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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 前編

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リアクション

「ケイオース、一つ頼みがあるのだが……」
 そう前置きして、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)がケイオースに告げる。街には精霊を、特にキィを良く思わない住人が少なからずいるであろうこと、その者たちが万が一牙を向いた時には守ること、そしてケイオースの扱う『闇』で人間と精霊との絆を訴えかけてほしいということを。
「分かった。俺に出来ることであれば、喜んで協力しよう」
 有事の際には駆けつけることを約束して、ケイオースが去っていく。
(……これで一つの憂いは消えた。さて、もう一つの憂いは……)
 キューが心に思うもう一つの憂い、それはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)を一人門の前に置いてきてしまったことである。
(手伝う気でいるのはいいのだが、リカの場合被害を拡大させる可能性があるからな……)
 リカインへの仕事量を減らす意味でも、仕事を手伝ってもらう意味でも、人員の確保は必要だろう。
 息をついて、キューは歩き出す。

 キューが公会堂の前を通りかかったところで、子供たちの賑やかな声が聞こえてくる。そちらへ視線を向ければ、どうやら数人で集まっておしくらまんじゅうをしているようだ。
「それそれー! どうじゃ、あったかくなってきたじゃろ?」
 集団の中には童子 華花(どうじ・はな)の姿もあった。そういえばイナテミスに来る前に、「寒い時にはおしくらまんじゅうをするのが一番じゃ!」と言っていたのをキューは思い出す。
「キューさん、お疲れさまです」
 華花を見守るように立っていたヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)が、キューを見かけて一礼する。
「具合はどうだ?」
「自分はこのような身なりですから。華花さんは子供たちと上手くやれているようです」
 ヴィゼントが身を竦めて答える。華花は見かけも中身も子供だから、とは誰も言わないでいた。
「お嬢は?」
「門の修理に携わっているはずだ。放っておくと何をするか分からんからな、今向かってるところだ」
 それは、と呟いて、そしてヴィゼントがサングラスを直して口を開く。
「気をつけてください、何かあると華花さんが悲しみます」
「ああ、分かってる。そちらも気をつけてな」
 二人が頷き合い、そしてキューが再び歩き出す。

 住人の何人か、普段から建築や造形に携わっている者たちが既に門の修復に当たっているという話を聞いて、キューが門へと足を向ける。
(さて、何も問題を起こしていなければいいのだが……)
 そんなことを思うキューだが、意外にも、というのは本人に失礼だが、リカインは真っ当に作業をこなしていた。警備の方は人が足りていると見るや、付近で作業をしている他の生徒や街の住人の手伝いをしていた。
「おっ、助かるぜ姉ちゃん。あんがとな」
 リカインから工材を渡され、顔を綻ばせて住人が礼を言う。
(……一度私は闇から救われた。今度は私が、街の人たちに巣食う闇から救ってあげなくちゃ)
 かつての経験を生かすように行動を起こすリカインの様子に、キューが安心した表情を浮かべて、そしてリカインのところへと作業を手伝うために向かっていった。

「うむ……ここを手入れする者が大切にしてきたことが伺える。時が来ればここは、一面に緑が芽吹き、素晴らしい眺めなのだろうな」
 水田の様子を一瞥したヨルム・モリオン(よるむ・もりおん)が、降り注ぐ日差しの中、吹き抜ける風に穂を揺らす様を思い浮かべながら呟く。しかし今は、その面影を微塵も感じさせることはない。続く寒波の影響で田畑には種すら植えられず、植えたところでこの寒さでは土の中で眠り続けるだけであろう。
「ふむ……水路も石が剥がれ落ちたりしているようだ。もっとも、修復したところで田畑がこの有様では、作物が育つはずもないのだが」
 水路を見て回っていたフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が、ヨルムのところへ戻ってきて呟く。その双眸が、気落ちした様子で歩いてくる和原 樹(なぎはら・いつき)を捉えていた。
「ダメだな、火術で溶かしてもしばらくするとまた凍っちゃう。ここの修復は難しいかな……」
 これからのことを考えていた一行へ、遠くから呼びかけるような声が聞こえてくる。
「おーい、あんたら手ぇ空いてんなら、ちょっと手伝ってくれねぇか」

 男性に呼ばれて向かった先には、風に揺られてカタカタと音を立てる小屋があった。
「この中には花の苗木があんだ。俺が回収して、今までなんとか守ってきたんだが、小屋はこの調子だし中で燃やす薪も限られてんでな。どうしたもんか……」
 樹たちが中を覗くと、そこには本来なら畑に植えられているはずの苗木が数十本、しまわれていた。今はまだ中に熱がこもっているが、男の言うとおり薪が尽きれば、やがて小屋は寒波にさらされ苗木共々凍りついてしまうだろう。
「よし、分かった。樹、まずは何が必要か我と調べよう。その後、必要な物を手分けして揃えにいくぞ」
 フォルクスの言葉に頷いて、樹が小屋の周囲、そして中をチェックしていく。必要なのは当面の暖を取るための手段、簡単な応急処置が施せるくらいの工材だった。
「燃やすものがなければ難しいかな……」
「サラ殿に掛けあってみるのはどうか?」
「ふむ、それは俺が行こう。同じ精霊の方が話が通じやすいだろう」
「じゃあ、俺とフォルクスは小屋の修理だな」
「む……また力仕事か……いや、仕方あるまい」
 方針が決まり、それぞれ目的を果たすために小屋を後にする。

 しばらくの後、小屋は隙間風が入らない程度に補修され、中はサラが用意した『非常に少ない燃料で燃え続ける炎』によって温められていた。
「この寒波が収まったら、綺麗な花を見せてくれよな」
 樹の言葉に、苗木がちょん、と葉を傾けたように見えた。

「ほう、このようなものがあるとはな。下から来た者が私達が見たこともないような道具を使っているのを聞いてはいたが、便利なものもあるのだな」
「教導団の開発した新型風車どすえ。これまでのタイプよりも2割発電効率を増しとります」
 正面の門から見て東側、側面にある門の傍に設けられた風車が風を受けて勢いよく回るのを見て、町長が感心した声をあげる。風車自体は近隣の街にあるところはあるが、それは風の力で水車を回すもので、使用用途も用水路に水を流すことにしか使われていなかった。今、今川 仮名目録(いまがわ・かなもくろく)の提案により設置された風車は、直接電力を作り出すものである。イナテミスには電力を使用する道具がないため一見無意味に思われがちだが、例えば公会堂などの公共施設を暖めているのは、生徒たちが持ち込んだ電気使用のヒーターである。その電気を賄う意味では十分な効果があったし、もしこれからイナテミスがかつて地球が辿った近代化の波に乗るようなことがあれば、必ず役に立つだろう。
「作業は順調か? 疲れたなら無理はするな、交代しろ」
「いえ、ここだけやってしまいます! その後で休ませてもらいます!」
 その風車と、近くにある側面の門は、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)の監督の元、作業が取り仕切られていた。イーオンの気遣いに街の住人が頷いて答え、作業に集中する。この場の住人は随分と協力的なようであった。
「イオ、ここの作業に必要な資材はどこで調達する」
 そこへ、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)がやってくる。それまでイーオンとは別行動をしていた彼女が頻繁にイーオンに接触を図るのは、結果としてイーオンの手助けをしたことを褒めてもらいたかったとか色々理由はあるが、要は彼女なりの気紛れにかまって欲しかったからというのが大筋である。
「フィーネ、それが分からないおまえではないだろう。俺は彼らの監督で忙しい、おまえなら指示を出して何人か連れていけるだろう」
 しかしイーオンは、そんなフィーネの魂胆を知ってか知らずか、そっけない態度を取る。事実、イーオンの指示を受けて働く者は十数名に及び、作業を効率的に行うためにイーオンに指示系統が集中しており、とてもフィーネの相手をしていられる余裕はなかった。
「ふむ……復興作業は手間取るものだな」
 が、フィーネにめげた様子はない。とりあえず資材が必要なのは確かなので、数人の住人に指示を飛ばして取りに行かせ、自分は修理が行われている側面の門を興味深そうに眺めていた。

 一方、もう一つの側面の門では、ちょっとした揉め事が起きていた。

「うるせえ! いちいちテメエらの指図なんざ受けっかよ! それに何だよこのワケ分かんねえ櫓はよ! こんなん立てて意味あんのかよ!?」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が主導となって、付近をうろつく獣対策にと立てようとした櫓を、住人の一部がケチをつけたのだ。彼女にしてみればそれは結果として門や壁、街への被害を軽減することにも繋がるし、櫓の建設が終わり次第門の修繕を手伝う心積もりだったのだが、門の修理を差し置いて櫓を作っている様子がその者たちには気に入らなかったようである。
「どのみち街を守るにはどちらも必要なもの、こちらの作業が終われば直ぐに向かわせる」
 事情を説明するローザマリアだが、一旦激昂した住人たちにはローザマリアの意図した内容が伝わらない。軍人がかった話し方は一般人には高圧的に取られがちなのも、この時は悪い方向に働いていた。
「だいたいなんだよ、元はと言えばあのワケ分かんねぇ精霊ってヤツが来てからおかしくなったんだろ? それなのにどうして俺たちが働かなくちゃなんねぇんだよ。んなの全部押し付けときゃいいだろが」
 男性がとうとう話を飛躍させ、『結局それが一番言いたかったこと』を口にする。えてして人間は、目的と手段を履き違える。
 言葉が放たれ、そのあまりの暴力に他の住人も黙り、周囲に沈黙が降りる――。
 
「確か、その精霊、キィとか言ったか……そりゃ誰かのせいにしておけば楽だろうよ。でもそれで何か変わるのか?」

 沈黙を打ち破って、篠宮 悠(しのみや・ゆう)が声を発して進み出る。
「な……何だよテメェ!」
 まさか反論があると思っていなかったのか、男性は明らかにうろたえた様子で、それでも精一杯の気勢を張る。
「こういう時だからこそ、皆さんは信じて助け合うことの大切さを学んでいるのですわ。辛いことから逃げたり、押し付けたりせず、皆さんで支え合っていけませんでしょうか?」
 睨みつけるような視線を向ける悠のフォローをするべく、小鳥遊 椛(たかなし・もみじ)が口を挟む。
「んな綺麗事抜かしてんじゃねぇ! おまえらだってんなこと思ってないだろ!?」
 男性が吼える……が、他の住人は首を縦に振らない。それがこの者たちの意思表示だった。
「…………くそっ!!」
 地面を憎らしそうに蹴り上げて、男性に率いられた何人かが街の中へと引っ込んでいく。周囲に少しずつ活気が戻り始め、止まっていた作業の手が再び動き始める。
「済まない、手間をかけさせてしまったようだ」
 ローザマリアの言葉に、悠がいいよと素っ気なく頷いて答える。
「あんだけ真面目に動いてるヤツのパートナーが、おかしい理由で動いたりしねぇ。そうじゃないのか?」
 悠が示した先では、門の破損状況と現在の進行状況を入念にチェックし、必要な工程を勘案して提案するグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の姿があった。あまりの集中ぶりに、周りの騒ぎすら耳に入らなかったようである。
「そう思ってくれたのなら有り難い。……失礼する」
 一礼を返して、ローザマリアが自らの作業に戻っていく。代わりに椛が悠の傍へ寄る。
「悠くん、珍しくマジメでしたわね〜」
「珍しく、とか言うな。ほら、オレたちも手伝うぞ。椛は炊き出ししに行くんだろ?」
「あら、そうでしたわ。では行って参ります」
 丁寧にお辞儀をして、椛が街の中へと消えていく。その後姿を見遣って、やれやれと頭を掻いた悠が作業へと戻っていった。