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リアクション
ラプソディ・イン・パーティ
サンタガール風のドレスにトナカイをイメージしたバッグを持った杜守 柚(ともり・ゆず)を見て、高円寺 海(こうえんじ・かい)は淡く微笑んだ。
「クリスマスにぴったりだな」
「そういう海くんも、クリスマスにぴったりのおしゃれさんです」
「ふつうだろ」
柚はくすくす笑う。
海は何を着ても似合うと思うのだが、きっと彼にはわからないだろうからと言わないでおいた。
柚が海の指先を握ると、海はしっかりと握り返してくる。
少し冷えていた手がぽかぽかとあたたかくなっていった。
二人はケーキのクリスマスツリーを見にいった。
「わぁ! 本当にツリーです!」
テーブルの上のケーキのツリーを目にしたとたん、柚は目をきらきらさせた。
高さは二メートル程で、ケーキの他に砂糖菓子やマカロン、ドーナツ、飴細工などで華やかに彩られている。
海も感心したように見上げていた。
しばらく見惚れていた柚だったが、ふと、何かを思いついたようにバッグからケータイを取り出した。
「海くん、記念写真を撮りましょう! 少しかがんでください」
「わっ、ゆ、柚……っ」
ぐいっと腕を引っ張られた海が危うく転びそうになるが、柚は気づかずに海に顔を寄せてカメラの位置を調整する。
「はい、撮りますよー」
背景にケーキのツリーが入っていることを確認すると、海が止める間もなく柚はシャッターボタンを押した。
海がうらめしそうな目で柚を見つめる。
慌てた顔の自分が映されたことが恥ずかしかったのだ。
「えへへ。さあ海くん、次は食べましょう! 海くんはどこを食べたいですか?」
「まったく……。ナイフ貸して。オレが切るから」
「いいんですか?」
「柚は、切るというか崩しそうだから」
「そ、そんなことはありませんよ……?」
と、言いつつもナイフを海に預ける柚。
海は飴細工の乗った部分を切り分けた後、マカロンを一つ加えた。
「ほら」
「ありがとうございます!」
海も自分の分を取り分けると、二人はカップル用のテーブルへ向かった。
気づいた歌菜がさっそく二人を案内する。
カップル用と言うだけあり、一つ一つのテーブルの間隔が広い。
白地のテーブルクロスにはオアシスの女達が入れた繊細な刺繍が施され、なかなか品良く仕上がっている。
中央に飾れたリーフの真ん中から、背の高い蝋燭がテーブルをやわらかい明かりで照らしていた。
「お飲み物はどうなさいますか?」
そう尋ねた歌菜に、二人は紅茶を頼んだ。
少ししてティーセットと一緒に運ばれたのは、一つの大き目のグラスに二つのストローがついたカクテル風の飲み物だった。
「こちらはサービスです。ごゆっくりお過ごしくださいね」
にっこり微笑むと、歌菜は次の客を出迎えに行った。
柚と海は、じっとサービスドリンクを見つめる。
「え、えーと……こういうの、照れますね! でもせっかくですから、いただきましょう」
「あ、ああ」
と言う海の動きはどこかぎこちない。
それでも、二人で飲んだドリンクは、ケーキより甘いんじゃないかと思わせた。
そして、ケーキも食べ終わった頃。
柚は妙な暑さを感じていた。
近くに暖房でもあるのかと思って見回してみたが、それらしいものはない。
「どうした?」
「海くん、何だか暑くないですか?」
「ちょっと暑いな。サービスドリンクにアルコールは入ってなかったし、何だろうな」
「でも、ふつうにしてる人もいますよね。コート脱ぎますね」
しかし、暑さは何も変わらなかった。
海も上着を脱いでいたが、やはり暑そうにしている。
どうしよう、と柚は困った。
コートの下はドレスだ。これ以上は脱げない。
でも暑い。何かが脱げと言っている気さえしてしまう。
そこで何を思ったか、柚は海に相談した。
「海くん、ドレス、上だけ脱いでもいいですか? 暑くて暑くて……」
「え!? そ、それはまずいだろ。待て、脱ぐな!」
「大丈夫です〜。下もドレスに合わせたデザインになっていて……」
「そういう問題じゃねぇ。いいから脱ぐな!」
不満そうに海を見る柚は、暑さで頬を染めていて蝋燭の明かりの加減もあってか、妙に艶っぽかった。
海は別の暑さも感じてしまったが、今にも脱ぎだしそうな柚の手を引っ張り、種もみ会館へと駆けた。
中に柚を放り込むと、海はその場にへたり込んだ。
「心臓に悪いっての」
いつもより早い鼓動は、しばらく止みそうにない。
「この間、種もみ学院と合同学園祭をしてた人達がクリスマスも合同でやるそうよ。何でも、凄いツリーがあるとか。行ってみない?」
と、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)を誘って訪れた種もみの塔前。
電飾とレーザーでギンギラのクリスマスツリーにサングラスはどこかしらと思い、綺麗な二等辺三角形を描くクリスマスツリーのケーキに唖然とし……。
「こ、これ……ウェディングケーキよね……?」
リネン・エルフト(りねん・えるふと)は、高さ二メートルくらいのケーキを下からゆっくりと見上げていった。
フリューネも初めて見る代物のようで、言葉もない様子だ。
ふと、リネンの目がケーキの脇に置かれているナイフを捉えた。
「これは……!」
リネンの頭の中にチャペルのベルが鳴り響く。
快晴、白い鳩、舞い散る花びら、ライスシャワー、赤い絨毯、ウェディングドレス、祝福をくれる大勢の人達……。
「け、結婚式は冬のほうがいいのかしら!?」
「ホワイトウェディングも素敵ね。春でも夏でも秋でも、それぞれの良いところがあると思うわ。でも、どの季節でもキミが隣にいることは絶対ね」
妄想爆発はリネンだけではなかったようだ。
どちらからともなく、二人は愛情に満ちた目を絡ませ合う。
「一緒に……」
リネンがナイフを手に取ると、フリューネがその上にそっと手を添える。
「何だか、予行演習みたい……って、私、何言ってるんだろ!?」
と言いつつも、リネンの脳裏にはフリューネとの幸せな未来像が次から次へと駆け巡る。
「リネン」
名を呼ばれて顔を上げると、フリューネがやさしく微笑みかけていた。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス、フリューネ」
現実のフリューネに想像の暴走は落ち着いたが胸は高鳴ったままだ。
そして、二人でケーキにナイフを入れた。
何か素敵なことが起こりそうな予感がした。
天使姿のスタッフに案内された二人は、さっそくケーキを堪能した。
見た目はこってりと甘そうなのに、意外とあっさりした甘さでしつこくない仕上がりだ。
おかげでいくらでも食べてしまいそうだった。
「後で飾りつけもしなくてはね」
フリューネに言われてようやくリネンは持参したオーナメントのことを思い出した。
「すっかり忘れてた」
「私も今思い出したの。ウェディングケーキにすっかりやられたわ」
フリューネの笑顔に、リネンもつられて笑みをこぼす。
「お菓子袋はないほうがよさそうね」
「ええ。あいているところに飾りましょう」
二人が持ってきたのは、デフォルメされたペガサス型のクッキーだ。
「あぁ、まだドキドキするわ。いつか本物の、私達だけのウェディングケーキを見たいわね。ふふふっ、想像しただけでわくわくして暑くなって……本当に暑いわね」
「ちょっとはしゃぎすぎたかしら」
「え? う〜ん……体の内側から熱い感じが……。ねぇ、どうしよう」
リネンは体をもぞもぞと動かしながらフリューネを見た。
上着を一枚脱ぐくらいはどうということもないが、どうもそれだけではすまないような気がしていたのだ。
それに、フリューネ以外の前で必要以上に肌を見せるのに抵抗を感じるようになっていた。
「そうね……私もさっきからお酒を飲んだ時みたいに暑くて──ちょっとリネン、それ以上脱いだらダメよ!」
リネンはとうとう我慢できずに上を一枚脱いだが、それだけでは足りずにもう一枚に手をかけていた。
だが、それを除いてしまえば下着姿になってしまう。
フリューネは慌ててリネンの手を押さえると、彼女も事態に気づいて手を止めた。
「うぅ……やっぱり暑い……」
「リネン、向こうへ行きましょう」
と、フリューネが示したのは種もみの塔の裏側。
「あそこなら誰もいないから、もう少し脱いでも大丈夫よ。もし誰かが来ても私が追い払うから」
「フリューネも暑いのよね?」
「ええ。でも、薄着になったキミが人の視線を集めるのは嫌……かな」
若干照れながら告げられた言葉に、リネンはますますほてってしまうのだった。
泉 美緒(いずみ・みお)と二人きりで出かけるのはずい分久しぶりだ。
胸を弾ませながら冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は美緒とパーティ会場を訪れた。
天使姿の羽純に案内された小夜子は羽織っていたコートの前を開けた。
すると、チューブトップのミニスカサンタ服が見えた。
せっかくのクリスマスなのだからと、美緒もおそろいの服で来ているのだが大胆なデザインのためか、恥ずかしがってコートの前は閉ざされたままだ。
小夜子はそのことについては何も言わずに、ケーキを見に行こうと美緒を誘った。
「かわいらしいケーキですわね、小夜子」
ウェディングケーキのような造りのクリスマスツリー型ケーキに、美緒は目を輝かせて見入った。
小夜子も頷き、
「ええ。楽しい気分になってきますわ。美緒、私が切りましょう。どのあたりにしますか?」
ナイフを持って美緒に尋ねると、彼女はケーキを一周して見た後、サンタクロースの砂糖菓子が乗ったところを選んだ。
小夜子が綺麗に切り分けて皿に移すと、美緒は幼い少女のような笑顔をみせた。
「オーナメントも飾りましょう」
小夜子が白いをリボンを取り出すと、美緒はピンクのリボンを手にする。
ケーキの支え部分に寄り添うように結びつけた。
戻ったテーブルで二人でケーキを楽しみながら、会えなかった間にお互いの身に起こったことを報告しあった。
「わたくし、少しでも苦手を克服しようと思いまして水泳のレッスンをしました」
「美緒は頑張り屋さんですわ。それで、どうでしたの?」
「ふふふ、聞いてください。少しだけ進みましたのよ! 沈むばかりでしたのに。この調子でいつか二十五メートルも泳げるようになりますわ」
具体的に何メートルかは言わなかったが、美緒がとても嬉しそうだったので小夜子も一緒に喜んだ。
「私も精進しなくては。美緒にふさわしい者であり続けたいですもの」
「そんな、小夜子のほうがわたくしの何倍も素敵ですわ。わたくしのほうこそ、小夜子が恥をかかないように努力しなくてはなりませんわ」
二人はとても満ち足りた時間の中にいた。
その時、美緒は奇妙なうずきを感じた。体が熱をもっていくような感覚だ。
「少し暑くなってきましたね。小夜子といられて楽しいからでしょうか」
「私も先ほどから暑くなってましたの」
二人はコートを脱いだ。
彼女達の見事なバストラインとギリギリの丈のスカートから伸びる脚の眩しさに、注目していた周囲の男性陣の目がくらんだ。
気づいた美緒がパッと頬を染めて、スカートを少しでも伸ばそうとがんばった。
そうしながらも訴えかけるような目を小夜子に向ける。
「あの、どうしてでしょう……。夏でもないのに暑くて暑くて……」
「美緒、それ以上は脱いではダメですよ」
「はい……」
ほんのり肌を桃色に染めた美緒は、何とも言えない色香があった。
ふと、小夜子はケーキを作った人達の中にリーアがいたことを思い出した。
(また何か細工をしたのかしら。でも、楽しみましょうか)
「美緒、サンタ服かわいらしいですわ。着てくださってありがとうございます。無理を言ったことは承知の上でした」
「小夜子とのクリスマスですもの」
はにかんだ笑みを見せた美緒の口の端に、クリームがついていた。
「美緒。ケーキ、おいしかったですわね」
小夜子はゆっくりと美緒に近寄ると、やわらかい頬に指を滑らせる。
だんだんと近づいてくる小夜子の顔に、美緒はますます顔を赤らめた。
「あ、あのっ、みんな見てますわ……っ」
思わず美緒が目を閉じた時、口の端に小夜子の唇が触れた。
そして、ぺろりと舌の感触。
「ふふっ。クリームが付いてましたわよ」
「い、言ってくだされば自分で取りましたのに……恥ずかしいですわ」
「美緒に触れたかったのです。おしゃべりも楽しいですけれど、あなたのぬくもりを感じたかったのです。嫌でしたか?」
「そういう言い方は、ずるいですわ……。わたくしだって、小夜子と……」
その先はもごもごと口の中で消えて聞き取れなかったけれど、小夜子はすべて承知しているように美緒をやさしく抱きしめた。
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