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比丘尼ガールとたまゆらディスコ

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chapter.8 あゝあによ、君を泣く 


「人からの好意は、自然に分かるものだろう。教わらなくても充分だ」
 そう言うと同時にスナイパーライフルを構え、弾を放ったのは修也だった。
 気のせいかパートナーのルエラがそう言った修也のことを目を細めて見ていた気がするが、彼にとって今ルエラを振り返る余裕はなかった。
 それほど、目の前の人物が危険だということだ。
 バス、と修也の銃弾が間座安の足に穴を開ける。
 しかし、何事もなかったかのように歩を進める間座安を見て修也は戦慄した。
「どうなってんだ……」
 戸惑う修也に変わって前線に出たのは、リナリエッタとベファーナだった。
「まさか、男を女にして愛に目覚めさせるとは……容赦できませんね、これは!」
 間座安の思想とは若干違う捉え方ではあったが、どちらにせよ性を奪う間座安の存在は、ベファーナにとってプラスにはならないだろう。
 そのベファーナが間座安の前に飛び出し、自分に意識を集中させる。
 間座安の意識がそちらに向いた瞬間、リナリエッタは死角へと移り、がら空きの背中に真空波を放った。
 鋭い破壊エネルギーが、刃となり間座安を斬りつける。鮮血が吹き出すのを見て、リナリエッタは笑って言った。
「はっ、一方通行? 百パーセントの愛? そんな形容詞、愛にはいらないのよ。すべてを曝け出して裸になって、最後に残るのが愛でしょ」
 そのままリナリエッタは、フラワシを発動させ、病原菌を間座安の周囲に撒いた。
 が、間座安はそれを意に介することなく、大きく腕を振るい、リナリエッタとベファーナを叩き伏せた。
「っ……!!」
 そのまま踏みつけようとする間座安からどうにか逃れるリナリエッタだったが、見ていた者たちはその一連のやり取りを不可解に感じていた。
 今の病原菌が効いているかどうかは不明だが、少なくとも修也の銃弾も、リナリエッタの斬撃も、まるでダメージを受けていないかのように間座安は堂々と立っているのだ。
「……痛みを感じないと言っていたのは、こういうことか」
 刀真が、謙二の隣に移動しながら言った。
「おそらく、自らのものを切り落としたあの時からもう、痛みという感覚自体が麻痺しているのであろうな」
「だが、痛みを感じないってだけでダメージがねぇってわけじゃねぇよな?」
 逆隣に、そう言いながらラルクがやってくる。
「だったらもう、なりふり構ってられねぇ……急所だって狙っていくぜ」
 とはいえ、話を聞く限り股間が急所になっているとは思えない。となれば、スネあたりか。
 ラルクは瞬時にそう思考し、間座安へと突進していく。
「おらああああっ!!!」
 勢い良く放った拳。間座安はその腕を掴もうとするが、それは囮だった。本命は、スネ目がけ放った鋭いローキック。
 その蹴りは見事、間座安のスネを強烈に打った。
 が、やはり間座安の顔色はまったく変わらない。
「ちっ……これでも駄目かよ」
 体勢を整え直そうとするラルク。が、そこに間座安の大きな右手が襲いかかる。あわやラルクの首が絞められるかというところでその手を止めたのは刀真だった。
「さすが、ラルクを抑えるだけあるな……この力」
 白の剣を盾にしてどうにか攻撃を防いだまではいいが、その腕力に押され、剣を支える腕が震えだす。耐えきれず、剣を横に払い、一旦距離を置く。
 こちらの攻撃を無視できるほどの体力と、恐ろしいまでの腕力。
 彼らは、その双璧をなかなか打ち崩せないでいた。
「謙二、一緒に戦ってくれ!」
「たしかにこれは、協力が必要だ」
 ラルクと刀真が、謙二に声をかけた。だが、謙二は刀に手をかけたまま、動けないでいた。
 いくら酷い過去があり、分かり合えない存在だとしても、血を分けた兄は兄。その間座安を斬る意志を、謙二はまだ持てないでいた。
「謙二!」
 刀真が、強く呼びかける。それは謙二の心を確実に動かす一声となったが、同時に刀真自身に大きな隙をつくってしまった。
「あなたの男の相も、なくしてあげましょう」
 間座安が、刀真に手を振りかざした。刀真は慌てて間座安に向き直るが、防御も回避も間に合わない。
 しかし次の瞬間、突如出現した光の剣が、間座安から刀真を守った。
「これは……」
 刀真は目を見開いた。
 よく知っている技だ。見れば、目の前にはよく知っている女性がいる。
「私の刀真を、いじめるな!」
 ああ、これは。
 よく知っている声だ。そして、ずっと聞きたかった声だ。
 そう、刀真の危機を救ったのは、紛れもない彼のパートナー、月夜だった。
 大部屋の騒がしさが気になり、こっそり様子を見に来た彼女は刀真がやられそうになっていたのを見て、反射的にこの空間に飛び込んでいたのだ。
 目の前に立っている月夜は凛とした佇まいで、剣の結界を発動させている。
「私だけなの」
「……え?」
 月夜の呟いた一言に、刀真が思わず聞き返す。彼女は声を大きくして、目の前の間座安と……そして、おそらく背後にいる刀真に告げた。
「それをしていいのは、私だけなの。刀真を困らせていいのは私だけなの!!」
 そんな彼女の言葉に、苦笑する刀真。
 誰だろうと、俺をいじめたら駄目だろ。でも。
 彼は思う。
 月夜は好き勝手やっていて、それを俺は許しているなと。
 だったらもう、細かいことは考えない。取り戻すべきものがここにいるのだから、その名前を呼べばいい。
「……月夜」
 刀真が短くそう告げ、月夜の手を掴み抱き寄せる。その時彼は、月夜の耳元で何かを囁いた。
「え?」
 今度は、月夜が聞き返す番だった。
「もう一回、言ってくれる?」
 刀真はそのお願いを拒んだ。
 ――二度も、言えるか。「そばにいてくれ」なんて情けない言葉。
 月夜を取り戻したことで刀真の中にあったわだかまりが消えたのか、彼はこれまでとは明らかに違う目つきで間座安を見つめた。
「邪魔ですね……この妙な結界も、あなたたちも」
 間座安が、月夜の結界を強引にねじ切ろうとする。そこに、刀真の叫びが響いた。
「邪魔はお前だ、間座安……顕現せよ、黒の剣!」
 刀真の手に、光条兵器が収まった。間座安はそれを握る手ごと潰そうと横から手を伸ばすが、刀真の剣の方が僅かに速かった。
「……っ!」
 間座安の伸ばした右手が、宙に舞う。手首のところから綺麗に切断されていた。
 いくら痛みを感じずとも、血は流れる。それに、右手を失った以上攻撃もままならなくなったはずだ。
 加えて、リナリエッタの放った病原菌が少しずつ効いてきたのか、間座安の動きがこれまでより若干ではあるが鈍くなっていた。
「よし謙二、今だ、行くぜ!!」
 ラルクが走りながら、謙二を呼ぶ。間座安が苦し紛れに放った左の拳を難なく受け止めると、ラルクはその腕を自分の方に引き寄せ、勢いを利用することで間座安を放り投げた。その先には、謙二がいる。
「……兄者」
 何かを諦めたようなそんな声で、謙二が呟く。そして彼の刀が、間座安の左手を斬り飛ばした。

 両の手を失った間座安は、大部屋のふすまにもたれかかりながらどうにか立ち上がった。
 が、その出血量はもはや満足に戦えないことを証明している。
「私は……愛を広めなければいけないのに……」
 自分で今の状況が信じられないといった表情の間座安。
 この期に及んでまだその歪んだ愛を妄信するその姿は、哀れにすら見えた。
 おそらく、これでひとまず騒動は収まるだろう。しかし、間座安の愚直な願いは、未だ折れてはいない。そんな間座安に、月夜同様部屋を抜け出しここに足を踏み入れていた歌菜が話しかけた。
「愛って、人によって違うと思います。いろんな形があって、目に見えなくて、手に掴めなくて……そんな曖昧なものだから、人は愛に形を求めるんじゃないんですか?」
 それはまさに、歌菜がここに来る前、歩やコア、ゆかりが言っていたように。思う愛は、千差万別だ。
「誰かを愛して愛されたい。愛される自分になりたい。愛されてる自信がほしい。全部、当たり前のことだし全部が愛です。そうやって、みんな愛のため戦ってるんです!」
 強い口調で、歌菜が言う。
「……」
 と、間座安がゆっくり口を開いた。
「私の愛は……どこも間違っていない、それ以外の愛など、何の価値もない……!」
 間座安は、おぼつかない足取りで部屋を出ようとする。だがそれを見て険しい表情を見せるのは、永谷だった。
「……ここで逃がしたら、またこういうことが起こるかもしれないし……」
 本当ならば、こういう場所があっても良いと永谷は思っていた。恋の悩みを抱える者は、そう少なくないはずだからだ。
 しかし、膿を出し切る必要があるのもまた事実。
 ならばやはり、通報するしかないのだろうか。
 そう思った永谷が、電話しようとした時だった。
「……!?」
 永谷は、自分の目を疑った。いや、永谷だけではない。その場にいた誰もが、目を疑った。
 間座安がさっきまで立っていたその場所に、火の手が上がっていたのだ。思わず間座安を見る一同。間座安は、笑っていた。
「あの苦愛とかいう女もそう、弟のお前もそう、ここにいるお前たちもそう……誰も結局、私の愛は理解できないのです! ならば、私は土地を巡り、愛を広められるところへと行きましょう。不浄なこの地を、まっさらにしてから!」