波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

君を待ってる~剣を掲げて~(第1回/全3回)

リアクション公開中!

君を待ってる~剣を掲げて~(第1回/全3回)
君を待ってる~剣を掲げて~(第1回/全3回) 君を待ってる~剣を掲げて~(第1回/全3回)

リアクション


第4章 目指す高み(校庭)
「おーい、マリオン見てるかー? 俺勝つからなー!」
「なんであんなにノリノリなんでしょうか……? まさかとうとう脳が……!」
 ピリピリした会場で、呑気に満面の笑みを浮かべる大野木 市井(おおのぎ・いちい)を、マリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)は本気で案じた。
 救護班として大会を支えるマリオンとしては、心配だがそうそう市井だけを見ているわけにもいかない。
「はい、これで大丈夫ですよ。残念でしたが、次の機会に頑張って下さいね」
 敗退した選手にヒールと励ましを掛けつつ、それでも、マリオンの目は市井を追ってしまう。
 けれど戦況を気にするうち、マリオンは違和感に気付いた。
「あ、あれ? どうして手を出さないんですか?」
 魔法でガチガチに守りを固めたのは分かる。
 その上で市井は、対峙した剣士の剣筋を受け、弾き、いなしていた。
「今! 今、確かに隙がありましたのに?!」
 なのに市井は打ち込まず、ただひたすら耐えている。
「なんで、どうして市井……」
 ギュッと両手を握りしめ、見守る。
 その内に、マリオンは気付いた。
「あ、これっていつものパターンです……」
市井が守り、マリオンが撃つ。
 それは出会ってから今までの、二人の在り方。
 その方法でもって幾多の困難を切り抜け、勝ってきた。
 ずっとずっと、そのやり方で。
「じゃあ市井は……彼は手を出さないんじゃなくて、出せないんですか……?」
後列に立つ、マリオンがいないから。
「自分の後ろが私の居場所だって、教えてくれてるんですか……?」
 この喧騒の中だ。
 マリオンの呟きが届いた筈はない。
 なのに。
 その瞬間確かに、市井はマリオンをチラと見、口の端を釣り上げた。
(「キャラじゃねぇが、我慢だ我慢。勝つまで我慢……! 騎士は辛抱だろ!」)
 伝わったらいいと、願う。
 己を未熟者だと信じるパートナーに。
 マリオンがいたからこそ、自分は生き残ってこられたのだと。
「いい加減、倒れろ!」
 じれたらしい剣士の剣戟の勢い、が増す。
「騎士とは……民を守る剣であれ、敵を討つ槍であれ、そして……」
 それを全て受け止め。
「ああ、そうだ」
市井は思い出す。
教えられた……否、自分が目指す騎士道を。
「友に背かぬ盾であれ……!」
 だから自分は勝つ。
市井にとっての勝利、それは最後まで立っていること。
「俺がもう未熟者なんて言わせねぇから」
 だから市井は、負けるわけにはいかなかった。

「ボクの間合いに入った、自身の迂闊さを呪って下さい」
九条 風天(くじょう・ふうてん)は間合いに入った者を斬り伏せつつ、呟いた。
 繰り出される二振りの高周波ブレードの軌跡は、来ると分かっていても中々対応できるものではない。
 実際、風天にとっての敵は他の出場者ではなかった。
 一撃必殺を得意とする風天にとっては、不殺……手加減せねばならないのが何より、苦心する所だった。
「センセーは……やはり流石ですね」
 チラと窺えばセンセー……宮本 武蔵(みやもと・むさし)は二刀でもって豪快に戦っている。
 死合い、ではなく、仕合い。
 豪快に叩き伏せられた者は命に別条はないだろう……あばらの二・三本はいっちゃってるかもしれないが。
「見習う事はまだありますが……とはいえ、やはり模造刀などより断然真剣ですね」
 剣と剣、剣戟の奏でる旋律。
 勝利への執心は別として、心が研ぎ澄まされていく感じは心地よかった。
「おーい、風天気合入れて行けー!」
 戦いに没頭していく風天に、白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)からの声援さえも届かない。
「むぅ、あやつめ戦闘に集中しきっていて聞こえて無いな」
僅かに残念そうに、楽しげに呟いたセレナは、標的を変えた。
「むーさーしー! 無様に負けろぉー! おー、おー。怒ってる怒ってる。はっはっは……」
「くそぉ、白姉め。後で文句言ってやるぞ」
 心温まる声援を背に受けた武蔵は一つ毒づいてから。
「よっしゃあ! 片っ端からかかってきやがれ! 先生が実践で剣術を教えてやるぜ!」
 豪快に挑発した。
 ふざけているとしか思えないセリフと表情で、限りなく真剣に。
「最初から最後まで頑張る必要は無い。一撃離脱で体力を後半まで温存しろ。一撃で倒す必要は無いし、足を止める必要も無い。疲れきった対戦者を仕留めていけばいい」
 アルゲルはイーオンからのアドバイスを思い出し、
「……すみません、イオ。誇りに背く戦いに、私は価値を認められない」
 心の中でそっと謝った。
 確かに、イーオンのアドパイスは的確だろう。
 現に、優勝する……勝ち残る事が先決と出来るだけ戦わないようにしている人達もいる。
 だが、武蔵や風天のように正々堂々と戦っている者達を目にしては、アルゲルは自らの騎士道を曲げる事は出来なかった。
「一手、お手合わせいただきます」
「受けましょう。手加減は……出来ません」
 そうして、バーストダッシュで一気に接敵したアルゲルの剣と、受け止める風天の二刀とが、激突した。
「やはりアルに効率的な戦闘は無理だったか」
 そんなアルゲルを警備中のイーオンは苦笑まじりに窺った。
 真正面から突っ込んだアルゲル、受け止めた風天がアルゲルの足を素早く蹴った。
 続けて繰り出されたもう一撃は、既に離脱したアルゲルを捉える事は出来なかったが。
「さすがに……強い!」
 それでも、引く事は出来ない!
 アルゲルは高速から封印解凍しつつ、轟雷閃で渾身の一撃を放ち。
「……甘いです」
 だがそれは、風天に受け止められた。
正確には、自らの二刀を手放した風天の交差した両腕……怪力の篭手に受け止められ。
そして、風天はその勢いのまま、アルゲルの剣を折った。
「……ありがとうございました」
 僅かな悔しさと、全力を出し切った清々しさと。
 アルゲルは一礼すると、フィールドから自ら外に出たのだった。
「お相手、願えますか?」
代わって挑んだのは、赤羽 美央(あかばね・みお)だった。
 風天が了承するを見、武器を構える。
「言い古された言葉ですが、お互い悔いの無いようにしましょう」
 美央の目的は、強い者と戦って自分の剣術を磨く事だ。
「イルミンスールの方ですか……手加減はしません」
「望むところです!」
 血がたぎる。
力が弱かったり魔法馬鹿と思われがちのイルミンスール魔法学校の生徒。
だからこそ、美央は見せつけたかった。
自分のように、白兵戦や武術が好きな生徒もいるのだと!
「それに、女王として『雪だるま王国』を担っていかねばならないのですから。やるからには、逃げはしません。無様な負けはごめんです」
来る、と分かっていても風天の剣は避けられない。
だから、美央は避けない。
美央は騎士だ。
誰かを何かを守る事に特化した、守護者。
「……おいそれとは勝負をつけさせてくれないようですね」
「あぁいう目をした奴は中々、倒れない。持久戦になる……気力と体力は持つかな、大将」
「誰に問うているのですか、センセー」
 風天は静かに言い、動き。
 美央はラッシュ攻撃をひたすら耐え、守りに徹して勝機を待った。

「霜月、そこであります!」
「いっけぇっ!」
 アイリスとクコの視線の先では、居合でもって相手の武器を弾き飛ばした霜月がいた。
「今の見えなかったであります……霜月、すごいであります!」
 興奮をにじませるアイリスに、「当然よ!」と嬉しそうにクコが胸を張る。
 クコは知っていた。
 霜月が自分達をとてもとても大切に思っている事を。
 だからこそ、危険が少ない依頼ばかりを選んでいる事を。
 でもそれは霜月の腕を錆させないか心配であり。
 何より、クコはアイリス達に霜月の強くてかっこよい所を見せたかったのだ。
「あっでも相手もしぶといであります!」
「アイン、頑張って!」
 隣で、霜月の相手と思しき機晶姫を応援する声がした。
 何と無く視線を合わせ、どちらからともなく微笑み、軽く会釈する。
 勝ってほしいけれど、でも、決して対戦相手を憎んでるわけじゃないから。
「朱里のくれた愛に応えるため、僕は最後まで決して諦めない!」
「それはこちらも同じ!」
「……正々堂々、と言うつもりはないですが。お互い悔いは残したくないでしょう」
 言いつつ、霜月の攻撃をバーストダッシュで割り込み受けたリュースが、アインに彼の剣を返す。
「いや、これはちょっと……」
 バトルロイヤルだから仕方ない、思いつつ霜月は封印解凍を発動し。
「これは戦いがいがありますね」
「どんな結果になるとしても、精一杯力を尽くす」
 迎え撃つはリュースとアイン。
「リュース兄様、頑張って!」
 フィールドの外では、お弁当を広げて観戦するシーナと、付き合うリオンとアレス。
「……ふむ」
 応援に夢中のシーナの横。
 お弁当をパクつきながら、リオンは微かに目を眇めた。
「成る程、これを狙っておったのじゃな」
 ぶつかり合う闘気と熱気。
 会場……区切られた空間に渦巻くそれら。
「呼び水……楔を強固にし、影との決着をここでつける……はてさて、そう上手くいくと良いのじゃがな」
「……リオン」
「いや何、ただ年寄りの杞憂じゃて」
 リオンはただその金色の瞳を細めた。
 同じ会場。
「色んな人がいるの〜……皆強そうなの〜……」
 瑠璃は「こんな感じで剣を振ればいいのかな?」と適当に剣を振り回していた。
「おぉー必殺技とかかっこよさそうなの!」
 爆炎波や轟雷閃を見た瑠璃の目は輝いた。
「瑠璃も真似したいの! 剣に属性を付与すればいいのよね……え縲怩「!」
 しかし、瑠璃は忘れていた。
 自分の武器が木刀だという事を。
「わわわ! 木刀が壊れちゃった……失敗なの……必殺技とか難しいの……」
「はぁ縲怩「、武器を失くした人はアウトだよ」
「破うっ!?」
 情けなさそうな顔で翔子に連れだされる瑠璃に、遥遠と遙遠は幾分かの安堵と共に、溜め息をついた。
「あ……、あの女の目……、養豚場のブタでも見るかのように冷たい目だ。残酷な目だ……。『かわいそうだけど明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』って感じの!」
 戦いが始まって暫し。
詩穂は、遙遠とイチャイチャしながら(詩穂目線)戦う遥遠を目にし、フルフルと肩を震わせた。
 そこにいつもの、天真爛漫な詩穂はいなかった。
 戦闘用ドSモード発動です!
「近くにいたご主人様が悪いんですよ、ふふふ♪」
「さすがにそう、甘くはないってか」
 背後から可愛いメイドさんに襲われた葛葉翔は、小さく舌打ちしつつ反撃を試みる。
 翔の獲物であるグレードソードがひとたび捉えれば、一撃で戦闘不能に持ち込めそうな、華奢な少女である。
 但し、身軽な上にねっとりと注意深く執念深い今の詩穂を捉える事が出来れば、だが。
 そして一瞬の隙をつかれた翔。
鞭状になった蛇腹剣が、背後から首に巻きつき。
細腕にしては意外な程の力でもって翔の首を締め上げる。
「ふふふ、ご主人様の可愛いお顔がこちらから見えないのが残念です♪」
 背中の低い位置からの、無邪気で残酷な囁き。
「ギブアップされませんと……知りませんわよ?」
「だ……誰が……ギブアップ……なん……か」
 必死で堪える翔。
「俺はこんな所で……負けられない。いや、負けたくないんだよ!」
 半ば叫ぶように、翔。
 伊達にこのパラミタで修業を積んできたわけじゃない。
この相手とは相性が悪い。
 だがそれでも!
「さすがにやりすぎですな」
 気付いた玲が眉をひそめた。
「騎沙良 詩穂、あの少女を今の我輩の封じられている実力で止めることは不可能だ」
 読書していたルルイエテキストがポツリともらした。
「詩穂は戦いが終われば元の性格に戻る。すなわち、あの少女が優勝すればいい。そう、それだけのこと」
「卑劣な行為をするようなものが優勝では拙いであろう」
「しかし、少女はただ戦いを求めているのではない……、花壇、封印しただけの影龍との決着、姉を失っている詩穂にとっての白花と夜魅の姉妹、そしてこの大会の間にも花壇や祠の調査へと向かった仲間、……彼女なりに信念があるのだよ」
 分厚い本を静かに閉じるルルイエテキスト。
 同時に切羽詰まったレオポルディナの声。
「玲さん!」
「スタッフ権限で止める」
 玲は言って、怯えた風もなく躊躇なくフィールドに入ると、詩穂を制しレオポルディナと共に翔を外へと連れ出したのだった。
「翔あんた、無茶しすぎ。あんなの剣の試合じゃないもの。意地はっちゃダメじゃない」
 駆けよった理子は怒っているというより心配しているようだった。
「わたくしのパートナーの詩穂様が本当にご迷惑をおかけ致しました」
「セルフィーナちゃん、それ謝っているだけだよ!」
「とりあえず、救護スペースに行きましょう」
「お茶も用意してある。自慢ではないが、味も中々良い」
 レオポルディナと玲に頷くと、ノド元が熱かった。
 痛み以上に、込み上げてくる熱。
「健闘むなしく敗退ですが、何か言いたいこと叫びたいことがあったらどうぞー」
「……それでも、負けたくなかったんだ」
 翔子にマイクを向けられ、翔は。
「次は負けない。例えどんな相手でも」
 理子に自分に世界に、宣言した。