薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

種もみ女学院血風録

リアクション公開中!

種もみ女学院血風録

リアクション


☆ ☆ ☆


 数時間後。
 全ての屍の処理が終わり、新たな挑戦者たちが集う。
「さぁ、俺の嫁は誰だ!?」
 意気揚々とリングにあがったモヒカンのパラ実生。
 彼は百合園生との勝負で勝利を収め、花嫁として迎えるつもりでいる。
 今は自分に懐かない女の子も、強さをアピールすれば惚れてくれるに違いない、と彼は思い込んでいた。
 ティリアイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)と狙うような視線を向けていった時。
「あたしが立候補してもいいかな?」
 長い銀髪の長身の百合園生がロープをくぐってリングに立った。
 白百合団所属のマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)だ。
「マリカさん、油断は禁物ですわよ!」
 マリカの教育係を務めるテレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)はセコンドにつき、不肖の生徒に注意の声を飛ばす。
(相手はあたしより大きいね。それなら……)
 マリカが作戦を練り終えた直後、パラ実生が吼えた。
「泣いたら許してあげてもいいぞ! 俺はやさしいからなァ! ヒャッハァ!」
 パラ実生は、大きな体をさらに大きく見せるように両腕を掲げてマリカに迫った。
 パラ実生は女の子ならそれで怖気づいてしまうと考えたのだが、マリカにしてみればただの隙だらけだった。
 パラ実生が大きく踏み込んできた足に合わせマリカも足を出す。
 そして姿勢を低くして素早く相手の懐に飛び込みながら身を反転させ──。
 ズダァン!
 と、パラ実生の体がリングに叩きつけられた音が響く。
 念のため、投げ方に気をつけていたマリカだったが、その心配はいらなかったようだと内心で息をつく。
(受け身を取れないようだったらと思ったけど)
 日々の喧嘩から自然と身に着いたのか、彼なりに衝撃を逃がしていた。
 しかし、パラ実生は目をぱちくりさせている。
 自分に何が起こったのかよくわかっていない様子だ。
 彼は背負い投げにかけられたことを記憶から抹消した。わからないことは考えない。
「来いやァ!」
 パラ実生は勝手に仕切り直した。
 その後、小内刈りや再度の背負い投げ、豪快に巴投げまで喰らわせたが、そのたびに彼は『なかったこと』にして勝負を再開する。
「まあ……恐るべきタフさですわね」
 テレサが感心したように呟く。
 その周りで観戦していたパラ実生はというと、マリカの技に興奮していた。
「あれ柔道だろ? お嬢様がやるとは思わなかったなぁ!」
「でもスポーツには女子柔道があるだろ?」
 テレサは振り向いて彼らに言った。
「百合園は柔道の強豪校でもありますのよ。それに、マリカさんは白百合団にあっては、まだまだ小者ですわ」
「あれで小者……!」
 お嬢様ってモンを見くびってたぜ、とどよめくパラ実生。
 テレサはさらに説明を重ねる。
「百合園女学院の柔道教練は、競技用の柔道と婦女子向けの護身術の流れをくむものの二本立てです」
「そうなのか!?」
「それは知りませんでしたわ……」
 パラ実生達に混じって驚くイングリット。
 テレサは素早くイングリットの腕を引いて引き寄せ、耳元で囁いた。
「こう言えば脅威を感じてくださるでしょう?」
 なるほど、と頷くイングリット。
 そして、テレサに合わせるように頷く。
「百合園の武芸への打ち込み方は、あなた方が思っている以上に真剣ですわよ」
 すると、パラ実生の一人がもっともな疑問を口にした。
「けどよ、パワーで真正面から来られたらさすがに困るんじゃねぇの?」
 テレサは、その質問を待っていたとばかりに笑みを浮かべる。
「そのための技ですわ。わざわざ護身術的なものもあるのは、いざという時に逃げる時間をかせぐためです。相手を短時間でも行動不能にする意図があります」
「たとえば?」
「柔道の内股という技をご存知ですか? 護身術的なほうでは、相手を投げる時の足の入り方が違いますの。ですが、それにも弱点はあって──宦官の生徒さんなら、耐えられるそうですわよ」
 にっこりと綺麗な微笑みなのに、パラ実生達は薄ら寒いものを感じたとか。
 その時、マリカが相手のしつこさについにその内股を使った。
 パラ実生達は見た。
 マリカの足が対戦相手のパラ実生の内ももを跳ね上げる時、同時に別の部分も跳ね上げていたことを。
 確かにそこは、宦官になれば耐えられる部分……かもしれない。
 何度も立ち上がっていたパラ実生も、さすがにギブアップした。
 リングを降りたマリカをテレサが労っていると、桜月 綾乃(さくらづき・あやの)がスッとタオルを差し出した。
「お疲れ様、マリカちゃん。かっこよかったよ!」
「ありがとう。びっくりするくらいスタミナのある相手だったよ」
 素直に感想を言ったマリカに綾乃も苦笑して頷き、次にほどよく冷えたフルーツジュースを渡す。
「パラ実生の人にも、飲み物とか渡してくるね」
 綾乃はそう言って試合を終えたパラ実生達のほうへ向かったのだが。
 しばらくすると拷問を受けたような叫び声や苦悶の声が聞こえてきた。
 場外乱闘で綾乃が叩き潰したわけではない。
 綾乃は飲み物やおしぼりが乗ったお盆を持って、穏やかに微笑んでいる。
「こ、これは毒物……! 毒物だろォ……!」
 潰れた声でそう言ったパラ実生の手には、見るからにまずそうな緑色の液体が入ったドリンク容器が握られていた。
 それは、とびきり飲みにくく、苦く作った青汁だ。
「このおしぼりは、対雪男用か……!」
 別のところからは顔を真っ赤にしたパラ実生が。
 彼の足元には見た目は清潔なおしぼりが落ちている。
 実はヤケドしそうなくらいアツアツだ。
 彼は何も知らずにそれを思い切り顔に当てて汗を拭こうとしたのだ。
 綾乃はコテンと首を傾げた。ボブカットにした髪が動作に合わせて揺れる。
「心頭滅却すれば火もまた涼し。休憩中でも常に鍛錬を怠るなと、優子先輩はいつもおっしゃってるんですよ」
 それを真に受けたパラ実生は、驚愕の表情を浮かべた。
「アンタ達も懲りないアルな」
 呆れを隠しもせず綾乃の横に立った奏 美凜(そう・めいりん)が床に転がるパラ実生達を見下ろした。
「ナンパするなら蒼学やイルミンのほうが生徒数多いアルよ。そこまでして百合園がいいアルか? モヒカンの考えることは謎アルネ」
「フッ、百合園の女の子は何か違うんだよ。おまえも、他校の女子とは違う輝きを放ってるぜ」
 答えたパラ実生はかっこよく決めたつもりだったが、残念なことに彼の口の周りはあまりのまずさに吐き出した青汁まみれだった。
 仮に彼がイケメンだったとしても、ときめかないだろう。
 その時、リングから桜月 舞香(さくらづき・まいか)が美凜を呼んだ。
「行ってくるアル」
 美凜は綾乃に笑顔で言って、リングに上がった。
 舞香がティリアとイングリットを誘う。
「まとめて片づけるアルか? ワタシ、賛成ネ!」
 美凜の発言に、当然反発するパラ実生。
 続々とリングに上がってきた。
「あんまりナメてもらっちゃあ困るぜ」
「まとめて嫁にしてやるよ!」
 口々に言いながら体をほぐしていく。
 それに舞香が場違いなほど丁寧に挨拶をした。
「ごきげんよう。お相手を務めさせていただく桜月舞香と申します」
 百合園女学院新制服のスカートをつまんで膝を折り、優雅に礼をする。
 軽く伏せた顔の口元はやわらかな笑みをはいている。
 闘志を燃やしていたパラ実生だったが、つい見惚れてしまった。
 しかし、その微笑みは礼儀としての意味だけではない。
(今後、百合園の制服を見ただけで、今日の痛みと恐怖を思い出せるようにしてあげるわ)
 微笑みの下、舞香はそんなことを思っていた。
 舞香と同じ制服姿の美凜は、軽くちょこんとお辞儀をした。
「それでは、始めましょう!」
 変わらない微笑みで舞香が告げた直後、彼女のスカートがひるがえり向かってきたパラ実生が放物線を描いて吹っ飛んだ。
 綺麗な弧を描いた舞香の足はつま先が鋭く尖ったハイヒールがある。
 その横を風のように駆ける美凜。
 次の瞬間には一番離れたところにいるパラ実生に肉迫していた。
 小柄な体躯からは想像できないような重い拳が何度もパラ実生を打ち付け、最後に蹴り上げれば彼はあっさり気絶した。
 舞香も思わず見惚れてしまう足技を披露したかと思うと、次には人体の急所に強烈な打撃を与え、反撃を許さない勢いを見せつけている。
 あっという間にリングに沈んだパラ実生達に、長い髪を払い、舞香は困ったように言った。
「準備運動でへばってしまったの? それとも、あたし達に気を遣って大げさに痛がってくれたのかしら?」
「まだ副団長ティリアとバリツの使い手のイングリットが残ってるアル。本番はこれからネ」
「ヒョォォォォォ〜!」
 とかいう、意味のわからないか細い悲鳴がパラ実生の口からもれた。
 顔色は紙のように白い。
「こ、こいつらぜってぇ百合園生じゃねぇ! きっと鬼百合園生の連中だ! 
「鬼百合! 確かに鬼だ!」
「誰か桃太郎呼んでこい!」
 ギャアギャア叫びながら、パラ実生達はリングから転がり出ていってしまった。
「触れもしないなんて、見かけによらず紳士なのね」
 その背に舞香はかわいらしい笑顔で呟き、
「お相手、ありがとうございました」
 と、最後まで優雅な姿勢を崩さなかった。
 観戦していたパラ実生は、その姿にさらに身を震わせたのだった。
 しかし、逃げ出したパラ実生の恐怖の体験入学はこれで終わりではない。
 彼らの行く手に三人の百合園生が立ちはだかった。
 その内の一人、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)がニヤリとして言った。
「さて、適度な運動の後は楽しい楽しいオベンキョーの時間だ!」