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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

リアクション

 両チームが攻撃の時の各ベンチでは、サポート担当が忙しく動いていた。
 ミツエチームでは、李厳 正方(りげん・せいほう)が選手達に冷えたドリンクやタオルを渡し、軽くマッサージもしている。
「ご希望とあらば、お茶やコーヒーもお出ししましょう」
 という用意の良さだ。
 選手のニーズに応えてこその真のサポーターだと李厳は思っていた。
 ミツエは喜んでアイスコーヒーを頼んだ。
 また、ピッチャーのサレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)には暑いけれど腕を冷やさないようにタオルをかけておくよう言っている。
 サレンは素直にタオルをかけていた。
 試合の様子に泉 椿(いずみ・つばき)がクスッと笑う。
「前に薔薇学でやった交流試合を思い出すな。あの時はイリヤ分校の代表として出たんだけど、人数足りなくて他校と合同になってさ、先輩と新入生三人ずつの試合でみかん投げてたんだよな」
 その時、たまたま来ていたある人物を引っ張り込んだことも思い出し、椿の笑みが濃くなる。
「大……じゃない、ヨシオ! 最後までしっかり応援してくれよ!」
「もちろんっスよ、このまま逃げ切るっス!」
 椿が御人 良雄(おひと・よしお)の背を叩いた。
「ファイトファイトーであります!」
「気を抜かずにいこうぜ!」
 かわいいチューリップゆる族のトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)になごみ、姫宮 和希(ひめみや・かずき)の呼びかけに、チームメイトは応と答えた。

 そしてこちらはアウトローズ。
 ここではエルミル・フィッツジェラルド(えるみる・ふぃっつじぇらるど)が選手達のケアにあたっていた。
 美しいその容姿を裏切らず、形のよい口からは決して毒を吐き出さない。
 完璧な、特大の”猫”をかぶって笑顔を絶やさずチームメイトを励ましていた。
「ガートルード様、腕が張ったりはしていませんか?」
「大丈夫、まだまだいけるよ!」
「頼もしいですね」
 こんな感じだ。
 間違っても、
「ミツエチームなどぶっ倒してしまいましょう」
 などとは言わない。たとえ丁寧な言葉遣いでも、美しくない言葉は使わないのだ。
 そして、チームが守備に入り暇になるとシルト・キルヒナー(しると・きるひなー)と一緒にお弁当を食べるのであった。
「唐揚げと玉子焼きだぁ! おいしそ〜う。あ、そうださっきね、スタンドでおせんとかカチワリとか売ってたんだよ」
 目をキラキラさせて話すシルトを、エルミルもつられるように楽しげに見つめていた。


 少し回は進んで九回表、アウトローズの攻撃。得点は変わらず1−2でミツエチームがリードしている。
 六番バッターだったフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)に代わり、孫 堅(そん・けん)がバッターボックスに立った。
 彼はピッチャーにではなく、ミツエチームベンチの孫権にバット代わりの乾坤一擲の剣を向けた。刀身には盛者必衰と筆書きされている。
 剣先を向けられて目を丸くする孫権に、孫堅は叱るように声を張り上げた。
「このような好機に旗揚げしないなど、なんと情けない! 俺の生き様を見せてやる!」
 どうやら息子が天下統一もせずにミツエの下にいることが気に食わないようだ。
 そんな親子のやり取りはセリヌンティウスにはどうでもいいことで、それよりも気がかりなのは孫堅の持つ剣が抜き身であることだった。
「爆炎波バットやビームサーベルの次は、あの切れ味の良さそうな剣か……。そろそろ我を硬球と交代しないか?」
「何ゴチャゴチャ言ってるっスか」
 わかっていたことだが、サレンは聞いていなかった。
 そうして投げられた第一球、鼻がそぎ落とされませんようにと願うセリヌンティウスは、孫堅の気合の一撃を浴びてはるか外野まで飛ばされる。
「オオオォォォオオ!」
 雄叫びを上げて走る孫堅は三塁まで行ってしまった。
 先頭バッターの快挙にアウトローズベンチが盛り上がる。
 その姿に触発されたのか、七番のアルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)に代わってエルミルが出てきた。
 こちらも乾坤一擲の剣がバットの代わりだ。孫堅に倣って刀身に毛筆書きがあるが、書かれてあるのは”ホームラン増産!”という、とても直截的な言葉だった。
「そう簡単には打たせないっス!」
 疲れは気合でカバーして投げるサレン。
 ストライク先攻でカウント1−2と追い込んだ。
 エルミルもシルトとお弁当を食べていた時の雰囲気とは一変し、張り詰めた空気をまとっている。
 空振りさせようと来たチェンジアップを、エルミルは剣の平で打ち返した。
 サレンの視線が打球の行く先を追う。
 それはレフト方向に飛んでいた。
 やや浅いレフト前ヒットかと思われたが、全力で駆け込んだ夏侯 淵(かこう・えん)のダイビングキャッチによりフライアウトとなり、また、三塁の孫堅もホームへは戻れなかった。犠牲フライには浅すぎたのだ。
 次の打者である羽高 魅世瑠(はだか・みせる)は、先ほど守備で見事な連携を見せたが打撃のことはあまり考えていなかった。
 そもそも、様々なスキルや投球技術で投げてくる球を打ち返せる気がしなかったのだ。
 だからせめて鬼眼でひるませてコントロールを乱してやろうと思った。
 ここまでの回では、まだサレンが元気だったこともあり、あまり効果はなかったが疲れの見えてきたこの回には、ついに投げる瞬間に彼女は態勢を崩した。
 バットに当たった球は高くバウンドする。
 落下点に素早く駆け込んだ緋月・西園(ひづき・にしぞの)は、一度三塁の孫堅を牽制する視線を送ると一塁のヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)へ送球。
 目一杯体を伸ばしたヴェルチェのファーストミットが球を受け取るのと、魅世瑠の足がベースを踏むのは同時に見えた。
 視線が塁審に集まる。
「アウトッ!」
 ほんのわずかにヴェルチェのほうが早かったようだ。
 魅世瑠は残念そうに息をつき、空を仰いだ。
 ラストバッターは朝野 未沙(あさの・みさ)に代わって佐倉 七姫(さくら・ななき)
 彼が狙うのはホームランただ一つ。
 目立ちたい。
 それだけの理由でバットを構える七姫は、案外ミツエと似通ったところがあるのかもしれない。
 彼女も目立ちたいだけでろくりんピックの協賛に名を連ねることにしたのだから。
 それはともかく、七姫はファールを重ねてすでに十球が過ぎた。
 いつの間にかスタンドも静まり返ってこの勝負を見守っている。
「……っ」
 次の球もファール。
 七姫は一度バッターボックスを出ると、強張った手をほぐす。
 十二球目の球が来る。
 バットに球が当たった瞬間、重い球にバットごと弾き飛ばされそうになるが、七姫は腕の痺れを堪えて振りぬいた。
 手応えがあった。
 静かだったスタンドから爆発したような声援があがり、七姫の口元にようやく笑みが浮かぶ。
 先に本塁を踏んでいた孫堅が、一周してきた七姫を迎えた。
「まさか入るとは思ってませんでした」
「よくやった」
 そして、打順は一番に戻って孫尚香。弓をバットとして立った。
 今度こそセリヌンティウスをスライスに……ではなく、今度はサードへの内野安打で彼女は塁に出た。
 だが、そこで気を抜かず、いつでも盗塁する姿勢を見せている。
 サレンは何度か牽制球を投げながら、二番のラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)と対戦する。
 ラズは見よう見まねのバントを織り交ぜたりしてサレンに揺さぶりをかけたが、思い切って振ったバットが弾き返した球は、セカンドの和希の正面だった。
 アウトローズ一点リードで九回裏になる。
 この回、ミツエチームの先頭打者はルカルカ・ルー(るかるか・るー)
 場外ホームランをまさかの連携プレーでアウトにされた彼女は、制球の小さな乱れを突き、うまくあいたスペースへと打ち返した。
 最終回も元気な姿でマウンドに立ったガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)もついに疲れたか、と勢いづいたミツエチームだったが、その後続くミツエ、ヴェルチェと連続で打ち取られてしまった。
 四番の椿を迎えて、キャッチャーのシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)がガートルードのもとへ行く。
「親分、気ィ抜かず最後までいくぜ。油断したら負けじゃ」
 ガートルードは椿を見つめながら頷いた。
 椿のバットは最後尾カードだ。
 彼女曰く、
「バット? そんなもんそろえる金はねぇよ。この最後尾カードのほうが、でかくて当たりやすいぜ!」
 とのことである。
「セリヌンティウス、あの最後尾カードかじってボロボロにしちゃってよ」
「無茶を言うな……」
 メチャクチャを言ってくるガートルードに、セリヌンティウスは呆れた声をもらした。
 もちろんガートルードも本気で言ったわけではないのだが。
 椿の言う通り、面積のある最後尾カードは球を弾き返した。
 しかし、スイングの際の空気抵抗やらでなかなか椿の狙うほうへは飛んでいかなかった。
 運良くファールになっているという感じだ。
 ついでにセリヌンティウスに言わせれば、細いものに打たれるのも痛いが面積のあるものに満遍なく叩かれるのもなかなかの衝撃だ、らしい。
「つまり、どうにでもしてくれってことだな」
「労わってくれと言っているのだが」
 ボール球になったセリヌンティウスに椿がそう言えば、神の生首は情けなさそうに返した。
 的のどこに当てたらもっとも遠くへ飛ぶのか。
 ずっと考えていた椿だったが……。
「考えても、わかんねー!」
 力いっぱい振った最後尾カードは、セリヌンティウスをスタンドまで運んだ。