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過去から未来に繋ぐために

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過去から未来に繋ぐために
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16章 最終決戦


 ――崩落するサイクラノーシュの最深部。
 遠野 歌菜と月崎 羽純(つきざき・はすみ)が駆るアンシャールが、コクピットに通じる扉を【暁と宵の双槍】でこじ開けた。双槍で開けた穴を起点としてホワイトクィーンが扉をブチ破り、3機のイコンがサイクラノーシュのコクピットに侵入する。
 コクピットに侵入した3機が見たのは、円周状に広がる空間だった。
「これは――コロシアム……?」
 空間の中央は開けており、円形の舞台が出来上がっていた。円の周囲には、幾つもの段差が螺旋を描くようにして取り付けられている。
 古代の闘技場を彷彿とさせる空間だ。円を螺旋状に囲む階段には数百体のブラックナイトが佇んでおり、こちらを睥睨している。
 灯りと呼べる物は無い。ブラックナイトの真紅に輝く瞳が、舞台を照らすだけだ。
『……サイクラノーシュ……』
 真っ直ぐ前方を見やったサタディが呟く。
 舞台の中心には、ブラックナイトと毛色の異なる機体が佇んでいた。サイズはアンシャールやザーヴィスチとほぼ同じ。西洋甲冑の如き金属装甲で全身を覆っており、背中には巨大な両手剣を抜き身のまま背負っている。
 色調は白。無骨ながらも金色の装飾が各部位に施されており、肩部からは深い青に彩られたマントを靡かせている。
 機体の素顔は見えない。兜で覆い隠されており、かろうじて緑色の瞳だけが窺えた。
 地球における西洋の騎士を彷彿とさせる外観だが、鈍重で古めかしいイメージは無く、洗練された雰囲気を放っている。
 恐らくこの機体は、サイクラノーシュの本体が駆る機体なのだろう。イコンでもなければ、イコン型機甲虫でもない。サイクラノーシュは学習と模倣の末に、遂にオリジナルの境地に辿り着いたのだ。
 アンシャールが一歩、歩み出た。
「……私の名前は、遠野歌菜。争う為ではなく、貴方と話したくて、ここまで来ました」
 舞台の中心に立つ機体は、王者の威厳を以て歌菜に応えた。
『内容による』
 重く響く声だった。
 否応なく緊張が走る。不安を感じ、歌菜は後部座席に座る羽純を振り返った。
「かつての人類は間違っていた。だが、今は違う。今は契約者達がいる。昔とは違うんだ。
 ……皆を助けるんだ、歌菜」
「うん……!」
 羽純の言葉から勇気を貰った歌菜は、コクピットハッチを開けた。
 サイクラノーシュ達に生身の身体を晒し、胸中の想いを言葉に乗せて届ける。
「サイクラノーシュさん……サタディの中に大廃都の過去の記憶が残されていました。それで、私達は過去に何があったのか知りました」
 サイクラノーシュは微動だにしない。両の拳を握り締めたまま、こちらを見つめるだけだ。
「人類の為に力を尽くしてくれた友人の貴方達へ……私達は償い切れない過ちを犯しました。
 戦争の道具となる事を恐れ、閉じ込める……それは、貴方達を守る意味もあったのでしょう。けれど、間違ってました」
 事態の変化を見守るブラックナイトも、微動だにしない。ただ黙って、真紅の輝きをアンシャールに向けるだけだ。
「どんな事をしても、貴方達の手を離してはいけなかった。共に生き、守るべきだった! 貴方達は友人なのだから!
 今回は絶対に間違えない……今度こそ貴方達の手を離しません! お願いです、共に生きましょう! 私達ともう一度友人になって下さい!」
 しばしの沈黙があった。
 感情を込めて必死に訴える歌菜に対し、サイクラノーシュは冷静に答えた。
『……遠野歌菜、と言ったか。戦いには2種類ある。当事者同士を納得させるための戦いと、民衆を納得させるための戦いだ。
 ――この戦いは、後者だ』
 世の中は広い。今回の戦いを収めるために大廃都に集ったイコンも、これで全てという訳ではない。
 強き者は際限なく存在する。例えサイクラノーシュがこの戦いに勝利したとしても、最終的にはより強き者に倒されるだろう。
 この戦いは儀式だ。敗北を前提として、それを受け入れるためにある。観客にして民衆である機甲虫達が感情を整理し、状況を納得するためにある。
 だからこそ、横槍が入ってはならない。サートゥルヌス重力源生命体や歌菜が戦いを止める事は、彼らにとって許されない。好意や嫌悪とは別に、視界に入れてはいけないのだ。
 観客席に佇むブラックナイトの内、10体がアンシャールとホワイトクィーンに詰め寄った。
 攻撃は無い。ただ無言の時が過ぎる。
 1秒か、それとも1分か。はたまた1時間か。永遠とも言える時間が過ぎ、10体のブラックナイトがアンシャールとホワイトクィーンの両腕を掴んだ。
 攻撃は無かった。ブラックナイト達はこれから始まる戦いに王を集中させるため、アンシャールとホワイトクィーンを舞台の端に移動させたのだ。
 ブラックナイト達はそのまま、アンシャールとホワイトクィーンを包囲し続けた。彼らはいつでも剣を引き抜けるよう柄に手をやり、監視の眼を光らせていた。
 かつてない緊張に、歌菜は全身から冷や汗を流した。よろめくようにしてコクピットの座席に座り込み、力無くサタディに呼びかける。
「サタディさん……」
 ホワイトクィーンは、静かに首を横に振った。
『残念だが、最早、我らが入り込む余地は無い』
『……これは、どうしても通過しなければならない戦いだ。儀式……なんだろうな……』
 サタディとヨルクの返答は、ある意味では、残酷な物だった。
『我々に出来るのは、両者の戦いを見守ることだけだ』
「そんな……!」
 これでは、余りにも破滅的すぎる。
 歌菜が自身の無力さを嘆く傍ら、ザーヴィスチが前に進み出た。


 機甲虫の襲撃で、アルト・ロニアに住まう数多くの住民が死亡した。しかし、機甲虫襲撃の発端はアルト・ロニアの先祖【アイゼンダール】にある。
 これは因果応報だ。大廃都の人間は機甲虫を利用し、裏切り、投棄した。
 サイクラノーシュとの戦いに勝利したとしても、人類が機甲虫を利用し、裏切り、投棄した事実に変わりは無い。
 だからこそ、両者を納得させる必要がある。人類の代表と機甲虫の代表が死力を尽くして戦い合い、勝敗を決したという事実が必要なのだ。
 その事実が無ければ、人も機甲虫も前には進めない。この戦いは、過去という因縁から両者を解放するための戦いでもあるのだ。
 サイクラノーシュが乗る機体が厳かに歩み出た。
『……貴様の名は?』
「私の名は、富永 佐那。パートナーの名は、エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)
 相手への敬意を表し、ザーヴィスチがイコンホースから降りる。
「今この場にはいませんが、ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)も私のパートナーです」
 ソフィアはガーディアンヴァルキリーのブリッジで待機している。ソフィアはタブレット端末でザーヴィスチの機体カメラをリンクさせ、敵機の行動を予測・警戒する役目を担っていた。
「そして、この機体はザーヴィスチと言います」
 名乗りを上げ、ザーヴィスチが構えを取る。
 サイクラノーシュが駆る白金の機体は、マントを脱ぎ捨てた。古代闘技場を思わせる舞台に、重厚なマントが舞い落ちる。
『改めて名乗ろう。我が名はサイクラノーシュ。機体の名は……、【アルマーズ】』
「……ぴったりの名前ですね」
 両者の間に、最早説明は不要だった。ザーヴィスチが大型超高周波ブレードを握り締め、【アルマーズ】が指先を背中の剣に当てる。
 接触を感知した装着用拘束具が自動でパージされ、両手剣を解放した。アルマーズが両手剣の柄を掴み、抜き放つ。
『決戦の時だ、人間よ。歴史の闇に葬られるのはどちらか……』
「決着を付けましょうか」
 瞬間。
 ザーヴィスチとアルマーズが激突した。ザーヴィスチの【大型超高周波ブレード】が目にも留まらぬ速度で突き出され、アルマーズが両手剣で受け流す。
 イコン並のサイズを持つ両手剣で刺突を受け流したアルマーズは左手を柄から離し、ザーヴィスチの懐に踏み込んだ。右手で両手剣を防御に使いながら、左手で手刀を繰り出す。
『ジナマーマ(佐那)――右、です!』
 ソフィアが、ガーディアンヴァルキリー内部から警告を発する。
 ザーヴィスチの右側から手刀が振り下ろされる。ただの手刀ではない。漆黒のエネルギーを纏った高速の手刀だ。
 ソフィアからのテレパシーを受け取った佐那は、直ちに防御行動を取った。ザーヴィスチの左脚で蹴り上げ、爪先に搭載した新式ダブルビームサーベルで手刀を防御する。
 漆黒の一撃と青と金色の輝きが交錯し、周囲に稲妻を迸らせた。
 両者、共に弾かれた。反動を利用して身を回転させ、ザーヴィスチとアルマーズは剣を真横に薙ぐ。
 真っ正面から両者の剣がぶつかり合った。大型超高周波ブレードの放つ高周波を軽く受け止め、アルマーズの両手剣がザーヴィスチに徐々に徐々に迫る。
「大型超高周波ブレードの高周波が無効化されていますわ……! エネルギー出力に差がありすぎます! 真っ正面からぶつかっては、相手の攻撃を捌き切れません……!」
 後部座席で状況を分析するエレナが告げる。ならばと、佐那は身を引いた。
 ザーヴィスチが後方に跳躍し、アルマーズの両手剣が空を薙ぐ。機動性ではこちらの方が上だ。
「白き王よ……!」
 今度は前方に跳躍。ザーヴィスチが一気に間合いを詰める。
「サタデイを介して感じた貴方の怒り、悲しみは私達などでは想像も及び付かないものなのでしょう。しかし、貴方の意志によって大切な家族の命を奪われたアルト・ロニアの人々もまた、貴方に向ける感情は同じです……!」
 速度を活かし、アルマーズに右脚の蹴りを打ち込む。アルマーズは左腕で蹴りを防御した。
「互いが怒りをぶつけ合う円環――それを自分の所で断ち切る事は元より不可能だったと言わざるを得ません。その様な尊き事が出来るのだとすれば……人はそれを犠牲といいます。貴方の気持ちは理解します。申し訳ないとも痛切に感じています」
 爪先に搭載されたビームサーベルがアルマーズの左腕部装甲を融解させる。
 アルマーズは左腕を振り払い、両手剣から突きを繰り出した。
「ですが、貴方にも居た時代・時間があった様に、私達にも現在(いま)があります。相容れない事もまた、理解するところです。ならばせめて、私は……」
 身を捻り、アルマーズの突きを回避する。巨大な刀身が装甲を掠め、火花を散らす。
「――最大限の敬意を手向けに刃を交える相手でありたい……!」
 背面の青き光翼を展開し、ザーヴィスチは天高く飛翔した。
 ブラックナイト達が見つめる中、ザーヴィスチは天頂から大型超高周波ブレードを振り下ろした。
 アルマーズはその場から動かず、真正面からザーヴィスチの一撃を受け止めた。両手剣の長大な刀身を盾のように使い、大型超高周波ブレードを受け止める。
 激突の衝撃で周囲の粉塵が吹き荒れた。螺旋状に衝撃波が舞う中、佐那は更にザーヴィスチの出力を高めていく。
「例え私が敗れても、一死を以て貴方を諌めます……!」
『ならば、私も覚悟を以て応えよう……!』
 アルマーズの瞳が一際強く輝き、全身の装甲が光り輝く。
「これは……時間乱動現象!?」
 エレナが驚愕の声を発した。ザーヴィスチとアルマーズが激しく振動し合い、両者の動力源が共鳴した。
 虹色の泡が周囲に浮かび上がり、ザーヴィスチとアルマーズを包み込む。


■再現された過去■


 ――聖カテリーナアカデミー。
「シスター、出撃許可、ありがとう」
 感謝を述べる佐那に、シスター・エルザは頷いてみせた。
「あなたの役目は、ルルー姉妹のサポート。それを忘れないで。激戦になるだろうけれど、無理はしないこと」
 無理は承知だ。まだ【嫉妬の化身】を諦めてはいない。せめて手が届くように精進あるのみ。この出撃は、己の境地を高めるための鍛錬でもあるのだ。
「……死地にだって生きることはできるよ。それが、戦いなんだ――それじゃ、ちょっと生きてくるね、シスター」
 一歩。また一歩と。佐那は石畳を歩み、格納庫に近付いていく。
「……シスター」
 佐那は途中で立ち止まり、シスター・エルザに問うた。
「なぜあの時、あたしをジャンヌちゃんと組ませたの?」
 エルザが微笑んだ。
「あなたは一度知っておくべきだと判断したからよ。ジャンヌもあなたも、『執着している』という点では同じ。あの子の場合は、『神の意に背く者は全て断罪する』ということに。あなたの場合は【嫉妬の化身】に乗るために。彼女の断罪は、その対象を救済するためのもの。少なくとも、本人はそう信じている。狂信者と言われようと、お前の方が悪魔だと罵られようと、決してブレることはない。彼女のあり方が正しいかどうかは別として、あなたとの違いは、目的の先が見えているかどうか。結局あなたは、【嫉妬の化身】という力のみに固執しているのよ。英霊と交叉することによる新たな可能性を試したいなんて理由も、結局は『その力をどうしたいか』にまで至っていない。だから、見るべきものは『手にいれたその先』よ。
 ……本当は、自分でそのことに気づいてもらいたかったのだけれど……」
 佐那は頷いた。分かっている。自分のことは……よく分かっている。
「分かってるよ……先なんて見ず、ただ自分の意地を貫こうとしているだけってことくらい。簡単に届くなんて思ってもいない。でも、いつかは届くと信じてる。だからあたしは、一生懸命になれる」
 先を見ろ、と人は言う。だが、誰だってそんな事は分かっている。誰だって分かっていて……それでも、見えないものはどうしたって見えない。
 ならばと佐那は思う。――無理に見る必要は無いのだと。ただ進み続ければいい。そうすれば、いつかは見えるだろう。
「……ほんとあたし、何を迷っていたんだろ。意地を貫くのは、いつも、この身ひとつ……そうだよ、どこに身を置こうと、あたしはあたしの意地を貫くまで。ただ、それだけだ」
「あくまでそれを貫くことで先を見出す姿勢は変えない。そういうことね?」
「どこにも答えがなくてもいい。それでもあたしは、あるはずの答えを探して、暗中を突き進む! これが、あたしの見つけた答え。あたしをあたしたらしめる目的であり、揺るぎない、この世界に貫く想いだよ」
 きっぱりと言い放つ佐那に、エルザが不敵に微笑んでみせる。
「愚かね。現実を知ってなお、誰からも同意なんて得られないと分かっていながらも、自分の姿勢を変えるつもりはない。だけど、嫌いじゃないわ。
 ……行きなさい。そして、あたしたちの常識を覆してみせなさい。ささやかだけど、あなたへの贈り物を用意するわ」
 エルザが言い終えた直後、佐那たちの前に機体が降り立った。佐那が搭乗する予定の機体だった。
 見上げる佐那たちの前に、コクピットから1人の少女が降りてきた。
「彼女は?」
「わたくし、オリガ……いえ、エレナと申します。宜しくお願いしますね?」



 ――それは、佐那が新たなパートナーを得た日であった。




■現在■


 意識が現在に舞い戻った。
 佐那は静かに、しかし確かな熱を以て告げた。
「もう、私は迷いません――」
 数百体のブラックナイトが戦いを見守る中、ザーヴィスチは青き光翼を最大限に展開した。
「想いを、意地を貫くのは、いつも、この身ひとつ! アルト・ロニアの惨劇を……二度と起こさない為に!」
 大型超高周波ブレードを構える。万物を貫くための構えだ。
 アルマーズもまた、同じ構えを見せる。彼にもまた、貫くべき意地があった。
 もはや言葉は要らなかった。両者は互いに全く同じタイミングで、同じ速度で、同じ突きを繰り出した。
 刃と刃が擦れ合い、金属音が響き渡る。視界が遥か後方に流れ去り、アルマーズの胸部をブレードが貫いた。同時にザーヴィスチの機体に大きな衝撃が走り、コクピット内の機器が爆発した。
 アルマーズの刃もまた、ザーヴィスチを確と捉えていた。長大な刀身はただ真っ直ぐに、ザーヴィスチの胸部を貫いていた。
 ――相打ちだった。エレナが後部座席から佐那に手を差し伸ばす。
「佐那! 脱出しましょう……!」
 やるべき事は全てやり遂げた。お互い真っ直ぐに、対等に、互いに互いの誇りと意地を賭けて戦った。
 これ以上、何を望めと言うのか。多くの機甲虫達はこの戦いを見届けた。自爆する必要など無い。全ては明白となったのだ。
 人と機甲虫は対等だ。通過すべき儀式を乗り越えて、両者が対等であるという事実を刻み込んだ。これ以上、何を語れと言うのか?
「――ええ」
 佐那は深く頷き、エレナと共にコクピットから飛び出した。
 直後、ザーヴィスチとアルマーズが爆散した。