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仮初めの日常

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仮初めの日常

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〇     〇     〇


 会議室の打ち上げ会場で、百合園女学院の校長桜井 静香(さくらい・しずか)は、皆を労い感謝の言葉を述べながらも……浮かない表情だった。
 静香が護衛と共に、部屋の隅へと下がった時だった。
「お話があります」
 白百合団班長のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が静香に近づいてきた。
 信頼の置ける人物であることから、生徒達はロザリンドに護衛を任せて、スイーツや飲み物の調達に向っていった。
「ロザリンドさん、お疲れ様。皆を守ってくれてありがとう。望みが薄かった6騎士の一人も助かったって聞いてとっても安心したよ。ロザリンドさんも、作戦に加わった皆も、本当に頑張ったし、凄いと思う」
 静香のその言葉には、ロザリンドはごく軽く頷いておく。自分はいつも通り、学生が勉強をするのと同じように、白百合団班長としてすべきことをしただけで特に誇れることでもないとロザリンドは思っていたから。
「桜井校長に聞いておきたいことがあります」
 ロザリンドは真剣な眼だった。
 いつもの優しさが感じられず、色々と自責の念に駆られていた静香は、少し怯えの表情を見せた。
「報告を受けていると思いますが、メニエスさんのことです」
 接触した者の中には静香の言葉を伝えて、説得した者もいた。
 最後には多くの人が傷つき……多くの人を傷つけてメニエスは逃亡した。
「校長に問います。百合園生を、協力してくれる方を。それらを犠牲にしても、メニエスさんを説得したいのですか?」
 ロザリンドの問いに、静香は戸惑いを見せる。
「それとも諦めますか?」
 瞳を揺らして、静香は考える。
 でも、考えても、考えても、答えは出てはこない。
 その2択から、答えを選ぶことが出来なかった。
「……誰、も犠牲になることなく、メニエスさんにも戻って来てほしいんだ。考えが浅はかだってことも分かってる。それを行う方法も、僕には思い浮かばない……だけど、そう理想を言うのは、僕の役目だと思ってる。ただ言うだけじゃだめだということもよく解った。皆と一緒に追い続けたい……っ」
 ロザリンドは静香の言葉に、少しだけ表情を緩めた。
 ロザリンドには覚悟があった。
 もし、静香が2択のどちらかを選んだら。
 彼を平手打ちして、自分も、彼の元を離れる覚悟が。
 静香に嫌われでも、上層部に睨まれても、放校になったとしても。
 彼に知ってもらわなければならないことがあると。
 だけど、彼はどちらも選ばなかった。
 誰の意見も素直に聞き、誰にでも優しい彼だけれど。
 皆、仲良く。皆が大切。
 その気持は、彼自身が持っている本当の気持ち。信念だ。
 ロザリンドは安心して、こう言葉を紡いでいく。
「犠牲を強いるのではなく、捨るのではなく。困難でも、より多くの人と仲良くなろうと、その手を差し伸べようと、そのために努力する人に私は付いていきます」
 静香の手をとって、ロザリンドはそう誓った。
「メニエスさんだけでなく、あらゆる事もそうであるように。そのためには皆で考えていくのが一番。一人では限界があっても、皆でやれば願いはいつか叶うはずです」
 そして、彼の目を真っ直ぐに見つめながら、もう一方の手も静香の手に重ねて……。
「だから頑張りましょう」
 強い瞳で、そう言うのだった。
 仲間の為に盾となり続けてきた彼女の言葉には、重みがあった。
 静香はまだ怯えを含む眼をしていたけれど。
 ロザリンドの手をぎゅっと握り返してきて。
「一緒に、頑張ろう。僕は一人じゃ何もできないけれど、皆がいてくれるから頑張れる。僕とこうして仲良くなれない人も、ロザリンドさんと仲良くなれるかもしれない。ロザリンドさんと仲良くなれない人も、ロザリンドさんの友達の誰かと仲良くなれるかもしれない。そうして、人同士の輪が出来て、繋がっていけたら……いいね。僕には僕の出来ることを、そして協力できることがあった時には、力を貸してほしい。僕が間違った時には、叱ってほしい。僕も、ロザリンドさんが間違った時には、違うって言うから」
「わかりました。――ロザリンド・セリナ、聖騎士として桜井静香に誓います」
「えっと……」
 静香も、深呼吸をしてロザリンドに誓う。
「百合園女学院校長の桜井静香、皆と仲良くなれるよう、頑張ることを誓います」
 途端。
 拍手の音が響いた。
 戻った護衛達と、静香やロザリンドに挨拶をしようとして近づいてきた者達が、二人の会話に感心し応援の拍手を贈ったのだった。
 2人は手を離して……少し照れながら、皆に礼をして。
 顔を合わせると、いつものように優しく柔らかに微笑み合った。

 ヴァイシャリー家の一人娘、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は多くの人々に囲まれていた。
 談笑を楽しむ者もいれば、相談を持ちかける者も多かった。
 多方面の情報が彼女の元に集まり、彼女が一番対応に当たっていたから。
 とはいえ、体が足りず、回りきらないことも多かったのだけれど。
 人々に囲まれている彼女の後ろには、執事服を纏ったオレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)がそっと控えて、紅茶を淹れたり、彼女の望むスイーツを届けたりと、自主的に世話をしていた。
「皆さんもどうぞ召し上がって下さい」
 オレグは紅茶と焼き菓子を用意すると、集まっている人々に配っていく。
「ハーブティーを飲まれる方がいるようでしたら、すぐにお淹れいたしますよ?」
「では、お願いしてもよろしいしら?」
 ラズィーヤがそう言い、オレグは「畏まりました、お嬢様」と頭を下げて、給湯場へと向う。
 しばらくして。 
 程よい熱さに冷ましたハーブティーが届き、ラズィーヤが礼を言って受け取り、一息ついた時。
「ご提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
 離宮調査において、別邸で班長を務めていた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)がラズィーヤに話しかけた。
「どういったお話でしょうか?」
「まずは、救護班に参加していた百合園の生徒さん達が無事に打ち上げに参加していることに、安心しました」
 彼女達は元気とはいえない様子だった。
 だけれど、元気になろうと一生懸命頑張っているように見えた。
 それがちょっと痛々しくもあったけれど、時間と共に落ち着いていくだろう。
「白百合団の見習いであった彼女たちは、どこか緊張感の足りない子達でした。気持は十分にあったのだけれど、ごっこが抜けていない感じで……」
 祥子は彼女達を平手打ちしたこともあるけれど、宥め励ましたりもしてきた。
 最後まで一緒にいるべきだったかというと、そうとは限らない。
 だけれど、最後の最後で分かれなければならなくなり、危険な目に遭わせてしまったことが悔やまれる。
 ずっと一緒に活動してきて、自分にこの子達の心身を守れるだろうか? より良い方向を指し示せるだろうかと思ったりもしてきた。
「私は、歴史の勉強のために大学に進学しようと思っています。斯々然々ということがありまして、教師になろうと思い教職課程をとろうと思っているのですがー……」
 そこで一旦言葉を切って、少し躊躇しながらも思い切って聞いてみる。
「もしよろしければ、百合園女学院で私を教育実習生として受け入れては頂けないでしょうか? 教師になれるかはわかりませんが、その道を目指したこの学校での実習をと願っています」
「構いませんわ。ただ、あくまで大学に所属したまま教育実習を行うとのことでしたら、通常通り1月ほどの短期になりますわね。2校に所属はできませんから、その後も百合園で教師をしていただけるのでしたら、百合園に移籍していただきたく思いますわ」
「解りました。時間をかけて検討してみます。ありがとうございます」
 祥子は淡い笑みを浮かべた。
 目を向ければ、白百合団の見習いであった少女達はティーカップを手に談笑しているところだった。
 彼女達の前に、今度は教師を目指す者として立ち、教えることがあるのかもしれない。