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第26章 大切な時間

「ここ、前に友達に連れて行ってもらってね……とても雰囲気がいいから、今度はアディと一緒に行きたいって思ってたの」
 空京にある、少し高級なイタリアンレストランにて。
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)と、恋人のアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、向かい合って座っていた。
 真っ白なテーブルクロスの上には、季節の花が飾られており。
 シャンデリアから降り注ぐ柔らかな光が、辺りを優しく覆っていた。
「素敵なお店ですね」
 アデリーヌは顔を上げて、店内を見つめる。
 壁にかけられた風景画は――どこの絵だろうか。
 大木と、どこまでも広がる草原の絵だ。
 懐かしいような感覚を受ける穏やかな印象の絵だった。
「落ち着いた気分になりますね。本当に、雰囲気の良いお店ですわ」
 そうアデリーヌが微笑むと、さゆみも嬉しくなって笑みを浮かべる。
「支払いは私に任せて。ここ最近はツキが良くなってるから」
「ツキがって……」
 アデリーヌは心配げに軽く眉を寄せた。
「……アディって心配性ね?」
 心配そうな顔を見せるアデリーヌに、さゆみは微笑んでみせる。
 コスプレアイドルとしての印税収入に加え、適当に買った宝くじが100万円相当分くらい当たったので、少しくらい贅沢をしても大丈夫だと、さゆみは今日、ここのレストランを選んだのだ。
「そう言えば……私がアディと出会ったのって、確か今ぐらいの季節だったはずよね?」
「ええ、覚えています。忘れることなんてできません」
 さゆみが中学2年の時……。
 それは少し早い梅雨入りの時だった。
「学校帰りにいつものように公園を近道にしてたら。ベンチで雨に打たれてうなだれている凄い美人がいて……」
 スパゲティを巻いていたフォークを止めて、さゆみは話していく。
「世の中にこんなに綺麗な人がいるんだって、その物憂げで悲しみをたたえた横顔を私はずっと見ていた……触れたら壊れてしまいそうな、あなたのことをずっと……」
 アデリーヌに目を向けると、彼女は少し赤くなって。
「さゆみったら……わ、わたくしは別に、綺麗ではありませんわよ。あなたのほうが可憐で素敵ですわ」
 そう言って、目を逸らしてスープをスプーンで掬って飲む。
 さゆみも、巻いていたスパゲティを口に入れて。
 ジュースを飲んで息をつき、話を続ける。
「その後の展開が唐突だったけどね。……目と目があった瞬間に、アディったら泣きながら私に縋りついてきて……『逢いたかった……もうわたくしを一人にしないで……』って」
 アデリーヌがスプーンを置いて、そっと顔を上げてさゆみを見る。
 目と目があった。
 それだけで、さゆみの心に想いが溢れていく。
「……あの時から私はきっと、この人と結ばれるんだって予感がしていた。そこへ行きつくのにさらに時間がかかったけど……でも、今、こうしてアディと一緒にいる。その事が一番うれしいの……」
 さゆみは愛しげにアデリーヌを見て、目を細めた。
 でも。
 アデリーヌは吸血鬼――寿命のない種族だ。
 そして、自分は地球人。僅か数十年しか生きられない種族、だ。
 いずれ、別れの時が来る。
 残酷な現実が、さゆみの脳裏をよぎった。
「……さゆみ、わたくしはずっと自分には誰を愛し、誰かに愛される幸せを享受する資格はない……そう思って生きてきました……もしかすると今もないのかもしれません……」
「アディ……」
「でも、たとえそうだとしても、わたくしはさゆみと出会えたことを誇りに思いますし、あなたとともにいることが最大の幸せだと思っています……そして……これからもあなたと……」
「ありが、とう」
 胸を詰まらせながら、さゆみは感謝の言葉を口にした。
「嬉しいわ」
 だから、こそ。
 別れが約束されているから、こそ。
 今の瞬間を大切にしたいと、さゆみは願う。
 アデリーヌの言葉を。愛を感じる視線を。声を、感じ取れる今を。
「あ、冷めてしまうわね。食事を止めるようなこと言って、ごめんね」
 さゆみの言葉に、アデリーヌは首を左右に振った。
「素敵なお店に、誘ってくださってありがとうございます。こうして一緒に美味しい料理をさゆみと、ゆっくりいただくことが出来て、幸せですわ」
「うん、ありがとう」
 2人は微笑み合って。
 美味しい料理とデザートを、思い出話をしたり、他愛ない日常の話をしたりしながら堪能して。
 大切に、ゆっくり、過ごしていく。

担当マスターより

▼担当マスター

川岸満里亜

▼マスターコメント

親しい人や、偶然出会った人と、楽しくお昼の時間を過ごせましたでしょうか?
交わした会話や、出会いが、皆様のどんな物語へと続いて行くのか、楽しみにしております!

※貴重なアクション欄を割いての私信やご説明、ありがとうございました。
今回は連絡事項以外、お返事を書くことが出来ませんでした。申しわけありません。
いつも本当に、ありがとうございます。