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第2章 女心

「もう私は要らないの?」
 1月1日、夜明け前。
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、樹月 刀真(きづき・とうま)に、今にも泣き出しそうなほど不安そうな顔を向けた。
「ゴメン」
 風見 瑠奈(かざみ るな)を助けに、1人でダークレッドホールに向かったことで、大切なパートナーである月夜を不安にさせてしまっていたことに、刀真は気付いた。
 刀真は月夜を抱きよせて、頭を撫でる。
「お前がいらなくなる時は剣士としての俺が死ぬときだよ」
「うん、私が死ぬのは剣としての私が必要となくなった時だからね」
 刀真の言葉と抱擁に、ほっとして。
 月夜は本当に久しぶりに、彼に腕を回して抱きついた。
 長めの抱擁を終えたあと、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が、真っ直ぐ刀真を見つめる。
「刀真さんをお慕いしています」
「……! あ、ありがとう」
 白花は刀真の答えに何も言わず、ふわりとした微笑を見せた。
 12月31日の夜――。
 久しぶりに、刀真とパートナー、そして年末まで刀真の恋人だった瑠奈で集まって、年越しそばとおせち料理作りをした。
 そのあと、年が明けたら初詣に行こうという話になり、瑠奈は買い物があるとコンビニに向い、玉藻前は寝てしまったため、刀真と月夜、白花の三人で空京神社へ先に訪れた。
 年が明けて、瑠奈との約束の期限を迎えた後で。
 刀真はパートナー達に、瑠奈との関係を継続したいと話した。瑠奈がこの先知らない所でどうにかなってしまう、と考えただけで不安になってしまう。瑠奈との特別なつながりが欲しい、からと。
 久しぶりに抱きしめあって、落ち着いた月夜は「良いよ」と、刀真に答えた。
「お蕎麦やお節作り大変だったけど、とっても楽しかったし、私も瑠奈からいろいろ教えてもらいたいし。だけど、私達の事もちゃんと見て、瑠奈だけ見ないで」
 月夜のその言葉に、刀真は返事ができなかった。
 瑠奈は、刀真に自分だけ見てほしいと思っていることを……知っているから。
 今の様に、刀真が他の娘を抱きしめることを、瑠奈は受け入れられない。
 でも、刀真は瑠奈にパートナーとの関係は変えられないとはっきりと話してある。
 瑠奈に、パートナー達とのこういった関係を復活させた上で、瑠奈とも恋人として付き合いたいと交際を申し込んだら……瑠奈は受け入れるだろうか。
「約束だよ、刀真」
 月夜が刀真の右腕に抱き着く。
「頑張ります、ね」
 白花が月夜の真似をして、反対側の腕に抱き着いた。
 2人は久しぶりに刀真に甘えられることを、大好きな彼に触れられることが凄く嬉しかった。
 刀真は寂しい想いをさせたのだから、仕方がないと。2人に腕を預けていた。
「2人共、着物似合ってるよ、可愛い」
 そして愛しげな笑みを向けた。2人のことを、刀真自身もとても大切に想っているから。
「ん? メール……瑠奈からだ」
 月夜の携帯電話に瑠奈からのメールが届いた。
『あけましておめでとう! で、ごめんなさい。風邪をひいてしまったみたいなので、今日は帰ります』
「んー、さっきまであんなに元気だったのに」
「でもなんだか、以前会った時とは雰囲気が違いましたよね。何というか……決意を固めていたような」
 白花は不思議に思う――自分に対しての瑠奈の気遣いを知らなかったから。
 瑠奈と一緒に料理を作りたい、と、刀真は瑠奈に言ったことがある。それに対して瑠奈は、年末に皆で一緒に料理を作りたいと言っていた。
 それは彼女の本心ではなくて、白花が独占しているという刀真と料理を作る大切な時間を、自分が奪ってはいけないと考えて……。
 瑠奈は去年が終わるまで、皆と一緒に笑顔で楽しそうに過ごしていた。本心は見せずに。
(瑠奈や皆と元気に一緒に居られますように)
 賽銭を入れて、刀真はそう願った。
(刀真とずっと一緒に居られますように、皆と元気に仲良く過ごせますように)
 それが月夜の願いだった。
 白花もそっと、自らの願いを思い浮かべた。

「樹月、お前風見と付き合ってたんじゃないのか? 浮気にしか見えないんだが」
 祈願を終えたあと、竹箒を持った巫女――神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)が話しかけてきた。
「あけましておめでとう! その服に合うね」
 刀真の腕に自分の腕を絡めたまま、月夜が優子に笑みを向けた。
「おめでとう、そっちも似合ってるよ」
 優子は月夜に軽く笑みを見せた。
「あ、刀真と瑠奈は去年までの約束だったの。関係継続になったとしても、これからは皆で仲良く出来たらいいなって思ってる」
「……それは無理だろ。彼女は生粋の日本人女性だから。
 風見の方がキミに惚れてしまって離れられないというのなら、彼女のためにふってやってくれ」
 月夜にではなく、優子は刀真にそう言い、彼の横を通り別の場所の掃き掃除に向かって行った。……彼の耳に「先に来てお前達のこと見てたぞ、風見」と言葉を残して。
 刀真の脳裏に一瞬、苦しそうに泣いている瑠奈の顔が浮かんだ。

 その夜。
 月夜と刀真の携帯に、瑠奈からのメールが届いた。


漆髪月夜様

 半年間、ありがとう。
 沢山、辛く寂しい思いをさせてしまって、ごめんなさい。
 色々あって、デートも数回しかできていないから、樹月さんと私はお互いのこと良く分かってないと思う。
 でもね、短い付き合いの中、彼の愛は“共依存”に近いんじゃないかって感じたの。このままじゃいけないと私は思うわ。

 月夜さんの樹月さんへの愛情が、『恋』なら、同じことを繰り返さないよう、あなたが恋人として、しっかり彼を見張っていてほしいな。
 男女の恋愛に、誰も傷つかず、皆の恋が叶って幸せになる方法なんてないのよ。
 この短い間の経験が、樹月さんと私を成長させてくれるはず。
 漆髪さん達の想いが、彼に伝わりますように……。幸せになってね。

 折角百合園に来てくれたのに、一緒に活動する機会、今までなかったわよね。
 新学期から、卒業まで一緒に勉学に励めたら嬉しいな!
 でもごめんね、恋バナだけはしばらく無理。
 どうしても噂は耳に入っちゃうから、人目につく場所でのいちゃいちゃも私がパラミタを離れるまで、控えてもらえたら嬉しいな。ダメ?

 それじゃ、新学期に学校で!



樹月刀真様

 半年間、幸せな時間をありがとうございました。
 今日はごめんなさい。他の女の子達と親しくしている樹月さんを見るのは、今はまだ無理です。

 樹月さんに、聞きたかったけれど、怖くて聞けなかったことがあります。


 あなたは、私が強化人間になりたいって言ったら。
 そして、あなたと契約をして、秘書としてあなたのモノとしてあなたの傍らで生きて。
 他のパートナー達と一緒にあなたを愛し続けたいといったら。
 喜んで私を受け入れて、パートナーの一人として、ずっと大切にしてくれる――んじゃないかって思ったの。
 そんな未来が、あなたとパートナー達にとっての一番の幸せ、ですか?

 私が交際を申し込んだ時の樹月さんなら、嬉しいって答えたんじゃないかな。
 私は、それがとても怖かった。夢も家族も友達も捨てて、あなたの思い通りに、ただあなただけを愛する人形として生きる私を、あなたが欲しているような気がして。
 でも、クリスマスにくれた言葉を聞いて。
 今なら、『自分を犠牲にするつもりか、馬鹿なことを言うな』って言ってくれるんじゃないかとも思ったの。『それは成長じゃなく逆行だ、自立ではなく依存だ』って。

 あなたに惹かれれば惹かれるほど、自分だけ見て欲しいという思いが強くなりました。
 あなたの言葉は本当に優しくて、あなたもそう思ってくれているんじゃないかって、錯覚も覚えました。でも、違うと頭は理解していて、胸が痛かったです。
 昨日と今日、私はあなたと家族の幸せを自分の目で見させていただきました。そして、現実を再確認しました。

 私が死にかけた時、樹月さんは目の前が暗くなったって言ってくれたけれど、今の私は好きな人が他の女の子と腕を組んでいたと聞くだけで、胸が張り裂けそうになるし、ご飯も食べられなくなり、眠る事も出来なくなります。

 半年間、誠実に、私にだけに愛情を向けてくれて、本当にありがとうございました。
 とても、幸せでした。
 本当に、大好きでした。
 この後は、せめてあなたを強く想い、必要としている人達だけを大切にしてあげてください。
 期間限定とはいえ、家族のいるあなたに浮気をさせてしまい、すみませんでした。
 私はしばらく恋愛はせずに、勉学や仕事に励んで、自立して、あなたが女友達として誇れる、いい女になってみせます。

 風見瑠奈