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第17章 慌ただしいお昼

 空京大学近くのガーデンテラスにて。
「授業までまだ少しだけ時間がある……!」
 腕時計で時間を確認した九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、鞄の中から、ノートと教科書を取り出した。
 テーブルの上に置くと、付箋を付けている部分を確認。
 ポケットに挟んでいたペンを使って、書き込みを入れていく。
「お昼も食べたいところだけれど、食べている時間が……」
 ローズは飲むタイプのゼリーを取り出すとキャップを外して、片手で飲み始める。
「なんだか大変そうね。手伝えることある?」
 覗き込むように、声をかけてきた女性がいた。
「ありがと。でも自分の課題だから、自分でこなさないと……」
 といって、顔を上げたローズは、相手の顔を見て驚く。
「ええっと……空京たいむちゃん……さん?」
 戸惑いながらのローズの言葉に、空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん)――ラクシュミ・ディーヴァは、にこっと笑顔を浮かべて。
「はい、ニルヴァーナ創世学園の校長、ラクシュミ・ディーヴァです!」
 と答えた。
「あ、あああ、すみません、いつもお世話に……っ」
 ローズは創世学園の医学部で教師をしている。
 でもこうして、校長であるラクシュミと顔を合せることは今までなかった。
「ううん、そのままでいいわ。勉強頑張って」
「あ、はい……そうだ、このお弁当食べませんか? 私はゼリーに手を付けてしまいましたし……もし良ければ、どうぞ」
 ローズは作ってきたお弁当を取り出した。
「料理の腕は可もなく不可もなくだと思うので、すっごく不味くはない……はずです」
「ふふ、せっかくだから戴こうかな」
 ラクシュミは少しパニック気味のローズを可愛らしいと感じながら、お弁当を受け取った。
「校長は今日はどうしてこちらへ?」
「教材を見に来たの。良い買い物が沢山できそうよ。お暇だったら、九条さんとも一緒に回りたいのだけれど……」
「すみません……。行きたいのですがっ」
 大学の課題と、次の授業のレジュメと創世学園での授業の準備……。
 少しでも片付けておかないと、間に合わないのだ。
「学生ってやることが一杯で目が回りそうです。教師の仕事も掛け持ちしてますし……」
「そうね。学びたいことはいくらでもあるけれど、時間は限られてるから。でも、休憩時間くらいちゃんと休まないと」
「ええ。だけど、今のうちが楽しみかなとも思うんです。もしこれを放り出したまま大人になったら、後で「あぁ、あのとき勉強しておけば良かった」って考えるんじゃないかなって」
 軽く顔を上げて、活力のある目で、ローズは言う。
「命を助けるのがお仕事ですから」
 ローズの言葉に、ラクシュミは強く頷いた。
「頑張りすぎて、身体を壊さないようにね。応援してるわ!」
「ありがとうございます」
「それじゃ、私もちょっとやることがあるから……」
 ローズの弁当を食べながら、ラクシュミもタブレット端末で調べものを始めた。

 十数分後。
「……っと、そろそろ行かないと」
「美味しかったわ、ありがとう」
 立ち上がったローズに、ラクシュミは空になったお弁当箱と、1枚のメモを差し出した。
「簡単で栄養のつく料理の作り方をメモしたの。よかったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 ラクシュミは端末でこれを調べていたらしい。
 少し感動しながら、ローズは弁当箱とメモを受け取る。
「ゼリーより、食べ物で栄養をとった方がいいから。料理の時間を短縮して、時間を作るのもいいかもしれないわ」
「わかりました。自分の身体も、大切にしますね」
「それじゃまた、創世学園で」
「はい」
 2人は今は別の方向へと歩き出す。
 ほんのわずかな時間。言葉を交わしたのも少しだけだったけれど。
 互いにとって、良い時間、良い刺激になった。