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 第21章 幽閉同然にしている理由

 とある、秋の休日。
 手の中の携帯電話のメール画面。そこに映っているのは母、雷霆 木槿から送られてきたメール本文。
『今、空京にいるわよ♪ 会いにきちゃった(はーと) ママンより』
「……は?」
 今……? と、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)はつい先程の事を思い出す。何時間とか何十分という前ではなく、数分にも満たない前の事だ。携帯の着信履歴が実家の名前で埋め尽くされている事に気付いた彼女は、何事かと実家に連絡してみた。そこで聞いたのが、慌てに慌てたこの言葉。
『ムクゲ様が屋敷からいなくなられた!』
 ――んなこと言っても、私パラミタにいるから何も出来ないわよ。
 電話を切ってそう思った矢先のことで。
(え……ちょ、ちょっと待ってよ……)
 もう一度、着信履歴を確認する。最初に連絡があったのは数時間前で、空京は日本の上空だ。木槿が住み、リナリエッタの実家でもある屋敷は、イタリアのシチリア島にある。
「もうちょっと早く気付きなさいよ……」
 屋敷の人々に対してつい、そんな言葉が漏れた。
 仕方なく木槿にメールを返して待ち合わせ場所を決める。彼女がよく利用する、カフェの前だ。迎えに行って引きつった笑いを浮かべ、挨拶する。
「ひ、久しぶり、マンマ……ほ、ほほ」

 木槿は40代前半だが、一見、20代後半に見える。そして、着物を着ている。
 ――お洒落な内装のカフェに、和服美女は飛びきりに不似合いだ。
「リナちゃんったら、この間どーして里帰りしてくれなかったの?」
 店内で目立っている事を意識しながら、リナリエッタは頬を膨らます母にごまかし笑いと共に言い訳した。かわいい娘が帰ると言って、夏に帰ってこなかった。それから連絡も特になく、それならこっちから行かないと! と、木槿は空京に押しかけたのだ。
「ご、ごめんね〜。地球についたら熱出しちゃってさ、そのままとんぼ帰りよ〜あはは〜」
 嘘である。
 だが、自分より年下の少女のように納得できないと詰め寄られたら。
 尚且つ真実を言えない事情があるのなら、こうしてやりすごすしか手はない。あの日、リナリエッタは木槿の妹に連れられて彼女達姉妹の家に行った。イタリアへ行く飛行機に残席が無く、それを口実とされて招かれたのだが、妹がリナリエッタに関わっていると知ったら、木槿は単身自分の実家に乗り込んで皆殺しにしかねない。
 冗談ではなく本気でそう思っていたから、リナリエッタはごまかしに必死だった。
 穏やかな顔は表の顔。
 蚊を潰すような感覚で人を潰せる女性である。彼女は新婚旅行先で出会ったイタリアンマフィアに一目惚れし、一緒に来ていた男性をその手で殺してマフィア――父と結婚した。その時に貿易商の跡取り娘の地位を捨て、実家とは絶縁している。
(マジこの人だけは理解できないわー……あーこわい)
 仲良く話をしながらも、リナリエッタはそう思う。
 それは、冷や汗も出ようものである。
「ねえリナちゃん、最後にどーしても写真が撮りたいの! 久しぶりに会えた記念に!」
 カフェを出て別れる前、そう言われて彼女は木槿とのツーショット写真を撮影した。
(最近はネット上に保管できるのよねー)
 ぽちぽち、と携帯を操作し――
(あーーーーーー!!)
 リナリエッタはうっかり、ネット上にあるアルバムのアドレスを載せたメールをフォスキーアセッカ・ボッカディレオーネ(ふぉすきーあせっか・ぼっかでぃれおーね)に送信してしまった。
 誤爆、というやつである。

 そしてこの頃、フォスキーアセッカは嘉月兔 ネヴィア(かげつと・ねう゛ぃあ)と共に住むヴァイシャリー郊外の別荘で、まったりと庭の掃除をしていた。日も高く、暖かい昼の内に済ませておこうと思ったのだ。ネヴィアも外に出て、枯葉集めを手伝っている。別荘が山中にあるということもあり、枯葉が多いのだ。
 急に来たメールを確認するとメッセージ的な文章は無く、本文はアドレスだけ。
(ふフーン、これハ誤爆ッて奴ね。覗いちゃオ♪)
 アドレスを反転させてボタンを押し、中に入っていた写真をこっそりと見る。だが、何枚か繰っていったところでその指が止まった。
『家族写真』というタイトルがついた集合写真の中に、ネヴィアそっくりの男性が写っている。
(え……? 確かネヴィ、地球ニ行っタコと無イってあの時……じゃあ、誰これ?)
 この別荘は、リナリエッタの所有するものだが本人は住んでいないし滅多に来ない。イケメン好きのリナリエッタだが何故かネヴィアだけは毛嫌いし、幽閉同然に彼を半ばここに閉じ込めている。フォスキーアセッカはそのネヴィアの監視役なのだ。幽閉といっても、ネヴィアはネットショッピングで買った花を植えたり掃除をしたりと、それなりに楽しい生活をしているのだが。
 どうしてそこまで嫌われているのか。そう思ってある日、地球にいたことはないかと訊いたのだ。
 それに、写真には『家族』とある。
 ――実はこの男性はリナリエッタの唯一憎む腹違いの兄で、それがネヴィアが嫌われている理由なのだが、そういった事情をフォスキーアセッカは知らない。
 たとえ中身が別物と分かっていても、顔も見たくないのだということも。
 だから、意味が分からず、フォスキーアは1人パニックになって携帯と庭のネヴィルを見比べた。何度も視線を往復させる。その様子を不思議に思い、ネヴィアはフォスキーアに近付いた。
「どうしたの?」
「…………!」
 わけがわからないまま、フォスキーアは逃げ出す。直感的に、これは見せちゃいけない、という気がして。
 どうしたんだろう? と、残されたネヴィアは首を傾げた。
「僕の肩に毛虫でもついてたのかな?」