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うるるんシャンバラ旅行記

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うるるんシャンバラ旅行記

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「…………」
 レモの足取りが、少しずつ遅れだしたのは、午後になってからだ。
「そうだ。今度はレモ少年、俺様が作った旅のしおりのように、君が体験したことを旅のガイドブックにしてみるとよいのではないか? 君が楽しかったことをひとつの冊子にするんだ他の人に伝えて、楽しかったっていわれるのは、すごく楽しいぞ…!」
「そう、だね。……あのときの、すごく役に立ったし……」
「……少年?」
 答えるレモの顔が、青ざめていく。
「あの、もしかして……」
 緋布斗がそう声をかけたときだった。
 ぐらり、とレモの体が傾ぐ。咄嗟に支えようと腕を伸ばした緋布斗ごと、二人は地面にしゃがみこんでしまった。
「すごい、熱……!」
 おそらくは、我慢をしていたのだろう。その分、一気に無理がきたように、レモは意識を失っている。
「レモ!」
 緋布斗が泣き出しそうに顔をしかめ、必死に呼びかける。
 ちっと舌打ちをして、カールハインツは腕を伸ばし、レモを抱きかかえて持ち上げた。
「悪いが、先に宿に戻るぜ」
「一緒に行きます!」
 緋布斗が言い、唯識や秋日子も頷いた。
 その、一方で。
「「……お、お姫様抱っこ、だとーーーーー!!!!!」」
「……三次元には興味ねぇですが、さすがの私といえど、ええものはええですね……」
「まさに、俺の薔薇名場面名鑑収録!」
「…………」
 盛り上がる真尋とアーヴィンの残念さに、マーカスには言葉もなかったという。


 予定より早く宿につくと、レモは座敷に寝かされ、簡単な診察も受けた。
 疲労による発熱で、そうひどい状態ではないと聞かされ、一同はほっとする。
 看病に残ると言う緋布斗にレモは任せ、彼らは旅館の入り口まで戻ってきた。
「せっかく案内してくれたのに、悪かったな」
「ううん。お大事にね」
 カールハインツにそう言うと、秋日子とマーカスはもう少し城下町を回ると出て行った。やいのやいのと言いつつ、真尋とアーヴィンも一緒だ。
「なにを言ってるかはよくわからないけど……仲が良いんだね、あの二人」
 唯識が苦笑して見送る。だが、カールハインツの表情は暗かった。
「……カール?」
「なぁ。少し、話さないか」
 そう頼み、カールハインツは、近くの喫茶室へと唯識を誘った。

 旅館の一階にある喫茶室は、今の時間は人影もまばらだ。和風の畳に座布団が並び、低いテーブルには折り紙細工らしいものが飾ってある。
「レモのことは心配だけど、カールのせいじゃないと思うよ」
 唯識がそう慰めの言葉を口にすると、カールハインツは首を横に振った。
「……人のこと、言えないんだ。本当は」
「え?」
「あいつの弱さが、時々イラついてたんだ。旅に連れ出したのも、そのせいでさ。タフになれよって、そのために、わざとトラウマに向き合わせたりもした」
 カールハインツは目を伏せる。
「けど、それは結局……俺が、過去と向き合えない弱さがあるからなんだ。そういう、認めたくない俺自身を、あいつの中に見て、イライラしてた。八つ当たりだよな、ただの」
 カールハインツが、こんな風に内心を吐露するのは初めてだ。唯識は驚きながらも、あえて自分に話してくれたことを、嬉しく思った。
「無理させたって、謝らないとな。……悪ぃな、こんな話して」
「いや、いいよ。ありがとう、話してくれて」
 心からそう言うと、唯識は微笑みかける。
 唯識は、カールハインツの過去や、事情までは知らない。けれども、自分の過ちを素直に認められたことは、良かったと思うのだ。
「レモ、早くよくなると良いね」
「……ああ」
 いつものぶっきらぼうな顔つきながらも、カールハインツは小さく頷いた。


「……緋布斗、さん?」
「気がつきました?」
「うん。……ここは?」
「旅館です。もう少し、寝ていたほうがいいですよ。熱がでてるんです」
 緋布斗がそう説明すると、レモはぼんやりとした瞳のまま、「そっか……また、迷惑かけちゃった……」とぽつりと呟いた。
「そんなこと、ないです」
 ぎゅっと着物の膝のあたりを握りしめ、緋布斗はまっすぐにレモを見つめる。
「あの、……僕は、以前あったこと、詳しくは知らないんですけど。でも、薔薇の学舎にはレモの事を心配して大事に思っている人はいっぱいいるんですから、不安になることはないと、思うんです」
「…………」
「その、僕も、記憶があんまりはっきりしてなくて。でも、早く思い出して、みんなの力になれるようになりたいんです」
「……僕と、一緒だね」
 レモは薄く微笑んだ。
 だから、緋布斗にはわかる。非力さへのもどかしさも。期待に応えたいという焦りも。でも、同じが故に、それに対する答えもまた、緋布斗はもたないのだ。
「…………」
 やはり非力だ。自分は。そう思いながら、緋布斗はうつむく。
 そんな緋布斗の手を、まだほの熱いレモの手が包んだ。
「僕も、まだわからないんだ。いっぱい、迷ってる。……ね、一緒に、見つけられると良いね」
 記憶も、力も、その先の『答え』も。
 それを見守ってくれる人がいると、緋布斗もレモも、それだけは、知っているのだから。
「はい」
 きまじめに頷いて、緋布斗はレモの手をそっと握りかえした。


 カールハインツの手配で、旅行の日程をずらして、葦原島にはそのまま二日ほど滞在した。
 出発のときには、レモの体調もすっかり回復したようだった。
 秋日子と真尋に感謝を述べ、アーヴィンたちとも、ここで一端お別れだ。
「戻ったら、写真渡すね」
「少年、残りの旅行も、楽しむのだぞ」
「じゃあ、タシガンで」
「先にお帰りを待ってます」
 マーカス、アーヴィン、唯識、緋布斗はそれぞれにそう告げて、レモたちに手を振った。