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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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ひとりぼっちのラッキーガール 後編

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第10章


「よいしょ……っと」
 七刀 切(しちとう・きり)は地下施設の捜索を続けていた。
「ふむ……この辺ならまだ使えそうだなぁ」
 比較的崩壊の少ない機器を見つけた切は、自らの携帯と生きている機器を使って、メールを打ち始めた。
「まぁ、文面自体は短いんだけどな」
 独り言が暗い部屋に響く。
 今頃、『レンカ』に憑依された恋歌がどうしているのかは分からない。それに、突然やって来た過去の『恋歌』の亡霊が憑依したコントラクターたちの行動も気になるところだ。

「……でもまぁ、ワイにできることはこのくらいなもんで……。
 今まであの娘がしてきたことは、きっと無駄にはならない筈だからな……」

 やがて、切の打ったメールが送信されていく。
 それは特定の相手に向けられたものではなく。

 やがてそれは、パラミタ中を駆け巡ることになるものだった。


                    ☆


「ああ、やだやだ。自分の姿を見ることもできない男ってのはねぇ」


 ふわりと、パーティ会場にノア・レイユェイ(のあ・れいゆぇい)が現れた。

 四葉 幸輝が琳 鳳明に向けて放たれた巨大な炎の塊。
 それを防いだのはノアのパートナー、ニクラス・エアデマトカ(にくらす・えあでまとか)だった。

「……あ、ありがとう……」
 礼を言う鳳明、しかし二クラスは彼女を助けたわけではない。
「ニクラス、悪いが……『任せた』よ」
「……御意」
 短いノアと二クラスとのやり取り。

「……え!?」
 突然、二クラスが鳳明を幸輝から遠ざけるように放り投げた。
 次の瞬間、ノアが放ったブリザードがパーティ会場中の炎を消し止めていく。

「……これは!?」
 放り投げられた鳳明が空中で一回転、着地すると幸輝がいる筈の場所には氷の壁ができていた。

「……」
 その前に立ちはだかるニクラス。
「何をするんですか、私はまだ幸輝さんと話さなければならないことがあるんです」
 詰め寄る鳳明だが、二クラスは無言で片手を挙げ、制する。
「……邪魔、するんですか」
 二クラスの様子を図る鳳明。特に攻撃してくる様子はない。

「お主達が何をしようと、我の知ったことではない。
 だが、ノアがあの人物――四葉 幸輝との会話を望んでいる。
 ならば我はその意志に従うだけだ」
 そう言って、氷の壁の前にニクラスは立つ。

 それは、ノアが幸輝との会話を『楽しむ』の間の時間稼ぎ――。


「――やぁ、お初にお目にかかるよ。自分はノア・レイユェイ……まぁ、名前なんてどうでもいい事さね。
 ちょっとだけ興味が湧いたもんでね」
 ノアは飄々と氷の壁の上に立ち、幸輝へと語りかける。
 幸輝も、張り付いたままの微笑を崩すことなく、慇懃に頭を下げた。
「いえいえ、せっかくのレディからのデートのお誘い。お断りするわけにもいかないでしょう」
 その様子を見て、ノアは口の端を吊り上げた。
「いやぁ、さっきからの放送を聞いたり、皆の様子を見たりしていると、随分と興味深い能力を持っているようじゃないか」
「興味深い、ですか。そうでしょうね。ですが、残念ながらこの能力は私と恋歌にしか備わっていない能力です。
 ――いくら私に近づこうとも、この幸運や幸福の恩恵にあずかることはできませんよ」
 その幸輝の言葉を聞いた途端、ノアは高らかに笑い出した。

「あははは!! 冗談はよしとくれ!!」

 ノアの高笑いを受けて、幸輝は問いかける。
「……違う、というのですか? 私の研究を我が物にすれば、自分も私のように自在に幸運を操ることができる、と」
 なるほど、幸輝の言い分もある意味では予想の範疇内かも知れない。
 実際、社長という立場上、幸輝の周りには何らかの恩恵を受けようという浅ましい人間の存在はいつもあっただろう。

 しかし、ノアの言葉はそんな幸輝の台詞を真っ向から否定するものだった。


「何を言ってるのさ?
 お前さんが幸運? 幸福?
 今自分の目の前にいるのは――」
 ノアは幸輝の顔を指差した。
 その、ぴくりとも動かない微笑。


「気味の悪い薄ら笑いしか出来ない、幸の薄そうな中年男だけさね」


                    ☆


 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、軽い放心状態のさなかに居た。

「……」

 それも無理からぬこと。
 何しろ弥十郎は今回、パーティに寿司の腕前を披露しに来ただけなのだ。
 それが突然謎の老人に寿司バトルを挑まれたうえ、その彼のリクエストに答えられなかったばかりか、その客が突然銀色のスーツに変身し、ビルを破壊しながら去っていったのだ。
 弥十郎でなくとも、ワケが分からないところであろう。

「……僕の寿司が……」

 そこに、パートナーである佐々木 八雲(ささき・やくも)が近づく。
「おい弥十郎、大丈夫か?」

「あ、うん。大丈夫だよ兄さん……」
「そうか。亡霊の数も多く出てきたし……幸輝氏は氷の壁の向こう……謎の老人は屋上で立ち回りか。さて、どうしたものかな」
「……それなんだけど兄さん」
「うん?」
 弥十郎の言葉に、周囲を見渡していた八雲は聞き返した。真剣な面持ちの弥十郎を見返す。

 おそらく、この現状を打破する名案でもあるのだろう。

「年齢が高い人にも食べやすく、淡白すぎずあくまで寿司にこだわるなら、煮アナゴが最適だと思うんだ。
 けれどそれには仕上げのタレが必要なんだ。それがなくてはあの老人を満足させることはできない……!!
 でも、そのタレは……例えば老舗のお店が数十年という時間をかけて使いながら熟成させるようなタレでなければならないんだ。
 だけど今、その時間はない……いったいどうすれば……!!」

 頭を振りながら、必死に考えをまとめる弥十郎。
 そんな弟の肩に、八雲は優しく手を置いた。

「……弥十郎」
「……兄さん」


「大丈夫だ。それは別に今考えなくてもいいことだからな」


                    ☆


「……いきなり爆発とか亡霊騒ぎとか、冗談じゃねぇぞ」

 ビルの屋上から、フューチャーXが空けた穴をくぐってパーティ会場に踊りこんで来た男がいた。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。

「ま、なーんとなく事情は飲み込めた。なら俺がすべきことはそう多くはないな……」

 唯斗は素早くパーティ会場内を飛び回り、不可視の封斬糸を張り巡らせた。

『これは……!?』
 『恋歌』の亡霊に憑依され、幸輝を狙っていたシェイド・ヴェルダはその封斬糸に動きを止めた。
 その糸は、本来ならば触れることの出来ないフラワシやナラカ人のような零体に影響を及ぼすことが出来る。

 そしてそれは、『恋歌』の亡霊にも例外ではなかった。

「よし、いけるな」
 唯斗は更に糸に光術の力を付与する。
 これによって亡霊の力を弱めることができるだろう。

『……邪魔、するな……!!』
 シェイドに憑依した恋歌が唯斗を睨みつけた。しかし、唯斗はその視線を微笑みひとつでかわしてしまった。
 そして、シェイドのパートナーである神楽坂 紫翠はその隙を見逃さなかった。

「シェイド……!!」
 珍しく積極的な行動に出る紫翠。シェイドに抱きついて、その動きを封じた。
『は、離せ……!!』
 亡霊の叫びを無視して、シェイドの瞳を覗き込む紫翠。
「シェイド……聞こえますか……? 少し、じっとしていてくださいね……」
『……!?』


 そして、紫翠の唇がシェイドの口を塞いだ。


「ひゅー、お熱いこって」
 唯斗が軽く口笛を吹いた。

「……紫翠……?」
 唯斗の糸で力を弱められた亡霊にとって、シェイドの自我がショックを受けたことでその支配を続けることが困難になったのだろう、シェイドの意識が戻ってきた。
「シェイド……気がつきましたか……良かった……」
 心配そうにシェイドを見つめる紫翠。
「ああ……そうか、俺は身体の自由を奪われて……」
 ようやく自分の置かれた状況に気付くシェイド。それと同時に、至近の記憶が飛んでいる事実にも気付いた。

「……で、どうやって助かったんだ?」
 その言葉に、紫翠は顔を赤らめてしまった。抱きついたままだったシェイドから離れる。
「い、いいじゃないですか、無事だったんですから。さぁ、まだ周囲には亡霊がたくさんいますから……早く撃退しましょう」
 珍しく早口でまくし立てる紫翠に押される形のシェイドは、周囲を見渡しながら口元に残る感触を反芻した。

「あ、ああ……」

 ひょっとして、と思いつつも。

「――ち。せっかく紫翠から珍しく積極的にキスされたかもしれないのに覚えてないとは……」

 シェイドは周囲の亡霊たちをさらに強力な炎で追いたて始めた。


「仕方ない、こいつらに八つ当たりといくか」