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リアクション
第二章 宴のはじまり
時間は一日ほど遡る。ジェイダスの命を受け、薔薇学生達を率いて空京へと向かう飛空艇の中、中村雪之丞は苦笑いを浮かべていた。
イエニチェリとして学舎に所属しているとは言っても、ジェイダスの補佐を司る雪之丞やディヤーブが学生達の前に姿を現すことは滅多にない。これまで雲の上の存在だと思っていたイエニチェリが、すぐ側にいるということで学生達は興奮していた。
飛空艇内にあるサロンでは、雪之丞を囲んだ学生達がここぞとばかりに質問を投げかけている。
「雪之丞様はどうしてイエニチェリになったんですかっ?!」
「イエニチェリは4人いるって聞いたんですけど、雪之丞さんと、ディヤーブさん、ルドルフさん。もう一人は誰なんですかっ?!」
「どうしたらイエニチェリになれるんですかっ?!」
「そもそもイエニチェリって、何なんですかっ?!」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に、雪之丞は大げさに肩をすくめてみせた。雪之丞は歌舞伎役者という職業柄、人々の熱い視線には慣れている。しかし、雪之丞のファンは大概、富裕層に属する中高年女性だ。しかし、今、彼の周りにいるのは薔薇の学舎に通う10代の少年達。やはりいつもとは勝手が違う。それでも持って生まれた役者魂を奮い立たせ、精一杯の愛想笑いを浮かべてみせた。
「はい、は〜い。質問は一人につき一つずつにして頂戴ね。とりあえず今いるイエニチェリだけど、アタシとディヤーブ、ルドルフ。それからもう一人、真城 直(ましろ・すなお)ってのがいるわ。コイツは放浪癖があるから、今どこにいるのか分からないんだけどさ」
直はイエニチェリの中でも一番の新参者だ。パラミタに来たのも最近のことであるし、いろいろと見て回りたいと思うのは当然のことだと雪之丞は思っている。
「ところでアンタ達、イエニチェリについてどれくらい知っている?」
「オレ、知ってま〜す! 校長の親衛隊のことですよねぇ」
大きく両手を振りながら答えたのは、麻野 樹(まの・いつき)だ。
「中でも雪之丞様は最強のイエニチェリだって聞いてまぁす!」
雪之丞を見つめる樹の瞳には、憧憬の念がありありと浮かび上がっている。しかし、雪之丞は前線で戦うナイトでもセイバーでもない。後方部隊に属するプリーストだ。追っかけの中高年女性達を巻くために隠密行動は得意になったが、「最強」にはほど遠いことを、雪之丞自身が誰よりも良く知っている。
「何か誤解があるみたいだけど。剣の腕ならジェイダスやルドルフの方が断然上だよ」
「えぇ、そうなんですかっ?!」
雪之丞の答えに生徒達は一様に肩を落とした。
「ジェイダスとは古い付き合いだからさ。遠慮なんてしないしね。言いたい放題言わせてもらってるから、最強だなんて噂が流れたんじゃない?」
雪之丞の弁も尤もである。彼と同じく古株イエニチェリの一人ディヤーブは、あくまでもジェイダスの忠臣という立場を崩さない。密やかに忠告をすることはあっても、表だってジェイダスに異を唱えることはなかった。薔薇の学舎において校長であるジェイダスに真っ向から反対意見を言える者は今のところ雪之丞一人だ。
「あの…ジェイダス先生ってお強いんですか?」
些か緊張した面持ちで、恐る恐る問いかけてきたのは、清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。
「ああ見えて、けっこう強いわよ。今は美少年ばかりの後宮に引き籠もっている、ただの変態だけどさ。昔は日本刀片手に情勢不安な中東の国々をディヤーブと二人で渡り歩いていたし」
「えぇ、そうなんですかっ?!」
あっさりと暴露されたジェイダスの過去に生徒達は驚きを隠せない。雪之丞も言っている通り「美少年好きな変態校長」というイメージが強すぎたのだ。どよめく生徒達の中で、北都だけがどこか嬉しそうな表情で何度も何度も頷いていた。
「そっか…やっぱり強かったんだ…」
両親との関係が上手くいっていない北都は、どうやらジェイダスに「理想の父親」を投影しているようなのだが…。このことを雪之丞が聞いたとしたら「誰か他の人と間違ってるんじゃない?」と苦笑いを浮かべることだろう。
「やっぱり噂と現実って違うものなのですね」
興味深げな表情で呟いたのは明智 珠輝(あけち・たまき)だ。
「それじゃぁ聞くけど。アンタはアタシ達について、どう思っていたの?」
思わず言葉に出してしまったものの、まさか雪之丞の耳に届くとは思ってもいなかった。逆に質問を投げかけられた珠輝は、咄嗟のことに思わず本音を口に出してしまう。
「あっ?!えっ、と。…その…………校長の…愛人かと…」
「ちょっ、馬鹿なこと言わないでよっ?!」
瞬間、雪之丞の表情が般若の如く険しくなる。
「もちろんっ、雪之丞さんがそうじゃないのは分かってますっ!!」
珠輝は顔の前で両手を大きく振って否定をする。
「女言葉を使うのは職業柄ッ! アタシはアイツの同類なんかじゃないからねっ!」
そう言って学生達を鋭く睨み付けると、雪之丞は表情を改めた。
「正直、親衛隊ってのもちょっと違うんだけど。何て言うのかな、イエニチェリはジェイダスの後継者だと考えてもらって良いと思うよ」
「後継者…ですか?」
「ジェイダスのプライベートに関わることだし、詳しいことは言えないけれど。アイツは自分の血を残すつもりはないからさ。その代わり、自分の想いを継いでくれる人が欲しいのだろうね」
視線を落としながら呟く雪之丞からは、親友に対する憐憫の情が漂ってくる。生徒達は皆、雪之丞の言う「ジェイダスの想い」についてもっと詳しく聞きたいと思った。しかし、残念なことに空京到着を告げるアナウンスがサロンに響きわたる。
「そろそろ空京に到着だね。みんな下船の準備を急ぎなさいよ」
雪之丞に促された生徒達は、素早く立ち上がる。それから気合を入れるように、互いの顔を見やり頷き合った。万全の警備体制を敷くためにも、外務大臣やルドルフ達が到着するまでにやらなくてはならないことは山ほどある。楽しいおしゃべりの時間は終わりだ。
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