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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

リアクション


第四曲 〜冷徹な白雪姫〜


(・居残り)


「あーっ、ボクもベトナム行きたかったのに!」
 海京の西エリアを歩いているのは、ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)ペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)の二人だ。
「仕方ありませんわよ。私達は指名されなかったわけですから」
 とはいえ、偵察任務を言い渡されたのは学院の中では、一癖も二癖もある連中だという噂がもう立っている。
「とにかく、もうすぐ研究所ですわ。しゃきっとしなさい」
 二人の目的は、ホワイトスノー博士に会うことだ。ペルラが博士に聞きたいことがあるらしく、それにミルトもついていっているというわけだ。
 ふと、前を見ると二人の男女がいる。その顔には見覚えがあった。
「あれ? サクラと聡だ。どうしたのかな?」
 山葉 聡サクラ・アーヴィングの二人だ。
「サクラ、サクラ、こんにちは。ベトナムには行かなかったの?」
「あらこんにちは。そうよ。私達は外されてしまったの」
「教官から、『お前は出撃する度に機体を壊すから、やはりメンバーから外した。ベトナムまでお前を拾いに行くのも面倒だからな』ってな。まったく、あれから俺だって頑張ったんだ。少しは認めてくれたっていいだろうに」
 どうやら、メンバー再確認の段階であの女性教官――教官長によって除外されたらしい。どことなく聡は不満そうだが、サクラの方はあまり気にはしていないようだ。
「でも、これでよかったと思う。聡さんがジャングルに堕ちて野生児化したら……」
「……サクラ、何で俺、堕とされる前提になってるんだ? しかも、別にジャングルで生活したってそうはならねえだろ」
「でも、例え聡さんがけだものになったとしても、私は聡さんについていくわ」
 何か話のベクトルがずれてきそうなので、ミルトが割って入る。
「あ、サクラっ! これタシガンで摘んできた黒薔薇っ! お土産なんだけど……気に入ってくれるかなぁ?」
 掌サイズの樹脂キューブに納められた黒薔薇を、モジモジしながら手渡す。
「ありがとう。行きましょう、聡さん」
「じゃ、またなー」
 特に表情も変えずただ受け取ると、サクラ達は行ってしまった。やはりサクラには聡しか見えていないらしい。
「えー、スルー!? でも、ボクはくじけないんだからねっ! きっと友達になるんだから!」
「ちょっと、ミルト!?」
 ミルトは研究所に向かって駆け出していった。それを、ペルラが追いかけていく。

* * *


 その頃、海京分所の入口では――
「ちゃんと事前に手続きは済ませてあるから、大丈夫よ」
「……やっぱり、少し緊張するな」
 月夜見 望(つきよみ・のぞむ)天原 神無(あまはら・かんな)の根回しによって、ホワイトスノー博士との面会の手続きを済ませていた。
 整備科の一員であり、天御柱学院イコン&機晶姫研究部の部長として、何よりも技術者の卵として、博士に会わなければならないと望は考えている。
「あれ、どうしたんですか?」
 後ろから急に声をかけられ、びっくりする望。
「驚かせてしまいましたね。すいません」
 見覚えはある。確かホワイトスノー博士の助手を務めているモロゾフとかいう人だ。
「おっと、そんなに睨まないで下さいよ……!」
 神無はモロゾフの顔を確認すると、警戒を解いた。急に背後から現れたから、不審者かと思ってしまったらしい。
 望むに害をなす存在には容赦しない、という彼女なりの想いが強いため、気配に敏感だったのかもしれないが。
「まったく、危うく斬ってしまうところじゃったぞ」
 須佐之 櫛名田姫(すさの・くしなだひめ)もまた、モロゾフに対し剣を抜いていた。彼女は二人の護衛をするために来ているのだ。
「いやあ、どうにも僕は存在感が希薄なようで……軍にいたときも、何度仲間に殺されかけたか」
 苦笑するモロゾフ。
「中尉、戻ったか」
 そこへ、ホワイトスノーがやって来る。
「それに、お前達もよく来たな。ん、どうやら他にも用がある生徒は多いようだ」
 海京分所の入口に、ミルトとペルラが到着した。
「着いて来い」
 ホワイトスノーに導かれ、一行は研究所の中に入っていく。

「話は順に聞こう」
 情報支部がある部屋に一時的に案内し、別室に移動する。
 最初は、望達からだ。
「博士、先日はありがとうございました。だけど、俺はまだまだイコンについて多くを知りたい。だからホワイトスノー博士にはもっと色々なことを教えてもらいたい」
「それだけか?」
「もちろん、貴女が多忙でそういう機密事項を簡単に話せる立場じゃないのは理解している。だから――俺を助手にしてくれ!」
 ホワイトスノーに、望は懇願する。
「知りたいことのためなら何でもやる! だから、頼む!! 俺は『仲間』をサポートするために……イコンのことをもっと知らなきゃダメなんだ!」
「話は分かった。テストをしよう」
 ホワイトスノーが望達は三人を別室へと誘導する。
「お前はサロゲート・エイコーンを何だと考える? 神か? 悪魔か? それとも、単なる兵器か?」
「正直言ってしまうと……今の俺にはまだ分からない。だけど、ただの機械ではないと思う」
「なるほど。第一段階はクリアだ。あれは、単一な視点で考えられるようなものではない」
 博士は学院に開示している以上に、多くを知っているのは間違いなさそうだ。
「はっきり言おう。現行イコンの内部構造とエネルギー供給システムの90%既に解析が完了している。そのデータだけを見れば、『ロボット兵器』と片付けることが出来るだろう」
「じゃあ、もうイコンを新しく造れるようになるのか?」
「理論上はな。稼動もする。だが、『ファースト』の言うような真の力をどうやって引き出すのかは依然として判明していない」
 会話をしているうちに、別室に辿り着いた。
「プログラムの書き換えによる武器の換装、それを『オリジナル・イーグリット』と『オリジナル・コームラント』の内部データにアクセスして可能にした。だが、そこには厳重にプロテクトがかかった領域が存在していた」
 現行の学院のイコンは発掘されたオリジナルを元にした、いわば「試作機」だ。そのオリジナルの所在は学院の機密事項の一つであり、ホワイトスノーもまだそのことは教えてくれない。
「おそらく、それがイコンの真の力を引き出すためのプログラムだ。その鍵が見つかれば、イコンの戦闘力はお前達が想像している以上に飛躍するだろう」
 その鍵とは何か、望には分からない。
「それを俺は見つけたい」
「どうやって?」
「それは……」
 方法が分からない。だが、それは当然のことだ。
「見せたいものがある」
 望は部屋の奥の椅子に座っている人影を見る。だが、それは人ではない。
「人形……機晶姫?」
 顔の左半分に包帯を巻かれた、幼い少女の姿をした人形だった。
「眠っているのか?」
 だが、それは目を閉じたまま動かない。おそらく、壊れているのだろう。ロボット工学の第一人者である彼女でさえも直せないのだ。
「眠っている、か。まるで人に対して言っているみたいだな」
 まるで刺すように冷たい視線で博士は望を見る。だが、機晶姫というロボットのようだが、「生命体」として「生きている」者を知っている彼には、自然な答えだと言えるだろう。
「博士は違うのか!? 機械は機械、ロボットはロボット。例え同じように心を持っていても、人間じゃねーってか!?」
 だが、それでもホワイトスノーは動じない。
「……面白いヤツだ。だがすぐに『合格』には出来ない。課題を与えるから、お前なりの答えを持ってまた来い」
 ホワイトスノーの話はそこまでだった。
「人間の感情を理解出来るロボットと、一切の感情を捨て身体を機械に置き換えた人間。果たして、本当に『人間』と言えるのはどっちだろうか。まあ、機械化した人間のところを自分の身体と精神をいじった『強化人間』に変え、ロボットを『機晶姫』に置き換えたほうがより身近な問題として考えられるだろうな」
 ホワイトスノーの視線は、彼のパートナーの二人に向いている。その二人がちょうど、強化人間と機晶姫だ。
「お前なりの答えを教えてくれ。それによっては私の助手として、イコンだけではなく私のこれまでの研究をお前に与えよう」
 一つの問いを与えられ、望は博士の下を後にした。

* * *


 望を別室から帰した直後、ホワイトスノーの耳には声が響いた。
(あらあら、随分と厳しいのね)
「何の用だ?」
(いえ、貴女があんな風に興味を持つなんて珍しいから。たまにはこうやって話したっていいでしょう?)
「アレを持ち逃げしていった癖に何を言う?」
(あれはわたしの意思じゃない。このわたしに介入出来る存在がいたからよ。こっちもはらわたが煮えくり返しそう)
「お前にはそんな感情はなかったはずだが」
(少しずつ、目覚めが近付いているみたい。ふふ、楽しみ楽しみ)
 それを機に、声は聞こえなくなった。
「……鍵は見つかった。そういうことか」