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リアクション
17章 過去を乗り越える
ザーヴィスチとアルマーズが爆散した。
アンシャールの内側で、歌菜が手を伸ばす。
「――サイクラノーシュ……!」
この戦いの発端は、人類の側にある。
手前勝手な理屈で機甲虫を利用し、裏切り、攻撃し、投棄した。挙げ句の果てに、人類は彼らの墓を掘り返した。
客観的に見ても、非道極まりない行為だ。この戦いにおいて、非があるのは人類の側だ。
――忘れてはならない。この戦いを先に仕掛けたのは、人類の方なのだと。
だから、武力では絶対に解決できない。してはならないのだ。
それは、全ての種族に対する示しでもある。もし人類がサイクラノーシュ達を武力で殲滅すれば、他の種族はおののき、人類を打倒すべき恐怖の存在とみなすだろう。
示しが必要なのだ。示しを付けなければ……人類は未来永劫、悪を背負う事になる。
『……我々は、対等だ』
歌菜が絶望しかけたその時、声が聞こえた。舞台の中央――粉塵舞う中より、カブトムシの幼虫を思わせる小さな虫が姿を現す。
サイクラノーシュだ。彼は、生きていたのだ。そのすぐ傍には、佐那とエレナもいる。
本来であれば、3名は死んでいた。あの時放たれた一撃は、互いに互いのコクピットを狙っていた。だが、アルマーズとザーヴィスチが刃を交錯させた瞬間、微かに刀身が接触し、軌道が逸れたのだ。
純粋に死を辿るはずだった運命は互いの刃によって引き裂かれ、3名を生き残らせた。
「………………」
サイクラノーシュと佐那が対峙する。
未だ緊張感張り詰める空間に、歌菜の声が響き渡った。
「――もう、止めて下さい!」
心の底からの訴えだった。心の底からの叫びだった。
「もう、戦う必要なんて無いんです! 私たちは対等です! 認め合えたんです! 私たちはもう……敵じゃないんです!」
歌菜の痛切な叫びが、機甲虫達に届いたかどうか――
歌菜の周囲が微かに揺れ始めた。冷静に状況を分析した羽純が告げる。
「……歌菜。この空間は、もうすぐ崩れる」
全高300メートルのイコン型機甲虫の崩落が、遂にこの闘技場にまで影響を及ぼしたのだ。
天井が崩れ始め、無数の瓦礫が降り注ぐ。アンシャールとホワイトクィーン、そして佐那とエレナを押し潰すはずだった瓦礫群は――ブラックナイト達によって受け止められた。
「えっ……!?」
ブラックナイトが両腕を掲げ、降り注ぐ瓦礫を受け止める。何も語らず、ただ黙々と、瓦礫を受け止めていく。
自分たちが逃げるだけならば、このような作業はしなくてもいい。なのにこんな事をしてくれるのは……
ブラックナイトは、真紅の瞳を歌菜に向けた。それは、『行け』と言っているようでもあった。
(人と機甲虫は対等だって……分かってくれたんだ。もう、戦う必要は無いんだって……分かってくれたんだ……!)
歌菜は目を瞑った。自分に何か出来る事があるだろうか。先の戦いで、人と機甲虫が対等であると示された。ならば、その先は……
不意に、アンシャールが味方機からのメッセージを受信した。
『こちら、ルカルカ! 聞こえる!?』
ルカルカからのメッセージだった。
モニター上のルカルカは、ダリルから渡されたメモを必死に読み上げた。
『ハイブリッドジェネレーターは、機晶石と機甲石の放つエネルギーを融合させ、安定化されたエネルギーを生み出す装置。
ここは機甲虫の体内とも言うべき場所。この中では、イコンは機晶石と同じ扱いを受けるようなの。だから、イコンさえいれば……』
「そっか……! イコンが機晶石と同じ働きをするのなら……!」
歌菜はコクピットハッチを開けたまま、アンシャールの全エネルギーを解放した。本来有り得ざる虹色の輝きが、アンシャールから漏れ出た。
「――私たちは、友達になれるはずです!」
放出されたエネルギーが空間を包み込み、虹色の泡を生み出した。
人為的に引き起こされた時間乱動現象が、その場にいる全員の意識を過去に連れ去った。
■再現された過去■
サイクラノーシュが砲撃を行う直前、歌菜たちはサタディの内部に記録されていた映像を見た。その時の映像が、再び蘇った。
約5000年前、土星方面より隕石が降り注ぎ、大廃都は滅びた。隕石がもたらした物理的被害と時間乱動現象から抜け出すため、人々は地下シェルターで【アイゼンダール】という組織を結成した。
アイゼンダールは隕石を調査した。その結果、隕石は人工衛星だと判明した。遠い昔に滅びた土星の民……機甲虫のデータがそこには収められていた。
人類は機甲虫のデータを基に、クローニングを行った。人類の手で機甲虫は新生し、人類と共に歩み出した。
『……確かに機甲虫とサートゥルヌス重力源生命体には大きな可能性がある。だが、後世においてどう扱われるのか、それは私にも分からん。数千年後の人類が穏やかな性格を持っているとは限らんのだ。機甲虫を戦争の道具として使うことも有り得る。
……機甲虫を戦争に使ってみろ。サートゥルヌス重力源生命体の力で時空連続体はたちまち崩壊し、パラミタは過去と現在と未来が入り乱れた滅茶苦茶な状況になるだろう。機甲虫は、表には出してはいかんのだ』
機甲虫を使って大廃都を脱出した人々は、猜疑心に駆られた。機甲虫が誰かに利用されるのではないかと。機甲虫が戦争の道具として使われ、この世界が滅びるのではないかと。
ならばいっそのこと、この手で彼らを抹殺すべきだ。結論に至った人類は機甲虫を歴史の闇に埋めた。
『これより我々は大廃都の近くに住まい、大廃都を監視する【墓守の一族】となる。
機甲虫が目覚めたとしても、最初に犠牲になるのは墓守の一族だけだ。君たちは、我らの末裔の死を無駄にしないで欲しい』
アイゼンダールのリーダーの言葉が蘇った。アルト・ロニアはアイゼンダールの末裔であり、機甲虫の復讐を一身に引き受けるために存在していた。
復讐は既に達成されていたのだ。アルト・ロニアは復讐の犠牲となった。多くの人々が死んだ。アルト・ロニアが十字架を背負う事で、復讐は成し遂げられたのだ。
もう戦う必要は無い。無いのだ。
――今この場にいる機甲虫たちに、全ての情報が開示された。
■現在■
過去があって、今がある。
時として過去は恐怖の対象ともなる。過去は今の自分を形作るものであり、その恐怖から逃れる事は出来ない。
だが、それを乗り越える事が出来たら、どんなに素晴らしいだろうか。
闘技場を覆い尽くす虹色の泡が消滅した。今この場にいる全ての者たちの意識が過去から現在に舞い戻った。
振動は未だ収まらない。遂に天井が完全に崩落し、巨大な瓦礫が落下してきた。
アンシャールはブラックナイトやサイクラノーシュに降り注ぐ瓦礫を受け止めた。優しく、そして静かに床に下ろす。ブラックナイト達を押し潰すはずだった瓦礫は機甲虫に変形すると、その場から飛び去っていった。
「もう、戦いは止めましょう……」
歌菜は、はっきりと通る声で堂々と宣言した。
「私たちは、手を取り合って生きていけるんです!」
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