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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
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ニマと神子


 肩にニマを乗せ、クローン・ドージェはヨシオタウンにかなり近いところまで来ていた。
 迷いなくクローン・ドージェを進めるニマへ、川村 まりあ(かわむら・ )が必死に訴えている。歩くクローン・ドージェを追いかけながら声を張り上げるまりあは、途中何度も転び、膝や肘をすりむき服もあちこちほつれて埃にまみれている。
「神子なら、まりあが探しますから! ニマさん、無理しないで降りて下さいー!」
 その声が聞こえていないわけではないだろうに、ニマはまりあを見ることはなかった。
 ニマに言ってもダメなら、とまりあはクローン・ドージェに食って掛かった。
「ニマさんを下ろしなさい、巨人さん。あなたがドージェさんから生まれたもので、少しでもニマさんを想う心があるなら、ニマさんに無理させないで!」
 クローン・ドージェは感情のうかがえない目でまりあを見下ろした。歩みを止める気はないようだ。変わらぬ歩調でニマの望む方へと歩いていく。
 ニマを守りたいのは、七瀬 巡(ななせ・めぐる)も同様だった。
 もしかしたらニマもドージェと一緒に野球漫画読んでたかも、と巡は考え野球ボールを掲げてみせる。
「ニマねーちゃーん! 終わったらドージェにーちゃんも一緒に野球するの! ねーちゃんも一緒にしようよー!」
 コンロンの寺院で修行していたドージェとした約束だった。
「ボク、がんばって強くなったんだよー! 魔球も開発したんだー! 打てるかな!?」
 タタタッとクローン・ドージェの進路前方に駆けた巡は、適当に距離をとったところで振り向くと、足を高々と上げて投球の構えをみせた。
「いっくよー!」
 苦労して編み出した巡の魔球が一直線にクローン・ドージェに飛ぶ。
 アッ、と巡が目を見開いた時には、球は空高くに打ち返されていた。
 どこから出したのか、クローン・ドージェの手にはバットがあった。
「うそォ〜、すっごくがんばって開発した魔球なのにー」
 落ち込む巡だが、その姿勢にまりあは勇気づけられた。
「巡さんの野球でダメなら、まりあはチベット相撲で止める!」
「えっ、それはちょっとどうなの!? ねぇ、ちょっと、まりあねーちゃん!」
 巡が伸ばした手をすり抜け、まりあは真正面から挑みかかった。
「ニマさん、神子を探す必要があるならみんなで……きゃっ」
 まりあの小柄な体で小山のようなクローン・ドージェを、力で止めようというのは誰が見ても無理な話で、それは本人もわかっていた。
 前進を続けるクローン・ドージェの足に弾き飛ばされたまりあの姿に、巡は思わず目をつぶった。
 けれど、まりあはすぐに立ち上がり、追いかける。
「姫宮先輩だって、ミツエさんだって手伝ってくれます! まりあだって、全力で地の果てまで探します! だから、神子を探せば、役目は終わって人生も終わりみたいな言い方しないでください……悲しいです!」
 やっと、声が届いたのだろうか。
 ニマがまりあへ目を向けた。
「乱の中に、神子が現れるのです。ミツエさんは、きっとわたくしの期待に応えてくれるでしょう。あなたは、離れていてくださいね」
 ニマは巡へ、まりあの手当てを頼むとまた前を向いた。
 もうすぐそこにミツエの軍勢が見えた。
「何が神ですか、神子ですか、女王ですか……っ」
 きつく拳を握り締めるまりあを、心配そうに見つめる巡。
 その傍に朱 黎明(しゅ・れいめい)がスパイクバイクを停めた。
「彼女は幸せだったそうです。私は彼女と共に行きます。乱が欲しいなら、大きくしましょう。ですが──みすみす死なせはしません」
 あなたはどうしますか、と目で問われる。
 ニマの死を望まないまりあの答えなど決まっている。
 顔を上げたまりあの手を巡が取り、握り締めすぎて白くなってしまった指先をやさしく包み込んだ。


 見えてきたクローン・ドージェの姿に、イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が声をかけた。
「決して私の傍から離れるな」
「イリーナ、これ」
 それには答えず、ミツエは肩に下げた鞄から赤い輝石を取り出した。
 牙攻裏塞島の文化祭でイリーナがミツエに贈ったものだ。
 今になってどういうつもりだ、とイリーナの目つきが険しくなる。
「私、死ぬ気はないわよ。ちゃんと勝算があるんだから。この石……ガーネットに誓うわ」
 ミツエの目に嘘の色がないことを見て取ったイリーナが、ようやく表情を和らげると、ミツエは彼女に頼みごとをした。
「クローン・ドージェを止めるために、あたしと曹操、劉備、孫権である秘技を行うわ。けど、完成させるために時間がかかるの」
「時間稼ぎをしてほしいんだな。ここにはみんながいる、大丈夫だ。で、その秘技とは?」
 ミツエはニヤリとして言った。
「天下三合の計よ」
「それは……」
「見てのお楽しみ。任せたわよ」
 ミツエが自身の英霊達に声をかけると、彼らはそれぞれの場所へ散っていった。

 曹操の後には当然のように夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)がついた。
 夏候惇は場所を決めて立ち止まった曹操と、今の主である水橋 エリス(みずばし・えりす)とを見ると、拱手して誓った。
「この戦いで、必ずお二人が誇りに思うような武功を立ててみせましょう」
 作戦はある。
 孫権のもとにいる周瑜 公瑾(しゅうゆ・こうきん)が立てたものが。
 用意したロープでクローン・ドージェを絡め取り、歩みを阻止しようというのだ。
 夏候惇の宣言に曹操は笑みを見せ、エリスは静かに信頼を込めた瞳で頷いた。
 とはいえ、エリスは夏候惇のために動く気でいるのだが。
 そして、夏候惇がそれだけ真剣に臨むのなら、とリッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)も宣言する。エリスと夏候惇に。
「俺は二人が見直すようなカッコいいところを見せてやるぜ! おっと、惇姐さんには、惚れ直すような、かな」
「リッシュ……!」
 とたんに頬を染める夏候惇に、リッシュをはじめエリスも曹操も笑った。

「ここまで来たら最後までお供しますよ」
「……何か、違うこと考えてなかったか?」
 胡乱な目を向けてくる孫権に、周瑜は涼しげに微笑む。
 放置しておくことはできませんし、と思っていたことを綺麗に隠す。
「ま、いいけど。えーと、曹操はあっちで劉備はあっち、と。配下の位置もよし」
 孫権が周囲を確認した時、おーい、と声を上げて誰かが駆けてきた。
 その姿をみとめた周瑜と孫権の口から、それぞれ別の名があがった。
「葵……?」
「小喬さん……!?」
 どちらも間違いではない。
 小喬のコスプレをした秋月 葵(あきづき・あおい)なのだから。
 その後ろにはいつものようにエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)がいる。
 たどり着くなり葵は頬をふくらませて周瑜を睨む。
「もうっ、あたしを置いていくのはダメなの〜」
 周瑜は困ったように微笑むと、エレンディラを見やった。
 彼女は小さく「すみません」と唇の動きで告げる。
 これまで以上に危険な戦いだから葵に言わずに来た周瑜だったのだが、恋人の葵に詰め寄られたエレンディラは逆らえなかったようだ。
 周瑜は小さく息をつくと、改めて葵を見た。
「それでは、決してエレンディラから離れないようにしてくださいね。それと、私の指示には従ってください」
「オッケー」
 葵は指で輪を作って明るく返事をした。

 相方の趙雲 子竜(ちょううん・しりゅう)をかつての主の劉備と共に戦場を駆けさせてみたい、と思い橘 恭司(たちばな・きょうじ)は参戦していた。
 趙雲と劉備の絆は深い。
 再会したらそれは熱く積もった思いを語り合うかと思われたが、劉備はともかく趙雲のほうはわりとあっさりしていた。
 あまり覚えていないのかもしれない。
 劉備は残念そうにしていたが、懐かしい面影を見れたことで満足することにした。
「二人とも、夏候惇殿や周瑜殿と息を合わせてよろしくお願いします」
「ええ。この騒乱に終止符を打ちましょう」
 趙雲の返事に、たとえ彼が昔のことを覚えていなくても、変わらない信頼を寄せる劉備だった。