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一会→十会 —雌雄分かつ時—

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 【魔法世界の城 玉座の間・2】
 

「……ククク、完全なるヴァルデマール様に逆らう愚かな契約者どもめ!
 このドクターハデス、ヴァルデマール様の忠実なる下僕として、
 貴様らを倒してみせよう!」
 指先を突きつけるハデスの言葉、そして咲耶の暗い顔に契約者達は瘴気の存在を強く思い出す。
「あはははは! これは傑作だ! 酷い出来だ!
 僕を倒しに来て、瘴気に飲まれるだなんて、お前達はなんて矮小で滑稽な存在なんだ!!」
 火がついたように嗤うヴァルデマールの、自分を否定する言葉にもハデスは反応しない。サヴァスの使う“主に与えられた”ものとは違う、【穢れを纏う者】ヴァルデマールの本物の瘴気を直接受け、ハデスは惑わす言葉の一つも無しに彼方へ寝返ったまま契約者達へ対峙する。
「さあ行け、我が部下の戦闘員たちよ!
 ヴァルデマール様に楯突く愚か者どもに鉄槌を下すのだ!」
 その命令一つで、ハデスの戦闘員達もまた契約者へ武器を向けた。
 一人の腹心と特戦隊、そして【魔法眼鏡】に喚び出された戦闘員の数は31人。それ一つでもタチが悪いが……
「咲耶とペルセポネも迎撃に向かうのだ!
 ヴァルデマール様に逆らったことを後悔させてやれ!」
「了解です、兄さん。
 私と兄さんの仲を裂こうとするアレクさんや契約者の皆さんは、この私が排除しますね♪」
 咲耶の暗かった表情は一変し、うっとりするような笑顔に変わる。
 そして「変身っ!」と魔法のアイテムを掲げた瞬間、煌めく彼女は悪の魔法少女へと生まれ変わった。
 手に持っているのはスリッパであるが、ハデスを守ろうという気持ちは痛覚を遮断し、無意識下にセーブしている力の限界を越えて全てが解放されている。
 それだけでは無い。
 彼女の二つ名は【ブラザー・コンプレックス】。彼女が兄を思う時、武器は通常以上のパワーを発揮するのだ。ハデスに命を直接下され、今の咲耶は普段の彼女を超越した、危険存在と化していた。
「うふふ。
 このスリッパに叩かれた人には、もれなくヴァルデマール様の瘴気をプレゼントです♪」
 闇の魔法少女の変身の間、ペルセポネはハデスによってパワードスーツの全リミッターを解除許可を得た。
「さあ、ペルセポネよ!その二つ名の力を見せてやるのだ!
 【絶壁の鉄壁】、略して【絶壁】の力をな!」
「分かりました、ハデス先生っ……って、誰が絶壁ですかーっ!
 と、とにかく、機晶変身っ!」
 ペルセポネのリミッター解除もまた、通常の強化では無い。対ヴァルデマールの為に備えハデスは彼女の防御力を向上させていた上、今は二つ名の能力を上乗せしている。
「これなら、どんな攻撃も効きませんっ!」
 ペルセポネの六連ミサイルポッドが唸りを上げるのに、アレクが真っ向斬り掛かって行く。
「こっちは引き受ける!」

 アレクの声に呼応して、セレンフィリティとセレアナは動き出していた。皆のスピードを上げ、初めての場でも地の利が此方へ傾くように誘導する。
(これでハンデは無くなるわ!)
 ヴァルデマールの瘴気は全体に行き渡っているが、サヴァスのそれとは比べ物にならない程濃いお陰で可視化出来ている。
(私とセレアナだけでもなんとか避けていかないと……)
 セレンフィリティの気にするように、皆を瘴気から守る為に歌い続けるマリー・ロビンが危険だ。
 ヴァルデマールへの攻撃は、当たらない。サポートのセレアナが居る事で反撃は何とか遣り過ごしているものの、此方からの攻撃は全てが無駄だと弾かれて行くのに、気力が削がれる。
 だがセレンフィリティの体内には、戦いの前に取り込んだ融合機晶石・フリージングブルーは、その場へ冷気を放っていた。
 これを身に纏った状態で、ヴァルデマールの周囲を飛び回れば……
(少しでも喰らわせておきたいのよ!)
 祈るような気持ちで、セレンフィリティは動き続けていた。
「パラミタ征服は、駄目なのーっ!」
 叫びながら翠達が飛び込んで行く様子を後方で見ながら、エルデネストは
「私はどの世界でも大して気にしませんが……」と呟きつつも眉を寄せた。
 グラキエスの要請を受けた以上働く、ただし見返りはたっぷり貰うつもりだが、この状況だ。
「…………動きませんね」
 ヴァルデマールの事だ。玉座から数歩の場所で、ヴァルデマールは魔法力の防壁を張ったまま――というより常にそうしているのだろう状態で余裕の表情だ。
 此方の攻撃は誰のものも通らないが、向こうからは強力な魔法が飛ぶ。あれから皆を守る事は怠らないが、これでは攻勢に出られない。
「せめて場所を移動してくれれば…………」
 エルデネストは戦いの中、人知れず溜め息のようなものを零した。
 決めてに欠ける状況に、唯斗はヴァルデマールの前に立ち、口を開いた。
「やあ、不完全なるもの」
 ヴァルデマールが片眉を上げて、先程の唯斗の言葉を拾って挨拶した。
「確かに俺は不完全だ。だがまぁ、そんな俺でもオメェをぶっ飛ばす事くらいは出来る。
 二つ名なんざ関係ねぇ。
 テメェはムカつく。
 女の子を無意味に殺すし、俺のダチにちょっかい出すし、一方的に喧嘩売って来るし
 だから、全力でぶっ飛ばす。
 アッシュ、お前の想い、ちと預かるぜ
 アレクや豊美ちゃん、皆の想いも持って行く
 おい、壁でも何でも作っとけ
 全部纏めてぶち抜いて、必ずオメェをぶっ飛ばす」
 拳を握りしめ突きつける。
(救われぬ想いに救済を
 悪鬼外道に鉄槌を)
 万感の思いを込め、唯斗はヴァルデマールへ飛び込んで行った。

「一切合切を貫け、我が一撃!」

 それは何の変哲もないただの一撃だ。餓鬼の喧嘩の拳に似ていると、自分でさえ思う。
 だがそれでも想いの乗った一撃を、敵が堪能してくれればと唯斗は思う。しかしその思いは届く事はなかった。
「【結合する石】と此方の世界で呼ばれるものがある。
 その硬度は【金剛の皮膚】イシドールを越えると言われるが……どうだ? 存分に堪能して貰えたかな?」
 唯斗の拳はヴァルデマールが伸ばした掌に接触する、瞬間、血が噴き出した。金剛石を越える硬度の皮膚と二つ名を持つヴァルデマールは、その力で唯斗の手を握りつぶした。闇の魔法に包まれ視界は真っ暗だったが、骨が砕ける音だけは聞こえていた。
「ッあ、ぐ……!!」
「そうだ、もっと叫んでみろ。
 お前が真正面から飛び込んでくるから、たんなる防壁ではなく、わざわざ力を見せてやったんだ。
 僕なりの敬意を表してやったんだから、もっと楽しませろ……、契約者アッ!」
 そうしていたのは数秒も無い時間だったが、ヴァルデマールの瘴気が唯斗の中に行き渡るには充分過ぎる時間だった。
(まずいわ!!)
 マリー・ロビンが一層歌声を響かせる事で、唯斗の中で瘴気と彼女の歌が相殺される。
「彼を離せ!」
 牽制の声と共に暗器が横を掠めた為、ヴァルデマールは唯斗を離した。その隙に攻撃の姿勢だった真が唯斗を横に抱えその場から離脱させる。唯斗は瘴気と闇をもろに喰らい、ぐったりとして動かなかった。
「お願いします」
「了解!」
 この中で一番の回復力を持つトーヴァに彼を引き渡した時、真の背中に声が響いた。
「無事で、よかったわ…………結局…………あたしも、皆を守る『盾』ね……」
 ふっと微笑みを残して、マリー・ロビンが倒れていく。
「――ッ!!」
 真が走り出そうとするその後ろで、またも膝をつく音が聞こえる。
「もう、だめ…………なの…………」
「…………立てないよ、おにーちゃん」
 マリー・ロビンの歌を失った事で、翠とサリアが瘴気の影響を濃く受け始めたのだ。
「ふ、あははは! どうしたアッシュ、どうした契約者! 選ばれし者!
 お前達の力はこの程度か!!」
 ヴァルデマールのヒステリックな笑い声を聞いて、ウルディカは銃を握りしめた。
(戦力が足りない、ミロシェヴィッチ!)
 振り返る場所では、アレクがハデスと彼の部下達と34対1の戦いを続けている。
 高い攻撃力を持った唯斗が倒れ、トーヴァが回復に掛かりきっている。そんな中で新たに仲間が戦闘不能に陥ったのだ。
 アレクを此方に戻さなければ更に状況は悪化するだろう。せめて豊美ちゃんらが此処迄辿り着いていれば良かったが、それを悔いてもどうしようもない。ウルディカは考えて居た。
(転進して体制を整えるか? だがそんな事をしても敵は俺達を追い掛けてくるだろう)
 ヴァルデマールがアッシュと契約者に向ける瞳。
 直接見ればすぐに分かった、あれは嫉妬からなる憎しみだ。ああ言う個人的な感情を内に渦巻かせた敵が、自分達を取り逃がす筈がない。
(ゲートまで戻れるとは思えない。どこかに潜伏すれば一時は遣り過ごせるだろうが、それでは“時間が掛かり過ぎる”)
 そうなればどうなるかは、アレクがおとぎ話に例えて説明してくれた。突撃部隊に退路はない、道は前進するしかないのだ。
「この世界に閉じ込められれば父親が帰ってこないと、スヴェトラーナが悲しむ」
 ウルディカは自分の想いを確認する為に口に出し、もう一度アレクの様子を見た。
 アレクの中ではまだハデスがこの戦いの仲間であるという意識があるのだろう。不殺の戦いに時間がかかっているが……
(向こうも家族と別れる気はないだろう)
 相変わらず強い意思を感じる瞳に、ウルディカはパートナーの一人へ指示をした。
「アルゲンテウス、ミロシェヴィッチを援護するぞ!」
「だがそれでは主が――」
「お前は先程の闇色の飛鳥女史との戦いで消耗しているだろう! そんな身体で満足にエンドロアを守れるというのか!?」
 殆ど叱りつけるような声で正論を言えば、流石のアウレウスもぐうの音も出ないようだ。
「代わりにそこの悪魔を働かせろ。
 この広い空間ならお前の得意とするガディとの人馬一体の攻撃も可能だ! 早く!!」
 エルデネストを示しながら名残惜しそうなアウレウスを引き摺るようにして、ウルディカはアレクの後ろに背中をつけた。
「戦闘員は俺とアルゲンテウスに任せろ、ミロシェヴィッチはエレウシス女史と高天原兄妹に専念を!」
「お前…………」
 呟く声は感慨を帯びている……ように思えたが、まあそんな事は一切無く、アレクは後ろに振りかぶるように自分の後頭部でウルディカの後頭部を攻撃するという高度な頭突きを喰らわせた。
「上官でも無い癖に俺に命令すんなバーーーカ、バーーーーーーッカ!!
 言っておくけどな!
 俺はどっかの石油採掘のハゲみたいに“娘を任せた”とか言わねぇからなッ!!
 帰って先生と兄ちゃんに褒められて可愛い娘二人と妹に囲まれて嫁の作った飯食って寝るんだからな、“悪いヤツをやっつけるなんて、パーパはやっぱりかっこいいです!”とか言われちゃうんだからな! 羨ましいか!! ザマア! バーーーッッカ!!」
 父親としてのプライドが保たれているとは言い難い子供のような物言いに、ウルディカは口の端を緩ませる。
「それでいい!」
 と肯定して、パラライリキッドを交ぜた弾薬を戦闘員の腹に撃ち込んだ。
 アウレウスがガディと共に舞い上がり、強烈な光りを放ち戦闘員達を怯ませている間、ウルディカは敵の視点や意識の向きに注意し、戦況を把握する。
「そこだ!」
 数発の銃弾に撃たれ、戦闘員が倒れて行く。しかしこの人数だ……先は長い。自分達が戻れる時まで、仲間達は持つのだろうか。