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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編
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●皆さんで一緒に、街の復興を成し遂げましょう!

「……ふむ。君らの話は私らには想像もつかぬ規模のように思えるが、言葉に嘘や偽りはないようにも思える。私らもこのまま黙って街の衰退を見ていたいわけではないのでな。このイナテミスの町長として、君らに協力しよう。まずは街を守る外壁から修理を始め、少しずつ中に進んでいく具合でどうだろうか」
 イナテミスの中心部、豪奢な建物――といっても、他より一回り、程度であったが――の中では、白ひげをたくわえた壮年の町長を始め、住人の代表者数名、【炎熱の精霊長】サラ・ヴォルテール【闇黒の精霊長】ケイオース・サイフィード【光輝の精霊長】セイラン・サイフィード、そしてこの場への参加を希望したレン・オズワルド(れん・おずわるど)が顔を合わせ、今後の方針を話し合っていた。
「あなた方の寛大なる御心に感謝する。同胞が犯した罪、この身に代えて果たして見せよう」
「そこまで言っていただけると、私も申し訳ない気持ちにさせられるよ。まだ君らとは出会って日が浅いが、人間と同様色々な者がいることを知らされる」
 深々と頭を下げたサラに、楽にするように町長が応える。
「そうですわね。サラほどの性格は精霊でも珍しい方ですが」
「セイラン、一言余計だぞ」
「お兄様、わたくしは本当のことを口にしたまでですわ」
 セイランを窘めるケイオース、人間で言えば『兄妹』という関係が相応しいようにも見える。
「……ですが町長、どれほど言葉を尽くしたとて彼らは余所者、いつ何時掌を返すやもしれませんぞ」
 住人の一人が手をあげ、町長に意見する。それはこの場における代表者であるレンや精霊たちを軽蔑する言葉であるが、彼らは顔色一つ変えることはない。そう思われても仕方のない側面があるのだから。
「この街にとってはそうだろう。だが、私らとてこの大陸からすれば余所者でもある。一つの見方だけで物事を判断するような真似は控えるべきではないだろうか」
「……ですが……そもそもホルンがあの精霊を助けたから……」
 町長に口を挟まれ、言葉に窮した住人が何事かを呟く。
「……町長。失礼なことを聞くようで申し訳ないが、精霊を助けたホルンなる人物とは?」
 住人の態度が気になったレンが、町長に尋ねる。しばらく逡巡していた町長が、意を決したように頷いて口を開く。
「……実は、ホルンも街の近くで倒れていたところを、私らが助け養っていたのだ。そのホルンが精霊を助け、合わせるように異常気象が私らを苦しめている。風当たりが強いのもやむをえん話なのだよ」

「……ああ、俺はこの街の住人じゃない。もっと言えば、この大陸の住人じゃない。君たちと同じ、地球人だ」
 町長の家から少し離れたところにあるホルンの家、その中で眠りについている精霊、キィを見舞いに来たソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)の話に付き合っていたホルン・タッカスが、自らの出自を明らかにする。生まれがスイスで、家は金融業に携わるそこそこに資産を持っており、そこでこれといった不自由もなく暮らしていたことも話してくれた。
「じゃあ、ホルンさんはどうしてパラミタに来たのですか?」
 ソアの疑問はもっともで、パラミタには何らかの期待・野心・願いを持ってやってくる人が多い。地球での生活に不自由がなければ、わざわざ新天地に足を運ぼうとは思えないはずだ。
「……分からないんだ。誰かに呼ばれたというのだけは覚えている。でも俺が次に気がついたのは、あのベッドだったよ」
 言ってホルンが、今はキィが眠るベッドを示す。彼女の容態は落ち着いているものの、回復の兆しはまだ見えない。
「俺も彼女も、この街にとっては余所者だ。だから余計に、彼女に対する風当たりが強い。それが原因で彼女の体調を悪くさせているのなら、済まないとしか言えないが――」
「……そんなことないです! ホルンさんはキィさんに手を差し伸べた、それだけでも誉められるべきことだと思います!」
「そうだな、おまえ、よく助けたじゃねーか! なかなか出来ないことなんだぜ、そういうのって」
 ソア、そして雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に労われ、気を楽にしたのか険しい顔を多少緩ませて、ホルンが礼を言う。
「……ありがとう。俺も今では、この街を第二の故郷だと思っているし、出来る事ならあの子にも、大切な場所だと思ってもらいたい。こうして巡り合ったのも、何かあるんだと思う」
「おいおい、何カッコつけたこと言ってんだよ! あれか、可愛い子をつかまえたからって気よくしてんのかぁ?」
「こらベア、失礼ですよっ」
 ホルンの肩をベシベシ、と叩くベアを窘めるソア。冷たさを含んだ風が、家の外で話をしていた三人から体温を奪っていく。
「長話に付き合わせてしまったな。風邪を引かないように注意してくれ」
「いえ、私がワガママを言ったことですから。ホルンさんも体調に注意してください」
  家の中に入っていくホルンに、ソアが一礼してその場を後にする。
「……ベア、キィさんとホルンさんは……」
「俺様にはよく分かんねぇけどさ、ご主人の想像通りだとしたら、あいつらも気づくんじゃねぇの? そういうもんだろ、パートナーって」
 ベアの言葉に頷いて、背中越しにソアが振り返る。窓から小さく、ホルンの頭だけが覗いていた。

「……というわけなんですけど、どうでしょう?」
「構いませんよぅ、好きに切っちゃってくださぁい。イルミンスールは資源が豊富ですからねぇ」
「イルミンスールは、じゃないと言うとるのに……。そうじゃな、こことここから運び出すがよい。先程やはり生徒が手配した者達が訪ねてきおった。おそらく現地で合流するじゃろうて」

「凄い人がいたのです。あの人達もイルミンスールの生徒さんなのですかね?」
「さあ? 見た感じ違ったけど。まぁいいわ、これで必要なものは揃ったし、後は街に向かうだけね」
 台車に積めるだけの木材及び石材を積んで、ヘキサポッド・ウォーカーに乗り込んだ四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が一路イナテミスを目指す。

 ザンスカールの周囲はイルミンスールの森に覆われており、木材については言わずもがな、石材も木材には及ばないものの大量に採取出来た。アーデルハイトがツッコミを入れたのは、その所有はあくまでザンスカールであり、世界樹イルミンスールを有するイルミンスールの所有というわけではないところである。
 つまり、もし万が一イルミンスールがザンスカールの地を離れるようなことがあれば、イルミンスールは資源の枯渇という危険を常に抱えることにもなる。昨今の世界情勢から危機感を募らせたアーデルハイトが主体となって、世界樹イルミンスールに魔法学校の生徒が当面不自由しないだけの物資を備蓄しているようである。その話が広まっていくに従って、「でも世界樹イルミンスールが離れるようなことがあるのか?」「ていうかどうやって動かすんだよ」「いや、ここは飛ぶんじゃね? 腕が出るんだからそうなったっておかしくないだろ」なんて話が生徒たちの間で飛び交っていたようである。

 そして、ポッドの上で揺られること数刻、視界の先に目指す目的地、イナテミスが見えてきた。
「やっと着いたわね。乗り心地は悪くないけど、もうちょっと速度上げられないのかしら」
「今日が初めてですし、荷物引っ張ってますから仕方ないですよ」
 確かに、トラックやバイクに比べたら遅いだろう。本来はそういうトラックやバイクが入れないような入り組んだ地形を踏破する際に用いられるはずの乗り物であろう。馬力もあるので、荷物を牽引するのには適していると言えようか。
「ま、遅れた分は作業で取り戻せばいいわ。寒いのはカンベンだしね」
 唯乃の言葉に、エラノールも同意するように頷く。

「街の状況は……そう、大体分かったわ。ではこれより、私達も復興作業に加わります」
 既に生徒の何人かが門の修復作業を行っている最中、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)の四名はそれぞれ必要な物資を持参し、他の生徒が手配したと思しき物資を加え、行動の準備を開始する。
「静香とランスロット卿は他の人達と、修繕作業に加わって頂戴。私とイオテスは周辺の警備に就くわ」
「心得た。では、ここから奥へ行った門の修理を手がけよう」
「必要な物資はこれに全部積んじゃってくださいね〜」
 ランスロットが頷き、修繕に必要な工材、セメントや鋼材といった材料を静香の操作するヘキサポッド・ウォーカーに載せていく。
「さあ、私達も行きましょうか」
「はい、祥子さん」
 二人が門へ向けて出発するのを見送って、祥子とイオテスも見回りに出発する。正面の一際大きな門の右手には、まだ芽吹を迎えていない木々が立ち並び、前方には小高い丘が見える。
 手始めにと、二人は右手の森へと入っていく。この時期であれば木々には葉が実り、地面には草花が生命を謳歌しているはずだが、広がるのは茶色の土ばかり、所々雪まで見られた。
「生命の鼓動が感じられませんわ……皆、寒さに震えてしまっている」
 幹に触れ、吹き荒ぶ風に揺れる枝を見上げて、イオテスが心配そうに呟く。
「そうみたいね。……そして僅かに残った者たちは、是が非でも生き延びようとする」
 その声に振り向いたイオテスは、次の瞬間飛びかかろうとした獣へ祥子が光の術を放つのを目の当たりにする。輝く光で視界を奪われた獣が悲鳴をあげ、距離を取る。
「……諦めていないようね。何か違うと気付いてくれるなら、手荒な真似はせずに済むのだけど」
 射線が遮られる森の中は、獣の方が地の利がある。よもや近接戦で不覚を取るようなことはないと思われるが、出来ることならイナテミスに近づけないように思わせたい。
「それでしたら、力になれるかもしれませんわ。祥子さん、よろしいですか?」
 祥子の思いを汲み取ったイオテスが微笑み、祥子の背後に立つ。合図で生み出した光の玉が、イオテスのかざした手の内で槍のように細長く変形する。
「これならっ!」
 出来た光の槍を、ダーツの矢を放るようにして祥子が適度な距離を開けてうろついていた獣へ見舞う。槍は獣のすぐ傍の地面を穿ち、驚いた獣は一目散にイナテミスとは逆方向へ駆け出していった。
「上手くいったようね。イオテス、必要な時はまたお願い出来るかしら?」
「はい、祥子さんが望むのでしたら、いつでも」
 微笑みを浮かべるイオテスに祥子が頷いて、そして二人は見回りを続ける。