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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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リアクション


●若葉のころ

 バスケットシューズが床をこする。
 むっとする熱気が立ち昇る。
 ずんと重い音を立ててボールが跳ねた。その行方を追う観客の動きだけで、体育館がぐらぐらと揺れるようだ。
「海くん!」
 身を乗り出して杜守 柚(ともり・ゆず)は叫んだ。柚の周囲は運悪く、背の高い客ばかりなのでせめて、応援の声では負けたくなかった。
「海くん!」
 頑張って、という声は言葉にならず、甲高い叫び声のようになってしまう。
 黒い怪鳥のように、大きな影がボールに飛びついた。
 両手でがっしりと握った。追う手、追う手、数知れないが、どの手もボールに届かない。誰も、高円寺 海(こうえんじ・かい)ほど高く跳べない。
 一瞬、耳が聞こえなくなるほどの声援が爆発した。
 もうたまらない。柚は座席から飛び出して二階最前列までたどりつきフェンスを握った。
 高円寺! 高円寺! 無数の声が口々に、その名を叫んでいる。
 もちろん柚もだ。
「海くん! 海くん!」
 ピンチが一気にチャンスに転じる。これだからバスケットボールはあなどれない。
 豹のようにしなやかなドリブルで、海は一気に敵ゴールまで迫った。敵選手が一斉に取り囲むも、それをあざわらうように海はボールを味方に回している。
 またも会場がどよめいた。味方チームが一斉に攻勢に入ったのだ。
 もう時間がない。これを決めれば勝ち、決めなければ負け、話は簡単だ。
 問題は残り時間。数十秒、いや数秒か。
 柚の右手にはタオルがある。試合が終わった後に渡そうと思い持ってきたものだが、もう握りしめすぎてぐしゃぐしゃだ。
 パスが回った。シュートを撃とうとした味方が、空中で強引なパスに持っていったのだ。
 定規で引いたような直線軌道を描くボールの行き先は、
「海くん、頑張って!」
 柚は、身が破裂するのではないかと言うほどの大声を出した。
 そう、ボールを受け取ったのは高円寺海。
 もぎとるようにしてパスを受け取った。
 もうドリブルをしている時間はない。身を屈める。
 十分ショットできる位置だ……いける!
 反則すれすれの突進をかけてくる敵を直前でかわし、海はシュートを放った。
 
「残念でしたね……」
 持参のお茶を注ぎながら柚は言った。
「仕方がないさ」
 おそらく、一番悔しいのは海のはずなのに、彼は憑きものが落ちたような顔をしている。シュート寸前の鬼気迫る表情とは対称的だった。
「悔やんでも時間は巻き戻らない。次の機会に向けてがんばるだけだな」
 シュートは、あとわずかなところで外れたのだ。
 直後、タイムアップとなった。
 試合は敗退した。トーナメントなので、これで海の出番は終わりだ。
 チームメイトと共に帰路につこうとする海に、柚は勇気を絞って話しかけたのである。
「お弁当を作ってきたので一緒に食べませんか」と。
 ……そして二人は、体育館そばのベンチで昼食を共にしている。
 ――海くん。
 柚は海のことが好きだ。彼の夢も応援したいと思っている。
 彼が自分のことをどう思っているかは、わからないが。
 親しくは、してもらっていると思う。海からの好意も感じる。ただの後輩の扱いではないはずだとうぬぼれたい。
 だけど、もう一歩彼に近づいたらどうなるだろうか。
 この安定した関係は、ここで終わりになってしまうのではないか。
 だったらもう、いっそこのままでいたほうがいいのかもしれない。けれど……けれど……。
 悩んだが、もう柚は心を決めていた。
 たとえ関係が壊れることになろうとも、この想いを海に伝えようと。

 若葉のころはやがて、初夏へと変わるだろう。



 ――『若葉のころ〜First of May』 了
 

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 桂木京介です。

 さわやかな季節を舞台としたさまざまなアクションをありがとうございました。一口に五月の初頭といっても、人によって感じかた、とらえかたは様々で、それが折り重なって不思議なアンサンブルを形成しているように感じました。

 皆さんの五月は、どんな季節だったでしょうか。
 よければまた、掲示板等で感想を頂けたら嬉しいです。

 いよいよ、夏ですね。
 今年の夏は……どんな思い出を生み出してくれるでしょうね。

 それではまた、お目にかかれるその日まで。
 桂木京介でした。



―履歴―
 2013年6月2日:初稿
 2013年6月4日:第二稿(誤字訂正……すいません)