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比丘尼ガールとたまゆらディスコ

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chapter.10 窮屈な視界 


 脱出した者たちは、庭から灰になっていくCan閣寺を見つめていた。
 苦愛という名を捨てたマイ、そして彼女と一緒に行動していた者が到着したのは、この時だった。
 始めは戸惑ったマイだったが、名前を捨てた時点で既に寺に未練もなかったのだろう。
 周囲の人たちからなぜこうなったかという話を聞くと、彼女は「そっか」とだけ呟いた。

 庭を抜けた先の門までは、熱さも及んではない。
「だ、大丈夫……? 私のせいでこんな……」
 そこに寝かされた道真のそばで、式部が言った。
「大丈夫よ。そもそも、あんたのせいじゃないし」
 道真が答える。その口ぶりからも分かるように、間座安によって傷は負わされたものの、命に別状はなさそうだった。式部が少しほっとした様子を見せると、道真はそんな彼女に話しかけた。
「ねえ、この間の返事、聞かせてくれない?」
「え?」
 式部が一瞬固まった。それは聞き返すまでもなく、以前大部屋でされたキスのことだろう。
「えっと、あの……」
 式部は、返事に困ってしまった。
 目の前のこの人は、私を思ってくれている。それに応えるべきなのだろうか。
 けれど、好きという気持ちがまだわからないのに首を縦に振るのは、道真に対してとても失礼な気がした。
「……」
 それを言葉にする術が分からず、式部は黙ってしまった。道真はその間、優しい眼差しで式部を見ている。
「……あの」
 やがて、式部が口を開いた。
「こんなこと、図々しいって思われるかもしれないけれど……もうちょっと、待ってほしいの。私が、好きって気持ちに自信が持てるまで」
 そう言って、式部は立ち上がると、頭を下げて道真の元を去った。
「わが恋を人知るらめや しきたへの枕のみこそ知らば知るらめ、ってとこね」
 道真は式部の背中を見て、苦笑しつつそんなことを呟いた。

 そして、もうひとり。そんな彼女に視線を向ける者がいた。
「……終わってみれば、不思議だね」
 そう呟き、式部の元へ向かうのは、天音だった。
 閉じこもってばかりでは何も生まれなかったが、彼女はきっかけを掴んだ。
 きっと、そこに至ったのは多くの人が彼女の心を動かしたからだろう。同じように、彼女の行動もまた誰かに響き、その心を揺らしていたに違いない。
 そういった小さな出来事の積み重なりが、この場所にあったように天音は感じた。
「大変だったね」
「あ……うん……」
 見上げて、式部が返事をする。
「今、どんなことを考えていたんだい?」
 天音の言葉に少し悩む式部だったが、すぐに彼女は冗談めいた口調でそれに返事をした。
「とりあえず、久しぶりに大学の学食を食べようかな、って」
 その答えに、天音も笑ってみせた。
 もう、彼女は大丈夫なんだなと、改めて感じた。
「また、デートに誘ってもいいかな?」
 天音が微笑んだまま尋ねると、式部はデートという言葉に顔を赤らめてしまった。
「……大丈夫というのは、早計だったかな」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
 むしろ、この方がいつもの彼女らしい。天音はこっそり、そんなことを思った。
 と、天音は隣にいる式部の背後に、何かの気配を感じた。気配の方を向くと、そこにいたのは鮪のパートナー、一休 宗純(いっきゅう・そうじゅん)だった。
「……?」
 式部が振り返ろうとするその時。
「初めてお見せしよう……拙僧のヒロイックアサルト、頓知の利いた愛を!」
 言って、宗純は式部のお尻に触れようとした。ヒロイックアサルトのヒの字も見当たらない、ただのセクハラだった。
「……」
 天音が手でそれをどかせようとしたが、それよりも先に宗純の手を強く払ったのは、菫だった。
「道真さんが寝てるのをいいことに、好き放題やってくれるじゃない……」
 菫の目が、怪しく光った。慌てて宗純は、頓知という名の言い訳をする。
「いや違う、これも愛……っ」
 しかし、菫の強烈な睨みで、宗純はすごすごと引き下がるのだった。

 そんなやりとりから本堂に目を移せば、尼僧たちを引き連れ出て来たアキュート、ウーマ、県民がいた。ご自慢のサンバダンサー衣装は、真っ黒に焦げていた。
「……それじゃあ、ダンスも踊れないね」
 それを見た天音が、そもそもそんな状況でもないか、と苦笑まじりに言った。そんな彼に気づいたアキュートは、口を開く。
「なあに、もうたくさん踊ってきたさ」
 それは燃え盛るCan閣寺の中でか、これまでの出来事でのことか。あえてアキュートは、言わなかった。
 彼らのそんな会話は、何気ないやりとりで、ただの軽口かもしれない。
 しかし、この一連の事件に関わった者たちの心に巣くっていたものを取り払う鍵は、案外そんなところにあったのかもしれない。
 間座安は元より、謙二や式部にもあったもの。
 それは、大きな偏りだ。窮屈な視界とも言い換えることができるだろう。
 きっと自分たちが生きる中で、一番危険なものはその窮屈な視界なのだ。
 Can閣寺に浸かっていた尼僧も、己の愛を疑わなかった間座安も、少し首を、体を動かしてみれば気づいたはずだ。この世には、なんと多くの価値観があるのだろうと。
 視界を狭くして生きることは、容易く、落ち着くものだろう。見える範囲のものだけを理解していれば良いのだから。しかしその容易いということが、やがて妄信を生み意志を鈍らせるのであれば、容易さを疑わなければいけない。
 ふと立ち止まって、視線をずらしてみる。
 それは例えるならば、ただひたすら勉学に打ち込んでいた者が、深夜のラジオ放送から音楽が流れてくる僅かな間だけでも足拍子を取るような。
 そんな隙間での切り替えが、彼らには必要だったのではないか。
 宗純の行動はやりすぎだとしても、アキュートらの一見ふざけた衣装や、鮪の振り切った言動は、「そんな発想もあるのか」という可能性に満ちている。
 もちろん彼らだけでなく、謙二や式部と関わってきた者たちの言動にも、それはあった。そのおかげで、謙二も式部も、広がった視界を手に入れることが出来たのだろう。
 噂をすれば、ちょうど鮪が顔を黒く染めながらCan閣寺を出てきた。
「……兄者は?」
 謙二が尋ねると、鮪は応えた。
「柱が落ちてきたせいで、どこ行ったか分かんなくなっちまったなァ〜! ただ、あの顔は死ぬヤツの顔じゃなかったぜ!」
 それを聞き、謙二はそうか、と短く頷いた。
 間座安が生き延びたとしたら、またどこかで愛を広めようとするのだろうか。願わくは、その窮屈な視界がいつか取り払われんことを。
 謙二は寺から上る煙を見ながら、そんなことを思わずにはいられなかった。

「マイさん」
 謙二と同じように、煙をぼんやりと眺めていたマイに、アイシスが話しかけた。
「うん?」
「これから、どうされるつもりですか?」
「これから……かあ。どうしよっかな。なんか、ここにいた時のことを思い出すと、ひとつのことに縛られてたのが馬鹿みたいに思えてきちゃった」
 マイの言葉を聞いたアイシスは、それなら……と彼女にある提案を持ちかける。
「よろしければ、旅をしてみるのはいかがですか?」
「旅?」
「はい、知らない土地、知らない国を旅すると、人生観も変わるかもしれません。私も、色々な場所を見てきました」
「そっか、旅か……いいかもね」
 マイがあまりにあっさりと言うものだから、アイシスは思わず目が丸くなった。
「そ、そんな簡単に決めて良いのですか?」
「えー、だって進めてくれたじゃん。ほら、こういうのって思い立ったがラッキーデイって言うでしょ」
 そんな彼女の言葉に、アイシスは微笑んだ。その会話を聞いていたシルヴィオも、にっこりと笑う。
 そういえば、Can閣寺の頃から、その行動力はすごかったな、なんてことを思いながら。
「じゃ、そういうことで。あたし行くね」
 マイが、彼らに別れを告げてその場を去ろうとする。そこに、シンが待ったをかけた。
「旅に出る前に、腹ごしらえでもしてけよ。最高の味を提供してやるから」
 運命と向き合ったのは、謙二だけじゃない。この女性も、自分自身と向き合った結果の今なのだろう。会談を、そして今のマイの言葉を聞いていてそんなことを感じたシンの口は、思わずそう声を発していた。
「せっかくだから、全員分用意してやる。みんなで食って、それから好きなとこに行けばいいんじゃねぇのか」
 ぶっきらぼうだが温かさのこもったその言葉に、マイも、謙二も、式部も。そこにいた誰もが、目を細めた。
 今、彼らの視界はこの上なく良好だ。


担当マスターより

▼担当マスター

萩栄一

▼マスターコメント

萩栄一です。初めましての方もリピーターの方も、今回のシナリオに参加して頂きありがとうございました。
当初の公開予定日よりリアクションの公開が遅れてしまい、申し訳ありません。

今回の称号は、MCLC合わせて2名のキャラに送らせて頂きました。
ちなみに称号の付与がなくても、アクションに対する意見などを個別コメントでお送りしているパターンもございます。

マスターページにも書かせていただきましたが、今回のリアクションで、
蒼空のフロンティアでのゲームマスターとしての活動は、しばらくお休みさせていただきます。
またシナリオを出させていただく際には、マスターページなどでお知らせします。
たくさんご迷惑もおかけしてきましたが、ありがたいお言葉をたくさんいただいたりして嬉しかったです。
今までありがとうございました。またいつかシナリオでお会いできることを楽しみにしております。
あ、ちなみにですけど、引退はしません。英気とか諸々を養い終えたら復帰します。