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 第18章 色を持つ影を前に

「小型結界装置が用意できなかったから、ヴァイシャリーのお部屋へ直接して、みんなを紹介するのは完全に無理だけど……」
 庵堂楼 辺里亜(あんどうろう・ぺりあ)パストライミ・パンチェッタ(ぱすとらいみ・ぱんちぇった)を連れ、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は空京のホテル内を歩いていた。約束の時間まであと少し。確保しておいた部屋に行き、招待した亡き親友、の母――沢城 梨音(さわしろ りね)を待つために。
「空京でも、パラミタ出店の下見にはなるよね」
 梨音は、地球でゲーム・音楽販売店メディアマート・スズシロをチェーン展開している。パラミタにも出店したいと言っていたし、空京でも参考になるだろう。それに、辺里亜の本体であるネージュ愛用のスマートフォンには、ヴァイシャリーの写真や動画が内部・外部メモリーいっぱいに詰め込んである。
「ぺりあさん、本体とか重くなってない?」
「うむ。端末もちょっとアップグレード! 処理速度アップしておるぞ。準備万端、ばっちりじゃ!」
「よかった。じゃあ、そっちはよろしくね」
 パートナー達の紹介も、自分達の暮らす街の様子も、辺里亜に任せておけば安心だろう。彼女はやる気満々で、出かける前は『主さまのお客様に、パラミタの日常を伝えるお手伝いが出来れば本望なのじゃ!』とも言っていたし。
 あともう1つ、懸念があるとすれば――
「主さまよ、ちゃんと補助外部バッテリーは用意しておくのじゃぞ!!」
「大丈夫、ちゃんと持ってるよー」
 はりきった声で確認する辺里亜に、軽く目を向けてネージュは応える。それから、少し後ろを歩くパストライミに視線を移した。
 パストライミは、幼稚園時代の鈴、そのままの姿をしている。
 梨音が感情的にならないか、心配だった。

(パートナー代表としてついてきちゃったけど、いいのかな?)
 ホテルの部屋で、ふかふかのソファに落ち着いて。
 パストライミはそんなことを考えながら、部屋のドアを何の気なしに見つめていた。お客様はそこから入ってくるだろうから、と思って見てしまうだけで深い意味はない。また、「いいのかな?」と思ってしまうのにも、わたしはお留守番してたほうがよかったかな? という以上の意味はない。ネージュには、パートナーがたくさんいるから。
「お、来たようじゃぞ!」
 呼び鈴が鳴って、辺里亜が立ち上がり迎えに出る。ドアが開き、入ってきたのは黒髪を長く伸ばした、気品のあるお淑やかそうな女性だった。白を基調にしたナチュラルロリータ服を身に着けていて、35歳と聞いていた割にはちょっとだけ童顔に見える。集まった4人の中では一番背が高そうだけど、それでも、平均よりは低いだろう。
「え……!?」
 部屋に入ってきた梨音は、パストライミを見て立ち止まり、信じられないという表情で一歩下がる。
「……? どうしたの?」
「……!!」
 その声に、その仕草に、何よりその姿に、梨音は絶句した。途端に目頭が熱くなる。
(何で……あの子がここにいるの!?)
 亡き娘の親友であり、今でも交流が続いているネージュの薦めを受けて彼女は今日空京見学に踏み切った。ネージュは、自分がパラミタへの出店を考えているのを知っているから、それで招待してくれたのだと。
 ホテルに来るまでの道中で、空京の持つ雰囲気に触れ、感じることが出来た。この街に店を出すのもいいかもしれない。ネージュに会ったら、まずそう伝えようと思っていた。
(あの子は、確かに亡くなったはずなのに……でも、あの姿は幼稚園の頃のあの子……)
 娘が幼い頃、無邪気な笑顔を向けてちょこちょこと駆けてきた姿を、甘えてくれた光景を思い出す。
 涙は溢れ、止まらなくなった。
「……?」
「梨音さん、来たんだ? ……あ」
 ねじゅおねえちゃんのお客さんはとってもきれいなお姉さんだった。そのお姉さんが、泣いている。だけど、それがなぜなのかわからなくて。
 パストライミが小首を傾げていたら、洗面所から出てきたネージュがそっと耳元に話しかけてきた。両手で顔を覆ってしまった梨音はそれに気付かない。
(……天国に召されてしまったの? 少し、前に?)
 話を聞いて、理解して。
 泣き続けている梨音を見つめ直す。その時、涙を拭った彼女が耐え切れなくなったように近付いてきて、ぎゅーっとパストライミを抱きしめた。
「鈴……鈴……!」
「…………」
 ちょっぴり、パストライミの中に複雑な思いが去来した。けれど、せっかく遊びに来たのだ。パラミタでの思い出は楽しいものにしてほしい。
「わたし、お姉さんがパラミタにいる間は、お姉さんの子供でいるよ。だから、泣かないでー」
 梨音のなすがままに抱かれながら、彼女は言った。
 楽しければ幸せなのだ。
 今が楽しければ、多くのことは何とかなるような気がするから。

「主さまのたってのお願いなのじゃ! とくと見るがよいぞ!」
 泣き止み、パストライミを軽く抱いてソファに座った梨音に、辺里亜はひとつひとつ保存した写真、動画を見せていく。留守番しているパートナーたちのメッセージビデオを順に流し、普段は彼女達に囲まれて暮らしているのだと解説する。
 時には、街の空気を感じられるように百合園女学院やヴァイシャリーの建物を立体映像として映し出す。
 それを、梨音はおっとりとした笑顔で眺めていた。