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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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帝国の新帝 蝕む者と救う者

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 幕開け 



 パラミタ最大の国家である、エリュシオン帝国。
 その礎である、パラミタ最強の世界樹ユグドラシルが、ニルヴァーナからやって来たという動く世界樹アールキングに浸食されつつある。その事実が、帝国全土に激震を走らせたのだ。
 人々の心を写し取ったかのように翳った空は、いまだ晴れる気配はなく、魔力同士のぶつかり合いによる影響で、遥か上空の大気が乱れ、唸り声のような音を上げていた。
 だがそんな不安と共に空を見上げた者達は、地上へ大きな影を落とす雄々しい羽ばたきを見つけて、逃げようとすらしていたその足を止めた。
 ユグドラシルの守護者、ニーズヘッグ。
 アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)と同じく、今は手出しをすることなく、戦いに挑む者達の邪魔にならないように上空を旋回しているだけだが、度重なる凶事に折れかかりそうだった帝国の民の芯を取り戻させるには、十分だ。威風堂々たる姿に、ともすれば逃げ出したくなるような恐れを飲み込んで踏み止まり、祈るような心地で不安と期待の二つを煽る空を見上げていた。

 同じようにその姿を見上げて、関谷 未憂(せきや・みゆう)は心に点る力強い暖かさに、ぐっと掌を握りしめた。
「ニーズヘッグが来てくれてるんだから、情け無いところは見せられないよね」
 そういって決意を強める未憂に、彼女からの連絡を受けて駆けつけた五月葉 終夏(さつきば・おりが)と、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)も頷く。未憂にとっても、終夏にとっても、ユグドラシルは思い入れの強い存在だ。お互いに、戦う場所は違えど、頑張らないと、と決意を交し合う一方、終夏は軽く眉根を下げた。
「でも、あんまり無茶しちゃ駄目だよ?」
「うん……」
 未憂は少しばかり歯切れ悪く頷き、何ともいえない視線をパートナーのリン・リーファ(りん・りーふぁ)に向けた。また慣れないイコンに乗せられるのかな、と不安に思っていたのだが、その不安は更に斜め上の現実をつれてきたのだ。そびえ立つ巨人といった風情のイコン、量産型Gドージェロボ。その姿は、ブリアレオスの姿と良く、似ていた。
「これって、どういうことなんだろう……」
 そんな彼らの傍では、シェラ・リファール(しぇら・りふぁーる)と共に、ロード・アナイアレイターと配置につき、発進準備を進める香 ローザ(じえん・ろーざ)が、同じように作戦開始を待って待機する他の機体を熱心に見やっていた。
「……イコンも、色々あるのですね」
「ご興味がおありですか?」
 思わずの呟きを拾って、シェラが首を傾げるのに、ローザは驚きながらも、意外そうに振る舞って目を開いて見せた。
「興味……ですか。考えてもみませんでした」
 とは言いながらも、その目は相変わらず他のイコンとそのパイロット達へと向けられていて、事実は明らかだ。シェラは「昔から、誤魔化すのは下手ですね」とくすりと笑った。
「やりたいことがあるのなら、思い切ってやってみるのも大事なことですよ」
 前々からくすぶっていた部分をつかれて、ローザは僅かに苦笑すると「やりたいこと、ですか」と小さく、けれど揺らぎない声で呟いた。
「……そうですね。いつまでも、考えている「だけ」では、駄目ですよね」
 自分に言い聞かせるようにしながら、ローザは自身の愛機をなぞり、目を伏せた。いつかはしなければならない選択がある。
「これも、いい機会……なのかもしれません」
 ローザの決意のこもった呟きに、シェラは何も言わずに目を細め、発進のための手順を続けたのだった。




「葦原島で名を聞いたアールキング……まさかその姿を見ることができるとは思いませんでした……」
 一方、突入の準備を進めるセルウス達の隊では、リンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)の呟きに、セルマ・アリス(せるま・ありす)も眉を寄せてユグドラシルを見上げていた。
「ユグドラシルの内部に、アールキングが召喚されたなんてね」
「直接見るのは初めてですが、確かに貫禄はありますね」
 ユグドラシルに寄生するように幹を伸ばすアールキングに、風森 望(かぜもり・のぞみ)もため息をつく。ただしお仕えしたいとは微塵も思いませんが、と続けて肩を竦めるのには、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が「当然ですわね」と何故か胸を張った。
「貫禄があろうと力があろうと、上に立つ者のにふさわしい魅力のない者には誰も従いはしませんわ」
 その言葉に望は軽く目を開いたが、すぐにふう、とわざとらしく息をついて首を振った。
「お嬢様が言うと、説得力がないのが残念です」
「ちょっと、どういう意味ですの!?」
 そんなやりとりに、思わずと言った様子で軽く吹き出したセルウスとキリアナを見て、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が感慨深げに目を細めた。
「この旅が始まった頃は、セルウスが皇帝になったり、キリアナと一緒に手伝うことになるとは思ってもみなかったよね」
「そうだよね」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)も嬉しげに、セルウス、ドミトリエ、キリアナの三人が揃って並んでいる光景に、緊張も僅かに解けて表情を綻ばせたが、セルマは浮かない顔のままだ。
 セルマが懸念しているのは、この状況がパラミタに与える「印象」だった。このままユグドラシルが落ち、パラミタ最大の強国であるエリュシオンの足元が崩されることになれば、他国に与える心的影響は強い。
「エリュシオンの評判、というよりアールキングの強さと怖さ……かな」
 強国エリュシオンの世界樹ユグドラシルをも、侵食してしまえるアールキング。それは、ただでさえ不安定なパラミタの人々の心をどれほど揺さぶるか。考えてもぞっとする話だ。
「……そんなこと、させるわけにはいかないよ」
「はい」
 強く頷くリンゼイと共に決意を深める二人の会話を、複雑な表情で聞いていた氏無の下へ、それぞれの準備が完了したとの報告と共に、第三龍騎士団団長アーグラからの通信が入ってきていた。
『すまないが、これが限界だ』
「判ってる。寧ろ、此処まで便宜を図ってもらっちゃって、申し訳ないねぇ」
 ユグドラシル内部での、イコンとそれに並ぶ兵力運用の不可を告げるアーグラの苦い声に、氏無は苦笑した。今は友好関係にあるとはいえ、シャンバラとエリュシオンが敵対していたのは然程昔のことではない。特に、帝国が未曾有の危機にある中で、その要のもっとも奥まった場所へあからさまな兵器を持ち込んで、無用に帝国臣民達の心中を逆撫でする危険を、龍騎士として許可するわけにはいかないのは、当然である。寧ろ、直轄地へのイコン配備を許可したのも、もちろん水面かで色々と動いた上でのことであるとは言え、相当の譲歩だ。
「この借りは、結果で返させてもらう、ってことで良いかな」
『成功は前提条件だ。別でしっかり払ってもらうから、安心しろ』
「はいはい。それじゃあ、突入のタイミングでまた連絡するよ」
 肩を竦める氏無の元へ、仲間達の配備状況等の報告に来ていた叶 白竜(よう・ぱいろん)は、そんな二人のやりとりを耳に挟んで軽く首を傾げ、第三龍騎士団員であるキリアナが率直に口を開いた。
「団長と仲、よろしいんです?」
「いんやぁ? ただの顔見知りだよ」
 にっこり笑ってはいるが、軍人で顔見知りという理由は余りない。一瞬微妙な空気の流れる中、ぽん、とクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)がキリアナの肩を叩いた。
「すまないが、そろそろブリーフィングを始めたいんだが、来てもらっていいかな」
「あ、ええ……すんまへん」
 そうやって離れた二人を見送って、くるりと白竜を振り返った氏無は、無精ひげのなくなった顔に、目を細めた。
「随分さっぱりしたねぇ」
「髭仲間じゃなくなっちゃったな」
 クローディスさんの反応はどうだった、等と、世 羅儀(せい・らぎ)と氏無から軽く揶揄する視線を向けられて、白竜はラギをじろっとひと睨みしてから小さく咳払いして「大尉も、髭を剃ってみてはいかがですか」と切り返した。
「初心に返れますよ」
 髭を剃った理由が理由なだけに、僅かな気恥ずかしさを隠すようにそう勧められて、氏無はおどけるように「ボクのアイデンティティが無くなっちまうよ」と肩を竦めた。
「それに、初心に返るってのは、そこから先に進んで行ける若者にしか出来ないことさ」
 そう言って、ぽん、と白竜の背中を叩いた氏無は、いつもののんびりとした顔で笑った。
「まぁ頑張って、ボクの老後を楽にさせておくれよ。ついでに、この現場もね」
「ふっふふふ、そうは問屋がおろさないでありますぞ」
 おどける氏無に、マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)がきらりと目を光らせた。
「先ほどのやりとりをみる限りでも、ここエリュシオンにて、現時点で最も融通が効く窓口は大尉であるのは、間違いないようでありますから」
 嫌な予感に氏無が引きつった笑みを浮かべると、マリーはそれはそれはにんまりといやらし……爽やかな笑みを浮かべた。
「というわけで、わてが楽でき、じゃない、スムーズな現場運用の為にも、身を粉にして頂きますよう、よろしくお願いするであります」
 オサボリは許しまへんでぇ、とぎらり輝く目に、氏無はしおしおと肩を落とした。
 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)から『こちらは、用意完了。合図まで待機するであります』と通信が入ったのは、そんな時だ。

 仲間達からやや離れ、セルウスから確認した樹隷の居住エリアを訪れていた大熊丈二からだ。どうやら協力を得るのに成功したようだ。
「基本的には、回復魔法なのでありますか」
「そう。ただ、特殊すぎるから、ユグドラシル専用なんだけどね」
 セルウスと同じ年頃の少年は頷くと、ユグドラシルの樹皮に触れて痛ましげに眉を寄せた。
「ただ、それで出来るのは魔力の回復や、ダメージの軽減とかぐらいだ……」
 アールキングと言う脅威を前に、難しい顔をする少年達に、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)はぐっと身を乗り出して「あなた達にしかできないことなの」と訴えた。
「仲間だったセルウスを……いいえ、今でもセルウスを仲間だと思っているなら応援してあげて」
 その言葉に、少年達はお互いに顔を見合わせたが、すぐに笑顔で力強く頷いた。
「おれ達も出来る限りのことはするよ。あいつは今でも友達だし、何よりおれ達のユグドラシルの問題だからね」
 ぐっと拳を握る少年に丈二が頷くと、少年はふと笑った。
「しっかし、いきなり飛び出してって、帰って来たかと思ったら、皇帝だもんな。大した奴だよ、セルウスも」
「陛下をつけんかい」
 ぴしゃりと老人が叱ったが、目が微かに笑っている。
「しかし……まあ随分と、冒険をされたようじゃのう」
 そう言って、聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)との縁で、ジェルシンスクにいる樹隷のハーフの青年から届いた手紙をちらりと見た。築かれた縁、そして、エリュシオンの民が垣根を越えて、世界樹ユグドラシルの治療に取り組む可能性に目元を緩ませる老人に、丈二も頷いて見せた。
「全部終わったら、お土産話を披露するでありますよ」
「丈二、それ死亡フラグじゃない?」
 ヒルダのツッコミに、緊迫した空気が僅かに和み、樹隷たちの間にも笑みが浮かんだのだった。

 続けて入った通信は、先んじて通路の偵察に向かった辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)からの定時連絡だ。各場所で大きな戦力が動いている中での単身の動きのため、察知されにくいようで、アールキング側の警戒はまだ緩いようだ。
『それでも、一度突入すればさしもに気付かれるじゃろう。侵入口がふさがれては難儀しよう』
 そうして、内部の状況の報告と共に、どうやら別の何かもユグドラシル内で動いている気配があると告げる刹那に氏無は目を細めた。
「……了解。ありがとう、一旦戻ってもらえるかな」
『了解』
 通信を終えた氏無からの視線に頷き、祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)と共にセルウスの前で深く頭を下げた。
「さて……セルウス様、我々が選帝の間まで援護いたします」
 今まで教師のように接してきた祥子に、セルウスが戸惑ったように首を傾げているのに「いい加減、慣れろ」とドミトリエは小声でため息をつき、祥子は苦笑した。
「あーー……セルウス? 一応あなたこの国の皇帝なんだから、相応の態度ってのが求められるのよ」
 念のため、周囲にキリアナ以外の帝国関係者がいないことを確認して、祥子は腰に手を当てつつ、お勉強タイムよろしくセルウスに言い聞かせたが、セルウスは若干納得がいかないようだ。
「オレが皇帝になったって、みんなと仲間なのは同じなのに」
 その言葉を微笑ましく思いながらも、祥子は「しょうがないのよ」と苦笑を深めた。
「大人の世界は面倒くさいもんなの。ただね、勘違いしちゃ駄目よ?」
「?」
 首を傾げるセルウスに、祥子は続ける。
「態度は変わっても、心が変わる訳じゃないわ。私たちはこれからだってあなたの仲間よ」
 途端に表情をぱあっと明るくするセルウスに「そうよ」と力強く頷いたのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)もその隣でうんうん、と頷いているが、それにはドミトリエの方が微妙な顔をした。彼女ら選帝の間に向かうセルウスの前に立ちふさがったばかりである。同じように、立ちふさがった筈の相田 なぶら(あいだ・なぶら)フィアナ・コルト(ふぃあな・こると)の二人の姿も見え、ドミトリエの渋面は深まったが、セルウスは特に気にしたそぶりもなく、寧ろ嬉しそうに二人に手を振っている。
「お前な……」
 ドミトリエは呆れているが、セルウスの方は「みんな、仲間だよ」と、苦い顔のドミトリエに首を傾げた。
「だって、最初から敵じゃあなかっただろ?」
 その言葉が彼らの真意をどこまで理解して言ったものかは分からないが、虚を突かれたようになぶら達も目を瞬かせ、直ぐに破顔すると、セルウスに向かって、祥子に倣うように頭を下げて見せた。その光景にレン・オズワルド(れん・おずわるど)は「大きくなったな」と呟くように言ったのに、セルウスは首を傾げた。
「そうかな……?」
 最後に会った時から、そんなに時間は経ってないのに、と不思議そうにするセルウスに、レンは目を細める。
「姿かたちのことじゃないさ」
 年長者としての言葉だったが、まだ幼さの残るセルウスには理解が難しいのだろう。更に首を傾げるのに笑みを深めた。
「俺はエリュシオン帝国との戦争を忘れてはいないが……お前が作る新しいエリュシオンがどうなるか、楽しみでもある」
 そのためにも、今はこのときを乗り越えるために力を貸そう、と告げるレンに、セルウスは強くなずいた。
 そうやって、各人が覚悟と決意を胸に宿し、ひとつに纏まっていく様子を眺めていたディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん)は、不意にローブ裾の辺りを引っ張られる感覚に視線を落とし、ひとりの少女と目があった。
「……」
 プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)だ。心配げに見上げるその目に、内側にくすぶっている暗い感情を見透かされた気がして、ディミトリアスは苦く笑った。
「……俺は、あの人じゃない。大丈夫だ」
 半ば自分に言い聞かせているような様子で言うと、ディミトリアスはプリムの頭を軽く触れるように撫でて、踵を返したのだった。



『通信状態を確認。位置補足。データに出すのだぜ』
 セルウスの移動の開始と同時。自前のイコン搭載の工房で、幾つもノモニターを前にしたエカテリーナの声と共に、ユグドラシルのテクスチャーで作られた立体マップデータ上に、セルウス達の位置を示す光が点灯する。通信機共に各人の端末に共有されるそれを確認して、更にユグドラシル周辺全域の、各戦力の配置状況を確認し、氏無は通信機を口元に当てた。

「状況、開始」

 一声の直後。
 アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)の操縦するウィスタリアの荷電粒子砲が、先制の一撃を叩き込む。空気を揺らすような轟音に紛れるように、セルウス達はユグドラシルへの突入を開始した。


 今度は、皇帝として立ち向かうために。