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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第7章 いつか、イーゼルを持ってスケッチへ

「今年もまた、人材豊富という感じだね」
 薔薇の学舎の校長室で、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)の校務を手伝っていた。特別忙しいわけではなかったが、これが、彼のイエニチェリとしてのヴィナの日常になりつつある。
 日々校長室に通うことで、ルドルフに憧れる生徒達から役得だと嫉妬されたり、その役目にしても、ルドルフに近しいが為に任命されたのではないかという負の感情が自分に寄せられることがあるのも理解している。その上で、彼は公的に必要があると考え、校務の補佐を続けていた。何事も、1人の考えだけで結論を下すというのは危険だ。完璧な人間がいない以上、本人でも気付かない独り善がりな判断に基づいたものになる可能性がある。その誤りについては、最悪蹴飛ばしてでも違う選択肢を選ぶよう導くのも彼のイエニチェリとしての使命だ。
 ヴィナは、そう考えている。
 だから、決して彼を妄信することはしない。
「ああ、面接には僕も同席したけど、なかなか見てて飽きなかったな。来年度からまた、この学舎がどう変化していくのか……今から楽しみだよ」
 今日の仕事は、新年度から入って来る転入生や新入生に関する処理が主だった。机の上には、ヴィナがまだ会ったことのない生徒の顔写真が載った資料が広げられている。と言っても、これは見易くする為に印刷した全転入・新入生の内のごく一部である。作業自体は基本的にパソコンを使って行われていた。
 合格通知を送って間もなく、誰をどのクラスに入れてどの部屋に入寮させるかなどはまだ殆ど決まっていない。それを少しずつ決定し、整理していく。その際には、前の学校でどんな生活をしていたかも確認した。
 入学する生徒を決めるのはジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)だが、その生徒達の入学後のことについてはその殆どが現校長であるルドルフの仕事だ。
「さすがジェイダス様だね。皆、品行方正という感じで悪い評価がついていないよ。まあ、俺が品行方正かは置いておいて」
 ここにいる以上、ヴィナもジェイダスに選ばれた生徒の1人だ。とりあえず、非行に走った記録はついていなかった――というのは確かだと思うが。
「たまに気まぐれに尖った生徒も選ばれるんだけどな。どこかに美しさを感じられるのだろう。今年はそういった生徒はいないようだ」
 マウス操作をしながら、ルドルフは言う。その彼の手が、マウスから離れた。画面から目を離して一息吐く。
「あ、終わった?」
「今日の分は終わったよ。ヴィナはどうだ?」
「俺もあとこれで……うん。終了だ」
 開いていた画面を閉じて、広げていた資料をまとめてシュレッダーに掛ける。机の上が片付くと、ヴィナはルドルフに言った。
「ちょっと、喫茶室に顔を出さない? 一般学生との交流も大事な校務のひとつだからね」

 喫茶室は、休憩をする生徒や自学に励む生徒で静かな賑わいを見せていた。ルドルフの姿を見た生徒達は一瞬驚き、彼に「お疲れさまです」と声を掛ける。ルドルフは、そんな彼等1人1人に応えていく。空いた席に座って、お茶を飲む。
 こうして仕事を離れても、友人として時を過ごせる。ルドルフに片想いをしているヴィナであったが、友人としての今の関係に特に不満は持っていなかった。恋愛でないにせよ、好かれ、信頼されているのは知っている。ルドルフに好意を寄せる存在がいることも知っていたが、そうした人も良い意味で気に掛けていた。相手に対してルドルフが恋愛感情を抱くのなら、自分は部下に戻る必要があると考えているが――
 近くに座る生徒達が、どんな進路を選ぼうか、それに対してどの授業を受けようかという話をしている。普通科とはいえ、学年が上がれば専門分野に特化した選択授業もある。次の学年になるまでにある程度決めておこうと思っているようだった。
 ヴィナもちらりと、これからの、来年の自分について考えてみた。多分、今と同じくルドルフの補佐として、今と大きくは変わらない毎日を送っていそうだけれど。
(でも、パラミタ、シャンバラに来て、もうそろそろ5年かぁ……。そろそろ、考える時期だよね)
 それは、ルドルフも同じだろう。長い期間をこの学舎で過ごしていれば、望むこともあるはずだ。校長という立場になったとしても。
「ルドルフさんって何か学んでみたい分野とかってある?」
 周囲の生徒に聞かれて困ることもあるだろうしと、元々、喫茶室では校務に関係ない話をしようと思っていた。そこで、彼に聞いてみる。
「ん? 僕がかい?」
「ルドルフさんが優秀なのは知ってるけど、向学心もあるから現状で満足してないだろうし。それなら、興味ある分野や勉強したい分野もあるだろうと思ってね」
「そうだな……。ヴィナは何かあるのか?」
「俺は、国際政治かな」
 新聞を読む時は、自然とそれに関係した記事を優先して目を通すし、これから勉強していきたいとも思っている。
「政治か。僕は、プライベートで政治のことはあまり考えたくないな」
 答えを聞いたルドルフはそう苦笑し、お茶を一口飲んだ。それから、窓の外を見ながら言う。
「これから興味を持ってやっていきたいといったら……絵画かな。休日とかに、のんびりと風景をスケッチしたいね。僕にとって愛しい景色を、いつまでも残しておきたいんだ」
 そうして、ルドルフはヴィナに笑いかけた。