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栄光は誰のために~英雄の条件 第2話(全4話

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栄光は誰のために~英雄の条件 第2話(全4話

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第1章 空飛ぶ夢

 ヒラニプラの山岳地帯にあるヒポグリフ生息地の谷、通称『ヒポ谷』。
 ヒポグリフによる航空部隊の発足を目指す生徒たちは、相変わらずほとんどが谷に泊り込みで、何とかヒポグリフたちに人間が居る環境に慣れてもらえるよう努力を重ねていた。と言っても、強引にヒポグリフに迫るのではなく、それなりに時間をかけて、徐々に、と考えた生徒たちが大半だった。
 「残された時間がどのくらいあるか、どのくらい時間をかけられるものかわかりませんが、あまり焦ったり気負ったりしては、警戒されるだけのような気がするのですぅ」
 「そうですよね。せっかくヒポグリフたちもこっちに興味を持ってくれているのに、驚かせたらまた距離をおかれちゃいそうです。とにかく、僕たちが危害を加えないとわかってもらわないと」
 百合園女学院のメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)や蒼空学園の菅野 葉月(すがの・はづき)の言葉が、生徒たちの気持ちを代弁していたと言えるだろう。
 「しかし、具体的にどのようなことをしたら良いのでしょう?」
 皆に質問を投げかけたのは、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)だ。
 「ヒポグリフに、我々のために働く義理はない。我々が、我々のメリットのためにヒポグリフを求めているだけなのです。見たところ餌が足らないとか、病気が流行っているとか、困っていてこちらが助けられるようなこともないようですし」
 「ヒポグリフにもメリットが必要ということですかぁ?」
 メイベルが小首を傾げる。
 「それは少し違うように、私は思うのですぅ。確かに、お役に立ってもらえたら何かをしてあげたいなという気持ちはあるのですが、ただのギブアンドテイクではなくて、ヒポグリフたちとお友達になれたらいいなぁと思うのです」
 「うん、今の時点では、ヒポグリフたちは『テイク』は求めてないような気がするんだよな。つーか、俺たちのことおもちゃ扱いしてるだろ、あれは。強いて言えば、一緒に遊んでやることで、ヒポグリフたちの『大事なおもちゃ』になることが『テイク』でいいんじゃないか?」
 イルミンスール魔法学校の緋桜 ケイ(ひおう・けい)がうなずく。
 「そうじゃのう。後はやはり餌付けじゃろうか。食事には特に困っていないようじゃが、人だとて『おやつ』を貰うのは嬉しいものじゃからな」
 そう言って、ケイのパートナーの魔女悠久ノ カナタ(とわの・かなた)はぽんと手を叩いた。
 「そうじゃ、名前をつけて呼んでやるのはどうじゃ? このままでは何かと不便じゃろうし」
 「……それにはまず、個体の見分けがつけられるようになる必要があると思うのですが?」
 玲に指摘されて、カナタはうっと詰まった。ヒポグリフたちはどの個体も体色が似通っており、識別がなかなか難しいのだ。もちろん、もっとつきあいが深まれば、性格や行動からも、体格や微妙な体色の違いからも区別がつけられるようになるのだろうが、今はまだ、どれがどの個体というのを見極めるのは困難な状況だ。
 「見分けがつけられるくらいに仲良くなればいいんだよ! よーし、頑張るぜ!」
 拳を振り上げて、ケイが叫んだ。


 と言うわけで、生徒たちの『ヒポグリフとお友達になろう大作戦!』が始まったのだった。
 「やっぱり、急に近付かれると警戒するみたいだねー。自分から近寄るのは平気なのに……」
 剣の花嫁セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、近寄っていくメイベルの前から身を翻して距離を取ったヒポグリフを見て言った。
 「近寄ると逃げてくって、なんか馬って言うより猫みたいだなぁ」
 「急に近付きすぎですかぁ? そんなつもりはないんですけど……。うーん、やっぱり内心の焦りが知らず知らずのうちに態度に表れてしまうのでしょうか?」
 メイベルはぎゅっと目をつぶり、自分の頬をぺちぺちと平手で叩いた。
 「少し、お茶飲んで休憩して来よう。そういう姿を見せるのも、ヒポグリフに人間に慣れてもらうためには大切かもって言ってたよね?」
 「そうですよ。最終的には人間の身近で生活して欲しいと思っているんですから、人間が普通にご飯を食べたり、話をしたりする姿を見せるのも、きっと大事ですよ? 興味を持てば、この前みたいに自分から近付いて来るでしょうし」
 セシリアに続いて葉月にも言われて、メイベルは大きく息を吐いた。
 「そ、そうでしたぁ。いつの間にか、余裕がなくなってたみたいですぅ」
 「さ、行こうよ!」
 セシリアが差し出した手を、メイベルはぎゅっと握った。
 (早く、こんな風に、ヒポグリフともお友達になりたいですぅ……)

 そして、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)も、微妙にヒポグリフたちに避けられていた。
 「おかしい……オレのナンパは間違っていなかったはずなのに、なぜ嫌がられているのでしょうか……」
 最初はルースの後ろでくくった髪に興味を示したヒポグリフたちだったが、ルースがプレゼントだと言ってネックレスをつけようとし始めると、潮が引くようにさーっと遠ざかってしまうようになったのだ。
 「気に入ってくれるようなヒポグリフじゃなければ、オレのパートナーにはなってくれないと思うんですが……」
 「それはつまり、ルースのパートナーになってくれるようなヒポグリフが居ないってことじゃないか? 束縛を嫌う女性だって、多いと思うんだが」
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が言う。
 「うっ……オレは束縛したいわけじゃなくて、ただ、綺麗なヒポグリフたちをもっと綺麗に飾りたいだけで……」
 「ヒポグリフにすれば、ヘンな邪魔なものをつけたがる奴ってことなんだろ。せっかく仲良くなれそうなのに、自分の趣味をゴリ押しすると、本当に嫌われるぞ?」
 言葉に詰まりながらも何とか言い返すルースに、イリーナはあっさりと引導を渡して、パートナーのゆる族トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)、剣の花嫁エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)、守護天使フェリックス・ステファンスカ(ふぇりっくす・すてふぁんすか)たちの所へ歩み去る。
 「た、高かったんですけど、これ……」
 手の中のネックレスを見て、ルースはがっくりと肩を落とす。
 「いいのでありますか? 真っ白になってしまったようでありますが……」
 トゥルペが心配そうに、ルースとイリーナを見比べる。
 「誰かがハッキリ言ってやらないと、ヒポグリフたちに嫌われるばっかりになるじゃないか」
 イリーナは肩を竦める。
 「良薬は口に苦し、ですかぁ?」
 フェリックスが首を傾げた。
 「ん、まあそんなところかな」
 イリーナはうなずくと、身に着けていた装備を外し始めた。ヒポグリフたちに警戒心を抱かれないように、ヒポグリフたちが懐くまでは、できるだけ武器や装備は身につけないことに決めたのだ。
 「ほーら、何も持ってないだろ?」
 両手を広げてみせると、ヒポグリフたちは少しずつイリーナに近寄って来る。
 「歌はお嫌いですか?」
 「ほら見て見て、踊るでありますよ」
 エレーナが歌うのにあわせて、トゥルペがくるくると踊ってみせると、一頭のヒポグリフが首を伸ばして、トゥルペの頭をくちばしで噛んだ。
 「ちょ、か、噛まないで欲しいでありますっ! 着ぐるみが傷むであります! きゃー、持ち上げないでぇ!」
 そのまま空中にぶら下げられて、トゥルペは悲鳴を上げる。
 「こらこら、駄目だってば。トゥルペはおもちゃじゃないんだぞ」
 イリーナは思わず、腕を伸ばしてヒポグリフの首を抱き止めた。ヒポグリフは首を振ってイリーナの手をふりほどく。
 「おっと!」
 はずみで放り出されたトゥルペを、フェリックスが受け止めた。
 「うーん、まだ力を入れて抱きついたりするのはだめか……」
 イリーナはあっさりと引き下がってため息をつく。
 「でも、だいぶ近付いてくる回数が増えて来たと思いますの。今のも、イリーナの腕は振りほどきましたけど、その後逃げないですし、興味は持ってもらえているのでしょう」
 ねえ?とエレーナは、自分の方に首を伸ばしておさげをついばもうとするヒポグリフに向かって首を傾げた。
 「でも、髪を引っ張るのはやめてくださいね? 痛いですから」
 掌をくちばしの前に出して押し返そうとすると、触れる前にヒポグリフは首を引っ込める。
 「こうやって触っても大丈夫な時もあるんだし、あともうちょっとだと思うんだけどなあ」
 軽くヒポグリフの首に手を置いて、イリーナはため息をついた。


 一方、道具を使った遊びに誘えないかと考えたのが、緋桜 ケイやセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)たちだった。
 「犬で言う『取って来い』みたいに、棒を投げたらキャッチするとか出来ないかな?」
 ケイはそう思って試して見たが、最初のうちは、これは不評だった。自分に向かって飛んで来る棒を、本能的に警戒するのだ。かと言って、逆の方に投げてもじっと見ているだけで反応しない。
 「猛禽類並みの視力を持っているなら、投げられているのが棒であることは視認できているでしょう。今まで、ヒポグリフたちに向かって何か投げる人など居なかったでしょうから、遊び道具だということを理解出来ないのでは?」
 前足で地面を掻いて警戒の意思をあらわにするヒポグリフを見て、エルダが言う。
 「やってみせる方法がいいかも知れませんな。このように、とりあえず芋ケンピに対しては警戒しなくなりましたし」
 芋ケンピをポリポリかじりながら、セオボルトが言う。一頭のヒポグリフが、少し離れた場所から、そんなセオボルトをじっと見ていた。セオボルトが芋ケンピを差し出してもじっと見ているだけだが、最初に食べさせようとした時のようにあからさまな警戒はしない。
 「……と言うわけで、ちょっと手伝って頂けませんか。あ、それは食べて構いませんぞ」
 セオボルトはぽんとエルダに芋ケンピの紙袋を渡すと、ヴォルフガング・シュミットを手招きした。
 「何をすればいいんだ?」
 「このボールを転がしあうのです。ヒポグリフは腕がありませんから、蹴り合いの方が良いかも知れませんな」
 セオボルトは傍らに置いてあった大きな布袋の中から、サッカーボールを取り出した。
 「その袋、全部ボールなのか?」
 「いえ、他にも遊び道具を用意しましたので。ですが、まずはこれでやってみましょう」
 目を丸くするヴォルフガングに、セオボルトは言う。二人は、サッカーのパスの要領でボールを蹴りあった。いつも比較的表情が険しく、とっつきにくい雰囲気のあるヴォルフガングだが、体を動かすのは嫌いではないらしく、黙々とだがつきあってくれる。
 さっきのヒポグリフがじっとこちらを見ているのを確認して、セオボルトはそっと、ヒポグリフの方へ向けてボールを蹴った。足元に転がってきたボールを、ヒポグリフはなおも見ていたが、やがてつんつんとくちばしでつつき出した。
 「とりあえず、危険なものでないことはわかってくれたようですな」
 セオボルトはほっとした様子で笑みを浮かべる。
 「あとはやはり意思疎通だが……こればかりは時間をかけなくては駄目だろうな」
 ヴォルフガングが腕組みをして言った。

 (特に怪しい動きはなし、か……)
 査問委員の水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は、セオボルトとサッカーに興じているヴォルフガングをつまらなそうに見ていた。
 『白騎士』が鏖殺寺院と通じているのではないかと疑った彼女は、督戦隊を離れ、ヒポ谷にいるヴォルフガングとエルダを初めとする『白騎士』メンバーの様子を伺いに来たのだが、彼らが怪しげな者と接触する気配はまったくなかった。
 もしもヴォルフガングが彼女の疑念を知ったら、彼はこう答えただろう。『白騎士』は教導団を潰したいわけではないし、テロリストと手を結ぶなどもってのほかだ、と。
 (考えてみれば、人間はヒポグリフ隊志願者の生徒たちと随行の教官しか居ない状態でずっと谷に滞在しているんですもの、外部の人間が出入りすれば目につかないはずがありませんよね。これは、外したかも……)
 唇を噛みながら考えていると、ふいに肩を叩かれて、ゆかりは飛び上がった。視線を巡らすと、背後にセバスチャン・クロイツェフ(せばすちゃん・くろいつぇふ)のパートナーの英霊黄 飛虎(こう・ひこ)と、ヴァルキリーバルバロッサ・タルタロス(ばるばろっさ・たるたろす)の姿があった。
 「督戦隊が、このような場所で何をしている?」
 査問委員を「妲己の手先」と考えている飛虎が、ゆかりを睨む。
 「……こちらに居る他校生の様子を見に来ました」
 ゆかりは静かに答える。
 「鏖殺寺院は、《黒き姫》や《冠》のことなど、《工場》内部の情報を知っていました。それが教導団内部、あるいは義勇隊の誰かから漏れた可能性を考えて、調査に来たんです」
 「なるほど」
 バルバロッサは頷いた。
 「今のところ特に怪しい動きをする者は居ないようですが、念のため、もうしばらく様子を見たいと思います。あなたたちも、何か気になることがあったら、私にも教えてもらえませんか」
 「妲己に協力する気はないが、鏖殺寺院は教導団の敵だ。何かあったら教官に報告しておくさ。そうすれば、妲己にも情報が行くんだろう?」
 ゆかりの言葉に、相変わらず彼女を睨んだまま、飛虎は答えた。
 「ここに居るのは構わないが、くれぐれも兄者たちに迷惑がかからぬように」
 バルバロッサは、ヒポグリフの群れに混じろうとして苦労しているセバスチャンと、それを叱咤激励しているもう一人のパートナー、ドラゴニュートのグレイシア・ロッテンマイヤー(ぐれいしあ・ろってんまいやー)を見た。
 「同じ気持ちになって付き合えと言われるが、ものには限度と言うものがっ……!」
 セバスチャンは、飛ぶヒポグリフにバーストダッシュでついて行こうとして、スタミナ切れを起こしてへたり込んでいる。スピードが乗ってしまうと、ヒポグリフの方が明らかにバーストダッシュを使った移動速度よりも速いのだ。
 「その『限界をみる気持ち』が大切なんじゃないかねぇ。心を尽くし、全力を尽くしてこそ、心が通いあうこともあるってものじゃないか。……ほら」
 グレイシアの言葉にセバスチャンが顔を上げると、そこには少し離れた場所からじっと彼を見ているヒポグリフの姿があった。鷲の顔は表情がわかりにくく、心配しているかどうかは定かではないが、明らかにセバスチャンを気にはしているようだ。
 「ほらほら、先にへばっていては、ヒポグリフに下に見られてしまうよ。見下すのも良いことではないが、対等でなくてはね」
 グレイシアに言われて、セバスチャンはふらふらと立ち上がる。
 「兄者たちの努力を無にすることだけは、しないでもらおう」
 「万一そんなことをしたら、この俺が許さないがな」
 そう言い残して、バルバロッサと飛虎は立ち去って行った。
 (情報を漏らしたのは『白騎士』ではないのかしら。……だとしたら、誰が? それとも、教導団内に内通者が居るわけではなく、別に何か情報源があったのかしら……)
 それを見送って、ゆかりは心の中で呟く。