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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第3回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第3回/全3回)

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●『黄昏の瞳』! 奪ったものは返してもらうぞ!

 大講堂の両脇に伸びる階段を巡る攻防は、その激しさを増していった。
 そして今ここに、『黄昏の瞳』に大切なものを奪われた者たちによる、奪還への決死の行動が開始される――。

「俺様的講義その一ッ!! 男なら、大切な人の一人や二人、その手で守ってみせやがれぃ!!」
 階段の中程で、信者に足を止められたレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)を狙って、別の信者が飛びかかる。繰り出された守刀を、踏み込みからの爆発的な加速力で割り込んだシュレイド・フリーウィンド(しゅれいど・ふりーうぃんど)が剣の柄で受け止め、横方向の蹴りで階段から突き飛ばす。
(身なりは人間、だがこれまでの様子を見るに、中身は人間の心を失った化物……であるなら、容赦はしないさね!)
 壁を削り、フィーネ・ヴァンスレー(ふぃーね・う゛ぁんすれー)の振り抜いた大剣が、守刀を構えた信者を武器ごと吹き飛ばし、一撃で行動不能に陥らせる。
「ここはあたしとシュレイドに任せて、先に行くさね!」
「そうだ、行け! 恋人を待たせるなんて男じゃねえッ!!」
 フィーネとシュレイドに声をかけられたレイディスが、二人に頷く。
「シュレ、フィーネ……悪ぃ!! 後で落ち合おうぜっ!!」
 光学迷彩で姿を見えにくくし、踏み込んだレイディスが爆発的な加速力で信者の間を突破する。存在に気付いた信者の何名かが後を追いかけるが、先回りしたシュレイドに昏倒させられ、後から追いついたフィーネに吹き飛ばされていく。
「さあて、あんだけ言ったからには、やってみせなきゃ男じゃねえよなあ! かかってこいよ、一人たりとも通しゃしねえぜ!」
 脚を前に、剣を盾にするように構えるシュレイドの隣で、闇の向こうに消えていったレイディスの後ろ姿を見送ったフィーネが、かつてのことを思って物思いに耽る。
(愛してる子が捕まってんなら、ああなるのかねぇ。……団長さん、あたしが逝った後、泣いてくれたかね――)
 殺気を感じ、フィーネが咄嗟に身をかわす。揺らいだ髪が、信者の繰り出した守刀に触れ、数本が宙に舞う。
(……思い出すのは後でも出来るさね。今は、化物に慈悲なき一撃を!)
 大剣を握り直したフィーネの瞳が、何をも感情の映さない、しかし確かに一つの対象を捉える。全身の筋肉を躍動させ、瞳が捉えた対象を肉塊に帰すべく、フィーネが大剣を振り下ろす。何もかもを粉砕された信者が物言わぬ骸と成り果て、そして感情の戻った瞳でフィーネが戦場を見渡す。反対側の階段でも、同じような光景が展開されていた。
「ねえ、アーちゃん。イーオンさん達を心配するのはわかるけど……無茶はしないでね?」
 キメラを制し、アジトへ向かっている最中に友が消息を絶ったらしいとの知らせを耳にしたアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)には、パートナーである御陰 繭螺(みかげ・まゆら)エレーナ・レイクレディ(えれーな・れいくれでぃ)だけが知り得る焦り、そして苛立ちの感情が湧き起こっていた。
「……待っていろ……必ず助ける……!」
 それだけを言い残し、大講堂から向かって左側の階段へ向かって、アシャンテが飛び出す。
「今の主様は、普段の様子とは違って見えますわね。……繭ちゃん、わたくし達で主様を援護致しますわよ!」
 進み出たエレーナに繭螺が頷いて、アシャンテに離されないように後を付いていく。視界に、連れてきたパラミタ虎とパラミタ猪へ指示を飛ばすアシャンテの姿が映る。
「グレッグ、ボア、遠慮することはない、思う存分暴れてやれ……!」
 主の指示を受けたグレッグが信者の一人に飛びかかり、牙と爪の攻撃で昏倒に至らしめる。ボアの体当たりで別の信者が吹き飛ばされ、階段から転げ落ちる。
「アーちゃんを通してあげて!」
「主様に楯突く方は、遠慮致しませんわ!」
 箒に乗った繭螺とエレーナが、群れて大挙する信者の頭上から、幻覚作用を引き起こす霧と濃酸の霧を発生させる。視界を奪われ、さらにはそこにいない敵の姿を認めて、信者が同士討ちを始める。信者が放った闇の気が別の信者の背中を打ち、濃酸の霧に取り込まれて行動不能に陥る。混乱に陥った信者の集団を抜けて、アシャンテがいち早く階段を登り終え、奥の空間へ身を進めていく。
「大人しく捕まっているとは思えんが……急ぐぞ……!」
 背後に追いついた繭螺とエレーナを従え、一行は一路、捕らえられた者たちが放り込まれているという牢屋を目指す――。

「セイラン、私らはキューを追い、リカインを取り戻す。向かった先を教えてくれぬか」
「寝惚けている者は、起こさねばならん。協力してくれるか」
 その牢屋の中で、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)、彼らに共するパートナーが、助けられたサイフィードの光輝の精霊、セイランに自らの為すべきことを伝える。
「……失礼ながら、わたくしは見定めておりました。例え操られているとはいえ、一度は自らを傷つけ、このような仕打ちをした者にいかほどの処遇を下すのか、と。再び危害を為すかも知れぬ者を放って、わたくしを連れてここから脱出することも、選択肢としては存在していたはずです」
 セイランの言葉に、セシリアとイーオンが毅然として言い放つ。
「リカインを放ってはおけぬ!」
「気に食わんのだよ。パートナーを犠牲にしてまで、力の誘惑に駆られる者がな」
 二人の言葉を受け止めたセイランが、フッ、と微笑みを浮かべて口を開く。
「……あなた方の言葉、そして想い、受け取りました。その想いに、光輝の精霊を束ねる者として、そして、一介の友として、お応え致しましょう」
 告げたセイランのはめていた指輪が光を放ち、金色の髪を束ねていた飾りが消え、背中に二対の半透明の羽が浮かび上がる。発される神聖なる魔力で牢屋の柵が消し飛び、残っていた数名の信者が何事かと現れる。
「邪気を孕みし者共よ、立ち去りなさい! 闇の瘴気に取り込まれた己を取り戻し、自らの為すべきことを為すのです!」
 いっそ神々しくも映るセイランの発した言葉に、大概の信者はたじろぎ、階段へ逃げ去っていく。それでも幾名かの信者が、奇声をあげて飛びかかってくる。
「やらせるかーっ!」
 そこに、階段を突破した先で合流したレイディスとアシャンテの一行が割り込み、一閃の下に信者を打ち伏せる。
「おお、助けに来てくれたのか、レイ! 愛してるのじゃー!」
「セシー……無事でよかった、本当に……」
「イーオン……済まない、遅くなった」
「いや、いずれは来ると思っていた。おまえに限って万が一もあるまいからな」
 再会を喜ぶのもつかの間、騒ぎを聞きつけた他の信者が集まってくる。
「キューはどこへ向かった!?」
「……待つのじゃ! あれは……本?」
 セシリアが指した先、確かに一冊の書物が落ちていた。駆け寄ったセシリアが拾ったそれは、『希望』『冷静』を象徴する青の表紙が美しい本であった。
「これは……リカインの? とすれば、リカインはこの先に?」
 セシリアが振り向いた先には、どこまでも落ちて行きかねない闇が、口を開けて一行を待ち構えていた――。

(暗い……ここは……私……どうなったの……?)
 意識を取り戻したリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、はっきりしない思考でこれまでのことを振り返ろうとする。
「ナニヲシテイル……アルケ」
 刹那、誰かに首元を引かれる感覚が走る。踏み出した足が段差のあることを認知できず、身体がよろめく。
「フン……メヲサマシタカ。ソノママネムッテイレバ、ラクデイラレタモノヲ」
 顔を掴まれるように支えられるリカインは、顔に伝わる感触、聞き覚えのある声に、急速に意識を覚醒させていく。
(……そう、そうよ。私、キューに言われるまま囮になって……私を助けに来てくれた人を、キューが……)
 その光景が脳裏に走り、身体から力が抜けていく。
「アルケ」
 再び首元を引かれ、強制的に足を進まされる。
「……どうしてよ……」
 まるで自分のものと思えない、掠れた声をそれでも振り絞って、リカインが叫ぶ。
「どうしてよ! どうしてこんなことをするの、キュー!」
 その声に、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が振り返る。
 そこにかつてのキューの面影は、ない。
「……ワレハチカラヲノゾム……ソレダケノコトダ」
「キュー! ……ああっ!」
 リカインの声に応えず、キューがリカインにはめた首輪から伸びる鎖を引っ張って、螺旋に続く階段を降りていく。
(もう、ダメなの……? もう、どうにもならないの……?)
 絶望がリカインを支配しかけたその時、脳裏に微かに響く声があった。
(え……汝の力は闇に非ず……? 主の力は光に非ず……? それってどういう――)
 リカインが顔を上げたそこに、複数の人影が映る。
「リカインを返すのじゃーっ!」
 落ちてくるように二人に急接近するセシリアとイーオンが、背後に控えたセイランの加護を受けた光を放つ。闇を切り裂く二筋の閃光がキューへ降り注ぎ、掴んでいた鎖が切れ、そしてリカインの目の前で階段が崩れる。
「!!」
 咄嗟に、リカインが手を伸ばして、キューを掴もうとする。
 だがその手は、何も掴まない。
「イオより、あなたの救出を優先されております。あなたを連れて離脱します」
「大丈夫!? 一旦離れるよ、掴まって!」
 呆然とするリカインにアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)が駆け寄り、その場から引き離そうと試みる。しかし、差し出した手を見つめたまま、リカインは動こうとしない。
「! ミリィ、後ろじゃ!!」
 セシリアの警告に振り返ったミリアの視界に、闇の刃を右腕に作り出したキューが空を翔け、目前に迫る。リカインとアルゲオの前に割り込んだミリィの心臓を狙った一撃は、僅かにずれてミリィの肩口に傷を作る。
「ぁっ……く、クイーンヴァンガード……あまり舐めるんじゃないわよ!」
 闇黒に耐性を得ていなければ間違いなく心臓を貫いたであろう一撃を、ミリィが苦痛に顔を歪めつつ耐える。ならばもう一撃とばかりに振りかぶったキューの側面から、隠れ身で接近していたファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)が斬りかかる。
「どなたかはご存知ありませんが……セシリア様やミリィ、ご友人に手を上げるのならば、容赦はしません!」
 かざした刃から電撃が放たれ、キューを包み込む。全身を雷に打たれながら、キューの表情はむしろ戦いを楽しむかのよう。
「今、回復するよ!」
「皆様はお引きください!」
 アシャンテの命で、繭螺とエレーナがミリィに回復を施す。階段を駆け上がり間合いを取ったアルゲオ、そしてリカインの目に、無数の攻撃を浴びながらなお刃を振るうキューの姿が映る。
(キュー……もうこの手を取ってはくれないの?)
 リカインが手を伸ばし、遥か向こうで醜悪な笑みを浮かべるキューを掴もうとする。そこにすっ、と青い表紙の本が差し出され、リカインの手がそれを掴む。
「! この本は――」
 顔を上げた先には、セシリアとセイランの姿があった。
「それはお主のじゃろう? 戦うかどうかはお主に任せるが……道を外した時に正してあげるのも、パートナーの仕事だと私は思うぞえ」
「あなたが希望を捨てない限り、光はきっとかの者を救うでしょう。その光を発することが出来るのは、あなただけですわ」
「セシリア……えっと……」
「申し遅れました。わたくし、セイランと申します。今はこの方々の友として力を貸す身、どうぞお見知りおきを」
 丁寧に挨拶をしたセイランが、セシリアと共に向かっていく。
「貴様が目指すのは、なんのための力だ。与えられる安い力に酔うなど……恥を知れ」
 冷徹な表情の中に怒りを忍ばせ、イーオンが呼び出した光をキューへ見舞う。投じられた光を弾き飛ばし、キューが吼えて突撃する。
「今度は守り切る。決して徹さない!」
 イーオンの前に立ったセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が、キューの振るった刃を全力で防御する。
「生贄なぞ……リカインが死ねば契約してるお主もただではすまぬこと、知っておろう!!」
「サポートするぜ、セシー! こんな陰気臭ぇ奴、ぶっ飛ばしてさっさと帰ろうぜ!」
 セシリアが生み出した炎の嵐に、レイディスが爆炎を付与する。全身に炎を浴びながら、なおキューの動きは止まらない。
(私を守るために、キューを助けるために、みんな……!)
 リカインの瞳に力が戻り、そして立ち上がったリカインが首輪に手をやり、おもむろに引きちぎる。
(私が希望を捨てない限り……私一人じゃどうしようもなかったかも知れない。けど、こうしてみんながいてくれれば、きっと出来る……きっと、キューを救える! 輝石よ、書よ、力を貸して……!)
 それぞれの手に漆黒の光を放つ石と、青の表紙の本を持ち、リカインが詠唱を開始する。

「光は闇に、闇は光に……
 善悪聖邪を超え巡りし力、
  その境界たる刹那をここに現せ!
   ……コールニュートラル!」


 力の波動を感知したキューが、一直線にリカインのところへ向かっていく。その一瞬の動きに誰もが反応できずに見守る中、目を見開いたリカインの眼前に、力を宿した光が生まれる。

「お願いキュー!
 意識を取り戻して!」


 闇の刃がリカインの胸を突くのと、生じた光がキューの身体を貫くのはほぼ同時。

「……リカイン……」

 確かにキューの口が、リカインの名を呼ぶ。

「そう、私よ!
 リカイン・フェルマータ、
  キュー・ディスティンのパートナーよ!!」


 言い放ち、握りしめた拳に全ての力を込め、リカインがキューを殴る。膝から崩れ落ちたキューが、薄く開いた瞳でリカインを見上げる。
(……この光景には、覚えがある。確か……)
 それは、二人が初めて剣を交えた時のこと。激しく戦い、そして敗れたキューに、リカインは笑って、手を差し伸べた。
 今また、リカインは笑って、手を差し伸べている。

「リカイン、
 我をまだ、パートナーと呼ぶか……?」


 発した問いに、リカインが間を置かず答える。

「当たり前でしょ。
 キューは私のパートナーよ」




 キューの手が伸ばされ、リカインの手を掴む。
 一度は離した手を、一度は掴み損ねた手を、今度は決して離さないように――。



「わわっ!? な、何かな!?」
「……おそらく上から生じているのであろう。しかしカレン、ここにはもうセイランはいないのではないか? 信者の言う『王』など信じられるものではないな」
 上空で以上のような戦闘が繰り広げられていた最中、好奇心に駆られて一目散に奥へと進んでいったカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が、広々とした空間と思しき場所を奥へ進んでいく。
「暗すぎて何にも見えないよー。ジュレ、灯り持ってないの?」
「……しまった、手持ちがない。すまぬジュレ、我の準備不足だ」
「こう、目からぴかーって光とか出せないの? あ、それ面白そうだね、今度つけてもらおっか!」
「……我で遊ぶな」
 カレンの冗談に溜息をついたジュレールが、視界に浮かんでは消える光を見つける。
「あっ、灯りだ!」
「……待て、カレン。このようなところに灯りが、しかも人の手で操作されている光が、あろうはずがない」
 駆け出そうとしたカレンを、ジュレールが制する。光の軌跡は不規則で、それを発しているものが機械や物でないと想像出来た。
「うーん、セイランさんが逃げ出してきたんじゃない? ほら、光輝の精霊だし、光を出すくらい出来ると思うし」
「それはそうだが――」
「誰かいるのか?」
 光の根元から声が聞こえ、身構えた二人の前に、フリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)が姿を現す。
「……イルミンスールの生徒か?」
「う、うん……ねえ、どうしてこんなところに?」
 とりあえず自分のことを棚上げして、カレンがフリードリッヒに問いかける。するとフリードリッヒは興奮した口調でまくし立てる。
「魔王復活と聞いて、黙っていられなかったんだ! 復活するくらい、生贄なんて使わずに愛と気合とノリでやってみせろ! と文句を言いに行きたくてここまで来たんだが……すっかり迷ってしまって」
(……やれやれ、また面倒な者に出会ってしまった)
 話を聞いて、ジュレールが心の中で溜息をつく。一方のカレンは、同じ興味を持った人がいたことに感動を覚えているようだ。
「そっか! じゃあ一緒に、王の復活をこの目で目撃しよう!」
「そうだな! ……しかしこう広くちゃ、どこに行っていいのかサッパリだぜ。何かこう手掛かりになるものは……」
 言いながらフリードリッヒが、掌に生み出していた光を適当な場所にかざしていく。
「……む? 今、何か映らなかったか?」
 光の軌跡を追っていたジュレールが目敏く何かを見つけたか、声をあげる。フリードリッヒが確認するためにもう一度光で照らすと、壁に埋め込まれるようにして金属に近い、しかい魔力の反応も示す物体が浮かび上がる。
「他にもあるようだ。おい、もっと明るくできないのか」
「僕の魔力ではこれが限界だよ」
「う〜、何があるんだろー、気になるよー」
 何かはあるが正体が分からないことに、一行がやきもきしていると、後方から人の気配と、次いで声が聞こえてくる。
「これが魔王の気配……封印されている今なら、私だけでも葬れる!」
「アストリッドの気配はないのか? んー、だったら目の前にあるヤツをぶっ叩けばいいんじゃないか!?」
「それにはまず灯りが必要ですね。光の精霊さん、力を貸してくださいっ!」
 ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)アンブレス・テオドランド(あんぶれす・ておどらんど)が、目の前にあるものを既に『魔王』と決めつけて戦闘準備を整え、アニムス・ポルタ(あにむす・ぽるた)が指輪の力を発動させる。アニムスの『超幸運パワー』が作用したか、はたまた光輝の精霊たるセイランがいたからか、普段はせいぜい電球程度の精霊が、野球場のナイター設備ばりに光を発する。
 その光に照らされ浮かび上がったのは、それぞれ壁に埋め込まれた頭、肩、腕、胸、胴、下腹部、脚を模したと思しき、先程フリードリッヒが照らした物体と同質のものが作り出す、まるで人型のようなシルエット。一つ一つの物体が数メートル、頭から脚までは数十メートルに及んでいた。
「うわ、うわわ……ちょっと、デカ過ぎでしょこれー!?」
「これは何だ!? そもそも生物なのかこれは!?」
 カレンがその圧倒的な姿に恐れおののき、フリードリッヒが興味津々といった様子で近づいていく。
(……何だ、この言葉に表せぬ感覚は。それに身体が思うように動かせぬ……)
 その後ろで、ジュレールは自らに湧き起こってきた得体の知れない感情に、明らかに戸惑いの表情を見せていた。
「おい、魔王! 生贄なんて欲しがらず自分で何とかしてみろっ! なんなら僕が励ましてやろう! もう少しだ、踏ん張れー! それま・お・う! ま・お・う!」
 フリードリッヒが扇子を両手に、その物体群の真下で声をあげる。

『だれ……?
 ぼくをよぶのは、だれ……?』


 微かな声が聞こえ、そして頭と思しき物体に、青い光が灯る。
「うわーっ! しゃ、しゃべったよ!? それに光ったよ!?」
「……落ち着くのだ、カレン」
 しがみついてくるカレンを宥めながら、自身もまた例えようのない感覚に苛まれていくジュレール。
「魔王が目覚める!? それはさせない!」
 ウィングが剣を抜き放ち、アンブレスの駆る飛空艇に飛び乗り、青く光る物体を目指す。十分な距離まで近づいたところで、ウィングが飛び降りながら剣を、物体の隙間から覗く青の光へ突き刺す。すっ、と光が消え、辺りに一瞬の静寂が訪れる。
「やったか!?」
 ウィングを回収したアンブレスが呟いた矢先、剣を突き刺された頭を模した物体が壁から外れ、地面を削り飛ばして落ちる。それがきっかけであるかのように、次々と物体が落ち、それを支えていた壁も崩れ始める。
「このままじゃ潰されちゃうよ!」
「カレン、ここから脱出するぞ」
「ちょっ、待て、僕を置いてくなー!」
 崩落に巻き込まれそうになりながらも、カレンとジュレール、フリードリッヒ、ウィング一行がその場を脱出する。
「ますたぁ、このままではわたくしたちも潰されてしまいますわ」
 欠片を飛ばして壁が崩れ、地面に瓦礫と先程の物体が埋もれていく中、足元に魔方陣を展開した九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )に、星の力を持つとされる槍を携えたマネット・エェル( ・ )が呼びかける。
(世界樹に残してきた魔方陣とパートナー回線を媒介として世界樹にアクセス、星槍を道標に闇を祓う魔力を喚ぶ……そのつもりだったけど、これはこれで興味深いものが見られたかしらね)
 複数の問題がある場合、それらの大本となる問題を断つことで全ての問題が解決するという考えもある。だが、一つ一つ問題を潰していって大本の問題を解決するという考えもある。時には、対処しようとした問題が抗えぬ力によって対処不能に陥ることもある。
「……戻りましょうか。マネット、手筈通りに。発生した魔力であたしたちをイルミンスールへ転送する」
「はい、ますたぁ」
 九弓の指示通り、マネットが魔方陣に置かれた携帯を星槍で貫く。魔方陣が波紋で揺れるその瞬間、九弓が詠唱を行い自らを転送するイメージを内包する。
「応えて――イルミンスールっ!」
 光が生じ、そして二つの姿は光と共に消え、そこを無数の大きさの石が埋め尽くしていった――。

 イルミンスール内、九弓が残していった魔方陣が光り、九弓とマネットが姿を現す。
「九弓!」
 連絡の途絶えた携帯を手に待機していた九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)が、九弓に駆け寄る。
「…………そういうことなの?」
「そういうことよ。出来るならそれ、大ババ様に伝えておいて頂戴。回線を開けば容易いことでしょ」
「簡単に言ってくれるわね……」
 溜息をついた九鳥が振り向けば、それまでの冒険に加え大量の魔力消費による疲労が蓄積したか、横倒しになったテーブルの一つにもたれかかるようにして、九弓とマネットが寝息を立てていた。
「……お疲れさま、九弓。後は任せておいて」
 安らかな寝顔に微笑んで、九鳥が準備を開始する――。