだわ」
 レクイエムは満足げに頷き、二人を見比べた。色の対比的にも、なかなか似合っている。
「良い感じぎゃ!」
「終わりましたか?」
 アルテッツァが、そう声をかける。
「ええ。どう? まぁ、きちんと着付けもしたいところだけど、それは空京に戻ってからね」
「あの、ご親切にありがとうございます!」
 面食らいもしたが、選んでもらったのは純粋にありがたい。
「当然のことをしたまでよ。気にしないで」
 レクイエムがウインクで返す。
「……とりあえず、見学に戻りましょうか」
「ああ、頼む」
 苦笑しつつ、カールハインツはアルテッツァの提案に頷いた。

 それから、再びイコンを見て回り、残り時間で駆け足ながら見学を済ませた。
 包んでもらった浴衣を受け取り、かわりに、レモはお土産を三人に渡す。
 何度も礼を言いながら、最後は天沼矛まで送ってもらい、レモとカールハインツは再び空京へと戻っていったのだった。