薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

若葉のころ~First of May

リアクション公開中!

若葉のころ~First of May
若葉のころ~First of May 若葉のころ~First of May 若葉のころ~First of May

リアクション


●慰労会の夕べ

 仁科耀助と龍杜那由他は並んで、大邸宅の門の前に立っている。
 二人とも珍しいことに洋装だ。先日ポートシャングリラで買ったものである。
「それにしても、どういうことかしら」
 那由他は多少緊張気味の表情をしている。
「さあね? そう深刻なものでもないんじゃないかな」
 一方で耀助はお気楽な様子だ。
 事の発端は一本の電報だった。
『大蛇事件の事で話がある。今晩、必ず俺の家に来い』
 そんな文面が彼らのもとに届いたのである。
「それにしてもイマドキ電報だなんて……」
「逆にそれが不気味だわ」
「そうか、俺はふざけているだけだと思ったけどー?」
 それにしても大きな家だ。江戸時代の城のような建物が、ぐるりと高い塀に囲まれている。古典的なのかと思いきやそうでもなく、呼び鈴のそばにはカラーモニターが設置されていた。
 モニターの中の人物が、入れ、というや入口の電動ドアが重々しく開いた。
 そこから長い通路を通って、案内されたのが畳数十枚が敷き詰められた大広間だった。
 その奥に、
「来たか……」
 脇息に片肘を置いた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の姿があった。
「紫月先輩、やることがいちいち大袈裟なんだよ。こんなところまで呼びつけて一体……?」
 ずかずかと歩み来たる耀助に、
「そこに直れ!」
 唯斗は雷鳴のような大喝を喰らわせる。これにはさすがの耀助も足を止めた。
 仕方なく、といった風に座った耀助、そして、最初からずっとかしこまっている那由他に唯斗は述べた。
「まずは、先日の大蛇事件。お前さんたちはよく頑張ってたよ。本当にお疲れさん。特に、那由他はだいぶ危ない綱渡りだったようだな。結果的にだが二人とも大事なくてなによりだ」
「……そりゃどうも」
「こら耀助! ……は、はい、ありがとうございます」
 唯斗としては、彼らが自分たちになんの相談もせず、素直に協力を求めることすらなかったことには、多少もの申したい気持ちもないではなかったが、今回は不問に付すことにして頷いた。
「そんなお前さんたちに、見てほしいものがある」
 どすっと畳みを踏んで立つと、くわっと唯斗は両眼を見開いたのである。
「今回、呼んだ理由はコイツだ!」
 ガララララッ、派手に襖が開かれた。
 そこには……。
「おっ疲れさまーっ!」
 リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)がマイクを握って声を張り上げた。
 ああ、そこには大宴会の準備ができているのであった。
「え、えーと、八岐大蛇事件に全然関わってない私がご案内するのは気が引けるけえどええいままよっ、ということで、お二人の労をねぎらう宴席をご用意させてもらったわー!」
 山海の珍味が満載、絶対食べきれないほどの量で満載、伊勢エビに鯛まで顔を出す、なんとも豪華な席である。奥にはカラオケマシーンが堂々と鎮座していたりしてすごいことになっている。
「おおー!」
 さっきまで不機嫌そうだった耀助も、ゲンキンなもので拍手喝采している。
 一方、なにか罰を想像していたのか、那由他は意外すぎる展開に、ただひたすらぽかんと口を開けていた。
「あとあとっ、個人的な話だけど私とエクス、この六月に二人して嫁いじゃうの!」
 名前を呼ばれ登場、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は本日、料亭の女将のような着物姿だ。リーズからマイクを受け取ってエクスは言った。
「ええいっ、妾の口から言わせるというのか!」
「いやエクスがマイクを取りに出てきたように思うけどー」
「冷静にツッコミを入れるでないっ! まったく……ごく私的な話で申し訳ないのだが、妾とリーズは嫁ぐことになってな……」
「それ、もう私が言ったー」
「わかっとる! 大事なのは次であろう! ええと、嫁ぎ先というのは……唯斗のところだ」
「えっ!」
 耀助と那由他は同時に声を上げてしまった。
「ま、まあそういうことだ。今日は、頑張ったお前さんらをねぎらう一席というのがメインだが、ついでに俺の結婚前祝いというか……も、もういいだろう! イロイロと下準備もしておいたからな! ゆっくりして行けよ、後輩どもっ!」
 さすがに照れくさいのか台詞を噛みながら唯斗が言い終えると、上からくす玉が降りてきてパカッと見事に割れた。
 ということで乾杯!
「ありがとう先輩、ていうかおめでとう! 実は結婚の自慢がしたくて呼んだんじゃないのー!」
「だからどうして耀助はそういうことばっか言うの! おめでとうございます」
 ジュースだが飲むや否、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)がやってきて新しいのを注いでくれる。
「何日か前、葦原明倫館で、好きな食べ物や新メニューの希望等といった簡単なアンケートを私がとっていたのを覚えてますか?」
「そういえば……」
「あれはですね! 実はすべて、今日の日のための準備だったのです! お二人の好物をしらべるためのね!」
「えーっ! それマジ!?」
「マジもマジの大マジです。どうですか、唯斗兄さんは人をもてなすためには準備を怠らないのですよ〜」
「く……あの人には勝てそうもないな……そういや俺の好物がやたらあるなと思ってたんだ」
 耀助も素直に兜を脱いだ。
「これ、ネタバレしてどうするか!? 煮物を取って参れ」
 と、じき新婦になるエクスが出てきて睡蓮を下がらせる。
「そういうわけでこれからどんどん、主らの好物が出てくるので遠慮せず食べるが良い」
「でもいいんですか」
 那由他が恐縮しつつ問うと、
「お主等は充分に頑張った、これ位はしっかり楽しんでおけ。妾の手料理がこれだけ食える機会もそうないしの」
 とエクスは呵々大笑するのだった。
「ところで二人は〜」
 にょろにょろとリーズが出てきて言う。
「付き合ってたりするんじゃないの?」
 普段はどうにもキャラに違いがあって、それが特徴とも言える耀助と那由他のコンビだが、この質問に対する回答はぴたりと一致していた。
「え? ないない!」
「それだけはないわ!」
「……乱暴な那由他を俺が嫌がるのは世間一般も認めてくれると思うけど、なんで那由他が俺を嫌がるんだよ」
「あんたすごい浮気者じゃない」
「浮気者じゃない! 気が多いだけだ!」
「それは同じ意味でしょ! ていうか誰が乱暴だって!?」
 ケンカするほど仲がいいというが、耀助と那由他はぷいと背中を向け合うことになってしまった。
「ぬ? 恋人同士ではないとな? 耀助と那由他の床は一つにしておいたのにのう……仕方ない、睡蓮、二人が眠くなったらこっそり同じ部屋に案内せよ」
「ラジャーです!」 
 睡蓮は敬礼した。
「こっそり同じ部屋ってなんだー!」
「どこをどう聞いたらそういう話になるのよ!」
 やっぱり、また二人の意見はぴたり一致した。
 ふうん、と仲良くケンカする耀助と那由他を眺めてリーズは言った。
「やっぱりすごい仲よさそうだよね−? そういや、女の子にすぐ声かけるのは唯斗も同じだし、それを怒るのはエクスと同じ……その唯斗とエクスが結婚するんだから……これはもしや…………唯斗はどう思う?」
「いや、俺に訊くなよ。というかリーズも俺と結婚するんだろうが」
「そーだよね。とすると、私の役は耀助さん関連だったら誰になるんだろ? アルセーネさん?」
「またそんな危険発言ばっかりして……怒られるからな、いつか」
 などといつまでも続きかねない宴会の騒ぎなのだが、ここらで紙幅が尽きたので終了とさせていただきたい。
 それでは会場からさようなら、さようなら。

 なお宴会は翌日の昼過ぎまで続いたらしい。