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種もみ女学院血風録

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種もみ女学院血風録

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 上空の戦いに加え、地上でも再び種もみじいさん狩りが始まり、瀬蓮はもうどうしたこれらを止められるのかわからなくなっていた。
「さっきよりひどくなってるよね? 祥子、大丈夫かな。怪我しないで……」
 目の前のみんなも気になるが、やはり同じ学校の者はより気にかかるのか、見上げた瞳が不安に揺れる。
「どうしよう、瀬蓮……」
 瀬蓮が切なくため息をこぼした時、後ろからあたたかいぬくもりが肩を抱いた。
「瀬蓮ちゃん、諦めちゃダメ」
「美羽ちゃん……!」
 瀬蓮の肩に置かれたぬくもりは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の手だった。
 美羽の綺麗な青い目に、瀬蓮はパッと笑顔になった。
「瀬蓮ちゃんはパラ実生と種もみじいさんの喧嘩を止めて、おじいさんを助けたいんだよね?」
「うん」
「じゃあ、私が止めてくるね」
「え!? あ、危ないよっ、あんなところに飛び込むなんて……」
「大丈夫! でね、パラ実生をおとなしくさせてくるから、瀬蓮ちゃんにはその人達の手当てをお願いしたいの。いいかな?」
「うん……わかった」
「おじいさんは僕が安全なところに避難させるよ」
 瀬蓮と同じように種もみじいさんを助けたいと思っているコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も、美羽に続いて協力を申し出た。
 瀬蓮は頷く。
「わかった。瀬蓮は手当てだね。二人とも……特に美羽ちゃん、絶対に無理はしないでね。怪我したら、瀬蓮のところに来てね」
「うん。瀬蓮ちゃんもがんばって。それじゃ、行ってくるね」
 美羽がくるりと身をひるがえすと、鮮やかな緑色のツインテールがその動きを追う。
 コハクも行ってしまい、瀬蓮は胸の前で手を組み、ハラハラと見守った。
 見送られた美羽は、黄金の種籾戟を手に乱戦の中に飛び込んだ。
 しかし、いきなり戟を振るうことはしない。
「みんな、植林しに来たんでしょ! 喧嘩してちゃダメだよ!」
 近くで種もみじいさんを殴り飛ばしたレディースに声を張り上げる。
 すると、レディースから殺気立った目を向けられた。
「じじい共が立ち去らねぇのが悪いんだ。……で、お前は何だ? 敵か?」
「私は瀬蓮ちゃんの味方だよ! ねぇ、おじいさん達はコハクに任せてよ。ね?」
「いいぜ。のしたじいさんらを運んでくれ」
「もうっ、そうじゃなくて!」
 美羽が頬をふくらませた時、乱戦に混じっていた若葉分校生がぶつかってきた。
「きゃっ」
「おおう!? 何でこんなとこに可愛い女の子が? 危ねぇからあっち行ってな!」
「ここでおじいさんと喧嘩しても意味がないよって言ってるの!」
「意味ならあるさぁ……」
 ぬっと現れたのは、チョウコの呼びかけに応じて種もみじいさん狩りにやって来たパラ実生だ。
「種もみじいさんが種もみを持ってそこにいる。それが全てだ」
 ニヤリとして言い切り、彼は突っ込んできた種もみじいさんの手から種もみ袋を奪い取った。
 ──いくら言っても聞く耳持たない。
 美羽はそう判断すると、黄金の種籾戟の柄でパラ実生をド突き倒した。
 そして種もみ袋を取り返し、種もみじいさんに渡す。
「『瀬蓮ちゃんマジ天使!』作戦……いくよ!」
 その呟きはあまりに小さくて、誰にも聞き取れなかった。
 パラ実生達をばったばったとなぎ倒していく美羽だったが、全て柄で殴るだけに留めていた。
 さらに気絶パラ実生を瀬蓮のほうに放り投げていく。
 始めそれにびっくりしていた瀬蓮だったが、やがて美羽が「手当てして」と言っていたことを思い出し、天使の救急箱を開けた。
 瀬蓮の手当てを受け、意識を取り戻したレディースが心配そうに自身を見つめる彼女を見て思ったのは。
「……天使」
「え?」
「ああ、瀬蓮ちゃんか」
「もうどこも痛くない? あんまり喧嘩しちゃダメだよ。種もみじいさんも許してあげて。みんながいい感じに土を耕したから嬉しくなっちゃったんだよ」
「いい感じに……そうか?」
「うん。そうじゃなきゃ、こんなにたくさん来ないよ」
「そうか……そうだなっ。よし、許してやるか!」
 その言葉に瀬蓮がにっこりすると、レディースも笑顔を返して起き上がった。
 それを見た美羽の口元にも笑みが浮かぶ。
「瀬蓮ちゃんの笑顔は、男にも女にも効果ありだねっ」
 こうして美羽の狙い通り、瀬蓮の手当てを受けたパラ実生男女は、種もみ強奪の手を止めていったのだった。
 一方、上空の攻防も終わりを迎えようとしていた。
 同田貫義弘と銘された刀と選定鋏との打ち合いに終止符を打ったのは、いよいよ危機感を募らせたムーンのサンダークラップだった。
 体に走った電撃で気を失い落下する仮面雄狩るを、祥子はとっさに捕まえた。
「その仮面、取ってくれれば元に戻りますんで」
「だ、誰?」
「私です」
 ムーンは髪の毛に見える金色の触手をひらひらと振る。
 呆気にとられる祥子に、ギフトだと告げた。
「何か、これ以上続くと大事になりそうで……私、饅頭型ギフトになるのはちょっと遠慮したいです」
 ムーンは海月型ギフトだ。
 戦いの末に祥子の刀で触手を断ち切られては、確かに饅頭型になってしまうだろう。
 祥子はため息を飲み込んで、仮面雄狩るの仮面をはがした。
「ありがとうございます。これで、目が覚めたらいつものリカインです」
「そう……」
 どう答えたらいいのかわからず、曖昧に返す祥子。
 そして、下におろすべきかと、ケイオスブレードドラゴンの高度を下げていったのだった。
 美羽により、地上の騒動も少しずつ静まってきていた時、遠くから激しいバイクのエンジン音が鳴り響いてきた。
 援軍が来たか、とレディース達の表情が輝く。
 織田 信長(おだ・のぶなが)が駆るスパイクバイクの後ろに乗り、愛しい女に宣言するのは南 鮪(みなみ・まぐろ)
「ヒャッハァ〜! これは愛の問題だぜ! なら、パラミタでもっとも愛を知る男の出番だぜ。任せてもらおうかァ〜、優子さん!」
 姿を見とめたチョウコが目を見開く。
「あれは元祖四天王の!」
 その声には、対抗心の色もあった。
「同姓同名だからって、ちゃっかり元祖を名乗りやがって!」
 鮪が元祖と言われる事情をよく知らないチョウコは、完全に勘違いをしていた。
 信長のスパイクバイクと平行して、一休 宗純(いっきゅう・そうじゅん)が操るスパイクバイクが走る。
 二台はスピードを緩めることなく、収まりかけの乱闘のど真ん中を突っ切った。
 何人か運悪くはねられたが気にしない。
 二台のバイクは砂埃を巻き上げながらチョウコの前で止まった。
「元祖四天王の南 鮪が、百合園刺客として一言いいに来たぜェ〜!」
 尊大に名乗りを上げた鮪を、チョウコは鋭く睨みつけた。
 しかし鮪は怒ることなく、逆に何かを言い聞かせようと口を開き……思い出したように先に来ていた刺客の祥子に目を向けた。
「俺は確かに刺客として来たが、宦官だけは賛同できねェ」
 祥子は探るように鮪を見る。
「宦官なんてなあ、冗談ですむ話じゃねぇよ。同性繁殖が可能になるのなんざ、可能性の未来の話じゃねぇか。俺達は、今殖えねぇとダメなんだぜ。言葉に愛がねぇぜ!」
 事の次第によっては直接ラズィーヤに突撃もいいと鮪は思っていた。
 その気迫を感じ取り、祥子は出かかった言葉を飲み込んだ。
 鮪は視線をチョウコに戻すと、教え諭すように言った。
「真の拉致って知ってるか? それはすげぇ難しい。何度拉致っても完了しねぇ。──心だ」
 バン、と自身の胸を叩く鮪。
「心を拉致しねぇとな。愛だぜ愛!」
「愛……んなもん、後からついてこないか? こう、一緒に暮らしてるうちに自然とさ」
「バカだなおまえ。犬や猫と暮らすんじゃねぇんだぜ。だいたい何だ、合併だの姉妹校だの。最初からよそに頼るな。手前で作った物でかくして器の大きさで心を拉致れ。それと、相容れる気のない相手は押しまくってもダメだ。引いとけ」
「アンタの言うことはわかるけどさ……何年がかりの話だよ」
「焦るな。いいか、莫大な持参金も使えばすぐ減り意味はない。カネは己で稼がねぇと増えずに尽きるんだぜ」
「そうだな。嫁の重要な働き手だな。うまくいく襲撃の仕方はちゃんと教えねぇとな」
「だが、その略奪も安定性はない」
「まあ……な。下手すりゃこっちがスッテンテンだ。けど、百合園生は優秀なんだろ? いい作戦考えてくれないかな」
「百合園の女の頭の使い方は俺らとは違う。たとえば、観光や種もみの出荷だ。これはカネのにおいがする。客の呼び込みや宣伝、商売のうまい奴ならいるかもしれねぇな。パンツはもっと上だが」
「パンツ? ああ、その手の店か?」
 鮪の言いたいことをなかなか掴めないチョウコに、しかし彼は辛抱強く続けた。
「おまえら、もっと上を見ろよ。種もみの塔よりも上だ。四天王なんざどうでもよくなるくらい上だ。時代は文化と政治だ。──意外とバカでもやれるんだぜ」
「苦手な分野だな」
 チョウコは頭を掻いて表情も苦くした。
 鮪はニヤリと笑う。
「おまえ、もうとっくにやってるじゃねぇか。種もみ女学院のイメージアップ。充分、政治的活動だぜ」
「そうなの?」
「ああ。やれそうだろ? 俺達は大荒野の身内だ。他人じゃねぇ。手伝ってやる」
 いつの間にか、チョウコから鮪に対する必要以上の対抗心が薄れていた。
 いつもは厳格な表情を崩さない信長も、かすかに目元をやわらげて続ける。
「之からの世界に必要なのは、オアシス住民達の様な原住民。彼等の内より誰か空京中央へ出て、政治的に過疎地域を支援する統治や商業の新制度を作らねば、問題根底は解決しない。嫁不足は問題の上辺だ」
 信長の言うことはチョウコには少し難しかったが、今のままではダメだということは理解できた。
「他所へ出たがる者達に目標を与えるのだ。さすれば状況が変わろう」
「目標って?」
「其れは進学であり、政治を志す事」
「う〜ん……大分校かぁ。おい、誰か行きてぇ奴いるか?」
 チョウコが仲間達を見渡して聞いてみたが、苦笑いしか返ってこなかった。
 チョウコ自身も空京大学への進学は考えたことはない。
「今すぐ決めずともよい。ゆっくり考えろ。もし、種女(種もみ女学院の略)卒業後、進路に悩むなら更に上を目指す空大受験の道を、夜露死苦荘オーナーのわしが約束する」
「アンタ、あのアパートのオーナーだったのか!」
「制度は作った者が消えても残る。知識を得て良き制度を敷けばオアシスの未来も明るくなろう」
「そうだな。旧生徒会の四天王制度は、今も残ってるもんな」
 だからこそチョウコも元祖に対抗して本家と言い出したのだ。
 ところで、とチョウコは先ほどから視界の端で気になっていた存在に目を向けた。
 そこにいるのは、宗純の後ろにちょこんと乗っているご老人。
 よく見ると、チョウコをさんざん悩ませていた種もみじいさんによく似ている。
 それもそのはずで、彼は種モミの塔の精 たねもみじいさん(たねもみのとうのせい・たねもみじいさん)という。
 チョウコは剣呑な目つきでたねもみじいさんを見つめた。
「鮪も信長もいろいろいいこと言ってるようだが、こいつは何だ?」
「わしは種もみの塔の地祇じゃ。おぬし、逆にこう考えてみよ。土を耕し、良い土地を作るだけでわしらみたいなのが勝手に種もみを育て、手間が省けると」
「そりゃ田畑にするならいいけどよ、そうじゃねえところまでやられたらなぁ……。それに、アンタら見るとどうしても奪いたくなるんだよ。これはどうしようもねぇ」
「ヒャッハァ〜! それはつまり、そこにコンビニとネカフェを設置すれば、種もみじいさん狩りに大荒野中からパラ実生が集まって大儲けってことだな!」
 たねもみじいさんは大きく頷いた。
「わしらが来るのを恐れるな。今日より明日じゃ。この乾いた大地を黄金の稲穂で埋め尽くすのじゃ」
 そのためにパラ実生が略奪のために大挙して押し寄せて来ようとも、種もみじいさん達はかまわないと言う。
 何故なら、その前に蒔いた種がきっと芽吹くと信じているからだ。
 たねもみじいさんは、はるか大荒野に目をやる。
「わしは種もみの塔の地祇として、塔を各地に増やしておる。それを目印に耕すがよい」
「塔を増やしてるって……マジで?」
「花を育てるなら、稲と時期をずらして連作すれば互いの肥料となり効率アップじゃ。女学院の賢さも見せつけられよう」
「いや、花は花壇に……いや、別物で売り物にするのもありか。けどさ、そいつがしっかり効果を出すのはずい分先じゃねぇ? やっぱ人も物も奪ったほうが早くねぇ?」
 どうしても気の短い考え方をしてしまうチョウコに、宗純は小さく笑った。
「まあ、大なる問題の前には上辺の問題とはいえ、放っておくことはできぬか。それに、愛欲断ちは若いモンには酷かの。ここは拙僧にお任せあれ」
 そう言って宗純はバイクから降りると、突然、座禅を組み始めた。
 いったい何をするつもりなのかと、ポカンとして見守るチョウコ達の前で、宗純は舐めた両手の人差し指を頭にあてる。

 ぽくぽくぽく……チーン!

 どこからか、そんな音が聞こえてきそうな仕草だ。
 そして、パッと目を開いた宗純は立ち上がり、ある方角を指さした。
「契約の泉周辺じゃ。その辺りを彷徨っておる、今流行の女性化英霊の野良英霊を呼べば解決じゃの。拙僧も英霊ゆえ幾度も目にしたが、やたらとイイ女揃いな上に年を取らぬと最高じゃ」
 契約者も得られず、か弱くセクハラし放題じゃった、と自慢げに続ける宗純。
 宗純のお楽しみの思い出はともかく、チョウコにとってなかなか魅力的な話だった。
 地球人と契約させ、パラ実生として迎え入れ、オアシスにも連れて行く。
 女の英霊とオアシスの男を見合いさせてもいいし、契約者が男女ならオアシスに住んでもらってもいい。
「頑丈な女がいいな」
「よりどりみどりじゃ」
「よし、次は地球人狩りに行くぞ!」
「ハハッ、そんなことせんでもケータイサイトで契約をチラつかせば、次々と集まるじゃろう。どこぞに次々と生える花妖精の娘共を、オアシスの水で釣るのも良いのう!」
「それには綺麗な水だな。うん、希望が出てきたな!」
 もちろん、種もみ女学院と百合園の姉妹校計画を捨てたわけではない。
 しかし、他の方法もあるということを知り、心に余裕が生まれたチョウコだった。
 そして、ふと気づく。
 いつの間にか、あんなにうじゃうじゃ湧いていた種もみじいさん達がいない……。