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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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【魔法世界の城 東の塔・4】


 そこはかつての王族の寝室だった。そして今の城主、ヴァルデマールの寝室でもある。天蓋つきのベッドの手前に置かれた椅子はたった一脚、その上に少年は座っていた。
 扉を開けた瞬間セレアナが頭を二発、サリアが手を撃抜ち、アレクもそれに三発続いた。ほぼ同時に全ての銃弾がヴァルデマール直撃する。だが乳白金の前髪がぱさりと揺れたのに、敵のほんの僅かな反応が見て取れるだけだ。
[前に聞いた夢の幻影魔法?]
 トーヴァが早口で言うのに、アレクは掌を耳の横に置き“集音”のハンドサインを出して指示し、暗器を構えた真へ直接声を響かせた。
[攻撃の意思を確認したら、“兄タロウを呼べ”]
 銃で撃たれた――敵がやってきたというのにヴァルデマールは此方へ振り向きもしないが、遂に此方へ向かって口を開いた。
「アッシュ・グロック。

 ――運命に選ばれし魔法使いの子」
 酷く勿体を付けて、ヴァルデマールは呟く。
「そしてパラミタに選ばれた、契約者か」
 肘掛けの腕を預けて足を組んで、姿勢も何も変わらないまま、恐らくそれは幻影なのだろうに、まるで此方の存在が透明かのようだ。
「不愉快だ。お前達の存在は実に不愉快だ。目障りだ。

 選ばれし者は、僕だけではならない……!」

 くるりと此方を向いた顔は、溢れ出す黒い感情で歪み切っていた。


 * * * * * 



 契約者達が『ぐにゃり』と視界が揺れたと認識した次に感じたのは、強烈な吐き気だ。
 それに耐えながら目を開き続けていれば、今立っている場所が先程とはまるで違う部屋だと分かる。破名の行使するそれとは全く性質の異なる転移魔法で、彼等は飛ばされていたのだ。
 高い天井に声が響く。

「ようこそ契約者達。そしてアッシュ・グロック」

 王座に、先程の幻影と同じ姿勢で腰掛けたヴァルデマール・グリューネヴァルトが待っていた。

 【魔法世界の城 玉座の間・1】


「アッシュ――!?」
 ヴァルデマールの言葉に皆が反応し顔を向けると、彼等からほんの数メートルも離れない距離に、アッシュ、フィッツ、ハーティオン、ラブの四人が此方と同じように豆鉄砲を喰らった鳩の表情で立っている。人数が減っている事に気付いた表情が曇ると、空かさずヴァルデマールが口を開く。
「安心していい。南の塔のお仲間は未だ生きてる」
 未だという言い方は、今後どうなるか分からないがという意味だ。確かにヴァルデマールの言う通り、回復役を買って出たネージュは残っているが、立ち上がる事も出来ない負傷者が複数名。あの状態で教われれば直ぐに壊滅してしまうだろう。詳しくは分からないものの、様子を悟ったトーヴァが直ぐにハルカ達を合流したパートナーへ、彼等を助けに部隊の一部を南の塔へ急がせるように指示を送っている。
 複数の鋭い視線に貫かれているにも関わらず、ヴァルデマールは意にも介さずに静かに続けた。
「契約者達に直接会うのは二度目か。アッシュ・グロック、お前は三度目だったね。
 この世界に生きる魔法使いとして、改めて挨拶しよう。
 僕が【完全なる者】、ヴァルデマール・グリューネヴァルトだ」
 そんな挨拶に被さる勢いで、唯斗が啖呵を切った。
「完全ねぇ、そんじゃオメェは今よか上にゃあ行けねーわな。
 そんなんで完全とか言ってたら笑いモンだぜ?
 あ? 俺はまだまだ不完全だからな、生涯精進あるのみだ」
 続いて皆が聞き慣れた笑い声が広間に響き渡る。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 この俺を差し置いて、完全なるものなどと名乗るとは笑止千万!」
 そんなハデスの言葉も途中から耳を劈く音に遮られ、聞こえなくなった。それまでそんな素振りすら見せていなかったアレクが、銃口をヴァルデマールへ向けていたのだ。
 銃弾は大方の予想通り敵へ届きはしなかったが、魔法力の防壁に弾き返された事で、あれが本物のヴァルデマールだと契約者に認識させる。
「やれやれ、挨拶も満足にさせて貰えないとは。僕は随分と嫌われているようだ」
 面倒そうに玉座から立ち上がったヴァルデマールに、アッシュが対峙する。
「ヴァルデマール、この城をどうやって手に入れた。陛下は――」
「殺した」
「皇后陛下は」
「殺した」
「オットー陛下は、ロタール様は、ロイトガルト様は、マティルデ様は、……エーベルト大公は!?」
「殺した、殺した、殺した皆殺したよ僕の理想の世界に楯突くものは皆粛正したアッシュ・グロック! お前はそんなくだらない事を聞きにきたのか!? 良いだろう教えてやる。これが僕の作った『歴史』だ」
 ヴァルデマールが杖を一振りすると、彼等の目の前に幾つもの景色が現れる。妙に現実感のある、まるで本物のようなそれを見てアレクが呟いた。
「舞踏会の『夢の魔法』だ」
「あの野郎。あのインニェイェルドってお嬢ちゃんを殺した時に魔法を奪い取ってやがったんだな……!」
 夢が見せる過去の中でヴァルデマールと君臨する者サヴァス、ピオ、ファラ、イシドール、そして闇の魔法使い達が、秘密裏に、そして民の前で見せしめに魔法使い達を殺害していく様子に、唯斗の瞳に静かな怒りが宿っていく。
 と、そんな折にヴァルデマールは急に笑いながら付けたした。
「ああ、そうそう。これが大事だった!」
 そう言って、ヴァルデマールは杖を振る。
「アッシュ、お前は幼かったから余り覚えていないだろう。
 よく見ておくと良い。
 完全なる者へ叛旗を翻す運命の子、アッシュ・グロックの両親とその仲間を、僕の手で粛正した場面だ」
 契約者とアッシュの前で、かつて遭遇したあの過去が繰り返される。
「やめろ!」と叫んだ声が誰の者かもう分からない。
 契約者達の感情をぶつけられ、興ざめしたようにヴァルデマールが杖を先程と逆へ振ると、夢は収束し元の王座の間が再び現れた。
「どう? 中々見ものだったろう……」
 煽るように言いながら、ヴァルデマールは椅子の隣に置かれていた、魔法世界の歴史が書かれた本を放り投げた。それは宙でヴァルデマールの魔力を受け、ばらばらの頁になって契約者達の上へ降り注いで行く。

「光栄に思うが良い。
 お前達の死は、これから僕の新たな歴史の一頁に加えられるんだから……ね」

「おのれ、ヴァルデマールめ…………よくも今まで!!」
 誰よりも、アッシュよりも早くヴァルデマールへ向かって行ったのは、ハデスだった。何時もは部下達に指示を送る彼だったが、何度もあの瘴気に操られ辱められた経験から、彼は本気の感情を敵へぶつけていたのだ。
 眼鏡が輝いたのは普段は抑えていた魔力を解放された合図だ。魔王が名工に作らせた、神をも殺すと言われている大剣は、『悪の天才科学者』ハデスが握る事で、更に効果が上乗せされる。
「うおおおおっ!!」
 ぶんっと振った刃が、切っ先がヴァルデマールへ向かう。
 此処迄の戦いの中で力を温存していたのは、全てこの一瞬に賭ける為だった。
 ハデスの一撃が先程の防壁を破るか、それとも――。
 契約者達がそれぞれ動こうという瞬間、ハデスの動きが止まった。
 剣は防壁に阻まれたのではない、ヴァルデマールの闇に飲まれかけているのだ。
「……ぅ、あぁあ!」
 引き摺られる、と気付いたハデスが柄から手を離そうとした時には遅く、彼の身体は武器ごとぐんっとヴァルデマールの方へ飛んだ。
 そして魔剣が壁へ飛びぶつかる間に、ハデスはヴァルデマールへ捕らえられた。しかし後ろから固定されているとは言っても、相手は少年の身体だ。闇のトヨミをアレクが捕らえていたのとは訳が違う。本気になって逃げようとすれば、隙くらいは作れる。
 その間に皆でサポートすれば、ハデスを助けられる筈だ。
「ハデス離れろ!」
 アレクに続いて何人か同じような言葉をかけたが、ハデスにその声は届いていなかった。敵に捕らえられた恐怖からか、青い顔のハデスにヴァルデマールの白い手が伸び、ハデスの存在そのものと言っても過言では無い眼鏡に掌が触れる。
「あいつ……! なんという外道、眼鏡のレンズを触りやがった!!」
「アレクさんそこじゃないよ!」
 真が頑張っている間に、咲耶がハデスのもとへと走る。
「兄さん!」
 伸ばした腕は空を切るかと思われたが、意外な事にヴァルデマールはそれを赦した。細い指を上から握ってくれる兄の掌の暖かさに、咲耶が顔を上げる。
「兄さん……よか――った」
 彼女の安堵は闇に飲み込まれた。
「…………え?」 
 目の前が暗い。何度か、覚えのある感覚に、咲耶の心臓は警笛を鳴らすように鼓動を早める。
(駄目、兄さん逃げて!)
 泣きそうな気持ちで見上げたハデスの顔は、苦悶に満ちていた。
「……さく、や…………逃げろ!!」