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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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 再びタシガン、である。
 館に戻ったレーゼマンは、交渉は学舎内とではなく別のタシガン貴族と行われることになったと告げたわけであった。
 日時は追って指定するという。このことを本隊にも連絡し、交渉メンバーらは少し不安に事を待ったが、翌日には交渉の相手が決まったと言い、場所と日時を告げてきた。学舎とは島の反対側にある一貴族の館だった。あまりタシガンの事情の表に顔を見せる人物ではないが、水面下で権力を握る一貴族らしい。
 一同は貴族の部屋に案内される。おそらく吸血鬼と思われる美青年らが侍っている。
「ふぉふぉふぉ。外交官水原ゆかり殿。よくおいでなすった。
 ふぉふぉお……男装麗人の装いでもしてきてくれたら、ここの者たちも喜んだかもしれんのお」
 そう言いつつ、貴族は水原をねめつける。
「……」
 水原ゆかり(みずはら・ゆかり)はつとめて冷静に、また相手の顔を立てつつ話を進めた。
 話を進めるうち……現在、タシガンに関しては、教導団が心配していたほどエリュシオンは介入してきていない、ということがわかった。タシガン側にとって、教導団とのことはさほど政治的な問題でもない、というわけだ。おそらく、こういった裏で操り糸を手繰れる貴族などなら、エリュシオンまたは東側政府に気付かれないよう手を打つことは幾らでも可能なのだろうことが窺えた。
 その代わり……
「ふぉふぉふぉ……」
 貴族は老いていたが、その目はぎらつき貪欲さを湛えてみえた。
 何か、見返りを要求する。取引、ということか。
「(もしかして、身体……)」
 水原は、少しゾクっとして後、思い直した。しかし。ここの土地柄、どうなのだろう。水原、ジャンヌ、ルカルカらは女性である。……。ルカルカもちょっと心配になり、レーゼマンの方をちらりと見る。レーゼマンは、「む。どうかしたか?」といった顔をしているが……
「ふぉふぉふぉ」
 貴族の目は、だが、レーゼマンには向いていないようだった。(レーゼマン「……?」)
 とすると賄賂でも要求するということか?
 ジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)は水原の沈黙を察すると代わって切り出し、自らの意見として持っていた賊を討伐する、ということで通行料とするのはどうか、問うた。
 話は意外に難しくはなかった。それで決まりとなったのである。
「では、賊を討伐した場合、そこを私たちの中継点としてよいでありましょうか?」
「いや。補給については、決められた場所を使って頂こう。わしの小島がタシガンの北西にある。
 賊やその所持品等は、こちらに渡してもらう」
 
 こうして、交渉は終わった。タシガン通過については現状、思ったほど、東側であることの影響を考える必要はなさそうであった。さきの貴族との間を上手く持たせておけば、何とかしてくれるようだ。ただし、東西分裂したことにより以前のように、タシガンにおいての警察機構としての教導団は形だけのものとなっているという。領空の治安を教導団が維持する、ということで彼らの見返りとすることはできない。今回は、賊を討伐することをジャンヌの言ったように通行税として通過を認めてもらえるようだが、今後もそうはいかないとなると、裏を握る貴族に金品なりを払っていかねばならぬことになるだろうか。逆に言えば、現状、その限りにおいては空路ルートは成立しそうである。
 



 時間が交錯するが、葦原島。
 親睦会・会議の行われた翌日午前中、葦原島にて、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)がその主宰を務め、幾らかの催しが開かれた。
 パレードは、軍事パレードではなく、軍楽隊やブラスバンドによる友好ムードを全面に押し出した華美なパレードである。滞在先で一般人との交流イベントを行う。
 教導団の各地の心象を良くするため、最初はとくに情報発信地としての地政的価値のある空京においては、これを盛大に行うべしとの意見もあったが、東西の関係もあるので、今回の出兵をむしろ現時点であまり大々的に・公にするべきではないということで、規模を縮小して、西側である葦原やツァンダ滞在時に行われる、ということになったものである。
 盛大に行えたなら、スポンサー探しとしての効果も期待できたのであるが、とグロリアーナは少し残念に思う。
 ともあれ少なくともこうして同じ西側との友好を深めることには成功し、飛空艇団は葦原島を後にした。
 
 
 交渉の結果は、本隊が葦原からツァンダへ向けての飛行中に届けられることとなった次第である。
 
 そしてまた、水原ゆかりのパートナー、マリエッタの調べた結果、タシガン領空にぎりぎり接するところ、かつて付近を荒らしていた空賊一味の拠点がある。この賊については、討伐されすでにタシガンに引き渡されている。しかし現在ここを、彼らと因縁のあった雲海付近に出没する雲賊が占拠し、タシガン領空を窺っている、という。それ以上の実的被害は今のところないのだが……これを討つ方向でいこう。ということになった。
 また、情報を提供してくれた空賊のなかから、現在、タシガン領空での空賊稼業が以前ほど稼げなくなってきていることから、足を洗ってこのまま教導団に協力してもいい、という者も見受けられた。彼らには、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が面会し、その人事を担当していく運びとなった。
「よろしく。教導団の一条アリーセです」
「おう。キャプテン・ヨサークの船に乗っていたってのはあんたか。
 なら、俺ら空賊の気性なり生活なりのこともわかってくれるだろ。よろしく面倒見れくれ。その分、働くぜ」
「ええ、ありがとう。
 まずは各艦に分かれて、空におけるノウハウを教えてもらうことになると思います。私たち教導団はまだまだ勝手がわかりませんから。
 今後は、空路ルートにおける補給を安定させるため、空の護衛戦力になってもらうことになるかと。
 それで、教導団は現地での戦いに兵を集中させることができますから」
 一方リリ マル(りり・まる)は、資料検索を用いて集めたデータを吐き出しつつ、将来の交易相手の候補となる空の商人たちに会っていた。こちらも、空賊あがりの者たちで荒っぽい取引や密売を主にやってきた者たちだ。まだこのような者がほんの少数集まっている程度。現在シャンバラで集められたデータも、コンロンに関するものはかつての古い時代のものしか残っていない。今後、実際コンロンに着いてから、リリマルは新しい情報を更に蓄積していくことになるだろう。