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葦原の神子 第1回/全3回

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葦原の神子 第1回/全3回

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1・序

 陵山麓で500名もの守備隊が殲滅した情報は、瞬く間に六校に広まった。辛くも生き残った守備隊はほんの十数名。

「突然に疾風が起こり、陣のものどもの首が飛び、我が刀を構えたときには多くの足軽が息絶えておりました」
 報告する侍の半身は獣に食い千切られている。巻かれた包帯がどす黒く染まっている。
「足元に咲いた雛罌粟の花が、紅く血に染まったかと思うと、獣に変化いたしました。花弁が鰐のような大きな口となり我が足を」
 気丈に耐えていた侍はここでガクッと頭を垂れた。そのまま動かない。
「もうよい、誰か、早く措置を」
 侍の前方に鎮座していた葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)の言葉に、医師らが動かなくなった侍を連れ去る。

「蛟丞。いるのですか」
 房姫の問いに御簾が微かに動く。
 隠形の術で姿を消していた不畏卑忌 蛟丞(やしき・こうすけ)が闇から現れた。
「姫さん、お呼びですか?」
 全身を包帯で覆った姿は異形だが、気性は陽気だ。房姫の周囲を覆っていた重苦しい空気が蛟丞の登場で軽くなる。
「ハンナはどこにいるのでしょうか」
 房姫の問いに、忍衆らしく気配を消した蛟丞が渡り廊下の先を見やる。
 其の先には、蛟丞のパートナーエメス・サンダーボルト(えめす・さんだーぼると)と共に、他校生を連れた総奉行(=校長)ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)が歩いている。
「房姫様、総奉行をお連れいたしましたわ」
 エメスが跪いたときには、蛟丞の姿は再び消えていた。

「続々と援軍が駆けつけているでありんす。いざ、合戦じゃ。面白い戦になりそうでやんす」
 気負っているのか、ハンナの柔肌は薄紅色に染まっている。
「戦となれば、わちきも戦場へ赴くつもりでありんす、房姫、この者たちは陰陽道の使い手とか。わちきが八鬼衆と遊んでいる間、この娘と戦さ談義でもなさいませ」
 ハンナの背後にいるのは、橘 柚子(たちばな・ゆず)だ。
 陰陽道を使いこなす東洋魔術の使い手だが、まだ少女のように見える。柚子は葦原明倫館の陰陽科を木花 開耶(このはな・さくや)安倍 晴明(あべの・せいめい)と共に見学に訪れていた。
 楽観的なハンナの物言いに房姫の眉が曇る。
「ハンナ、我らは敵のことをどのぐらい知っているのでしょう。先に手合わせしたのは5000年も昔…」
「大丈夫でありんす、古文書を研究したいと多くの他校生が訪れているでやんすよ」




2・蔵

 陰陽科の生徒、ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)が一同を案内している。

 時は少し遡りー。
 ジョシュアが渡り廊下で総奉行ハンナを呼び止める。
「総奉行、お話があります」
 ハンナの前で跪くジョシュア、背後を闇から現れた隠密衆が取り囲む。
 今は戦時、守りを固める隠密衆は明倫館生徒であっても警戒を緩めないようだ。隠密の懐刀がジョシュアを狙っている。
 勿論、そのことは気配で分かっているが、狼狽するようなジョシュアではない。
「陰陽科の生徒、ジョシュア・グリーンです。お願いがあります。特別蔵書を見せてください。ナラカ道人について調べて、お役に立ちたいんです」
 ハンナがジョシュアに向き合った。
「書庫には、禍々しい書物もありんすよ、わっちはあそこが苦手でありんす」
「今は蘆原藩にとって一大事です。書物を紐解けばナラカ道人への良い対策が分かるかもしれないんです。それに、ナラカ道人について調べれば八鬼衆についても何か分かるかもしれない・・・お願いします」
 喉元を狙う刃を恐れず、ジョシュアは談判する。
「わかりんした 。鍵をこの娘に」
 ハンナが庭に声をかける。すぐさま侍女が鍵を手に現れた。
 侍女が何やらハンナに耳打ちする。
「ジョシュア、他校から助っ人が来ています。お前にその世話を任せるでありんす。」
 ハンナは、ジョシュアに鍵を手渡して微笑んだ。

 古文書からナラカ道人と八鬼衆を追い詰めようと明倫館に参じてきたお面々のために、ハンナは閲覧禁止の蔵を特別に開放した。

「こっちだよ」
 蔵の前に来ると、ジョシュアが錠前を空ける。冷気が頬を指す。
「手伝いに来てくれて、ありがとう。ボクも葦原明倫館に入学したばかりでたいした力はないんだ。だから、みんなと一緒に仕事が出来て嬉しいよ」
 ジョシュアが先に蔵に入る。
 湿気を避けて棚が続く蔵内は限りなく広い。巻物や古文書が薄らと埃を纏って一同を出迎える。
「草の香りがするのう、懐かしい馨りじゃ。わしの書もあるかのう」
 ジョシュアに続いて蔵に入った蒼空学園の太上 老君(たいじょう・ろうくん)は大きく息を吸い込む。
 この高名な英霊はなぜかネズミ小僧のような泥棒スタイルをしている。
 武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、普段のヒーロー仮面を外し素顔だ。
「すげー量だな、これは調べがいがあるぜっ!」
「この書物と対峙することも戦闘と同じぐらい大切なことじゃ、分かったか、馬鹿弟子」
「ああ、陵山麓も気にはなるが・・・。戦いに向かった仲間を信じて俺はここで努力する」
「よう言った、馬鹿弟子。頭を使い、先のことに備えることも大事じゃ」

 同じ蒼空学園の生徒風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は、目の前に積まれた書物に手を伸ばす。
「書物には葦原藩や葦原明倫館にとって秘匿としておきたい内容もあると思います。すべて調べてもいいんでしょうか」
 ジョシュアに問う優斗。
「禁書は封印があるんだよ、それは触らないでほしい、房姫様からのお達しです」
 頷く一同。
 ナカラ道人の調査は優斗が、パートナーの諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)は八鬼衆の調査を行なう分担を決める。
 博覧強記の孔明は、この蔵が気に入ったらしい。
「ジョシュア殿、それでは始めましょうか」
 孔明の言葉に呼応して、使い魔が姿を表す。
 使い魔ネズミ、ネコ、ふくろうはそれぞれ、書棚のなかに消えてゆく。
「書物の探索は彼らに任せましょう」
 ホウ、とふくろうが鳴いた。何か見つけたらしい。

 佐倉 留美(さくら・るみ)は、いつもと同じ股下すれすれのマイクロミニ。ミニスカからすらりと伸びた脚とたわわに実った巨乳が特徴だ。
 手前の書を手にとって、留美は溜息を付く。
「古代文字ですわ。解読は難しそうですが。大丈夫、博識がありますので、なんとか読むことが出来ますわ」
 前のめりになると、マイクロミニがずり上がる。隠されたものが露になる寸前だ。
「その下はどうなっているのじゃろう、はいてない?」
 英霊になってからの太上老君は、生前とは気質が異なるらしい。
「はいてない? ……おっしゃってる意味が良くわかりませんわ」
 留美は澄ましている。
「エロジジイ、こっちにこい」
 牙竜が太上老君の腕を引っ張る。
 「ところで、葦原には語り部のような人物はいないのじゃろうか。いたら話をきいてみたいのじゃが」
 留美はパートナーのラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)は、ジョシュアに問う。
「ボクはまだ会ったことないけど、ウワサでは聞いたことがあるかなぁ、城外に住んでいるって」
 使い魔のふくろうが鳴く。
「そうか、もし会えるのなら話を聞いてみたいのう、語り継がれた秘密があるはずじゃ」
 容姿はあどけない少女のラムールだが、実際は長い時間を生きている魔女だ。言の葉の魔力を知っている。
「本当の秘密は文字では残さないものじゃ」
 ラムールは、ふくろうの元に行く。
「留美よ、あの本棚の上にある本を取ってもらえんかのう」
 留美はラムールに言われて、ふくろうが見つけた棚の上の書籍に手を伸ばす。
「しまったぁ」
 ラムールが頭を抱える。
「留美のあの格好では丸見えではないか」
 しかし、太上老君は別の書物に夢中で、留美には気が付いていない。
「何をみているのじゃ」
 ラムールが太上老君の書物を覗き込む。
 かつての江戸で刷られた春画だ。殊更誇張された性愛が描かれている。
「何を見に来たのじゃ、おぬしは」
 ラムールの言葉に牙竜も呆れ顔だ。
「俺、やっぱ戦いにいくぞ」
「待て、情報を得ることも戦いとおなじじゃ」
 話しながらも太上老君の視線は春画から離れない。


 ハンナが来た。
 蔵の外に立っている。
 アメリカナイズされた和服の着こなしで豊かな胸が誇張されている。
「ハイナさんですわ。ちょっとエキセントリックな格好をなさってますわね。私としてはずっと見ていたいのですが」
 留美がハイナを見やって囁く。
「おぬしだって大差ないのじゃぞ。特にそのスカートとか」
 ラムールが側で応えた。

 それまで書物に囲まれていた優斗はハンナに気付き、歩み寄る。
「始めまして、僕は蒼空学園の風祭優斗です」
「手伝い、ご苦労でありんす」
 ハンナは気軽に声をかける。
「実は考えたことがあります」
 優斗は集まった味方と敵を判別するための目印が必要と、ハンナに説く。スカーフなどを配布し、さらにその下に目印を書く。
「八鬼衆の能力が分からない今、変装して潜入してくることも考えられます」
 優斗の言葉に頷くハンナ。
「其の通りでありんすなぁ。何か用意させましょう」

 微かに異臭がする。再び多くの蟲が蔵に向かい城壁を駆け上がってくる。
 蟲は再び、人型となった。
「目印などいりません。我らは変装などと無粋なことはいたしません。私は八鬼衆が一人、蟲籠。ハンナ様にご挨拶に伺いました」
 ぼこぼことした肌の凹凸が消え、滑らかな肌を持つすんなりとした男が立っている。

 少し離れた犬走りに、蒼空学園の風祭 隼人(かざまつり・はやと)が待機していた。
 蟲籠が房姫へ挨拶に来た時の能力やその役割を鑑みると、八鬼衆陣営において、情報収集や連絡役、八鬼衆側の連携を円滑にする等の集団の中枢的な役割を担当している可能性が高いと隼人は感じていた。
「まだ城内にいるかもしれないぞ」
 共に戦う友人風間 光太郎(かざま・こうたろう)と先ほどから蟲籠の動きを探っていたのだ。ここで蟲籠と出会うのは、偶然ではない。

 シャープシューターで蟲籠を狙撃する隼人。攻撃を受け蟲籠が崩れ落ちた、かのように見えた。身体は既に消えている。
 変わって、無数の蟻が蔵に向かって突進してゆく。
「狙いは古文書か」
「書物を守るでありんす、ジョシュア、鍵を!」
 ハンナの言葉に呼応、ジョシュアが蔵を閉じる。
 閉じられた蔵の前に道明寺 玲(どうみょうじ・れい)が雅刀を構え飛び出してきた。教導団所属の玲は明倫館を訪問中に変事を知った。先に出現した蟻籠の情報を聞いている。
 玲に向かい蟲の群れが突進してくる。
 パートナーのイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)が側面から蟲の大群に向けて、サンダーブラストを撃つ。
 降り注ぐ雷に次々と焔に包まれる蟲。断末魔の叫びなのか、笑い声に似た高音が響いている。
「以外にあっけなかったな」
 焔が収まったころ、隼人が黒く焦げた蟲に近寄る。
 油断があった。
 再び、蟲がうごめく。隼人を取り囲む。
 隼人の身体が沈む直前に、光太郎が飛び込んでくる。
 身体を抱えると、地面を転がりながら蟲を弾く光太郎。ある場所まで来ると、草むらの紐を引いた。
 隼人の身体から落ちた蟲が、仕掛けの蟲網の中に集まる。
 再び人型に戻る。
 しかし、そこには先ほどの蟲籠の姿はない。
 醜悪な面相の黒く焼け爛れた肌を持つ大男が立っている。
 男は、両手で蟲網を破った。自らの姿を確認する男、
「まあ、これもよい格好です。先のほうが男前ではあったが。この姿、ハンナ様が気に入るかどうか」
 隠密衆に守られて戦況を見据えていたハンナに歩み寄る蟲籠。
「敵の戦力を吸収できるのか・・・」
 玲が呟く。
 蟲に囲まれた隼人の身体は、酸に焼かれ赤く爛れている。
 レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)が駆け寄る。
 毒が回ったのか、変色しつつある隼人の肌をレオポルディナのキュアポイズンが癒す。
 ヒールも多用し、隼人の回復を図るレオポルディナ。
「頑張るですよ、傷はさほど深くありません」
 頷く隼人。傷を負いながらも、蟲籠へと声を張る。
「なぜ、シャンバラ建国を外道の行いと断じるんだ。ナカラ道人が復活すれば、蘆原の名も無き商人や農民もすべて戦禍に巻き込まれ路頭に迷う、なぜそんなことをするんだ」
 ハンナに歩み寄っていた蟲籠の足が止まる。
 隙があった。イルマが火術を仕掛ける。
「人型のときは、弱いと良いどすけどなぁ」
 焔に包まれた再び蟲籠は崩れ落ちた。小さな蟲に変わろうとする。
 その刹那に、光太郎が燃え盛る蟲籠を犬走りの方向になぎ倒す。
 散らばる蟲。
 そこには光太郎と隼人が仕掛けたトラップがあった。速乾性のセメントが撒かれていた。
「いまです」
 状況を把握したレオポルディナが玲とイルマに叫ぶ。
 イルマが氷術を使い、蟲をセメントに封じ込める。逃げ出す蟲を玲が雅刀で二つに切り裂く。
 二人にも、蟲が吐き出す酸が容赦なく降って来る。
 それでも戦いは終わらない。

 攻撃を避けた数十匹の蟲が残った。城壁の上に逃げるとそれらは再び人型に変化する。今度は子どもほどの大きさである。老人のような痩せこけた身体で顔に皺が刻まれている。
「このような身体で生き残るのなら、いっそ殺してくれればよいものを。情けが怖い」
 蟲籠は既にハンナが隠密衆に護られて消えていることに気が付く。
「私も、耄碌しました、学生ごときにここまで追い込まれるとは」
 必死で仲間の傷を手当していたレオポルディナが、尖った目を蟲籠に向ける。
 傷を負った玲やイルマ、隼人、光太郎に語りかける蟲籠。
「傷が癒える頃、また、お会いしましょう」
 スッと蟲籠の姿が消える。小さな蟲達は城壁の石の隙間へと潜り去った。

 ハンナが救護班を伴って戻ってくる。
「皆を客間に運んで・・」
 ハンナが玲の肩を抱く。
「さあ、わっちに?まるんでありんす」

 セメントで固められた蟲たちは、そのまま封印された。

 玲の傷は、自らのスキル、ティータイムで完治した。
 運び込まれた和室は、城下を見下ろせる美しい設えだ。従者が茶を運んできた。
 窓辺にもたれかかる玲。
 漠然と未来を思う。


 書庫の中でも悶着はあった。
「外に出て戦いたい」
 そう訴えるものもいたからだ。しかし。
「我々の役目は、書物を護り、知識によって敵を倒すことです。今扉を開ければ、敵の侵入を許すことになります」
 多くのものが、この意見に従った。
「戦えぬことはつらい。だが、我々の役目は違う」