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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
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リアクション

 周瑜の指揮のもと、クローン・ドージェ捕縛作戦が開始された。
「本物のドージェさんも、あのように大きい方なんでしょうか?」
「クローンなんだから、同じじゃないのかな」
 エレンディラの疑問に葵が答える。
「だとしたら、私達……!」
 何か恐ろしい未来を想像してしまうエレンディラ。
 その間にもクローン・ドージェの足にロープを絡ませようと、配下が奮闘している。
 しかし、葵が答えたようにクローン・ドージェの力は半端ではなかった。
 足首に巻きついたかに見えたロープも、それを引っ張る配下ごと引きずって進むのだ。
 三人の英霊は『天下三合の計』のために精神集中を始め、何やら呪を唱えていて目の前の戦いが見えている様子はない。
「まとまって行くんだ! マスター!」
 リッシュはエリスを呼ぶ。
 何本ものロープを縒(よ)って一本にさせたエリスが、クローン・ドージェの足をぐるりと回るように配下に指示を出す。
「手を!」
 趙雲が短く言えば、クローン・ドージェの手首に何本ものロープが飛んだ。
 ここにきてようやく彼は手足に違和感を覚えた。
「一斉に引くぞ!」
 夏候惇の号令でクローン・ドージェの右の足首に巻きついた縒ったロープが強く引っ張られる。
 クローンとはいえ本物そっくりのその峻厳な目に見下ろされ、配下のみならず夏候惇などの指揮官達の背筋にも戦慄が走った。息苦しさを感じさせる闘気は、実際のクローン・ドージェの大きさより、はるかに巨大に見せていた。
 動きが止まった彼らの中で、最初に立ち直ったのは夏候惇だった。
「怯むな! 奴はしょせん偽物だ!」
 その通る声に、エリスとリッシュは我を取り戻し、配下を鼓舞してロープを引く手に力をこめた。
 趙雲や周瑜も気力を戻し、引け腰になった配下に檄を飛ばす。
 と、何者かが風のように夏候惇の横を駆け抜けていった。
「いいこと言うじゃねぇか!」
 という言葉を残して。
 それはカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)だった。クローン・ドージェの姿が見えると、居ても立ってもいられなくなりここまで駆けてきたのだ。
 カーシュは趙雲と恭司達が絡め取ったドージェの腕を潜り、死角となったところから首の後ろに銃の狙いをつけた。
 しかし弾丸はわずかに表皮を掠めただけで、直後、カーシュは横から飛んできたパラ実生と強くぶつかった。
 巻き付いていたロープや人ごと振り回したのだ。
「……忌々しい!」
 口の中が切れたのか、吐き捨てた唾に血が混じっていた。
 それらの様子を小型飛空艇で上空から見ていた黄 月英(こう・げつえい)が地上の諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)に告げた。
「ニマ様の護衛が数人いるようでございます」
 天華はクローン・ドージェを足止めしようと戦っている仲間達を鋭く見渡すと、呂布 奉先(りょふ・ほうせん)を呼んだ。
「ニマを討て」
「やっと出番か」
 黒いスーツをスタイリッシュに着こなす長身の女が進み出た。英霊としてよみがえった際、女性になっていたその姿から、誰も彼女が古代中国で最強の武将と畏怖されていたとは思わないだろう。だが、クールな目元には確かに激しい闘志の気配があった。
「私もお手伝いしますよ」
「あんまり前に出るなよ」
 星輝銃を手にしたシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)に、呂布はやわらかな視線で注意をしておいた。
 自分の得手をきちんと把握しているシャーロットは、大丈夫ですと頷く。
 呂布は天華や月英、シャーロットの分の配下も率いてニマを目指した。

「来ると思ってましたよ……!」
 朱 黎明(しゅ・れいめい)は薄い笑みを浮かべると、四万の配下を二分割して一方はクローン・ドージェを狙う新生徒会勢へ、もう一方はニマの守りとして呂布の軍勢を迎え撃つ態勢を整えさせた。
 その隣にロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が立つ。
「わたくしを忘れてもらっては困りますわね」
 まだ目元は赤いが、気持ちは立て直したようだ。
 彼女もニマを守ろうと決心している。剛次を刺す予定だった短剣は、ニマを守るために握られていた。
 派手に暴れてこい、と黎明に言われた配下達は自分を解放するように周瑜、趙雲、夏候惇らの部隊に攻撃をしかけ、掻き乱した。
 クローン・ドージェのほうも気を抜けず、また新手に応戦もせねばならないとなり、配下の間に焦りが広がっていく。
 そこに呂布を先頭に四万が雪崩れ込んできた。
「おまえらじゃ、役不足なんだよ!」
 その手にあるのはハルバードなのだが、彼女が扱うとかつて愛用していた武器『方天画戟』に見えた。彼女もそのつもりで使っている。
 呂布は配下をいくつかにまとめて分散させると、対クローン・ドージェ作戦実行中の部隊達の守りに向かわせ、残りを率いてニマへと方向を変える。
 突き進む呂布の前にロザリィヌが立ちふさがった。
「ニマ様にはこれ以上近づけさせませんわ」
「まずはおまえからか。いいだろう」
 その間、呂布は配下を黎明が配置した護衛達へと向かわせた。
 黎明はと言うと、呂布に隠れるようにしてついてきていたシャーロットの銃撃からニマを守るために動いていた。
 実は天華の作戦ではニマに攻撃するのはフリだけである。クローン・ドージェがドージェをもとにしているなら、ニマを守るはずだと考えた。そうして彼の攻撃の手を止めることができれば、仲間達やミツエの助けになると見込んだのだ。
 残念ながらそれはロザリィヌと黎明により、まだ証明されていないが。
 けれど、クローン・ドージェはニマを振り落とすようなことはしていないから、当たっているのかもしれない。

 いったん呪を唱えることをやめ、じっと戦況を見据えるミツエにラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がかすかな笑みを浮かべて言った。
「なぁ、ミツエ。俺はクローン・ドージェを倒しに行く。もし、俺に何かあったら砕音のことよろしく頼むな!」
「わかったわ。あなたは勇敢に戦い、散っていったと伝えておくわ」
「おいおい、散ること決定かよ」
 ミツエに無表情に返されたラルクは思わず苦笑する。
「たとえ霊魂になったとしても、そんなこと自分で言いに行きなさいよ。……あの先生のヘタレの部分が移ったんじゃないの?」
 胡乱な目を向けられ、ラルクはやれやれと息をつく。
 ちょっと前、『達也さん』がドージェで奥さんがいたことにショックを受けて邪霊にとり憑かれた者の言う言葉ではなかった。
 けれど、砕音の境遇を思えば並の根性では隣にいられないのは確かだ。
 ラルクは、目を閉じて気持ちを切り替える。
「うっし! 最後に一発でかくいってみっかな!」
 肩をほぐすように回し、混戦状態となっているクローン・ドージェ一歩一歩近づいていく。
 そして、その一歩ごとに気力を充実させていった。
 ヒロイックアサルト『剛鬼』で身体能力を上げ、軽身功で一気に突っ込んだ。
 その横に、ふと影が並ぶ。
 バーストダッシュで追いついた水洛 邪堂(すいらく・じゃどう)だった。
 ラルクもそうだが邪堂も配下をすべてミツエの守りに置いてきた。
 後ろでミツエが苦々しく思っていることも知らずに。
「ミツエ殿に、全てが終わったら普通のおなごとして暮らしてくだされとお願いしたら、それはそれは渋い顔をされてのぅ」
 そういう邪堂の表情は微笑ましい。
「中原制覇を果たすまでは無理ね、なんて言っておったが……ふふ、そんな位に就けば普通も何もないじゃろうて。じゃが、わしの孫には会うてくれるそうじゃ」
「それが言いたかったのか」
 邪堂は、孫がかわいくて仕方がないという顔をしていた。
 そうするうちにクローン・ドージェが迫ってきた。
 二人は左右に分かれる。
 クローン・ドージェも二人に気づくと、手足を拘束するロープを引っ張り自由を取り戻そうと暴れだす。
 最後までロープを放さなかった数人が、ロープごと宙に舞った。
 ラルクと邪堂はその下を駆け抜ける。
 ラルクに向けて、うなりをあげてクローン・ドージェの拳が振り下ろされた。
 一撃で頭を潰してしまうだろうそれをかわし、ブライトフィストを装備しドラゴンアーツで力を増した攻撃力で、最初から急所狙いでいくが読まれていたのか防がれた。クローン・ドージェの最初の攻撃が、どうやらラルクの攻撃範囲を決めるための誘いだったようだ。
 その時の風圧か何かで切れたのか、ラルクのこめかみを血が伝い落ちた。
 たいした傷ではないが、目に入ると困るのでリジェネーションをかけておく。
 そして邪堂もドラゴンアーツを乗せた蹴りを、ひたすらクローン・ドージェの脚を狙って放っていた。
 一度本物のドージェを見ている邪堂には、目の前のクローンはあくまでもクローンにしか見えない。本物が備えていた、生命の源が発する力ともいうべきものが欠けていることがすぐにわかった。
 が、やはり侮れない力の差はあった。
 足に巻き付いていた数本分のロープを引くパラ実生ごと、邪堂を蹴飛ばそうとした。
 とっさに横に飛びこむようにして蹴りとパラ実生をかわす。舞い上がった砂埃に目を細める。
「おっさんとじいさんで楽しんでんじゃないわよォ!」
 遅れて飛んでいったロープとすれ違いに鎖がクローン・ドージェへ飛ばされる。
 その後を赤いものが追った。
 鎖は囮に、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が殴りかかる。
 その拳は簡単にクローン・ドージェの手のひらに止められたが、ヴェルチェの狙いは別にあった。
 止められると同時に雷術を放ったのだ。
 自分も多少しびれたが、相手もしびれたはずだ。
 ピクッとクローン・ドージェの体が震えた。
 少しは効果があったか、と期待した時、ヴェルチェの手は強く握られ体は横に振られた。足が地面から離れる。
「──あっ」
 思わず声が出た時には、もう空中に放り投げられていた。
 再度、攻撃のタイミングをはかっていたラルクを巻き込み、二人はもつれるように転がった。
 小さく呻く二人を助け起こす手があった。
「大丈夫っスか!」
「掴まってください!」
「手当てするっス!」
「もうダメそうな箇所があるなら切断するっス!」
 最後のは物騒な台詞だったが、彼らは一様に同じ胴着姿をしていた。
 波羅蜜多実業高等学校柔道部。
 そう刺繍されている。
 彼らがいるということは、弐識 太郎(にしき・たろう)がいるはずだ。
 どこだ、と探してみれば、太郎を頭を鷲掴みにしようと突き出された腕を支えに、後頭部へ蹴りを繰り出しているところだった。
 その時、偶然太郎とクローン・ドージェの目が合った。
 視線の強さに負けて蹴りの威力を削がれないように、太郎は言葉を口にする。
「等活地獄、発動。……俺の地獄を受けてみろ」
 勢いをつけた太郎の蹴りが狙い通りクローン・ドージェの後頭部に打ち込まれた。
 くらり、と前に傾いだクローン・ドージェは、一歩踏み出してこらえた。
 そして、太郎が自身の腕から離れる前にその腕を振り上げて地面に叩き付けた。
 背中から内臓を揺さぶるような衝撃に、太郎の視界がぶれる。
 クローン・ドージェがニヤリとするのと、その肩の上でしがみついているニマの、じっと何かをこらえるような顔が映った。
 ふと、太郎は出掛けにミツエに「死ぬなよ」と言い残したことを思い出した。
 太郎自身はここに死にに来たわけではないが、これではまるで……。
 駆けつけた部員達に担がれ、まだはっきりしない視界の中、いつもミツエの傍にいて力になっていた他校生の姿が入ってきた。
 無茶だな、と思ったが、まだ声が出ない。
 その他校生、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は捨て身の攻撃に出ていた。
 邪魔する者は諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が配下を指揮して道を作ってくれている。
 クローン・ドージェの周りは、途切れることなく敵味方入り乱れての乱闘になっていた。
 もちろん、クローン・ドージェへの攻撃もやまない。
 無傷ではいられない。
 それでも一番元気なのは確かで、優斗の先で誰かが飛ばされる。
 優斗はロッド型の光条兵器を握る手に力を込めると、クローン・ドージェの動きを計り、ここだと思うところで一気に間合いを詰めた。
 ロッドの先端を急所へ突き込んだはずだったが、わずかに身をずらしてかわされた。
 それでも相応の威力はあったが、クローン・ドージェは圧しかかるように優斗へ踏み込み突き飛ばした。