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栄光は誰のために~英雄の条件 第2話(全4話

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栄光は誰のために~英雄の条件 第2話(全4話

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第3章 待ち受ける者たち

 技術科が突貫作業で製作していた『光龍』12台が完成するのを待って、《工場》から例の巨大人型機械が搬出されることになった。
 これだけ大型のものをそのまま乗せられる輸送車両はさすがに教導団もまだ持っていないし、そのまま運んでも結局本校に到着すれば分解され調査されるので、《工場》内部でトラックや馬車で運べる大きさに分解して運び出すことになる。
 この作業が終わり次第《工場》の扉を再度封印することになるが、その前にまた鏖殺寺院の襲撃がないとは限らない。生徒たちは、鏖殺寺院を迎え撃ち、《工場》と《黒き姫》を守るための準備を始めた。

 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)とパートナーのドラゴニュートオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)ファレナ・アルツバーン(ふぁれな・あるつばーん)とパートナーの守護天使シオン・ニューゲート(しおん・にゅーげーと)は、義勇隊の高月 芳樹(たかつき・よしき)とパートナーのヴァルキリーアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)と、外に罠や障害物を設置して、高速飛行艇の進入を防ぐことが出来るかどうかを話し合っていた。
 「まず考えられるのは、網やロープなどを張り巡らしておくことだと思いますの。ピアノ線を張っておくと、高速で突っ込んできたものがそれに引っかかれば切れると聞いたことがありますが、いかがでしょう?」
 「鋼線を使った罠は、前回突破されたって聞いたような気がしたけど……」
 光一郎がオットーを見る。
 「ああ、そう聞いた。たまたま引っかからなかったのか、ぶち切って突入して来たのかは判らないが。ただ、敵の高速飛行艇は風防がついてて、操縦者の身体が露出してねえからな。生身の人間ならともかく、飛行艇がピアノ線で切れるかねえ」
 オットーが首をひねる。
 「丈夫な網ならどうだろう?」
 芳樹が言う。
 「見える形で設置しておかないで、両端に長い支柱をつけて、来たら立てる形にしたらふいをつけないかな」
 「支柱を立てたり支えたりするのは人力ですか? それはちょっと危険な気がいたしますが」
 小夜子が首を傾げた。
 「バネ仕掛けか何かで、スイッチ入れると立つようにするとか」
 芳樹は腕の肘から上を立てたり寝かせたりして言う。
 「そういう仕掛けを作るなら、本校から材料と道具を運んでもらわないと駄目だなぁ。道路の工事が終わって、重機は本校に戻ったから、メンテナンス用の部品もないだろうし。気球の材料を取り寄せてもらおうと思っているから、一緒に申請出してみるか?」
 「気球?」
 光一郎の言葉に声を上げたのは、芳樹ではなくファレナだった。
 「第三師団のワイバーン部隊で、訓練用にバルーンを使ってるって聞いたんだよねー。そういうのを《工場》の前面に浮かしておけば、障害物になるじゃん?」
 胸を張る光一郎に、ファレナは難しい顔で答える。
 「気球は、機銃に対して無力じゃない? 防空気球って、もともと急降下爆撃機が低空に侵入しないように、高射砲で効果的に迎撃するために浮かべておくものでしょ。最初から水平に飛んできて機銃で破壊されたら、障害物にはならないわ。気球を撃墜するのに弾薬は消費するかも知れないけど、墜落した気球の残骸が地上に居る人たちの邪魔になることを考えたら、双方痛み分けっていう感じがするんだけど」
 「えーっ、いいアイディアだと思ったんだけどなぁ……」
 光一郎は不満そうに唇を尖らせた。
 「回避するスペースがある場所に障害物を作っても、あの性能じゃ避けられたり破壊される可能性が高いと思うの。障害物を仕掛けるなら、入り口の内側や内部の通路を塞ぐ形の方が効果的なんじゃない? 敵が狙っている《黒き姫》は《工場》の一番奥に居るわけだし」
 「……あ、林教官」
 その時、《工場》の中から林 偉(りん い)が出て来た。光一郎が指導を仰ごうと声をかける。
 「今、外の防衛体制について、義勇隊とも話し合ってたんですが……」
 罠を仕掛ける案や気球を浮かべる案が出ていることを離すと、林は無精髭の浮いた顎を撫でながら言った。
 「気球は、手間のわりには撃退される可能性が高い。アルツバーンが既に指摘したようだが、機銃が当たればそこで役立たずだし、かと言って、撃墜を避けるために敵が来てから揚げる準備をするんじゃ間に合わんしな」
 「あの、《工場》の扉を、カーテンのようなもので覆うのはどうでしょう?」
 何か補給関係の話があったらしく、林の所に走って来た沙 鈴(しゃ・りん)のパートナー綺羅 瑠璃(きら・るー)が言った。
 「機銃の射撃でしたら、穴があくことはあっても、一瞬で跡形もなくなくなるということはないでしょうし、視界を遮る効果も期待できるのでは?」
 「だったらあれだ、前に使った、扉の前に下げてた網を補強すればいいんじゃないか?」
 林がぽんと手を打った。
 「そう言えば、『黒面』が攻めてきた時に使いましたっけ……」
 芳樹が呟いた。その後、《冠》や資料を搬出したり扉を溶接したりする時邪魔になるため撤去してしまったが、もう一度扉の上の崖から下げることは可能だろう。
 「何なら、俺から明花に、鎖で編んだ頑丈なネットを寄越すように要請してやるぞ?」
 「……あの楊教官にそんなことを言って大丈夫ですか?」
 オットーが心配そうに言う。
 「人型機械を搬出するまで扉を閉めるなって言い出したのは向こうなんだ。そのくらいやってもらうさ」
 林は肩を竦めた。
 「あの、でしたら、古くなったシーツやテントなどのぼろ布を一緒に送って欲しいと連絡して頂けませんか」
 「そんなもの、何に使うんだ」
 ファレナの言葉に、林は首をひねる。
 「通路に釣ったり、風で床から舞い上がるように設置して、敵の視界を遮ろうかと」
 ファレナが答えると、林はうなずいた。
 「わかった。依頼しておく」
 そして、林は小夜子を見た。
 「ピアノ線は、幾らきっちり張っても高速飛空艇相手じゃ効かんだろう。ピアノ線そのものが負けなくても、おそらく張るために固定した部分が抜ける」
 「そうですわね。考えて見れば、木の間に張ったら、ピアノ線が切れなくても木の方が折れてしまいそうですわ」
 小夜子はため息をつく。
 「……ということで、南臣とハーマンは内部の、通路を塞ぐ作業に回ってくれ。義勇隊は、崖の上に杭を打って、ネットを下げる準備だ」
 林の言葉に、生徒たちはいっせいにうなずいた。

 その頃、《工場》の内部では、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)とパートナーの吸血鬼アム・ブランド(あむ・ぶらんど)ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)と魔女クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)らが、あらぬ方向から敵に回り込まれぬよう、余計な通路を塞ぐ作業をしていた。
 「ヒポグリフや『光龍』など、いつ実戦投入されるかわからぬものを当てにすることは出来ませんからな。前回の襲撃では予想外の敵の出現で遅れを取りましたが、こうして敵が来る方向を限定し、火力を集中すれば、敵の突破を許すことはないはずです」
 撤去したバリケードの廃材を積み上げながら、マーゼンが言う。
 「教導団員の意地にかけても、わたくしたちの評価の面からも、同じ失敗を二度三度繰り返すことは出来ません。ここは踏ん張りどころでございましょう」
 一方、ハインリヒは通路の天井からカスミ網を釣っている。
 「……その敵のことだけど、あの『ルドラ』と呼ばれていた少年と交渉することは出来ないのかしら。私たちを問答無用で攻撃して来たりはしなかったし、『黒面』とは違うような感じがするのだけど」
 「笑止!」
 材料を運びながらぽつりとアムがこぼした言葉に、見回りの合間に作業を手伝いに来ていたケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)が吐き捨てた。
 「奴には、『白騎士』の高慢ちき野郎と同じものを感じるのだよ。おそらく、こちらの言うことに耳を貸すことはあるまい」
 「そうかしら……。でも、話してみることは、悪いことではないんじゃない?」
 アムはマーゼンを見たが、冷ややかに、
 「交渉条件は? 《黒き姫》を渡すかわりに、攻撃を止めるように言うのですかな? 彼らが《黒き姫》を何に使うか、想像がつくと思いますが……。それとも、『お前のしていることは悪いことだから止めろ』と説得するのですか? 正義や倫理観なぞ、人それぞれな、あやふやなものであると言うのに」
 と尋ね返されて息をのんだ。
 「……そうね。もしかしたら、あの言葉もあの姿も、私たちの動揺を誘うためのものかも知れないのに」
 甘い考えを振り払うように、アムは首を強く振った。そこへ、《工場》の入り口の方からヴァリアが戻って来た。
 「消石灰、まいて来ましたわ。踏まないように気をつけて下さいませ」
 光学迷彩など、姿を消して進入しようとする敵への対策だ。
 「義勇隊が、突入を防ぐために扉の前に垂らす鎖の網を準備するそうです。さすがに、そんなものを破って高速飛空艇で突入できるとは思えませんが……」
 入念な対策が無駄に終わるのでは、とヴァリアはマーゼンを見る。
 「前回、高速飛空艇があれだけの能力を見せ付けた。我々は当然、次も高速飛空艇で来ると思うでしょう。そこをついて、今回はまた別の方法で来るかも知れませんからな。念には念を入れてかからねば」
 マーゼンは、通路の先にわだかまる闇を見た。

 一方、《黒き姫》の封印された部屋へ向かうルートとは少し離れた場所で、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)たちは自分たちが考えた罠のテストをしていた。
 「うーん、上手く行きまへんなぁ……」
 ゆる族山城 樹(やましろ・いつき)は、『煙幕ファンデーション』を片手に嘆息した。パートナーの祥子に協力して、シャンバラ人セリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)、英霊湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)と共に『アシッドミスト』を使った罠を張ろうと考えていたのだが。
 「酸の霧はすぐに消えちゃうし、煙幕は思ったより広範囲に張れないし……」
 廊下に酸の霧を張り、それを煙幕で隠しておこうと思っていたのだが、祥子もため息をつくばかりだ。
 「『SPルージュ』で回復しても、ずっとかけ続けているわけに行きませんしね」
 セリエも、何とかしてやりたくてもこればかりはどうにもならない。
 「これは、普通に待ち伏せして、敵の姿が見えたらアシッドミストを使うしかなさそうですね。幸い、樹は光学迷彩が使えますから、隠れるのは比較的たやすいでしょう」
 ランスロットの言葉に、祥子たちはうなずくしかなかった。

 そして、マーゼンたちが作業をしているさらに奥、《黒き姫》の部屋の前では、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)とパートナーの守護天使クリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)、剣の花嫁麻生 優子(あそう・ゆうこ)、守護天使桐島 麗子(きりしま・れいこ)ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)とパートナーの剣の花嫁レナ・ブランド(れな・ぶらんど)ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)のパートナーのドラゴニュートアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)、そして相沢 洋(あいざわ・ひろし)が警戒を続けていた。
 「とりあえず、身を隠す場所はあった方がいいと思うであります」
 洋の提案で扉の前に土嚢を積み、その前でアンゲロが仁王立ちになり、いつでも来いとばかりに周囲を睨んでいる。
 「あの、『禁猟区』で危険を察知したら、ちゃんとお教えしますから……。ずっとそうやって気を張っていては、何かあった時には疲れてしまいますわ」
 そんなアンゲロに、ヴァルナが声をかける。
 「……うっ」
 この場所から極力動かないようにとクレーメックから言われ、警戒も度が過ぎるのではないかと思っていたアンゲロは動揺したが、
 「いや、これ以上『兄貴』に恥をかかせるわけには行かねえ。たとえこんな場所でも、敵が思わぬ場所から現れにという保障はないからな!」
 と言い切って、その場から動こうとしなかった。
 「他所ではテレポートで強襲して来たという話も聞いたであります。用心にこしたことはないかと……」
 洋も、神経を尖らせている。ヴァルナは振り向き、問いかけるようにクレーメックを見た。
 「正直に言って、あのルドラと呼ばれていた少年を含めて、敵の能力をまったく知らない。知っているのは、高速飛行艇の性能だけだ。何をしてくるかわからない……何があってもおかしくはない、と考えるべきだろう」
 クレーメックは厳しい表情で言う。
 「……あんな、自分と年齢の変わらないように見える少年と戦うのは、気が重いです」
 ゴットリープがポツリとつぶやいた。
 「そうね。言葉遣いは普通だったし、一応、こちらと交渉する様子もあったし。鏖殺寺院の人間とは思えなかったわ」
 優子がうなずく。が、そんな二人に、麗子とレナが厳しい視線を向けた。
 「ああいうのは交渉とは言いません、ただの一方的な主張ですわ」
 麗子は厳しい口調で言った。
 「鏖殺寺院の者に、人並みの暖かい感情を持つ者など居ませんわ。話し合う様子を見せたのも、おおかた私たちを油断させるために違いありません」
 「そうよ。気をしっかり持って、惑わされないようにしないと!」
 レナは軽くだが、拳でゴットリープの肩を叩いた。
 「所詮は鏖殺寺院の一員なのだからな。信用は出来ないと思った方が良いだろう」
 クレーメックはそう言って皆を見回した。

 「何とかして、あのルドラという少年と話ができないものでしょうか?」
 一方、その頃、本校守備隊への他校生受け入れのために本校に戻った査問委員長の妲己(だっき)に同行していた香取 翔子(かとり・しょうこ)は、妲己にそう相談を持ちかけていた。
 「彼はおそらく、私たちが知らない情報を持っています。それに、彼と取引して『白騎士』を叩かせれば……」
 だが、妲己は首を縦には振らなかった。
 「危険すぎます。万一接触したことが学校側に知れたら、あなたは処分の対象になりますよ。それに、話をすると言うけれど、どうやって彼と接触するつもりですか? 皆の前で、そのような話をするわけには行かないでしょう?」
 「それは……。万一の時に処分の対象になることは覚悟していますが……」
 翔子は口篭る。
 「もう一つ。彼らの協力を得るために、私たちが差し出せるものは何かしら? 彼は何を要求して来ると思う?」
 畳み掛けるように、妲己は翔子に問う。
 「ですから、『白騎士』を……」
 「教導団にとっては、『白騎士』と言えど生徒で戦力であることに変わりはありません。それを外の敵に叩かせることがどういう意味を持つか、もう一度考えた直した方が良いと思います。毒をもって毒を制すると言いますが、毒を用いることによって自分たちも弱体化するようでは意味がありません。……もっとも、それ以前の問題として、彼らは『白騎士』を叩くことを自分たちの利益だと思うかどうか、というのがありますが」
 「思わない……でしょうか」
 半ば自問するように、翔子は呟いた。妲己はかぶりを振る。
 「ジーベックさんたちに彼らが取った態度からして、私たちは彼らの眼中にはない、と考えるべきでしょう。生きていようが死んでいようが関係のないモノ、わざわざ殺すだけの価値もないモノ、と思っているのでしょうね。彼らが『白騎士』だけを選んで叩く理由は、彼らにはないと思います。彼らが求めるものを私たちが差し出せば、話は別かも知れませんが」
 「《冠》と《黒き姫》……ですか? でも、それは……」
 「そう、学校から『鏖殺寺院に渡すな』と命令が出ている以上、できない相談です」
 妲己はうなずいた。