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リアクション
○第九試合○
「東より、ジャタヨロイダンゴムシのダンちゃん!」
今年はどうやらダンゴムシの人気があるらしい。
見るからに堅そうなダンちゃんが、ブリーダーヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)に伴われて入場してきた。
「ダンちゃん、楽しく戦うんですよ〜」
「そして西からは、パラミタストロンガーのフルアーマーナガン!」
こちらは昨年も出場した、フルアーマーナガン。
鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)とともに、バトルステージに帰ってきた。
「行ってこい!」
互いにバトルステージにスタンバイして、試合開始!
じわ……じわ……。
どちらも、そう素早くは動かない。じりじりと距離を詰めていく。
「ディフェンスシフト!」
二匹の距離がある程度縮まったところで、真一郎がフルアーマーナガンの防御力を上げた。
それを合図にフルアーマーナガンが、ダンちゃんに向かってぐっと踏み出した!
「こうげきがくるです! ダンちゃん、ガードなんです!」
堅さ自慢のダンちゃんは、落ち着いてフルアーマーナガンの攻撃をガードした。
フルアーマーナガンはそれなりに力も強いのだが、ダンちゃんの堅さのほうが勝っている。
ダンちゃんは、自ら攻撃をしようとしない。作戦だろうか。
続けてフルアーマーナガンが、二発、三発と攻撃を加えていく。
「お前の修行はそんなモノだったのか!? まだまだ手が出せるはずだ!」
真一郎の激励にこたえ、フルアーマーナガンは手を休めない。
ダンちゃんは回避せず、じっと防御で堪えている。
「ダンちゃん、がんばって〜! 堪えないとおちちゃうです〜」
じりじりと場外あたりまで押し出されているダンちゃん。
あと数発で押し出される!
その時、ダンちゃんが動いた。
フルアーマーナガンが攻撃をしようとモーションをとったその時、すっと動いて立ち位置を変えたのだ!
「あああっ!」
意外な動きに、観客席からも声が上がる!
(?)
一瞬、敵の姿を見失ってしまったフルアーマーナガン。
とん。
後ろから背中を押され、気がつくと……場外に落ちていた。
「場外! 勝者、ダンちゃん!」
最初から、相手を場外に落とす戦法だけを考え。体力を残していたダンちゃん。
セコンドの作戦がものを言った戦いだった。
消耗して、疲れているはずのダンちゃんだが、素早く立ち上がると、真一郎のもとに戻ってきて、ぴっと姿勢を正した。
「……いい、楽にしろ。よくやったな」
ようやく聞くことができたねぎらいの言葉に、フルアーマーナガンは嬉しそうに身を震わせた。
○第十試合○
「さあ次も盛り上げていきましょう! 東シャンバラチームからはパラミタオオタマオシコガネのライアー・ゴールド入場!」
「パラミタオオタマオシコガネ?」
データのチェック漏れだろうか。キャンディスの虫データの中に、パラミタオオタマオシコガネの情報がない。
「うーん困った……」
これでは解説ができない。
その時、キャンディスの真後ろの客席から、会話が聞こえてきた。
ちなみに、解説席真後ろの客席は、最も試合がよく見える特等席で、S席よりも上級なドS席だ。そんな上等な席で試合を観戦しているのは、かなりのムシバトルファンに違いない。
「おねーちゃん。パラミタオオタマオシコガネの特徴って?」
首をかしげているのはリース・アルフィン(りーす・あるふぃん)だ。手には分厚い「ムシバトル2020コンプリードガイド」を持っている。
「まあフンコロガシともいったりするけど……ああいう風にカブトムシと見まごうかってほど立派なボディを持つものもあるんだよ! 見た目の通り、あのボディは堅いよ〜」
すらすらと説明するのは、リースの隣に座っているアリス・レティーシア(ありす・れてぃーしあ)だ。
「ふむふむ……」
その隣にいるミリル・シルフェリア(みりる・しるふぇりあ)は、黙って解説を聞き、うなずいている。
その様子を見ていたキャンディスは、この三人を利用しようと思いついた!
「スタッフさんスタッフさん! あそこ……あのドSのお三方にマイクを!」
ドSの三人、とは『ドS席に座っている三人』という意味だ。念のため。
驚いたのは、突然マイクを仕込まれた三人だ。
「あの、ちょっと、これはどういう……」
振り返ってキャンディスが説明する。
「いやぁ、今年は解説者が不足していてね。ちょこっと語ってくれるだけでいいから、頼むよっ!」
「えええ……」
ミリルはあせあせと戸惑うが、リースとアリスは乗り気のようだ。
「よーしわかった。まかせときな!」
解説員の増員もされ、ここからムシバトルはさらに盛り上がっていくだろう!
「さぁ。そこらのスカしたオスどもに、目にものみせてやれぇぇ〜!」
ブリーダーのヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)の先導で入場してくるライアー・ゴールド。どうやら女の子のようだ。
「フン転がしではない、ス・カ・ラ・ベ! 聖なる神の化身じゃ」
先ほどの、アリスの解説が聞こえていたのだろうか、少し立腹ぎみにクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)も入ってきた。
「ライアー……あなたはとってもステキですわ」
フンコロガシと言われたライアーを、クリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)がなでて、なだめている。
ひとことで言うと「女性の園」と表現したくなるような、ライアー・ゴールドサイドの準備は整った。
「では、西シャンバラチームの選手……パラミタオオキクイムシのアリエテ!」
会場内に幻想的な音楽が流れる。地球のフランス出身の女性歌手が最近出したヒットソングだそうだ。
一緒に入場してくるブリーダーは、アクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)
「キクイムシっていうのは、まさにその名前のまんま、木を食べるんだよ」
さっそくアリスが仕事をする。
「事前インタビューによると、アクィラブリーダーは、木造建築の廃墟に入ったとき、床下にアリエテがいるのを見つけたんだって」
古くなった木造の建物を解体する工事を行う際、現場から工具や釘などがどんどんなくなるという事件が起こった。
知人から話を聞いて調査に入ったアクィラは、床下で、工具や釘で見事な巣を作って住み着いていたアリエテを見つけたのだ。
「ははぁ。パクリ暮らしのアリエテ、というわけか」
いわゆるギリギリの設定(?)に、会場からは大きな笑いが起こった。
「アリエテ! 負けるな!」
「こんな格好までして応援してるんだから……」
セコンドというより応援担当のクリスティーナ・カンパニーレ(くりすてぃーな・かんぱにーれ)、アカリ・ゴッテスキュステ(あかり・ごってすきゅすて)、そしてパオラ・ロッタ(ぱおら・ろった)は、アイドルコスチューム着用で登場だ。
試合開始!
最初に動いたのはアリエテ。体つき、足取りともにバランスよく仕上がっているようだ。
対するライアー・ゴールドは、防御のかまえ。
アリエテをしっかりと見据えて、反撃のタイミングを待つ作戦のようだ。
「焦らないのよ! あんたの身体は球の肌どころか、黄金なんだから!」
ヴェルチェの指示通り、しっかりと防御をかためているライアー・ゴールド。
「がんばれがんばれアリエテ!」
「A・R・I・E・T・E、A・R・I・E・T・E」
対するアリエテサイドは対照的に、戦意を盛り上げる作戦だ。
セコンドという名の応援団たちは、くるんくるんと空中回転し、ドスンズドンと着地失敗して地面に叩きつけられている。支援『妖精のチアリング』で、とにかくアリエテに力の限り、応援を送り続けるという作戦なのだが、虫よりも先に力尽きてしまいそうに見えるのが心配だ。
ただ、ひらひらとかわいい格好で舞う妖精さんたちに、客席のボルテージもどんどん上がってきている!
ライアー・ゴールドが堅さ自慢とはいえ、ちくちくと削られ続けると、さすがにいつかは倒れてしまう。
「このあたりで……反撃じゃ!」
クレオパトラが、タイミングを見計らって光術を放った!
完全に「前へ前へ」となっていたアリエテは、目くらましに対する対策ができておらず、一瞬にして視界を失ってしまった。
「アリエテ! 足下っ!」
アクィラが慌てて叫ぶが、前進体勢になっていたアリエテの対応は間に合わない。
ライアー・ゴールドはそれほど力があるわけではないが、今は足払いで充分だった。
すっと足下を払うと、アリエテは見事にコロンと転がってしまった。
あとはフンコロガ……スカラベの真骨頂。コロコロと転がし、すとんと場外に落とした。
「場外! 勝者、ライアー・ゴールド!」
「アリエテ、おつかれさま」
セコンドたちは、やさしくアリエテを迎えてあげた。
役目が終わり、優勝できなかった自分は見放されるだろうか……アリエテの胸中には、そんな不安がよぎっていた。
「さあ、一緒に帰るよ」
アクィラがアリエテに手をさしのべた。
「俺たちは、一時のブームにとらわれない。いつまでも、一緒に楽しく暮らそう」
「もう、パクリ暮らしなんてしなくても、堂々と暮らせばいいのよ」
パオラがそう言って、やさしく微笑む。
クリスティーナ、アカリも同じ気持ちだ。うんうんとうなずいている。
元気な大きいレディ、アリエテは、もうパクリ暮らしをせず、これからはブリーダーたちと楽しく暮らしていくだろう。
○第十一試合○
「東シャンバラチームより、パラミタスズメバチのシャトル、入場」
スズメバチは本来、攻撃性が高く危険な生き物。
だが、このムシバトルに出てくる虫は、他の有毒性の虫や、鋭い顎などを持っている虫を含め、ブリーダーによってよく調教され、実行委員会のチェックも通り、安全性を認められている虫ばかり。なので安心するように……という旨の場内アナウンスが繰り返し流れている。
「なかなか盛り上がってるねぇ」
シャトルに付きそうブリーダーの修次・釘城(しゅうじ・しんじょう)は、まるで特等席で試合を見物するかのような感じで、セコンド席に用意されているパイプ椅子に腰を下ろした。
「続いて西シャンバラチームより、同じくパラミタスズメバチのべすぱ、入場!」
これは少しばかりものものしい雰囲気だ。
スズメバチVSスズメバチ。
ブリーダーつきの大会であるからいいが、これが自然界で起こったら、半径50メートル以内に近付くことすらできないだろう。
ブリーダーは湯島 茜(ゆしま・あかね)。
「まっすぐ優勝狙いだもんね!」
ぽんぽんっとべすぱの脚を叩いて、気合いを入れた。
カーーーン!
試合の開始を告げるゴング!
「エンデュア!」
見物に徹するかと思われていた修次が、開始と同時にシャトルへ支援を行った!
ぶーーーん!
シャトルは、ただがむしゃらに、相手に向かって突っ込んでいく。
「迷彩塗装」
同時に茜も、べすぱに支援を行った。
どちらも、守りや回避をしっかりさせておく作戦のようだ。
どちらも蜂。正直、守りに自信がない。そのあたりのカバーだ。
あとはパワーや速さのバランスと、根性比べになる。
回避の上がったべすぱに、シャトルの攻撃はなかなか命中しない。
べすぱは、相手の攻撃の合間をみて場外に落とす作戦のようだが、相手も速さ自慢の蜂。なかなか場外に足をつけさせることができない。
試合は、思いのほか長期戦になりつつあった。
ぶんっ!
避けられても避けられても、あきらめずに手数を出していたシャトルの攻撃が、ようやくべすぱにヒットした!
(!!!)
そのダメージは想像以上! シャトルは、蜂特有の速さを少し削るかわりに、蜂としては奇跡ともいえるほどのパワーを持ち合わせていたのだった。
スピード特化型だったべすぱにとって、その一撃は大きかった。
ぐらっ。
空中でぐらつき、その羽が動きを止めた。
落ちてくるところを、シャトルが受け止める。
べすぱの意識がないことは、もう誰の目にも明らかだった。
「勝者、シャトル!」
シャトルは、べすぱをそっと茜の側に降ろした。
試合が終われば、ともに戦い合った戦友であり、おなじスズメバチの同胞同士。
いがみ合う必要はないのだった。
「ありがとう」
べすぱを引き取った茜は、バトルステージに向かってひとつ頭を下げた。
目を覚ましたべすぱに、茜は努めて明るく振る舞った。
「すっごく頑張ったもんね!」
責任感の強いべすぱだが、ブリーダーのその笑顔で救われたのだった。
○第十二試合○
「続いては……東より、パラミタクリムゾンオオスズメバチのビー!」
パラミタクリムゾンオオスズメバチ。名前が長いため、パンフレット制作者泣かせといわれている虫だ。
「厳しい修行の成果見せつけようね!」
セコンドはロッソ・ネロ(ろっそ・ねろ)とシリウス・カミュ(しりうす・かみゅ)。二人と一匹は、バトルステージに上がる手前で立ち止まり、円陣を組んで気合いを入れた。
「西からは、パラミタオオクワガタのデロクワ!」
デロクワは、大会登録正式名称は『デローンオオクワガタ』というのだが、さすがに長いため、解説担当者の判断で略称で呼ばせてもらうことになった。
ちなみに、その名前の由来をブリーダーの鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)に事前インタビューで聞いてみたところ「デローン丼を食べさせたからね!」と元気に回答をいただいた。そのデローン丼というものが一体どのようなものなのかは、現在調査中。
「あんなの食べさせたら、ホントはいけないんですけどね……」
ぽそりと、セコンドの黒田 流(くろだ・ながれ)がつぶやいたのだが、その声は大きな歓声にかき消された。
試合開始!
「ビー、先制だよ!」
ビーサイドのセコンドから開始と同時に指示が飛ぶ。
最初の一撃は、速さで勝るビーからだ!
素早く飛び、デロクワに先制攻撃を仕掛ける。
速い! さすがはスズメバチといったところか。
「デロクワ、よけて!」
氷雨の指示通り、最初の一撃をデロクワは見事に避けた。
自分はそう素早くないことを理解しているのだろう、最初の攻撃は相手から来ることを読んでいたようだ。
当たると確信していた攻撃が避けられ、空中でキキーっとブレーキをかけるような格好になったビー。
そこに、デロクワ渾身の一撃が飛んできた。
当たるか、避けるか!
「ビー!」
「デロクワ!」
双方のセコンドから声援が飛ぶ!
そして……!
空中でまだ体勢の整わないビーに、デロクワの一撃がヒットした!
実はこのデロクワ、速さと堅さを犠牲にしてまで、パワーを鍛え抜いてきた。
その一撃の破壊力はハンパないものだ。
ドス、というよりメキッという表現の方が近い、鈍い音が響いた。
「い、いたたたた……」
自分に当たったわけではないのだが、その音を間近で聞いた緊急解説席のリースとミリルは、ぞわぞわっと鳥肌がたつのを感じた。
それほどの音だったのだ。
「ビー、動けますか?」
シリウスが声をかけるが、ビーは苦しそうにバトルステージで丸まってしまった。
「……これ以上は!」
ふわり。
白いタオルが投入された。ビーのセコンドからだ。
「勝者、デロクワ!」
最初の一撃がヒットしていたら、また違った展開になっていただろう。
勝負は時の運という言葉があるが、まさにその通りなのだろう。
「ビー、おつかれさま」
動けないビーにはちみつを与え、どうにか起き上がれるまでに回復させる。
「あとで美味しいお茶にしよう」
ビーはうれしそうに、ぶぅんと羽を鳴らした。ビーの夏は終わったが、全力を尽くしたことで、悔いはなかった。
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