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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●病める時も、健やかなる時も。

 生まれたときから自分の運命が親に定められている人間というのは、この時代になってもやはり存在する。
 たとえばクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)がそうだ。
 名家アリア家の跡取りであるクエスはこの世に生まれ落ちたときから、将来的に婿養子を迎えることが決められていた。その相手すら確定していた。
 ただし彼女は幼少から病弱で、これを不安材料とした父の指示により、契約者としてパラミタに留学している。なおその際進んだ学校が教導団だったのも、「ここなら悪い虫がつかないだろう」と父が判断したためであった。
 サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)がパートナーになったのも父の選択だ。サイアスに課せられた役割はクエスの身の回りの世話だったが、その実は監視役という任務も帯びていた。
 ごくはじめの一時期、サイアスは任務に忠実だった。冷徹とすら映る態度を彼女に対し守った。
 しかし人の心はわからぬもの、そのサイアスにクエスが惹かれ、サイアスも、彼女の気持ちに心を動かすまでにそう時間はかからなかった。
 とはいえふたりは互いの立場を考え、想いを胸に秘めつつづけた。実際、心を打ち明け合うまで、実に五年もの歳月がかかっている。
 2024年にはヴァイシャリーの小さな教会にて、極秘の模擬結婚式を執り行った。
 模擬ではあったが、そこに込められたものは本物だった。

「父は色々な意味で恐ろしい人だけど、一緒に根気強く説得しよう?」
「はい。必ず、二人で……」


 模擬式で交わしたこの約束を、以後二人が忘れることはなかった。
 逃げない――それこそ、クエスが誓ったこと。
 駆け落ちのような強行手段は選ばない。それは、定められた運命から逃れようとすることそのものではないか。
 正々堂々、自分の夢を叶える。困難に対し正面から戦う。説得に用いるものは剣ではない。魔法でもない。ただの意志だ。鋼のごとき不屈の、意志だ。
 パラミタの動乱が定まって間もない頃、クエスは地球への帰郷を決めた。
「私は私のやりかたで証明してみせる。私が、自分のことは自分で決められるということを」
 すなわち、アリア家が経営する会社の一つに身を投じ、実力を示そうとしたのだ。
 苦労知らずのロマンティスト、優しい性格で、滅多に声を荒立てないおっとりとした娘――それが父親によるクエス観であったとしたら、彼女の、ほんの一面しか見ていなかったということになる。
 アリア家の系列につらなる鉄鋼会社に入社した彼女は、みずから望んで『アリア』姓を隠し『エア』を名乗って、経営者ではなく、一人の平社員として社会人生活を開始した。
 世の中には一流の会社に入ることが最大の目標で、入ってしまった途端ぱっとしなくなる者が多いが、クエスの場合はまったく逆だ。入社は手段、目標はもっと高いところにある。ために彼女は人一倍熱心に仕事に取り組み、それでいて、無駄に残業ばかりするという効率の悪いこともしなかった。むしろ自分(とサイアス)の時間を作るため、徹底的な合理化をはかって無駄なく仕事をこなした。
 二年経つ頃には上司からも同僚からも一黙置かれる存在となり、三年目が終わる頃には、異例の速さで役職つきとなり、やがて大きなプロジェクトのリーダーを任されるようにまでなった。
 この頃にはもう、クエスはサイアスとのことを父に隠さなかった。国軍を辞したサイアスを社に招き入れると、公私を共にするパートナーとして二人三脚で業務に臨んだ。いつしか彼女の首からかかるIDカードも、『エア』姓から『アリア』に戻っていたが、クエスの出世を親の七光りであると揶揄する声が上がることはなかったという。
 とはいえもちろんアリア家も、この事態を静観したりはしなかった。
 アリア家の手の者(だと思われる者)から妨害工作にあったり、サイアスの命が狙われたりしたこともあった。……だが本稿では、こういったことを細々と語ることはすまい。
 いま語るべきは、彼女が仕事の上で、父やアリア家の一族が認めざるを得ないほどの成果を上げたということである。
 それは同時に、サイアスとの結婚を認めさせることでもあった。
 反対を力でねじ伏せたのではない。『不可能』を可能へとひっくり返したのではない。
 異論を祝福に変えさせた。サイアスと一緒なら、いや、一緒だからこそクエスは頑張れるという事実を伝えることによって。
 言い換えればクエスは、サイアスとふたりで『可能性』を可能に変えたのである。
 
 かくて、この日。
 クエスの実家付近の豪華な教会で、クエスとサイアスは結婚式を挙げていた。
 模擬のときとは比較にもならないような巨大な会場である。なにせ、一方の端にいると、反対側の端が見えないほどなのだ。そこに詰め寄せた人の数は、ちょっとしたロックスターのコンサートすら上回るのではないか。
 前方の参列者は、アリア家の関係者とクエスたちの友人が中心だ。離れて久しい国軍の同僚たちの顔もある。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)からの祝電も入った。
「とうとうこの日が……」
「やって来たよね。思ったより早くなかった?」
 クエスが微笑むと、サイアスの心は天に昇っていきそうになる。
 もう模擬の式じゃない。誓いは模擬で済ませたけれど、これからは公に、はめられた大きなダイヤよりも固い絆で、ふたりは法律的にも夫婦となるのだ。
 誓いの言葉の一部を呪文のように囁きあった。
「病めるときも、健やかなるときも――」
 本日、ちょっとしたサプライズがあったとすればそれは、パラミタを去ってから一度も見せたことのなかった涙を、クエスが目に浮かべたことであったろうか。
 クエスは父と母に、育ててくれてありがとう、認めてくれてありがとう、と涙ながらに告げたのである。
 サイアスはその姿に胸を詰まらせたが、それでも、美しい姿勢で義理の父母に頭を下げた。
「必ずお嬢様を幸せに致します」
 父、つまりブラッドレイ・アリアは、苦いものと甘いもの、それに酸っぱいものを一緒くたに口に放り込んだような顔をして、「娘を頼む」と言った。
 夫のその様子に母、アンジェリーナ・アリアはくすくすと笑った。
 パラミタを去った日から考えると、見違えるほど大人に成長したクエスの手を取り、サイアスは教会の外に歩を進めた。
 外は素晴らしい晴天だった。
 忘れるな、このときを――彼は心の中で繰り返す。
 病めるときも、健やかなるときも。
 新婚旅行の行き先については、ふたりの希望は一致していた。
 ふたりが選んだ行き先、それはシャンバラだ。
「新鮮だよね」
 クエスは言った。
「シャンバラに旅行するなんてね。前は住んでいたのに」
 サイアスはうなずいて、己の胸中にある感覚と向かい合った。
 ――私にとってシャンバラは「行く」場所になってしまった。
 もう、「帰る」場所ではないのだ。
 寂しさはある。
 だがそこに後悔があるだろうか。
 ない。
 剣の花嫁として製造されるものは、本来はシャンバラ国の兵器だと言っていいだろう。
 そう考えるのが筋であり、そう考えるのが本能的なものになっている。
 たとえばダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)という男は、誰よりもその本能に忠実だった。出会ったのがクエスにでなければダリルこそ、サイアスが目指す姿だったかもしれない。
 ――それでも、その本能に逆らって、クエスと地球に生きる道を私は選んだ。
「それでいい」
 無意識的に彼はつぶやいていた。満足げに。
 クエスはしばらく黙って、彼の言葉の意味を考えるような眼をしたが、やがて理解したのか、
「うん。いい」
 と返したのである。
 満足げに。