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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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リアクション


●夕陽

 いつもより大きく見える太陽、これがゆっくりと沈んでいく。
 空は茜色。あんなに青かったのに、もうその面影すらない。
 けれど、これもまた人の心を捉える光景である。
 少なくない参加者が、黙って日没を眺めていた。
 それは、カーネリアン・パークスも例外ではない。
「……」
 そんな彼女の背中を、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は遠巻きに見ていた。
「…………まさか、いや、しかし……でも」
 言いながらリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)と一緒に、そろりそろりと近づいて、
「えーっと……もしかしてひょっとして、人違いだったらすまないんだけどよ。カーネリアン……か?」
「何の用だ」
 振り返った彼女はロングの赤毛、おまけに、水着の上からメイド服を着ている。
 けれどその口調は、それに顔の形は、まぎれもない。彼女だ。
 なぜか緑と金のオッドアイだが、ナイフのような目つきの悪さも変わらない。
「うひゃー! 見違えたぜ! お前、もしかしてプライベートではいつもそんなカッコなのか!?」
「そんなわけがないだろう」
 機嫌が悪そうな口調である。もっとも、彼女はいつもこうだと言われればそうだなのだが。
「悪い悪い、じゃあ、イメチェン?」
「罰ゲームだ」
 思わず「何の?」と聞きそうになったシリウスだが、あまり根掘り葉掘り聞くとカーネがまた怒りそうなのでこのあたりにしておいた。
「いやあ、来てるってのは聞いてたけどよ。そんなだから、なかなか見つけられなかった」
 言いながらシリウスはTシャツを脱ぐ。その下は百合園学園の水着だ。
「かわいくなくてすまん。オレは学生水着だ!」
「自分もそうだった。これに着替えさせられるまではな」」
 つっけんどんだが、ちゃんと言葉を返してくれるのはありがたかった。
「それにしても、カンナ様も豪気っつーかケタが違うっつーか……無人島買い取って貸切とか半端ねぇな!」
「それが凄いことなのかどうか、自分にはよくわからない」
「ですよねえ」
 とリーブラはうなずいた。
「これで『ほんの副業』なんてあの方はおっしゃっているようですが……なんだか、スケールが違いすぎて戸惑いますわね。百合園生がそんなじゃ、いけないのかもしれませんけど」
 うふふと笑うリーブラが、なんとなくムードを和らげた。
「まあ、カーネリアンのことはまだオレ、よくわからねえけどよ、いかにも不承不承って顔してるが、もしかして泳げなかったりとか?」
「泳げる」
「おうそりゃよかった。それでなんでまた……その、沈んでるんだ?」
 まずいかな、とシリウスは思った。「沈んでなどいない」と激昂されて終わりのような気がしたのだ。
 ところが、
「……死んだ仲間のことを思いだしていた」
 ぽつりと彼女は言ったのだった。
「え……あ、それは……すまねえ」
「シリウスが謝る必要はない。それに、昔の話だ」
「あー、じゃあ、昔の話ってことで、ポーランドの話でもしようか。ポーランドにも海があって……」
 …。
 ……。
 ………。
 ここでシリウスは絶句した。
「あれ……? オレ、祖国で海見たことない……?」
 突然だがここでポーランド豆知識である。
 東部在住者は国土を横断しないと海にたどりつけないので、海を見たことがない者も少なくないという。
 以上、豆知識終了。
 きまり悪そうにシリウスは続けた。
「あー、えーと。こ、今度はみんなで地球の海にもいってみようぜ! ほら何かまた思い出せるかもしれないだろ!?」
「自分には……思い出したくないことのほうが多いと思う」
「あ……」
 どうしよう、という顔をシリウスはリーブラに向けた。
 リーブラも、困りました、という顔で振り向いた。
 そこには、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)の姿があった。
 仕方ないなあ、と頭をかきながらサビクが出てきた。彼女は、「ボクはインドア派なんだってば」と宣言してビーチパラソルの下から出てこなかったのだ。一度も。
「まったくもう……こういうときだけ頼られてもねえ」
 シリウスが無茶ぶりを始めたら、抵抗するだけ無駄ということはこれまでの経験からサビクも学習していた。
 だから今日も、「行こう行こう」と誘われて、半ば諦めて出てきたのであった。ただし、「休みに来てわざわざ疲れるまで遊ぶ気はないからな!」と宣言して遊びには加わっていない。ちなみにこれは半分くらい嘘で、実際はサビクは武器を隠し持っており、不測の事態にそなえて体力を温存していたのである。
 ……まあ、こういう『不測の事態』はさすがに想定していなかったが。
「あー、カーネリアン。ちょっと泳いできたらどう? 正直、さっさとそうしてほしいんだよね。キミがいるとシリウスたちがうるさいんだ」
 カーネリアンの短気はサビクも知るところである。案の定、彼女はキッと視線を怒らせたが、それを軽く受け流してサビクは付け加えたのである。
「物騒な客はいないよ。もう夕方だし、いてもボクが追い払ってるさ……」
 お休み、と手を振ってサビクはパラソルの下へ戻る。
 すっくとカーネリアンは立った。
「泳ぐとしよう」
「おお!」
「それがいいですわ。きっと気持ちいいですよ」
 シリウスもリーブラも立ち上がって続いた。
 ――さすがは!
 リーブラはサビクに内心拍手を送り、そして、
 ――カーネリアンさんは複雑な立場ですし、心配も多いのは想像できますわ。けれどだから……こういうときくらいは忘れて楽しませてあげたいですね。
 とも思うのである。
 これも、お節介なのかもしれないけれど。

 ジャネット・ソノダはビーチに置かれたチェアに腰を下ろしている。
 大きな白い帽子、白いワンピース。娘のような外見だが、これでも彼女は、大抵の契約者の親からそれ以上の世代であった。
 ソノダのパラミタ視察は続いていた。
 正直に言えば、自発的な視察というよりは、戻るところがないゆえの半亡命のようでもある。
 かつて、パラミタ(というよりはシャンバラの制度)を批判する女性団体の長に祭り上げられていた彼女だが、先日の会合で契約者たちに理解を示したため、あくまでパラミタを非難したい団体主流派に追い出される格好になってしまったのである。
 今日は御神楽環菜に誘われてこの島に来て、ラズィーヤ・ヴァイシャリーたちと色々な話をしたのだが、どことなく、生気の失せたような顔色をしていた。
「どうぞ、そのままで」
 立ち上がろうとするソノダを、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は紳士的に止めた。
 そして改めて挨拶する。呼雪は昼間にも一度ソノダに挨拶したので、今日はこれで二度目になる。
「いかがでしたか、この島は」
 彼は一人ではなかった。パートナーのマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)、そして後輩にあたる夏來 香菜(なつき・かな)と一緒だった。
「とてもいい島ですね。それにこの夕陽……環境汚染の進む地球では、このような美しい光景は消えつつあります。
 よければ少し、お話しません? みなさんも」
 先日の演説以来、ソノダ女史は呼雪らに好意的だった。
 その前に、と呼雪は香菜を紹介した。
「この島の所有者、御神楽環菜さんが以前に校長を務めていた蒼空学園の生徒です」
「はじめまして。ソノダさんの本、何冊も読みました。お会いできて光栄です」
 嘘ではない。香菜の目は輝いていた。彼女はテレビで、会合の様子を見守っていたという。
「彼女には、特にニルヴァーナでの探索でお世話になっています」
「そんな、どっちかというと……」
 香菜が言いかけたように、実際のところは探索に協力したり、インテグラルクイーンに乗っ取られた時助けに行ったりと、呼雪のほうがお世話する側に近い。しかし、まあまあ、と呼雪は香菜の発言を封じて、
「複雑な事情もありますが、普段は普通の学生として過ごしています。俺にとっても、良い後輩です」
「そうですね。ええ」
 なんだかはにかむd呼雪だった。続けて呼雪は述べた。
「彼女のパートナーはエリュシオン人なんです。シャンバラはエリュシオンとは最近まであまり関係が良くなく、戦争状態だったこともありましたが、今ではパラミタを中心とした問題に共に取り組む関係を築いています」
 難しいかもしれませんが、と前置きして呼雪は説明する。
 契約者たちは、状況によっては戦いに駆り出されることもあるが、最終的には本人の意思に委ねられているということを。
「シャンバラの契約者たちは、今も学校という組織に守られています。ですが、懸念はそれ以外の……特に地球での問題が多いと思っています」
 重い話だ。どうしても深刻な表情にならざるを得ない。
 呼雪は語った。たとえばアフリカの紛争地域では、攫われたり売られた子供が粗悪な薬品で強化人間にされ、年端もいかない少年兵と契約させられて、裏ルートで回される型落ちのイコン乗って戦わされるという事態が発生しているという話を。。
 これは国際問題になっているが、地球側に本腰を入れるつもりがないのか、解決の糸口が見えていないという状況だ。そもそも、このこと自体が地球で、どれだけ報道されているのかすら定かではない。
「今は遠い地の子供たちを守るにはどうしたら良いか……」
 ソノダの顔に血の気がさした。
 どこか疲れたような表情だったのが、急に蘇ったようにも見えた。
「呼雪さん、私は、自分の活動すべきフィールドが見えた気がします」
「ソノダさん……」
「ジャネットと呼んで下さい」
 それから、ソノダは呼雪に色々な話をせがんだのである。
 地球と、パラミタにかかわる問題について。

「ソノダさん、なんだか元気を取り戻したみだいだね。良かったな……」
 と、二人のやりとりを眺めつつ、ヘルは香菜に話しかけていた。
「香菜ちゃんも満喫してるー?」
「ええ、楽しくやってます。ソノダさんともお会いできたし……実際に見ると、テレビや写真よりずっと美人ですよね、あの人」
 憧れのまなざしになってしまう香菜なのだ。
「ははは、それは結構だ。それから、僕にはもっとくだけた口調でいいよ。それこそ、呼雪に話すみたいにね」
「え? あ、そう?」
「そう。実年齢は僕、けっこう若いから」
 実際には若いどころではなかったりするのだが、それはともかく。
「えっと……香菜さんとは、初めましてです」
 マユが香菜に、ちょこんと頭を下げた。
「はい、はじめまして」
 にっこり笑った香菜はなかなか可愛くて、多少マユはどぎまぎしてしまった。
 初対面は初対面なのだ。
 ――でも、呼雪さんたちからお話を聞いたり、ドージェさんやウゲンさんの妹さんって噂は聞いたりしてるので、初めてじゃないような不思議な感じ。
 なんだかマユは嬉しくなった。
 ――香菜さんも呼雪さんも、血は繋がっていなくても、温かいご両親の許で育ったからぼくも今こうしてられるのかな……。
「そういえばあの暴れん坊、今日は来てないんだね」ヘルが言った。
「キロスのこと? ちょっとお腹の具合が……だって。暑いからって冷たいものばっかり食べ過ぎなのよ」
「それはそうと、ソノダさんに香菜ちゃんがキロスと契約したときの武勇伝話していい? ナンパしてきた彼をひっぱたいたっていう……」
「ちょ、ちょっとやめてよー」
「ソノダさんだったら喜ぶと思うよ。女の子って強いよねー、って」
「ええー、ホントに話すの−?」
「ちょっとソノダさーん」

 かくして呼雪が香菜を交え、ソノダと話し合ったこの夕べは笑いも、社会的な問題についての討論もまじえた有益なものになった。
 とりわけソノダにとって有益な経験となったようだ。
 この後彼女は、紛争地域での人権侵害について社会的提起をしていくようになったのである。
 やがて陽が完全に落ちた頃、マユは涙目で言った。
「ぼく……悪い人に連れて行かれたり、殺されなくて良かった……でも、辛い思いしてる子もいるんですよね」
 これでふと、悲しい雰囲気になったことを察し、マユは小声で提案した。
「あ、あの……リュートを弾いても、いいですか?」
 と。
 夜の海辺に、リュートの優しい調べが流れ始めた。