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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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◇国境の章◇

 
空路 6
タシガンの小島
 
  
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、教導団が立ち寄ったタシガン貴族提供の小島から、補給を終え島を離れていく飛空艇を見送る。
 タシガンの島より低い位置にあり、雲の影になって隠れたこの小さな島。
 尋人は、教導団の外交官が交渉に訪れた際、騎士を率い、近辺の警護にあたっていた。
「何故この時期に?」
 詮索はしなかったが、教導団がコンロンに出兵する。そのことで、タシガンに交渉に来ているということはわかった。交渉の内容を含め詳細は勿論、知らされなかったがその後、タシガン貴族が内密に、この島を貸すことに決まったという。
 尋人は、外部へ漏らさぬようにと注意を受け、少数の騎士と共に、今度はその小島での警護の任を授かった。
 タシガンは分裂した東西の東側についている。表立っての協力は無論できないだろうが、何らかの取引があり、この島を貸すことになったのだろう。尋人は思った。自分としても、東の地域の人間として全面的に協力はできないが、対立する気もない。
 尋人も以前に、教導団が戦争をするヒラニプラ南部を訪れていた。そのときは、女王器のことを探っていた黒崎天音のことが気になっていたからだが、今回もやはり……黒崎は、南部平定の後、タシガンに招かれたとされる客人と個人的に関わりを持っていた。あの客人というのは、本当は、教導団・第四師団の……
 タシガンの空を見つめる尋人。雲の翳り。
 尋人はこれまでの戦いを振り返る。
 以前は、戦いに飛び込んで、前線でただがむしゃらに剣を振り回していただけだったと思う。そんな中で、黒崎天音という大切な存在ができた。そのことは本当に自分にとって、大切なこと。
 黒崎を探す旅の途中の、あの南部の異国の教会で洗礼を受けて僧侶になり、今、より大切な人を確実に守れるためにと、パラディンとなったのだ。
 ……黒崎はどこに行こうとしているのか。空峡に関心があるような言動があったし、何か企んでいるような気配はしたけど。
 面と向かって、「一緒に行きたい」なんて……言えないな。
「……」そんな尋人にやはり今はただ影のように従い、言葉少なに見守るのは呀 雷號(が・らいごう)
「内心を明かさない彼ですが、あの様子、思いがこちらに流れ出し、伝わってくるようですね」
 そう言ったのは、タシガンの吸血鬼らしい端正な佇まいの西条 霧神(さいじょう・きりがみ)である。
「タシガン魔族の私としては、できる限りは争乱の類いに関わりたくはないのですが……」
 せっかく、薔薇の学舎とタシガンとの関係が良い形になろうとしているところなのに、と霧神は思う。「ただまあ、エリュシオンとの問題には結局はいつかぶつかることになるのでしょうねえ」
「……」
 雷號は無言で、少し頷いたようにも見える。
「しかし、彼もあの様子では少し、見ているこちらもつらい。
 このままこんな辺鄙な島にいるのも退屈ですしね。ここの下級吸血鬼たちに、私が何か話でも引き出してきましょう」
 雷號は主のことはそっとしておけばと引き止めるそぶりを見せたが、霧神はさっそうと行ってしまった。
 ただ、雷號も予感めいたものを感じとってはいる。教導団の来訪。ここに配属されたこと。それに、黒崎のこと。何れにしても、自分はただどんなときも尋人のことを守るだけだ、と思う。「……それでも自分の過去の行為が、許されるとも思わないが」……
 尋人が、霧神のいないのに気付いて、どうしたのか、とこちらへ来る。
 霧神は、程なく戻ってきた。
「何。最近、付近の空域で美少年がさらわれるという話が?」
 霧神が得てきた噂を聞いて訝る尋人に、霧神は「ええ。美少年がさらわれると」もう一度強調し、じっと尋人を見る。
「オレは美少年じゃないから大丈夫」
 と言う尋人に、
「あなたではなくて……。
 まあ、なんとなく嫌な予感がしませんか」
 

 
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は……
 タシガンの空を飛んでいた。
 しっかりと、縄をかけられて。
「……」
 隣にはブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も、同じく。小さな客人も、ブルーズのそのまた隣に。
「こういう退屈しのぎも、いいんじゃないかな?」
 黒崎は、余裕で語った。
 冒頭での登場の後、二人と、夕焼けに照らされるタシガン空峡の空を、雲の白い筋を引っかけてそれを引きながら、小型飛空艇での散歩を。と出かけていた黒崎。
 それはこの数日、同じ時間帯から薄暗くなるまでの間、繰り返していた娯しみでもあった。
「ふむ。お前が空の散歩をそう気に入るとは思わなかったが……風をきって飛ぶのは楽しいからな」
 ブルーズも、自分の翼で空を飛ぶというドラゴニュートの夢を解するのかと、少し嬉しいのだった。
 ただ、黒崎が預かっている客人のことについては不満げだ。彼も散歩に連れて行くという。それを除けば、優雅なひと時であった。
 だが、今日はその途中、
「つい最近までこの辺でちょっと暴れていた、グリドラガラドラ一味というのがいるらしいね?
 領空の境界付近に、彼らの隠れアジトがあるというよ。そこに行けば、面白いものが見つかるかもしれない……
 今日は少し、遠出してみるかな?」
 ブルーズは若干、嫌な予感……また何かに巻き込まれそうな悪寒がしないでもなかったのだが、黙っていた。
 折しも、一味と因縁のあった雲賊らが降り立っていたというわけであった。
「一味は、随分いいものを集めたみたいだな。タシガンの美術品……シャンバラ古王国の随分昔の宝物も見受けられる。まあやつらに価値がわかったのかどうか知らぬが。
 これは戦利品としてよいだろう。積み込んだら、雲海に帰るぞ。ヲガナ様のところまで運ぶのだ」
「お頭!」
「何。小型飛空艇が近付いている?
 斥候かも知れぬ。捕えよ」
 雲賊は、薔薇の香りの漂う三人を捕捉した。
「随分無防備なやつですねえ。簡単に捕えられました!」
「君は、僕の知的好奇心を満足させてくれる存在だろうか」
「な、なんだ? な、何言ってるこいつは。お頭ぁ、どうします」
「む、むう。貴様、グリドラガラドラ一味の残党か?」
「そんなふうに見えるかな」
「む、むむ。……怪しいやつだ。連れていけ!」
 ……
 そして今、タシガンの空を飛び、タシガンを離れていく、黒崎らを乗せた雲賊船。
「秘密の匂いがするね。……教導団のコンロン出兵」
 小声で、同じく縄にかけられている少年に、語りかける。
 その情報自体は、黒崎は知っていた。
「ウ。ウン。……いや、そ、そうかな?」
「……」ブルーズは、自分をはさんで黒崎と少年の会話が交わされるのに、苦虫を三匹ほどいっぺんに噛み潰した表情をして黙っている。
「コンロン。どんなところだろうね。そこに何が。ふふ」
 
 攫われてみるのもまた一興――黒崎の好奇心を満たすものがそこにあるだろうか。全く未踏の地、コンロンへ……