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あの日あの時、あの場面で

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あの日あの時、あの場面で
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とある破壊兵器の記録



 
 それは空京での、とある契約者のとある一幕である。

 空は雲一つなく、青く突き抜けるような快晴。
 その下で頬を撫でる風は穏やかで、まだ夏には少々早い頃の柔い色が、大地を彩る、そんな季節のことだ。
 世界中がどんな状況であろうとも、変わらず広がるそんなおだやかな景色の中を、唐突乱したのは、一発の爆発音だ。轟音がびりびりと空気を振るわせ、震動が地面を伝わった。
 突然の出来事に、遠目に煙が上がっているのを、人々が何事だろうかと首を傾げていた頃、その空の下では、今まさに倒されたと覚しき敵の残骸と、銃身から薄く煙を上らせる、一機のイコン――ノイエ13が佇んでいた。


「おい、おい! サビク!?」

 同、イコンコクピット内。
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が慌てた様子でその肩を揺らしたが、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)はぐったりとしたまま動かない。かろうじて息をしているのは判るが、力を使い尽くしたといった体で、ビーッ、ビーッと高い警告音を発するコンソールの上に突っ伏したまま、シリウスの声にまるで応じようとしないのだ。額から汗を滲ませ、きつく眉を寄せるその横顔は血の気が引いていて、危険な状態なのは誰の目にも明らかだ。
 気を失っているサビク自身よりも真っ青な顔をして、その肩を揺らし、それでも目覚めないのに焦燥を募らせながら、シリウスはサブパイロット席からモニターの向こうを見やって眉を潜めた。
「これが……魔導星銃バスターブラスターの力なのか……」
 携行できる兵器の破壊力としては申し分はない。現行イコンの扱う兵器の中でなら、これに勝る破壊力を持つのは、パラミタ広しと言えど片手で数えられる程度だろう。
 だがその反動はどうだ。
(サビクは大丈夫だって言ったけどこの有様だし……)
 心中で呟いて、シリウスはつい先程までの状況を思い返していた。
 相対していたのはぐずぐずと腐った樹に体中を覆われたドラゴンのような生き物だった。よく見ればその食い込んでいるものは、アールキングの執念深い悪意が残した欠片のひとつだろうか。体格の割に小回りが利いてスピードもあり、単騎ではそこそこに手を焼く相手だった。強い、と言うよりは再生力が高く、多少の攻撃どころか、体半分を潰すような攻撃ですらすぐに再生する上、どうやらその特性をよく理解しているようで、その侵攻をまるで緩めようとしない。
「まずい」
 サブパイロット席で周囲をモニタリングしていたシリウスが苦い声を上げた。
「敵侵攻方向に集落発見。奴の狙いはこれか……!?」
 モニターに映し出されたマップ上、敵の予想進路上に表示されていたのは、人口が百も満たないような小さな集落だ。試しに注意を引きつけて進路を反らそうと誘導攻撃を行ってみたが、まるでこちらに関心がないかのようだ。
「……魔導星銃を使おう」
 サビクの提案にシリウスは顔色を変えた。
「あれを使ったら……!」
「ここで確実に止めておくべきだよ」
 言い掛けたシリウスにサビクは淡々と言った。
「今は小さいからボクらにも抑えてられるけど、あれがアールキングの根の一部であるなら、すぐに手に負えなくなる。そうなる前に、まだボクらの攻撃で倒せる内に、消しておくべきだと思うね」
 そしてそのためには、手持ちの最大の武器を使うほか無い。驚異的な再生力を持つ相手は、それをさらに上回る圧倒的な破壊によって一撃で葬らなければきりがないし、なにより援護もないこの状態では、細々とエネルギーを消費している内に、完全にエネルギーが切れてしまう方が危険だ。
「何、死にはしないさ」
 サビクの決意に、もう止められないことを悟って、シリウスは反論を止めた。何れにしろ、悩んでいる時間はもう無さそうだ。敵の目標到達予想時刻は既に後五分を切っている。
「ええい、ままよ……発射シークエンスに入る。各種リンク正常。エネルギー充填中、発射可能まであと20秒。発射装置のセキュリティ解除、発射タイミングをオートからマニュアルに変更、完了」
 シリウスが淡々とコンソールの操作を続ける中、サビクはその意識を兵器へと集中させているようだった。各パラメーターを確認し、それぞれが問題なく発射可能状態まで推移していくのを眺め、その指先は忙しなく動く。
「照準はオートを維持、射出タイミングを両パイロットへ譲渡……いつでも撃てるぜ」
 コンソールを叩いて発射準備にかかり、自分側のトリガーに指をかけた。が、オペレーターよろしく振る舞ってはいるが、まだシリウス自身には踏ん切りがつかない。
「撃つしか、ないのか…!」
 呻くように言ったが、もう後戻りはできなかった。サビクが合図するのと同意に、二人の引き金が引かれ、その砲撃が機体を震わせた。

 ――その結果がこれだ。
 敵は確かに直撃を受けて、ほとんど消滅に近い形で倒された。
 だが、その代償に、自分も暫く意識を失っていたようだし、サビクは体力を根こそぎ奪われてこの有様だ。シリウスは緊急救助要請を出し、機体の各所が上げる悲鳴を一つ一つ解除していきながら、サビクの体をコンソールの上からそっと起こさせると、自分の肩にもたれ掛からせた。姿勢が変わったからというよりは、パートナーに触れているからだろうか、それでほんの僅かにでも顔色がマシになったのにほっと息を吐き出しながら、熱を持ちすぎて煙を上げ続ける銃身を眺めた。威力の大きさに、武器自体が持たなかったのだろう。連射しようとするならそれこそ、戦艦クラスのイコンとそれ用の調整が必要だろうか。
(この武器は、あんまり迂闊に使わねぇほうがいいってことかな……)
 近付いてくる救助隊の姿をモニターに捕らえながら、シリウスは苦く息を吐き出したのだった。



 そんなことがあってから、暫くの後のことだ。

 アールキングの消滅後も、パラミタ大陸全域で不穏な事件が続き、その破滅の時が刻一刻と迫ってきている不安の中で、それを防ごうと奮闘する契約者達は、ある者は祈り、ある者は解決に駆け回りと、それぞれのできる限りの努力を続けていた。

 サビクも、そんな契約者達の内の一人だ。
 どんどん強力になっていく敵を相手にするには、こちらも力を付けなければならない。勿論、敵が強くなるように、契約者達も強くなっているし、その多くは歴戦の勇士達だ。かのドージェに迫ろうかという一騎当千の契約者たちも存在しているとは言え、戦力は多ければ多い方が良いに越したことはないし、彼らに近付く努力は怠るべきではない。
 何しろ、近づいている事態はそんな彼らでさえ確実に勝てるという保証のないものなのだ。自分たちも同じ契約者の一人として、及ばなくも力になるべく、空京にある兵装研究開発室に入り浸って、新たな自分たちの牙を得るべく開発を進めているところなのだが、いかんせん、これがなかなか一筋縄ではいかなかったのである。
「やっぱり、無理だったか……?」
 サビクがその頭を、苛立たしげにがしがしとかいた、その時だ。
「何が無理だって?」
 唐突な声に、サビクは思わず目を見張って振り返ると、案の上、どうやって居場所を嗅ぎつけたものか、シリウスがそこに立っていた。
「キミは本当に何処でも追ってくるんだな、まったく!」
 サビクは呆れたように言ったが、シリウスは聞こえてないようだ。
「また人に秘密で何を……コイツは!?」
 こちらはこちらで呆れたように息を吐き出しながら、中を見回してシリウスは驚きの声を上げた。その視線の先にあったのは、見覚えのある武器ーーだがそのサイズが明らかに大きなそれだった。
「これ……本物か?」
「いや……不完全だよ」
 シリウス言葉に、サビクはため息を吐き出した。
「再現しようとは思ったんだけどね、まあそう簡単にはいくわけないか……」
 そう言って見上げたその剣は、十メートル近くもある巨大なものだ。本当は劣化模造品ーーレプリカよりその性能をより本物に近づけようとしたのだが、その途端に剣としての形状は保てず、ならばと形状の維持を優先させようとすれば、今度はどんどんそのサイズが肥大化していったのである。そして、形状が保てたからと言って、本物の通りかと言えばそう言うわけでもない。
「やっぱり駄目だ。これ以上は縮小できないし、まさかこんなでかぶつ持って歩けるわけもないしね」
 そう言って、サビクが無念そうに剣を見上げた、その時だ。
「……小さくできないなら、そのままでいいんじゃねぇか?」
「……は?」
 唐突なシリウスの言葉に、サビクは思わず素っ頓狂な声を上げた。その反応に構わず「いや、だからさ」と構わず続ける。
「この大きさって、なんかイコンに丁度良いなーって思ったんだよ。どうせ小さくできねえんなら、このまま使えばいーじゃん」
 その言葉に、サビクはそれをようやく租借し終えると「……成る程」と呟いたのだった。


 それから数日。
 イコン用に調整された剣を前に、サビクは苦笑がちに息を吐き出した。
「またキミの珍案に助けられたわけだ」
 その言葉に満足げな表情をしながら、シリウスは同じように巨大な剣を見上げてうんうん、と一人納得したように頷く。
「これならあの物騒な兵器よりマシだろ」
 物騒な兵器、とは先日のバスターブラスターのことだろう。どう言う意味かと首を傾げるサビクに、今度はシリウスの方が苦笑する番だった。
「使い勝手の話さ。一撃撃ったら気絶しちまうって、蜂の刺しじゃあるまいしな?」
 その言葉につられるようにサビクも苦笑して肩を竦めながらも、巨大な剣を見上げてほんの僅かに表情を緩めた。目的は果たせなかったが、これはこれで良かったのかもしれない。何れ戦いが個人の手に余るというのであれば、戦場でその力を発揮するのはイコンの持つ火力だろう。この剣は、その戦場でこそ役立つ牙になってくれるはずだ。そう、感慨と共に、これから来る戦いへと想いを馳せていると、同じようにじっと剣を見上げていたシリウスが何を思いついたのかふとその表情を変えた。
「……けどさ」
「何?」
 相棒がぽつりと呟いたのに、サビクが首を傾げると、思わずと言った様子でシリウスが漏らした。
「これ、オチとしては再現失敗ってことじゃね?」
「それは言いっこナシってやつだよ」
 サビクは肩を竦めるに留めると「さて」と切り替えた。
「このまま名無しのごんべじゃ格好が付かないよ」
 「銘はどうする?」と訪ねるサビクに、シリウスは首を難しい顔で「ううん」と首をひねった。
「波蘭語、独語……しっくりこねぇなぁ」
 何しろ、これからの戦いを一緒にくぐり抜ける新たな相棒である。生半可な名前を付けるわけには、とその表情は真剣だ。
「仏語……『グランシャリオ』でどうだ!?」
「ん、いいね」
 サビクが頷くのに、シリウスは笑みを浮かべてその剣を見上げた。

「これからよろしくな、グランシャリオ」


 それは某日、某所。
 大陸の命運をかける戦いの、少し前の出来事だった――……