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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編
精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編 精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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●竜巻に吹き散らされない彼らの重ね合わせた心

 イナテミスに迫り来る竜巻。
 草花を巻き上げ、木材も鋼材をも巻き上げ、精霊と人間が紡ごうとしていた絆さえも吹き飛ばさんと迫る。
 
 未曾有の危機に、しかし皆は立ち向かおうとしていた。
 ある者は勇敢に竜巻に戦いを挑み、ある者は不安に怯える街の住人に手を差し伸べる。
 そんな彼らの取る行動はそれぞれ違えど、その内に秘める想いは一つ。
 
『精霊と人間の絆を守りたい』

 今ここに、彼らの戦いが始まろうとしていた――。

(確かに私は、「どうせならイルミンスールが嵐の中心になればいいものを……」と言った覚えはあるが、このような物理的な嵐を相手にする事になるとは思ってもいなかったぞ……)
 視界の先に映る渦を巻く風の集まりを見つめながら、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が心に呟く。こことは関係ないはずの場で呟いた言葉が現実となったことには驚きも戸惑いもあるが、だからといって部屋の中で座して何もしないのは彼の性に合わなかった。
 今彼はミサカ・ウェインレイド(みさか・うぇいんれいど)ヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)と共に、報告を受けていた部屋の上、竜巻を見据えることが出来かつイナテミスの住人へ『竜巻に立ち向かう』ことをアピールすることが可能な位置に陣取っていた。アピールなどという真似は彼の狙いではなかったが、誰かが『自分たちで街を守る』ために動かねば、イナテミスは竜巻に吹き飛ばされてしまうだろう。そのことによって生ずる面倒事の方がよほど大きいとなれば、行動を起こす意味も生まれる。
「エリオットさん、ヴァレリアさん。竜巻の挙動が分かりました、伝えますね」
 両腕を広げ、吹き荒ぶ風に身を委ねていたミサカが、閉じていた瞳を開いて振り返り、エリオットとヴァレリアに精霊として感じたことを伝えていく。エリオットの計算により実際の地理及び周囲の生徒たちの展開状況に基づいた攻撃ポイントが算定され、そのポイントを確認するように一筋の光が夜の闇を貫いて消える。
「何だ、あの光は?」「おい、あそこに誰かいるぞ」「一体何を考えているんだ?」「戦うつもりか? 無茶な!」
 その光を目にした住人たちは、口々に言葉を漏らす。一部がエリオットにも届くが、無視して準備を進める。最初の一撃は、その後のためにも最大限効果的でなければならない。そうでなければ、瞬く間に無力感が人間を支配してしまう。
「竜巻への攻撃は、雷電属性以外は通常の効果を発揮するようです。……あれ? なんでしょう、これ……」
「どうした、ミサカ」
「いえ、何故か急に身体に力が……」
 自分の掌を見つめて、ミサカが何が起きたのか分からないとばかりに呟く。
「エリオット、何故かは私にも分からないけど、氷の魔法が発現しやすくなっているわ。周りの現象と関係しているのかしらね……?」
 試すように掌に魔法を顕現させたヴァレリアがエリオットに告げる。
「……もう何が起きたとしても驚きはしない。精霊の加護とでもしておこう。ヴァレリア、氷結魔法でいくぞ。ミサカも力を貸してくれ」
「ええ。……人の髪を乱してくれたお礼は、たっぷりしなくちゃね……」
「はい、エリオットさん」
 ふぁさ、と髪をなびかせたヴァレリアが、エリオットの背後に浮き上がり、両手を重ね合わせてかざす。口から紡がれる禁忌の言葉が、通常使用する魔力を超えた魔力を生み出していく。二人の背後でミサカも、自らを流れる力を供給するように、掌をかざしていた。
「チャージ完了……。エリオット、後は貴方次第よ」
 ヴァレリアの言葉には答えず、エリオットがゆっくりと口を開く。
 
「冷気 万物を凍てつかせる冷気よ その力を以て彼物を永久の眠りに至らしめよ!
 ファイエル!!


 解放された魔力は、氷結属性を付加しながら一直線に攻撃ポイントへ伸び、そこを通りかかった竜巻を直撃する。
「……竜巻の動きが弱まりました。効いています!」
 ミサカが、声に嬉しさを滲ませながら報告する。竜巻はまるで意にも介さず回転を続けているように見えたが、手応えは感じられた。
 後は、魔力の続く限り、撃ち続けるだけ。
「ヴァレリア、次だ」
「分かっているわ。……相手が何であっても、障害として立ち塞がるなら、私はそれらを打ち破る……。魔道書の力、とくと見せ付けてあげるわ……!」
 次発の準備を進める一行の視界に、動きが生じた。今の一撃を合図として、他の生徒たちも攻撃を開始したのであった。

(攻撃が始まった……! 僕たちも行かなくちゃ、この街を守るために!)
 頭上を駆け抜ける光が竜巻に直撃するのを目の当たりにして、神和 綺人(かんなぎ・あやと)が刀の柄に手をかけ、煌めく刀身を露にする。
「アヤ、行きましょう。せっかく復興しかけている街を、ここで破壊されるわけにはいきません!」
「うん、そうだね。一緒に行こう、クリス」
 弧を描く刃を掲げて告げるクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)に、綺人が同意の頷きを返す。
「……綺人、クリス。死なない程度に無茶して来い。だからといって早々にリタイアするようでは、本懐を果たせんぞ」
「大丈夫、これくらいでどうにかなるような繊細な育て方されてないから。行ってくるね、ユーリ!」
 綺人とクリスの――竜巻に特攻しようとする他の生徒も含めて――無茶を呆れつつ、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が二人に加護の力を施す。
「わたくしに出来ることは少ないですが、遺跡に行った方達の帰る場所を守るため、わたくしも手助けします」
「うん。援護お願いね、瀬織」
 ぽんぽんと頭を撫でられ、神和 瀬織(かんなぎ・せお)が少々不服そうな顔をしつつもユーリの傍に控える。
「よし……行こう!」
 綺人の合図で、まず真っ先にクリスが爆発的な加速力を以て竜巻に飛び込んでいく。背丈を超える戦斧が真っ赤に燃え盛り、振り抜いたそこから生じた爆炎は、風を突き抜けて竜巻を押し留める。
「炎には炎を重ねて……行けっ!」
 クリスの見舞った炎が消えない内に、詠唱を終えた綺人の掌から呼び出された炎の嵐が加わり、竜巻をより強固に押し留める。
 しかし、竜巻もただ黙って押されるばかりではない。上空から落ちてきた落雷を糧にするように、全身に電撃を迸らせるとそれを綺人とクリスに向けて放つ。直線状に放たれた電撃が綺人とクリスの直前で炸裂し、襲う衝撃が二人を大きく吹き飛ばす。
「……癒しの力よ!」
 宙を舞う二人へ、ユーリの癒しの力が施され、その瞬間空中で体勢を立て直した二人は何とか着地を果たす。回復が間に合っていなければ、地面との衝突で早々にリタイアもあり得ただけに、ユーリの行動は値千金である。
「アヤ!」
「大丈夫、まだ動ける。何とかなるよ、きっと!」
 先に立ち上がったクリスの声で、綺人も立ち上がる。追うように放たれた次の電撃は、二人が左右に飛んで避けることで地面に穴を穿つにとどまる。
「瀬織、私の武器に氷を!」
「ええと、こうでよろしいでしょうか?」
 クリスの求めに応じて、瀬織が範囲を絞った冷気を放つ。普段よりも濃縮された冷気は、たちまちクリスの戦斧を凍り付かせ、巨大な杭を作り上げる。
「はあああぁぁぁ!!」
 並の人間では持ち上げることすら不可能なそれを、クリスが軽々と振り回し、再び自らに爆発的な加速力を施して竜巻へ突撃を敢行する。加速力と遠心力を乗せた戦斧の連撃が、激しい接触音と共に竜巻を徐々に後退させていく。
「冷気には冷気を合わせて……振り抜く!」
 クリスの回転が途絶え、竜巻が再びクリスを吹き飛ばした矢先、今度は綺人が刀身に冷気を忍ばせ、中心めがけて振り抜く。何かの塊を斬り裂くような感触が伝わり、竜巻が大きくよろめくのが綺人にも見えた。
(効いてる! 僕たちのしていることは、無駄じゃない!)
 電撃を、加速をつけたステップで避けた綺人は、今も残る手の感触に自信を取り戻して、再び攻撃の間合いを図る。
 彼らの戦いは、まだ始まったばかりである――。

 頭の上を走り抜けた輝く光が、竜巻の動きを一瞬減じるのを牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は目の当たりにする。すぐに竜巻は元の回転を取り戻すが、一時竜巻をその場に留めたのは紛れもない事実であった。
「みんながきてくれた! アルママをたすけに、みんながきてくれたんだ!」
 樂紗坂 眞綾(らくしゃさか・まあや)の喜びもつかの間、竜巻の表面に電撃が走ったかと思えば、それが帯を為して一行を襲う。

「風の精霊よ……再び我らを守る力場をここに!」

 思わず頭を抱えた眞綾の直前で、ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)が敷設した雷電の耐性を備えたフィールドにかき消された電撃が激しい音と光を放つ。頭を上げた眞綾の瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
(こわくないもんっ……アルママも、みんなもがんばってるんだ……! あたしひとりだけ、ないてなんかいられないっ!)
 涙を振り払って、眞綾が吹き荒ぶ風に負けない声を振り絞る。その奏でられる歌は、この場に続々と集まってきた生徒たちに戦う気力を与えてくれる。
(まぁやは、もう大丈夫ですわね)
 眞綾を一瞥して、そして背後に集まる人の気配を感じ取って、ナコトが凛々しく竜巻へと向き直る。増援は着々と到着しつつある。すぐにでも布陣が完成し、それぞれの役割を果たすべく行動を開始するだろう。
(全てが揃い踏みましたら、後は振り絞るだけですわ。マイロード・アルコリア様、わたくしは、何時も貴女様と共に居りますわ)
 ナコトの一心の想いを受ける当のアルコリアは、ほのかに蒸気を立ち昇らせるシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)に近付いていく。
「シーマちゃん、支援を」
「アル、ボクは大丈夫――っ、分かった」
 それが自らを気遣うが故のものだと理解したシーマが、砲から手を離す。掌は焼け爛れ、機械の身であっても痛々しさを感じさせる。
「まだ、私たちは生きている。自らの足で立って、自らの手に事を為せる力を有している」
 シーマのもたらす加護の力が、アルコリアの身体を包んでいく。

『勝てますでしょうか……?』

 そんな言葉は、次にアルコリアが見せた表情の中には存在していなかった。すっ、とアルコリアが手にした槍と光の剣を構える。それを合図とするように、シーマ、ナコト、眞綾が準備を開始する。

「赤き翼よ!」

 アルコリアの背中に、骨と赤い影の皮膚で出来た翼が生える。それを一羽ばたきさせて、アルコリアが飛び上がる。
「行くぞ……生きて街の者に手を振るために……!」
 大地に自らを縛り付け、シーマがしっかりと握り締めた砲から超高速の弾が発射され、竜巻を揺らめかせる。
 
「冥界の熾火よ……我に従え……ファイヤストーム!!

 そこへナコトの生み出した炎の嵐が襲い、天高く渦巻く竜巻の大半を炎に沈める。
「総てを飲み込む夜の力よ……私たちの敵に静寂を……街に安らぎを……」
 囁き、祈り念じるように呟いて、アルコリアが竜巻の真芯に狙いを定め、自らを弾丸とするようにその身を弾けさせる。
 
 その腕には武器がある。
 その魂には意思がある。
 そして彼女の傍には、仲間がいる。
 
 破壊をもたらす竜巻の中心で、彼女は戦い続ける――。