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仮初めの日常

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仮初めの日常

リアクション

「どうした?」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、浮かない顔で壁に寄りかかっている百合園生達に声をかけた。
「あっ、こんにちは」
「その節は大変お世話になりました」
 百合園生達は体を起こすと、クレアに頭を下げる。
「いいよ、寄りかかったままで」
 クレアも彼女達の隣に立ち、壁に寄りかかった。
「はい……ちょっと疲れちゃって」
「お蔭で、百合園生で怪我をした人は殆どいなかったのですが……精神的疲れで、入院してる人もいるんです」
「そうか……厳しい体験だったもんな」
 クレアの言葉に、皆が首を縦に振る。
 クレアは彼女達の姿に、過去の自分を重ね合わせる。
「私とて、初めて銃の引き金を引いた時、あるいは初めて人の身体にメスを当てた時、とても平静と言えるようなものではなかったよ」
「そういうことになるかもしれないって、解っていたはずなのに。銃の訓練も受けてから向ったのに……怖かった、です。もう二度とあんなこと、嫌です……でも、戦いは続きそうで」
「そんなこともわかっていて、パラミタに来たのに。自分が前線に出ることとか、銃を向けられることとかは、考えていなかったんですよね」
 クレアと彼女達には大きな違いがある。
 クレアは教導団に入る時には、戦争に出る覚悟をしていた。
 彼女達は、勉学を学ぶために訪れたお嬢様学校の生徒達なのだ。日本よりは治安の悪い場所だということは理解してはいても。
 パラミタに来るということで、ある程度の覚悟は持っていたはずだけれど、認識は足りなかった。
「初めての戦場で、皆は良くやった。沢山の命を救ったんだ、誇っていいぞ」
「はい……。救えなかった人達のことも忘れないで、これからに活かします」
 一番年上の百合園生がそう言い、その言葉に、クレアは強く頷いて微笑んだ。
 彼女達はまだ、疲れが残る顔ではあったけれど、クレアの微笑みに、お嬢様らしい穏やかな微笑みを返してきた。
 それから、クレアは百合園の重役の下へ挨拶に向うことにする。
 途中著名を求められるが、それには応じながらも「大げさな像を置くとアレナが帰ってきた時に照れてしまうのではないかな」と、自然に帰ってくることを前提とした意見を述べた。
 クレアには『被害を出さずにアレナを解き放つ手段があるのではないか』という思いが、どこかにあった。
 神楽崎優子にそれを言うのは酷だろうか?
 いや、クレアには優子が忘れて終わりにしようというタイプには見えなかった。
 『道筋が見えた時には、協力を惜しまない』
 それを、伝えに向うのだった。

「甘いものだけひやなくて、軽食もあって嬉ひいね」
 口に食べ物をいっぱい入れながら、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)が嬉しそうな笑みを浮かべる。
 カジュアルな立食パーティだけれど、テーブルには美味しそうなスイーツが沢山並んでいた。
 店で行われているスイーツバイキングより種類も豊富だし、高級そうなお菓子も沢山あった。
 浮かない顔をしている人もいたけれど、ミーナは今日はとことんスイーツを楽しむことにしていた。
「これ、すごくおいひー。ちょっと酸味がきいているところとか〜」
 オレンジケーキを凄い勢いで食べて、微笑む。
 一緒に訪れていた菅野 葉月(すがの・はづき)は「良かったですね」とミーナに微笑みを向ける。
 でも、気を抜くとすぐに、ため息をついてしまう。
 釈然としない思いも抱えているが、気分を変えるためにもと打ち上げに参加したのだ。
「僕も戴きます」
 葉月もオレンジケーキを1つ、食べてみた。本当に、甘酸っぱくて美味しいケーキだった。
「食べ放題、たべほぉだい。嬉しいね……」
 そんな元気なミーナにも気がかりなことはあった。
「ん? あれは……レイルですね」
 葉月は、遠くの席にいる女の子に目を留める。
「やっぱり女装して来へるんはね……」
 ミーナは口に入っているものを、アイスティーで流し込んでいく。
「そうですね……」
 遠くから、葉月はレイルを気遣うように眺める。
 彼はその存在すら、一般には隠されている。
 この場にいる者の大半も、彼がヴァイシャリー家の子息であることを知らないだろう。
「挨拶に伺いましょう」
「うん!」
 ミーナはスイーツをぱぱっと皿に乗せて手に持つと、葉月と共にレイルの下へ歩み寄った。

 レイルの側には護衛をしているパイス・アルリダという名の血縁者の他に、離宮で付き添っていた茅野 菫(ちの・すみれ)の姿があった。
「あのとき、大変だったよね。怖かったよね? でも、忘れちゃだめだよ? みんなが一生懸命がんばって、レイルも一所懸命がんばったから、花火もできたし、こうやってみんなでパーティーすることできるんだから」
「うん」
 菫の言葉に、レイルは素直に頷く。
「それに、レイルががんばってくれたからあたしも帰ってこれたんだよ?」
「うん、役に立てたのなら嬉しいよ……」
 言いながらもレイルはちょっと不安気な眼になる。
 忘れてはいけない。だけれど、思い出すと悲しくて。
 菫はそんなレイルをぎゅっと抱きしめる。
 少しでも心が安らぐように、と。
 温もりと、高鳴っている心臓の音が聞こえるくらい、強く。
「もうあんな怖い思いしたくないでしょ? レイルは少しずつでいいから強くなった方いいわ」
「うん……でも、強くなると、戦わなきゃならないのかな。また行かなきゃならないのかな」
「強いから行かなきゃならないということはないわ。今度は誰かに言われたからじゃなくて、自分で決めて、行こうと思えるといいな」
 レイルは菫の言葉に悩んでしまう。
 うんと元気に返事がしたいのだけれど。返事をすることで、約束をすることで、また怖い思いをすることになるのではないかと、そんな気持があって。今はただ、のんびり、ゆっくりしていたかった。 
 菫はレイルが気に入っていて、こうしてたびたび会えていたから、彼の立場と、彼が子供だということをよく理解してはいなかった。
「だって、あたしの隣にいてほしいし……」
 そう菫がレイルに呟くと、レイルは不思議そうな目で菫を見上げる。
「申し訳ありませんが、過度にお近づきにならないよう」
 パイスの冷徹な声に、菫は我に返る。
 これからも魔法を教えてあげたい。
 一緒に魔法の練習など行えたらと思っていたけれど……。
 話を聞くに、彼は隠された存在であり。
 ヴァイシャリー家にいるとも限らないそうだ。
 別邸を転々としたり、地球に留学に行ったり。
 厳重に守られながら、世の中のことを学んでいるらしい。
 ラズィーヤと話をすることも滅多になく、家で顔を合わせることもないそうだ。
「大人になったら、もっと自由に遊んだりできるようになるから。早く大人になれるよう、勉強もちゃんとするよ。菫お姉ちゃんや百合園のお友達とも遊べるようになりたいし。そしたら隣に座ってご飯とか食べよー!」
 レイルの世話をしたいと申し出る人はこれまでも沢山いたのだが、百合園生であっても許可はされていない。
 レイルの長期的な世話係や友人は、ヴァイシャリー家側が決定し依頼した人物だけ、就いているとのことだった。
「ボクはアイジンも沢山作るんだ〜!」
「コラコラ」
 パイスが苦笑し、レイルを諌める。
「あたしが一号かな〜?」
 菫はちょっと寂しげな笑みを浮かべるのだった。
 好きな友達とも満足に遊べないといのは、とても悲しいことだ。
 どうにかしてあげたいけれど、狙われる立場――この地を治めるヴァイシャリー家の家督継承権を持つ人物故に、仕方のないことなのかもしれない。
「こんにちは……レイちゃん」
 近づいてきたミーナがレイルに声をかける。
 白百合団にいた頃は、彼はそう呼ばれていた。
 振り向いた彼は、ミーナと葉月に笑顔を見せる。
「お久しぶりです。その節、そして今回の事件でもレイル様が大変お世話になりました」
 パイスが2人に頭を下げる。
 ミーナと葉月もこんにちは、と会釈を返した。
「お菓子がたくさん食べられるって聞いて、きたんだよ! あと、菫おねぇちゃんとか、百合園のおねぇちゃん達にも会いたかったし〜」
 レイルは可愛いものが大好きで、可愛い女の子も大好きだった。
「勿論、ミーナおねぇちゃんと葉月おにぃちゃんにも会いたかったよ!」
 にっこり笑う彼を、ミーナは手を伸ばして撫でてあげる。
 随分元気になったようだ。
「何かまた、助けが必要になった時にはいつでも呼んでね」
「来てくれるの?」
 レイルにミーナは微笑みながら強く頷いてみせる。
「どんなことがあっても、葉月と一緒に必ず助けに来るからね!」
「ありがと……っ。ボクも……うん、ボクももっとイロイロなこと出来るようになりたいな」
「焦らなくてもいいですが、1日1日を大切に楽しんで時には頑張って成長していってください」
 葉月が優しくレイルに言い、レイルはこくりと首を縦に振る。
「それじゃ、食べよっ」
「うん、食べよっ!」
 ミーナがスイーツを乗せてきた皿をレイルに差し出す。
 レイルとミーナはそれぞれタルトとマドレーヌを取って、一緒に食べ始める。
「どうぞ〜。あたしも貰っていいかな?」
「うん」
 菫はジュースを2人に渡し、代わりにミーナからクッキーを貰って、一緒に飲食を楽しんでいく。
 葉月は3人の幸せそうな顔をみて、パイスと顔を合わせて微笑み合うのだった。
 ヴァイシャリー家を継ぐのは誰かは葉月達には検討もつかないが、彼も候補の一人なのだ。
 この地を……首都ともなったヴァイシャリーを治める家の者として、彼はこうして自由を制限され、命を狙われたりし続けるのだろう。
 平和な世界が訪れるまでは。
「レイちゃん、はなしきいたですよ〜」
「あっ。久しぶりーっ!」
 レイルのお気に入りのヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がパートナー達と近づいてくる。ヴァーナー達は全員百合園の制服姿だ。
 レイルがぱっと顔を輝かせた。
「がんばったんですよね。もう大丈夫ですよ」
 ヴァーナーはぎゅっとレイルを抱きしめて、頭を撫でてあげる。
「うん、みんなが助けてくれたんだ。ヴァーナーお姉ちゃんも大変だった?」
「ちょっと大変でしたけど、こっちも皆がいっぱいがんばってくれたから、大丈夫でしたです」
「よかったね」
「よかったですよー」
 ヴァーナーはレイルを離して微笑み合った後、皆に会釈をして離れていく。
 怪盗舞士の一件の際には、ずっとレイルの守りについていたヴァーナーだが、今では幼いながらも白百合団の班長だ。
 沢山挨拶したい人もいる。班長じゃなくても、ヴァーナーには大好きで一緒に笑いあいたい友達がいっぱいだけど。