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君を待ってる~剣を掲げて~(第1回/全3回)

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第5章 イバラの檻(花壇)
「……この学園にある、特別な花壇ですか」
 神和 綺人(かんなぎ・あやと)のパートナーである神和 瀬織(かんなぎ・せお)が、綺人やクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)達と訪れたのは、蒼空学園の敷地の一角に作られた花壇だった。
 当初ひっそりとだったそれは、いつの間にか結構立派に整えられキレイな花々を咲かせていた……はずだった。
 けれど、件の花壇が見えてきた所で、瀬織は軽く目を見張った。
「確かにこれは、異常です」
目に入ったのは、花壇の中央部より生えた茨。
「前にあったようなことが起こらなければ良いのですが……」
最近目覚めたばかりの瀬織にはクリスの言う「前」の事は分からない。
「これは……何とかしないと、また大変なことになってしまうかも。夜魅さんや白花さん、それに雛子さんに悪い影響があるかもしれないし」
 けれど、クリスや綺人の顔から、事の重大さは察せられた。
「茨、抜いちゃってもいいのかな? 下手に抜いたりしたら、逆に危険だったりするかもしれないけど……。何か対策しとかないと」
「最終的にはそうなるかもしれないが、とりあえず調査をした方がいいだろうな」
 ユーリは冷静に告げると、花壇の前で何やら相談している雛子達を指し示した。
「確かに、そうだね……あ、この茨危険かもしれないし、瀬織は下がっていて」
「……わたくしは子どもではありませんよ?」
 と、当然のように言われ、反論する瀬織。
 今は幼い子供の姿を取ってはいるが、瀬織の本性は魔道書である。
「こう見えても、綺人たちより年上です。最年少扱いしないでください」
「ええ、分かっています。でもだからこそ、危険な目には遭って欲しくないのです」
 なのに、クリス達は何かと言うとそう言って瀬織を危険から遠ざけようとする。
 それは人の形を取った瀬織が小さく可愛く、綺人を幼くしたような容姿をしているから、だろうか。
「本当に、わたくしは皆よりずっとお姉さんなのですよ?」
瀬織は、自分をその場に留め置き、花壇に向かう大切な家族を見つめ、少しばかり不満げに呟き。
 その視線を花壇……茨へと移した。
 どこか古く懐かしい、同時に酷く恐ろしい気配をまとった、不気味な茨へと。

「この茨、やはり自然のものではありませんね」
 花壇の中心から伸びる茨を見つめていた本郷 翔(ほんごう・かける)は、綺人達に一つ頷きそう判断を下した。
 ゆっくりゆっくりと外へと広がろうとする茨。
 それは侵食するように、救いを求めるように、もがいている。
「何というか、不気味ですね」
 触れた花を枯らすその姿は、自然な生き物とは思えない。
 クリスに「そうですね」と首肯しつつ翔は軽く息を吐く。
「……花壇を守ることは、間接的な封印強化でしかないことは、わかっていました」
 それでも、翔は守りたかった。
 例え一時的な封印強化でも、行わなければ危険なことに変わりはないとそう、思うから。
 それは今も、同じだった。
「ところで、さ」
 と、瀬島 壮太(せじま・そうた)が白花に尋ねた。
「この瘴気、なんか覚えがねえか。オレの杞憂ならいいけど、またあんたらに被害が及ぶ前に何とかしねえとな」
 壮太は茨のまとうものが、以前の瘴気と同じだと感じていた。
「……そう、ですね。確かにこれは大いなる災いのもの……です」
 果たして、答える白花。
 その顔は問うた壮太が驚くくらい、真っ青になっている。
「君や夜魅を救って影龍を封印する、ここまで上手くいったのが奇跡なんですから少し位綻びがあっても仕方ないですよね」
 その肩を抱くのは樹月 刀真(きづき・とうま)だ。
刀真のパートナーである漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)もまた、茨を撮影しながら白花を気遣っている。
「……壮太」
 気付いたミミ・マリー(みみ・まりー)にそっとたしなめられ、壮太は慌てて言葉を足した。
「ああっいや、別に責めてるとかじゃなくて、そうと分かれば対処方法もあるだろうって思ってさ」
「……はい、分かってます。そうでなくてちょっと……自分の認識の甘さを痛感している所です」
「にゃん丸ですか。は?、ええはい、白花に伝えます」
『で、こっちはカワイイワンコさんもどきの相手をしなくちゃみたいだ。片づいたらまた連絡するわ』
「ええ、気を付けて」
 携帯を切った刀真は、問う眼差しを受け止め、祠に向かった者達の状況を伝えた。
「悪い方の予想が当たった、だそうです」
「そう、ですか」
「陸斗君達、何かあったんですか?」
 会話に気付いた雛子が不安げに胸元をキュッと握りしめ。
「雪狼と遭遇したらしいですが……何、あちらには閃崎さんや風森君、にゃん丸もいますからね」
 刀真は雛子や白花を安心させるように言い含めた。
「雛子、封印の祠について何か知ってる?」
「いいえ、聞いた事はないです」
「陸斗の事すき? 異性として」
「……ええっ!?」
 どさくさまぎれの月夜のストレートな質問に、雛子はビックリするくらい大きな声を上げた。
 上げてから、慌てて胸元を抑え、息を整えた。
「……雛子?」
 微かな引っ掛かりに、月夜は小首を傾げた。


「駆除するにしても浄化するにしても、詳しく調べた方が良いと思います」
 その頃には、翔や御凪 真人(みなぎ・まこと)が対策を練っていた。
「この感じですと、通常の除草は受け付けないかもしれませんしね」
「はい。もし茨が侵食してくるのなら、元から断たなければダメでしょうけれど……」
真人は中心……茨が折り重なる部分に目を凝らした。
「ひょっとして、核となる部分でもあるのでしょうか?」
 真人は茨の瘴気の出所を詳しく探るべく、ディテクトエビルを用いた。
「悪意や敵意……茨からはそれを強く感じますね」
 覚えがある感覚に、自然と表情が引き締まる。
 かつて夜魅から……夜魅を捉えていたモノから感じたのと同じ、それ。
「……いや?、茨自体には感じない? という事は、それらはまとわりついている瘴気から? それに不思議と中心部だけはそれが薄いですね」
 花壇の中心……悪意と敵意の集まる部分。
 なのにそこだけはそれらが酷く薄い。
「ふむ。聖濁が入り混じっている……いや、せめぎ合っているのじゃ」
 真人を補う名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)
 幼い外見とは裏腹に、その金の瞳は深い叡智を湛えている。
 それも道理、名も無き白き詩篇もまた瀬織と同じく魔道書なのだ。
「それで危険と危険でない、相反する反応がするのだな」
 禁猟区を使ったユーリは成る程、と思う。
「それともう一つ。微かな流れがあるようじゃな」
「……ええ、感じます」
 感じるままに、真人は手を伸ばした。
 ごく近く。
 直ぐ近くに感じた感覚に従い。
「ひゃっ?!」
「……えっ?」
 そして、見る。
 自分の手が下方……雛子の胸の谷間に触れているのを。
「成る程。邪なのはおぬしの心根じゃった、と」
「ごごご誤解です!」
「それよりあなた、さっさと手を離した方がいいわよ」
 志位大地のパートナーであるメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)に笑顔で脅され。
「!?」
 慌てて手を引く真人。
「雛子様、どこか不調はありませんか?」
 翔は怒っているというより困惑している、といった風情の雛子にヒタと視線を合わせた。
「雛子様が元気に正常に活動すれば、花壇も強化される、そんな感じがするんですよね」
 それは勘だが、翔は考えていた。
花壇を護るためには、雛子様自身もキーになっている気がする、と。
「無理してるようだけど、顔色悪いし、やっぱ変な感じがいるよ」
気遣いつつ、控えめに指摘する『青い鳥』や、月夜達の心配そうに眼差しと。
果たして。
「え……と。あのやはりこれ、何か関係あります、よね?」
 何故か申し訳なさそうに胸元を開いた雛子。
 翔も真人も、息をのんだ。
 残念ながら凹凸はほぼなかったが、問題はそこではない。
 緩やか過ぎる双丘に挟まれたそこ。
 そこには黒い紋章が……禍々しい刻印が刻まれていた。