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別れの曲

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【家族】


 空京のとある大通りから横道に入る。
 抜けた先はチェーン店の多い大通りとは一線を画す『アンテナを張っている』一部の人間しか知らないような専門店や、個人経営の飲食店が立ち並び、悪く言えば取っ付き難く、よく言えば兎に角お洒落な通りだった。
 その中では割と取っ付き易い、明るいガラス張りの入り口の店に、瀬島 壮太(せじま・そうた)とミリツァがテーブルを挟み向かい合って座っている。
 シンプルな白い――しかしセンスの良いテーブルにのるのは、二つのケーキセットだ。
 チーズケーキは壮太が、パウンドケーキはミリツァがそれぞれ注文したものだが、今日の支払いは壮太が持つのだと言う。
「遠慮なく食えよ、入学祝いだからな」
「全く……気が早いのだわ」
 ミリツァはむっとした言葉と表情だが白い頬は赤みをさし、まんざらでもないくすぐったさと喜びが見て取れた。
 これならわざわざこんな店――少々お値段設定が高いのは拘りを随所に感じる外観から、大半の人間にお分かり頂けるだろう――を探し出した労力も報われると言うものだ。

「壮太はコーヒー?」
「ああ、ミリツァのそれなんだ? 紅茶? なんか良い匂いがする」
「ラベンダーとカモミールのお茶ですって。
 コーヒーは味を消してしまうから、味見するなら先のほうがいいわ」
 口を付ける前にカップを差し出してきたミリツァに、壮太は自分のケーキを一欠片フォークにさして、彼女の前へ。
 テーブルを挟んでいる為少し身を乗り出す事に躊躇しつつも、ミリツァはチーズケーキをぱくりと口に入れる。
「旨い?」
 上品に咀嚼するミリツァは口を開く事が出来ないから、頬を両手で抑えながら眉尻を此れでもかと下げて上目遣いに壮太を見つめる。
 要するに、美味しいという事だろう。

「――そういや部屋って決まった?」
 壮太が出したのは、先日ミリツァからメールで聞いた入学に際して一人暮らしをしようかと考えている、という話題についてだ。
「まだそうしようかと決めたばかりだもの、探し中よ」
「うん、その事でさ。
 オレが下宿してるパン屋のばあさんに、女の子でも案して暮らせそうな下宿先がないか聞いてみようか?」
「下宿……って考えた事も無かったわ。
 『一人暮らし』と思っていたもの、下宿というのは誰かの家を間借りするという事よね?」
「最初はやっぱり純粋な一人暮らしより、下宿のほうが安心だと思うんだよな。
 いやオレが安心できるってだけなんだけど」
「あら、まあ……。
 そうね、誰かが居るというのは確かに安全ではあるのだわ」
 それは下宿先が良い人と家であればの話なのだが、壮太の下宿先が探してくれたなら、きっと確かな場所だろうとミリツァは頷く。
「お兄ちゃんは『24時間警備員付き』のマンションの『四階以上の部屋』にしなさいって」
「オートロックで」
「ええ」
「コンシェルジュとかついてる」
「ええ勿論」
「あれでそれ」
「その通りよ」
「それじゃ心配いらねーか?」
「別にコンシェルジュが居なくても、あなたが来てくれればいいのよ」
「どのぐらいの頻度で」
「部屋が綺麗に保てるくらいがいいわ」
 それこそ家政婦でも雇えば良い話なのだが、ふんっと胸を張る彼女から僅かに甘えを見つけて壮太は微笑む。 
「学校生活については心配してねえよ、おまえ頭いいみたいだし。
 友達だって今のおまえならすぐできるよ」
「当たり前なのだわ。私を誰だと思っているの?」
「おまえは自慢の妹だしな」
 言わせてやったと笑うミリツァに、壮太もまた言ってやったと笑う。
「でも心配ごとがあるなら遠慮なく言えよ」
「心配なのはあなたでしょう?」
 兄妹の止めどない会話は、こんな風に何時迄も続いて行くのだ。